第17話欲しかったその言葉、その相手 2
ベン視点
「さて今回はどうか?」
「っていいのか? 一人で突っ込んで行ったけど」
「ああ、構わない。屋内ならすぐ終わる」
何も報告もせずにロストは走り出す。
俺は葉巻を深く吸い肺の中に溜め口から吐き出す。
グレア厶がロストが突撃した建物を指さしているが彼の肩を右手で掴み首を横に振る。
そして一歩前に出て再び葉巻を吸い込んだ。
「あいつ癇癪持ちだからな、むしろ相手が可愛そうだわ」
「癇癪持ち?」
「といっても泣き叫ぶって事じゃぁない。ただ他人への容赦をそこら辺のに置いてっちまう。俺にはそこに落ちてるように見えるよ」
煙を吐き出しながらも右手で足元を指差す。
実際足元には何もないが、俺のイメージでは赤い玉が落ちている。
グレアムはその場で苦笑いをし、ヒューは俺が指さした場所に顔を近づけ実際に探している。
ルシアに関してはロストが残した痕跡、足跡やドアの入口についた彼の指紋、皮膚の破片を綿棒で接種し、試験管に入れていた。
「それっであの中にいる人達は大丈夫なんですか?」
「ああ、大丈夫だ。殺しはしないさ癇癪中は……怒らせるか欲に呑まれない限りは。そろそろ終わっただろ行くか」
グレアムは右手を腰に置きアパートに目を向ける。
俺はそれに頷き屋根から漏れ出す煙を見てゆっくりと歩き始めた。
(そう、癇癪中は大丈夫だ。でも俺が本当に会いたいのは、年甲斐もなく憧れたのは……)
ドアを開けた際大量の白煙が飛び出す。
後ろに飛び退くヒュー、俺は煙が薄まるまでその場で足を止める。
中に入る前に葉巻の先端、火の着いている部分を切り落とし、左足で踏みすり潰す。
そして息を吐き出した後ハンカチを左手で持ち口に押し付けながら足を踏み入れた
「終わったか?」
部屋の中では成人男性がうつ伏せに寝かされ、腕を後ろに組まされ縛られている。
それを肩に背負い外で横一直線に並べるロストの姿があった。
ロストは振り返ると俺に肩で背負っている男性を放り投げた。
両腕で受け取るが、腰と膝にズシッとくる重み。
その2点を曲げながら「よっこいしょ」の掛け声と共に肩に背負い外に運んでいく。
俺が背負っているのが最後の1人なのだろう。
ロストは手ぶらで外に出ると気絶している1人の男性の足元にナイフを構えた。
ナイフは男性の足元に向かい、その足には赤いタオルが巻かれている。
ナイフが触れる前に布を左手で解きその下にある傷口に向けナイフの面の部分を押し当てようとする。
俺はその手を掴み首を左右に振る。
「えっと、ベンさん何?」
「傷を焼かなくても大丈夫だ。ルシアは回復術のエキスパートだからな、傷跡も残らないように直してくれる」
「そっか、わかった」
ロストは少し顔を下げ家の中に戻る。
入れ替わりに外に出てきたルシアが気絶している男の足を右手で触れた。
次の瞬間、ルシアの右手が光ると同時に男の右足の傷がふさがり始める。
それを確認してから家の中に入るとグレアムとヒューが部屋の中央部にあったソファーの両端に立っている。
「うん、そこのソファー動かして、この下に通路があるから」
「わかった、タイミングを合わせるぞヒュー。3……2……1、よっこいせっと」
掛け声を合せ2人はソファーを持ち上げる。
ガニ股になりながら移動させるとソファーがあった場所には不自然に小さなカーペットがある。
だがそのカーペットには下に穴があるような凹みは無い。
頭を傾げる俺達を前にロストはカーペットに向かって鞘の切っ先で突いた。
すると先程まで何もなかったカーペットが下に落ち、そこには手掘りの穴が姿を表した。
俺は膝を曲げ穴の輪郭に触れると微かに魔力を感じ取った。
魔法による隠匿と穴を塞ぐための木材の固定。
見つけるのも破壊するのもかなり難しい。
自身を自虐するがロストの斥候としての実力は一流だ。
本人はまだガキだから戦闘能力=他人からの評価だと思いこんでいるが。
穴を覗き込むように腰を曲げているヒューの背後に回り込み、背中を押そうと手を伸ばしているロストを目にする。
ロストの活躍は対した物だと思う。
僅か短時間で相手のアジトを把握し地下の通路まで簡単に見つけた。
だからこそ聞いてみたい。
(覚えているだろうか? 俺がロストと初めて会った時の事を……)
視線に気づいたのかロストは手を後ろに隠し目を開け首を振っている。
ヒューもそれに気付いたのだろう。
自身の背後に、そして両手を後ろに組んでいるその姿から、自分を落とそうとしていたと。
彼らはその場で追いかけっ子を始め、グレアムは笑いながらその光景を見ていた。
(覚えていないか? でもその方が良いのかもしれない)
あれは5年以上前の事だ。
俺はこの子に命を救われた。
あの時の焚き火囲みながらの会話は一言一句今も覚えている。
興味なさげに剣を研ぎ、焼いた肉を頬張るその姿を。
物思いに耽っていると目の前で手が振られている。
下を見るとロストが心配そうに眉を寄せ俺を見上げていた。
そんな彼の頭を撫でつつ、この子が過去を忘れている事に感謝をした。
もし覚えていたらこの子は今より苦しんでいただろうから。
*
「っちしつこいな」
アパートに隠されていた手掘りの通路を進んだ先はシリウス地下水路だった。
明かりもない真っ暗な道、聞こえるのはせいぜい上から流れてくる排水の音くらいだ。
「ここは俺の役目か。ライト」
ベンさんの胸元に入っている丸い装置、レガリアは魔法名を言うと薄く発光する。
彼の周りに4つの光の玉が現れ周囲5メートルを照らす。
「ち」
ズボンのポッケに両手を入れ背中を丸め横を向く。
「ん? どうしたんだ」
「ああ、こいつはレガリアを目の前で使うとそうやって拗ねるんだ」
グレアムさんが右肩を軽く叩き頭を傾げる。
一番前にいるベンさんが顔を左に向け後ろを見ながら言う。
「おい、今はじゃれる場所じゃ……何だよ」
「止まってベンさん」
ベンさんの背中に近付き後ろ襟を掴む。
彼は溜息を吐きつつ、後ろ襟を掴む僕の手を外そうとするが、こちらの顔を見つめると、口元にあった笑みを消し僕が見ている正面を習い向く。
後ろ襟を離すとベンさんは手を前に出す。
それに合わせ周囲を飛んでいた光の玉も前に進む。
先を徐々に照らしていくと、爬虫類系の足があり、光を進める度に腹そして体を鱗で覆った2足歩行の魔物リザードマンの姿が映し出される。
「ヒュー」
「わかってるぜ兄貴ライト。ち、やっかいな」
顔を移した後も光をドンドン奥に進ませリザードマンの総数を見る。
グレアムさんはヒューさんに目を合わせる。
そしてヒューさんは胸ポケットに入れているレガリアを使い光の玉を再度生み出す。
こちらは僕らの近くに停滞させ、奥に行った光の玉の変わりに僕らを照らしてくれる。
「あっくそ、キリがねぇ」
光の玉を制御範囲限界まで進ませて見たがリザードマンの姿が途切れる事はない。
それを見てヒューさんは笑顔でリザードマンを見つめる。
彼だけではない、グレア厶さんもルシアさんもベンさんまで、下を見て落ち込むのは僕くらいだ。
*
「若い癖にへばるの早くないか?」
「ヒュー、交代してまだ3分だ文句言うなよ」
僕らが選んだ方法は交代制でリザードンマンに対処することだった。
この方法を取った理由はリザードマンが一斉に責めてこず、3匹ほどの少数を小隊に見立て、1小隊ずつ責めてくる為だ。
時間稼ぎとスタミナを削ることが目的に思える動き。
アジトまでの距離もはっきりしていない現状、こちらも体力の温存を考え2人1組の交代制でリザードマンを迎え撃つ事にした。
それに交代制にしたのにはもう1つ理由がある。
それはこの班には遠距離攻撃を得意とする者が誰一人いないからだ。
スペースが限られる地下での戦い。
流石に5人横に並んで戦う事は出来ない。
高位冒険者ではない僕らが補助に、ヒューさん、グレアムさん、ルシアさんの中から1人ずつ休憩しながら戦う作戦となった。
「ベンさん交代」
「わかった、グレアムも後ろの事は頼んだ」
「はい、ベンさんもヒューの事お願いします」
「俺も若くないんだ、作戦通り援護だけだよ」
ヒューさんとルシアさんが前衛としてリザードマンと戦っているのを確認すると、グレアムさんと共にベンさんがいる後衛の下に歩いていった。
ベンさんから手渡されたタオルを受け取り床に腰をつけ座りながら顔を拭く。
彼は顔を拭く僕を見て微笑むと、グレアムさんに声を掛け、腰につけている短剣に手を掛けながら前線に歩いていった。
次の瞬間聞こえる爆発音に「やってるな」と無感情に考え、壁に最中を合せて周囲を照らしている光の玉をじっと見つめる。
ぼーっとしているとグレアムさんが僕の隣に腰を下ろし話しかけてきた。
「ちょっといいか?」
「はい、何でしょうか」
グレアムさんは胡座をかきながら膝を動かしこちらを向く。
ざ、という砂が擦れる音で体を動かした事に気づき、彼に顔を向けた。
案の定グレアムさんはこちらに笑みを向けている。
その雰囲気に世間ばなしかと肩の力を抜く。
「ロスト、なんでお前は冒険者をしているんだ?」
「何ですか藪から棒に」
思わず息を吸い上げ目を見開いた。
グレアムさんは変わらず僕の目をじっと見つめ。
「だってお前別に人助けが好きじゃないだろ」
グレアムさんから目を逸らし下を向く。
そして息を吐き出し、頷いた。
「まぁ、嫌いじゃないです」
「好きでもないだろ」
「……はい」
なんとか吐き出した言葉をグレアムさんに否定され、すぐさま顔を上げ彼を見つめる。
だが依然変わらぬ微笑みに押され、再び頷いた。
「なら冒険者をしていくのはしんどいだろ」
「どうしてですか?」
グレアムさんは腕を後ろに組み背中を壁に預けて天井を眺める。
それに習い天井を見つめるが横目で彼の表情を捉えながら言葉を待つ。
「冒険者は名に反して人助けが主な仕事だ。でも普通の人は喜ばれたら嬉しい位が他人してやれる動機の限度だろ。それだけで命張ったり、己を磨き続けるってのはキツイ」
彼の言葉を聞きそうだろうかと頭を傾げる。
冒険者とは関係ないが師匠は病院に入れられる前はずっと鉄を打っていた。
やるのなら上を目指す、これは僕にとっての普通で、もはや本能に近かった。
「みんな普通にやっているとは思うけど」
納得出来ずグレアムさんに体を向けると彼も壁に寄りかかっていた姿勢をただし僕を見る。
「元から強い化け物連中はともかく、本来は自分自身の願望の為に力を磨き、そのお裾分け程度に他人施す。順序が逆だ。俺にはロストが名誉や地位に固執しているようには見えないからな」
「だから冒険者である事がしんどいと?」
「ああ、違うか?」
冒険者である事に目標がないと言われムッと来た。
頬を膨らませグレアムさんを睨みつけるが、彼は笑みを崩さず受け止める。
そのニコニコとした笑みを見て少し心を落ち着かせる。
深呼吸をしてみると、確かに今までの冒険者生活が楽しかったと思ったことは一度もない。
むしろしんどかった。
「確かにその面もあると思います。でも目標はあるんです、王都のギルドで冒険者をするっていうのが」
「それはお前の願望か?」
「いえ、約束です」
拳を握りしめグレアムさんに宣言したが彼は首を横に振る。
「なら意味はない。ロスト冒険者をやめた方がいい、それが嫌なら見つけるんだな自分なりの芯を。冒険者としてやりたいことを……って泣くな、悪い俺が言い過ぎた」
俯き涙を流す僕の肩を掴みグレアムさんは上下に動かす。
狼狽する彼に首を横に振ると、グレアムさんは肩から手を離し、胸に手を置き撫で下ろす。
目を左袖で擦りながら涙を拭く。
グレアムさんに否定されたから涙が溢れた訳では無い。
ただ嬉しかったのだ。
他人の親身に接してくれた言葉が。
無責任かもしれない、同情かもしれない、お人好し故のお節介でもいい。
まだ関係が浅く、知りすぎていない人間の言葉がずっと欲しかった。
裏切れても傷が浅い人物の言葉でないと、耳を貸すことが出来なかったから。
「すいません、嬉しくて」
「ならいいが?」
「ありがとうございますグレアムさん、考えてみます」
「そうか……よかった」
納得出来なそうに頭をかくグレアムさんに背中を曲げ頭を下げる。
「すいません一つ質問をしてもいいですか?」
「ああ、いいぞ」
顔を一度下げ、悩む。
ただ少しでも、その芯を見つけるために他人の話しを参考として聞きたかった。
目元を寄せ真剣な表情でグレアムさんに聞く。
「グレアムさんの冒険者である芯って何ですか?」
「偉くなってやるっていう、地位だな。」
「意外ですね」
目を細め皮肉げな笑みをグレアムさんはする。
それを聞き数度瞬きをした。
「そうでもないさ、俺は元盗賊だしヒューもそうだ。ただ俺の場合は親父よりも価値のある人間になりたかったからな」
「えっと偉い人なんですか?」
そこで浮かんだのがグレアムさんが元貴族という可能性だ。
もしかして貴族の末っ子で幼少期酷い扱いを受けた。
そして父や長男達を見返す為に冒険者を始めたのか? という妄想を頭の中に浮かべつつ、体を小さく丸め、恐る恐る上目遣いでグレアムさんに問う。
「全然。自分のガキに犯罪をさせ、稼がせたその金で酒を飲んでるクズだよ。正直冒険者になった時に目的は果たせたと言ってもいい。だが当時の俺はそうは思えず、上に上にと夢中で依頼をこなしてた。お陰でBランク冒険者にまで登れたよ。……目的や動機なんて途中で変えてもいい、でも自分が中心にいる事にしろよ」
グレアムさんは腰につけていた水筒を取り出し口を大きく上げ中身を流し込む。
匂いからして無味無臭、だが目を瞑って中身を流し込んでいるのだ、水分補給より気を紛らわせるために口に物を入れたかったのだろう。
「最後にもう一つ聞いて良い?」
「どうぞ」
ここで引き返すべきだと心が言う。
だがグレアムさんは水筒を口から離した後、勢いよく水筒を床に置いた。
カンと音が鳴った一瞬だが彼は笑みを噛みしめるように下を向いた。
その表情からは既にその過去は乗り越えたと書いてある。
僕は変わりたい、その心はずっと強く持っていた。
だから。
「お、親父さんとはどうやって別れたの?」
声を震わせ息を呑み込みながら聞く。
そしてグレアムさんは再び上を見つめ。
「俺は親父がクズだったのは母が死んでしまった事が原因だと考えていた。だから親父を支えていればいずれ立ち上がり二人で生きていける、そう思ったから犯罪をしてまで金を持ってきた。俺が親父を見限ったのは親父が俺の名前すら知らない事を知ったからだ。母が付けてくれた名前、母を愛していたら知っていてもいいはずだ」
グレア厶さんはそこで話を一度切り拳を固く握りしめ、目を細めて天井を睨みつける。
「俺と親父はずっと二人で同じ屋根の下で生きてきたんだ、忘れるはずはないと思っていた。でも親父は俺の名前を知らなかった。思い出してみればお前とか、おいとしか呼んでなかったな。母が死んだのは俺が4歳の時、辛うじて物心が付き始めた頃だ。俺が生まれたせいで母が死んだのなら俺の名前を知らないことにもまだ納得が出来たのかもしれない。でも俺が生まれてから母が死ぬまで年単位での時間はあった。そこでようやく気づいた。俺とこの男は血が繋がっただけの他人なんだって。だからその日の深夜に家を飛び出した。我ながら勝手な奴だとも思うがな」
そしてグレアムさんは拳から力を抜き僕を見つめ「これで応えられたか」と言い笑った。
「そっか、ありがとうグレアムさん。むしろ僕のほうが同情しそうになったけどね」
「そりゃどうも」
僕は座りながら頭を下げる。
グレアムさんは少し考えるように背を壁に預け目を瞑った。
「兄貴交代の時間ですぜ」
「ヒューが呼んでる、交代の時間だな」
「はい、よろしくお願いします」
僕とグレアムさんは立ち上がりリザードマンが居る前線に向け歩いていく。
そんな中で僕は剣を握った手を見つめていた。
どこか自分だけが大変だと思っていた。
自分だけが辛くて、だから他人を見ようとはあえてしなかった。
だけど他人の過去でほんの少し心が救われた。
もしかしたらまだ変われるのではと少しで思えた。
他人が出来るなら自分もできる。
そんな考えを情けなく思いながら、ほんの少し尽きぬ焦りが収まった気がした。
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