第18話 苦難の入口 1
「ロストくんあなたは……」
その言葉に耐えきれずに腰袋にある投げナイフに手を伸ばす。
実力差は歴然、しかしその恐怖は抑えられる程度の浅いものではなかった。
*
「別れちゃたね」
「そうですね……僕のせいですいません」
僕らがいる現在地は先程居た地下水路ではない。
リザードマンを倒しながら進み、ついに敵の拠点を発見した。
水路の壁に掘られた横穴には10を超える犯罪組織の構成員が陣取っている。
だが残念ながら相手が悪かった。
ギルドでも指折りの実力者である余所者が複数人いるパーティーだ。
一切の抵抗をさせずに構成員を拘束してしまった、まぁ数人壁にめり込んでいたが。
その拠点を詳しく探すとそこには転移門があった。
それ以外の収穫はなく、危険を承知しながらも僕らはその先に進むしかない。
そこで問題だったのはこの転移門を誰が使えるようにするかだ。
まずグレアムさんが転移門に触れてみたが、そのまま通り過ぎるだけで何処にも移動しなかった。
皆が悩む中、ベンさんが笑顔で僕を見つめる。
「出来るよな?」
彼の一言で皆がこちらを見つめ、溜息を吐きながら転移門に触れた。
集まる目に耐え、魔法を解析するのに少しばかり緊張してしまった。
それでも5分で転移門の改変を終え、盾持ちのグレアムさん共に一番最初に転移門へと足を踏み入れる。
転移門の先は廃城だった。
だがここでより大きな問題が僕らに遅い掛かる。
それはスケルトン。
といってもスケルトン一匹程度なら幾らでも対処は出来ただろう。
だが城の中心部、その広場にいるスケルトンの数は100を軽く超えていた。
「数が多すぎやしないか?」
「でも敵の対処は可能っすよ兄貴」
「馬鹿たれ。ヒュー、此処は敵陣だ。騒ぎを起こしてどうする」
「すまねぇ、おっさん」
「おいロスト此処は何処だ?」
(えーー)
全くベンさんはすぐ僕を頼る、いつもの事だから良いのだが。
振り返り、呆れた目をベンさん送った後前を向いた。
そして顎を右手で掴みながら広場、そして周囲に目をやる。
折れた支柱に、壁が半壊し風が入る廊下。
広場にある噴水、そしてその奥の壁にある紋章が目に止まる。
掠れているがあの子犬の紋章はどこか見覚えがある。
「待って今思い出す、見覚えがあるんだけど」
「ちょっといいですか、スケルトンは生者の生きた気を頼りにするので」
「ルシア、悪いがそれ以上言わないでくれ。何が起こるのか想像がついた」
ルシアさんの一言にベンさんが右手で頭を押え、ルシアさんに向け手を前に突き出す。
そんな2人のやり取りを見ながら掠れた紋章をより詳しく観察するために鈴を一旦鳴らすと、ある事実に気付く。
「ベンさん、隠れても無駄だよ」
「ロスト言うな。頼むから」
「そうじゃなくて、挟まれそうだけど」
左右の扉に顔を動かす動作を見て、皆体を硬直させた。
探知魔法で広場にいるスケルトンの数が少ない事に気付いた。
彼らの一部は前面にいるスケルトンを隠れ蓑に少しずつバラけ、僕等がいる広間、その左右にあるドアの外で整列し待機している。
ダンダンと右側の扉が鳴った次の瞬間、左右の扉が勢いよく開きスケルトンが広間に流れ込んできた。
「逃げるぞ」
「おう」
スケルトンの波をかき分け逃げていると、目の端に噴水の奥にある紋章が再び目に入った。
(やっぱり何処かで見覚えが?)
「あらゆる物を利用しろ、恐怖を、間を、そして相手が自ら頭を下げたのなら一切の躊躇なく首を切り落とせ。それが迷いの森で生き残る唯一の方法だ」
昔森番の先輩に言われた言葉だ。
この言葉は迷いの森に入る時不思議と頭の中に浮かぶ、そのように訓練をした。
仮定としてここが迷いの森ならば、城の数はおよそ4つ、そしてスケルトンがいる城は。
不思議な事にスケルトンは僕を狙わず周りの4人に群がっている。
狙われる者と狙われない者、迷いの森、紋章、スケルトン、1つ1つの事実を噛み締めていると思わず足が止まった。
(まさか)
仮説を裏付けるために頭を下げる。
するとスケルトン達から僕への敵意が消えこの場で完全に居ないものにされる。
「つまりここは」
「なんで足を止めているんですか!! 逃げないと、って相変わらず軽い」
ベンさん、グレアムさん、そしてヒューさんの姿は広間から追いやられ、スケルトン達が入ってきた廊下の先にある。
足を止めた僅かな時間で孤立してしまった僕と合流する為、スケルトンを押しのけルシアさんがこちらに走ってくる。
そして彼女は僕を脇に抱えると大きく跳躍。
スケルトンの姿が無くなった広場に着地し、今度は廃城の2階部分、壊れた壁が生み出した隙間目掛け、瓦礫を足場に飛び込んだ。
結果僕らは逸れてしまったわけだ。
*
飛び込んだ隙間の先は廊下だった。
廊下に出た僕らは一度近場の部屋に入り話し会うことにした。
その時ルシアさんに何度か頭を下げたのだが、彼女は優しく微笑み首を横に振る。
「大丈夫ですよ。それより何に気付いたんですか?」
「ああうん、この廃墟の場所がわかっただけで……」
「ホントですか!!」
「うん」
目を見開きルシアさんはこちらに近付くと肩を掴み揺らす。
彼女の手を肩から外すと、腰袋に入れてある一枚の紙と万年筆を取り出し床を下敷きに迷いの森の簡易地図を書いた。
一応魔法を使いインクを乾かしてから現在位置を指差す。
「で、ここの場所ですけど、迷いの森にある城と呼べるような場所は主に4つ。一つは迷いの森の中心部にある建物、そこは入れぬよう念入りに封印処理がされているため近づく事は不可能。2つは東、こちらの城塞は現役で使用されています。3つはシリウス。そしてスケルトンがいるような廃城は1つしかない。西にあるプロキオン伯爵が放棄した廃城ですね」
「場所が分かれば……城の構造はわかりますか?」
「わかります。来たことがあるので」
「それなら……人が集められるような大きな部屋はありますか?」
「ありますけど何かあるんですか?」
紙の裏面に今度は城の簡易地図を書く。
食堂に謁見の間、先程通った広場、地下牢に隠し部屋、僕はそこで少し頭をかしげる。
だって此処にはシルヴィアっていう一人の子供を救いに来た。
他の対象を推測するならシルヴィアと一緒に捕まっていた子供か? 子供なら檻に入れて積み込めばさして場所も取らず捕らえておけるだろう。
頭に引っかかりを覚えながらも、可能性として丁寧に扱われているならスペースも取るか、と地図書きながら考え事をしていたのがよくなかった。
考えていた事を口にしていたらしくそれを聞いたルシアさんは頭を傾げる。
「何があるって此処には拐われた人を救助に来たんですよ」
「拐われた子供をですよね」
ルシアさんは目を細め、腕を組む。
「一つ質問なんですけど、ロストくんはいつ頃この作戦のことを聞きましたか?」
「ギルド長から昼前だったかな、時間と集合場所だけを教えられました」
「拐われた対象はシリウスに住む老若男女です」
「……あのギルド長、そこら辺の説明はしっかりしろ」
溜息を吐きつつ、インクを乾かした城の地図をルシアさんに手渡す。
彼女は受け取ると両手で地図を持ちながら部屋の中を歩く。
彼女を目で追いながら目線を床に向けた。
ここには自分の心を守るために来た、それだけだ。
シルヴィアを救い出す、その責任以外は背負う気はないのだが。
「よくそれで犯罪者の識別が出来ましたね」
ルシアさんは呆れ顔で僕を見るが、それに対してこちらは口を尖らせる。
「どうせギルド長の仕事なら前もって余分な物は排除してあるし、後は目に付く物を追ってけばだいたい目標には近づけるから……慣れって怖いね」
「それで上手くいってるなら文句はないです。でも場所もわかっているなら少し余裕はありますね」
「余裕は無いとは思うけど」
ルシアさんにとっての余裕とは前もって決めていた作戦時間の事だろう。
だが僕の価値観に時間という観点の余裕は一切ない。
一秒でも早くシルヴィアを救い出す。
どんな依頼でもそうだ、早ければ早い程良い。
焦りはしないが余裕など作らないほうがいい。
「いえ、この依頼とは関係ないです。私自身の用事を果たす時間がある、そういう意味での余裕ですよ」
ルシアさんは足を止めこちらを見る。
その目を見てようやくだ。
彼女が僕に向けていた目の正体がわかった、それは診察だ。
それに気付いた時嫌な汗が背中から流れ始めた。
元々彼女の行動一つ一つが気になっていた。
特にルシアさんとの初対面時、彼女は僕を持ち上げた。
あの時は魔法こそ使っていなかったが、戦闘が苦手な僕は奇襲を絶対にさせないよう後ろを取らせない技術は徹底的に学んできた。
実際彼女の動き方を道中見てきたが、お遊び感覚で背後から詰めよられ体を持ち上げられるまで接近に気付かない事はないだろう。
彼女は間違いなく全力で僕の背中を取りに行っていた。
それでも普通は、後から来た僕があのパーティーに馴染めるようにしたと考えるだろう。
だがあれはルシアさんが僕の体重を知るために狙ってやった事だ。
ギルドの健康診断の書類、その一項目だけ僕は偽装をしていた、それは体重。
「ロストくんあなたは何か病気を患っているね、それも命に関わるような」
言い切られる前にすでに距離を取っていた。
部屋を飛び出し廊下に出ると同時に腰を落とし臨戦態勢を取る。
その腰を落とす動作に紛れさせ両腰に付けられている袋から投げナイフを抜く。
指に挟んで計8本、腕を前に振り払うと同時に全てルシアさんに投擲した。
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