第13話 僅かに見える掴まない希望 3

「もういいだろう、本題に入れ」


 商店街を離れ大通りを歩く。

 多くの人が行き交う人混み、その中で振り返らずシルヴィアに話掛けた、あくまで優しくだ。


 確かに先程の彼女の態度が不快とは感じていたがそれは同族嫌悪みたいな物だ。

 僕には彼女のような優れた容姿はないが、人に好かれようとする愛嬌の出し方が少し似ていた。

 そこが鏡ごしに自分を見せられているみたいで気持ち悪かった。


「わかりました」


 淡々と彼女も返事をするが言葉の最後、その波長がずれる。

 彼女が言葉に込める初めての生の感情、何故か不思議と拳に力が入った。


「あなたにお願いがあります」

「どんな?」

「お願いです。私の仲間を助けてください」

「一ついいかな?」

「はい」

「なぜ僕」


 振り返り眉を潜め人差し指で己を指す。

 

 自慢ではないが僕はEランクの冒険者だ。

 とてもではないが戦闘系の依頼を受けるタイプではない。


「あなたの話をグレゴールさんとステラさんに聞いたからです。自虐趣味があるが有能な冒険者だって」

「どこまで気づいてるんだかあの人、それで何?」


 いくらグレゴールとは言え、どこまでこちらの事情に気付いているんだか……流石に全部ではなさそうだが。

 そっぽを向き悪態をつく僕を目の前にシルヴィアは瞬きをする。


「いえ、意外に口が悪いんですね」

「僕は聖人君主じゃない、気が立ってれば口調も荒くなる、面倒事ならなおさらだ」

「あなたは困っている人をほっとけないとステラさんは言っていましたが」

「やめてくれ」


 無意識に彼女を睨んでいた。

 

 それに気づけたのはシルヴィアの表情だった。

 笑みを絶やさないシルヴィアの目が一瞬泳いだ、そこから読み取る僅かな焦り。

 そこで不機嫌さを顔に出していたのを察する事が出来たのだ。 

 

 手で強引に眉間を揉み解し表情を緩めると同時に確信を持った。

 彼女は賢い、間違いなく彼女は自分の行動の結果が相手にどういう態度を取らせるか計算している。


 溜息を吐きつつ周囲を見渡す。

 道のど真ん中で立ち止まり過ぎたせいか、周りからの視線が突き刺さる。

 

「一旦場所を変えよう」


 左手にある裏路地まで歩いてい奥に進む。

 そしてシルヴィアに振り返り。

 

「とにかく仲間って?」


 そう聞くと体を跳ねさせ彼女は僕に近づきながら笑みを溢す。


「はい、私は3日前ギルドに保護されました」

「僕は詳しく知らないから教えて」


 3日前はトールの依頼をこなすため迷いの森で野宿をしていた。

 その当時の事を僕は知らない。


 近づかれた分後ろに下がり、目を細めてシルヴィアを静止する。

 彼女は視線を受け足を止めると瞳が揺らいだ。

 だが一度目を閉じ深く深呼吸をした後力強く目を見開く。


「わ、私達はある犯罪ギルドに捕まっていました。そして3日前、ギルドと領兵の共同作戦で救出されたんです。成功した要因は2つ。完全な奇襲であったこと、そして管理者がたまたまその場にいなかった事。でも……」

「助かったのは君だけか」

「はい……お願いします。みんなを助けてください」


 そしてシルヴィアは深々と頭を下げた。


 彼女の話に嘘はないだろう。

 最近シリウスに応援に来ている余所者の冒険者が理由にもなし、いるわけがない。

 なにより領兵との共同作戦というのが彼女の主張を強く補完していた。


 シリウスの領兵は優秀だ。

 その背景には普通の領に比べて犯罪組織への危険意識が高い事、徹底した領主により管理、汚職などの公的機関に属する人物達の犯罪が異常なレベルで厳しく罰せられる土地柄が上げられる。

 ある事柄に関係する物のみだが、シリウスの領主は汚職に手を出した職員に対して国家反逆罪の名目でその場で処刑を執行する権限を持つ。

 

 ある事柄、それはここシリウスの南に存在する侵入禁止区域である迷いの森の事だ。

 この城塞都市シリウスは迷いの森を管理するために作られたという歴史を持つ。

 他の都市では犯罪組織は都市を黒くもするが同時に富を生み出す共同運営者として存在が許されているが、ここシリウスではそれが許されない。

 

 昔シリウスの領兵を表す言葉を先輩冒険者のタイロンさんが教えてくれた。

 少しでも怪しい物を見つけたのであれば、草の根分けて捜し出し、痕跡残らず燃やし尽くす。

 領兵という組織の名前が出れば僕も少しは少女の話しを信頼できる。


 そしてもう一つの信頼要素として冒険者と領兵の共同作戦という点だ。

 これには内のギルド長グレゴールが関わってくる。

 ギルド長はシリウスの領主の家系、領主とギルドの連携はここシリウスではよくある事だ。

 

 僕は彼女の顔を一度見る。


 腰を曲げているのは相変わらずだが僅かながら首を上げ僕の様子を伺っている。

 彼女は先程のような相手に媚びるような目はしていない。

 シルヴィアの目は力強く自分がやらなければという使命の炎を宿していた。

 とても眩しい生きてる人間の目だ。

 だから僕も紳士であらねばならないと思う。


「ごめん、僕はその依頼を受けることはない」

「どうしてか聞いても?」


 首を振り断った僕に少し上ずった声で彼女は理由を聞いてきた。

 頭が良いと思ったが彼女も歳相応か。

 依頼を受けないと聞きシルヴィアは上半身を起こすと目が潤んでいた。

 その目を真っ直ぐ見返し。


「僕は……シルヴィアの本気を感じたから。だから一番成功率の高い方法を教えるべきだと思った」

「一番成功率の高い方法?」

「そう、領主様に相談することさ。他の人ならともかく救出されたシルヴィアなら信頼もされる。それが難しいならグレゴールでも」

「無理です」

「え」

「無理です!!」


 シルヴィアの声は今までの力強い声ではない。

 消え入りそうな、振り絞り出した細い声。


 煮えきらない僕の返答に大声こそ出したが、そこで力が抜けてしまい体の震えを両手で抑えながら蹲ってしまった。

 顔を下げている為表情は見えない。

 だが彼女の膝に落ちる水滴、先程よりも萎んだ印象の姿。

 

 それでも顔を上げ、歯を食いしばりながらシルヴィアはその理由を話しだした。


「私は貴族に拐われ、ここにいるんです……だから無理です」


 シルヴィアは話し終えると再び顔を下げ蹲る。


 領主に攫われ犯罪組織に売られた。

 その過去があれば権力者に頼るのが怖くなるのは当たり前だ。

 

 信用できないだろう、だから個人の冒険者に頼る。

 理由もわかった……でも僕の意思は変わらない。


「そうか……でもそれでも君がやるべきだ」


 両手の拳を握りしめポケットに突っ込むと彼女に背を向け裏路地の奥に足を進めた。


 助けるという意思も思いも全て彼女の物だ。

 それに何かをしたいのに手段を選ぶような思いは所詮紛い物。

 キツイ事を言っているかもしれないがやはり僕が彼女に真摯に向き合った結果は変わらない。

 僕のような中途半端な冒険者に頼むくらいなら……領主を頼るべきだ。


 ただ今すぐ領主の下に連れて行った所で意味はない、彼女は何も喋らず下を向きだんまりを決め込むだろう。

 だから少し考える時間が必要だ。


「意気地なし、臆病者」


 彼女からの罵倒を背中に受けるが立ち止まる事はない。

 右手を上げそれに答えるだけ。

 それを見たであろうシルヴィアは大声を上げて泣き始めた。


「頑張れよ」


 安い同情はするが行動には移さない。

 そもそも僕には力がないから頼まれても無理なのだ。

 例えその仲間達を捜し出す事は可能であったとしても、とてもじゃないが救うことは出来ない。

 悪者を真正面から叩きつけるヒーロには成れないのだから。

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