第12話 僅かに見える掴まない希望 2

「さてロストに来てもらったのはこの子の面倒を見てもらいたいからだ」


 ギルド長室での会話を思い出しながら僕は前を歩いている人物に視線を向ける。

 ここはギルド長室ではない、場所は移り商店街。

 

「ねぇ、おじさんこれ何?」

「ああ、これはな」

「あんた何やってんの!!」

 

 キラキラと輝く銀髪を靡かせ多くの人がいるこの商店街でも一際目を引く美しい少女は好奇心のままに八百屋の店主に商品の名前を尋ねていた。

 八百屋の店主は頬を緩め彼女に無料で果物を渡そうとするが、裏で見ていた店主の奥さんが店主の頭部に拳骨を落とし店の奥に引きずっていく。

 銀髪の彼女はその光景を見て戸惑いながらも笑い、そんな彼女を見て周りの男女問わない人々は皆笑顔になる。

 大勢の人々が闊歩するこの場でまさしく彼女は花だった。

 

「ごめんね、もしよければ食べていくかい?」

「ほんとにいいんですか?」

「ああ、家の店主がごめんね」


 少しすると店主に折檻を終えた奥さんが果物を切り皿に載せたものを持ってきて少女に渡す。

 嬉しそうに果物に手を伸ばし果物を口にする。

 少女が果物を一切れ口にしている間に八百屋の奥さんは少女に対して邪な視線を送っていた者達、主に男性連中に厳しい視線を送る。

 それを受け男性たちは、頭をかいたり、口笛を吹いたり態度はそれぞれだ。


 そこで僕が思い出したのは少しお腹が出ている宿屋の店主の事だ。

 

 八百屋の店主は許して上げて欲しい。

 彼を奥さんが叱った理由は少女に向ける邪な目線が原因であったのだが、僕が見た限りは邪というよりは少し気持ち悪い、ある意味八百屋としては健全な目ではあったと思う。

 自分が売る果物を少女が食べる姿に興奮を覚えていたとかだろうか、八百屋の店主に関しては男女関係なく同じ目を向けるので、清々しい変態なだけだ。


 露骨であるのはむしろ愛嬌だ。


「ねぇねぇ君も食べなよ」

「僕ははいいよ」


 銀髪の少女シルヴィアはこちらに向くと果物をほっぺに抱え込みながら、お皿を僕に突き出す。

 それを首を振り僕は要らないと拒絶する。


 僕がギルド長に頼まれた仕事がこれ、シルヴィアを外に連れ出しくれないかというものだった。

 支部長のグレゴールの事だ恐らく歳が近い人物が好ましいとでも思ったのだろう。


 実際シルヴィアと僕の背丈は近い、彼女の方が僕より頭半分背が高い程度の差だ。


(でもねグレゴール僕は自分より背の高い女の子が苦手なんだよ)


 眉を潜め考え事をしていると目の前のシルヴィアが頬を膨らませている。


「む〜〜」

「あらロスト、内の売り物が気に入らないのかい」

「そんなことはないけどさ」


 シルヴィアを宥めるかのように奥さんがその場に割って入る。

 そしてシルヴィアの背中を優しく触りつつ僕に対して呆れたような目を向けた。

 頭をかきつつ目線を外すが僕らを囲むように大勢の人達がいる。


 殆どが通行人、だがその子に紛れて等間隔に立っている商店街にある店の主人達を見て大きな溜息を吐いた。

 この場所が商店街でなければ僕は差し出された果物を頂いただろう。

 ただ残念ながらこの場所は商店街。

 手を出せば大変面倒くさいことになる。

 

 普段商店街にはできるだけ近寄らないことにしている。

 その理由は仕事以外での報酬を貰う気がないからだ。

 

 僕のギルドでの配分依頼の大半が鍛冶に関係するものだ。

 包丁を作ったり屋台の道具を作ることもある。

 殆どが商売用、家庭で使うものならそれこそローランド商会がやっている総合売り場に行けばいい。


 ここで問題となるのが配分依頼という性質だ。

 配分依頼は住民だけの依頼ではない、領の公務員や国などから少々訳ありな人々のお願いを押し付けられる事がある。

 例えば借金をして店を出そうとするが店を作るのにお金をだいぶ使ってしまい道具まで手を出すと資金が足りなくなってしまう。

 急遽道具が壊れて明日の営業ができない。

 お店が失敗した時のための保険として少しは手元にお金を残しておきたいからできるだけ、でも安くていい道具を揃えたい。

 そんな身勝手な人達がギルドに流れてくる。

 

 皆に認められたくて他人の行き詰まった配分依頼も半年前まで受けまくっていた。

 結果できたのが僕に恩のある人間の溜まり場、商店街である。

 

 ギルドも領との共存関係をアピールする為に断れない依頼であり、ギルド負担で制作費用を出して貰えるので色を付けて依頼料も支払われていた。

 それに配分依頼をしたことによりギルドの職員からの評価は上がり、報酬としては十分過ぎるほど得ていた。

 

 しかしそれで納得できない人達がいた、そう商店街の人達だ。

 商店街を通り過ぎる度に恩義を感じている人々がしきりに商品を僕に押し付けるのだ。

 依頼で指定された報酬以外はもらわない。

 そんな職人意識を持つ僕は次第に商店街を避ける生活をし始めていた。

 自分達の押しつけで僕を困らせたらいけない。

 そんな考えを商店街の人々も持ってくれたのだろう。

 最近は商店街に入っても商品を押し付けられる事はなくなってきた。

 おかげで少しは落ち着いて買い物ができるようにはなったが一応警戒して出来るだけ商店街には近づかないようにしている。


 ここが僕と商店街の関係性だ。

 それを踏まえた上でのこの状況、恩を返したい彼らの眼の前で商品だった果物を食べようものなら、商店街に住む人達が今まで抑えてきた恩返しというなの欲が爆発しそうで怖いのだ。 


(ここで受け取ったらどうなるのでしょうか?)


 心の中で敬語になってしまったが僕が出した答えは受け取らないだった。

 

「また別の機会で」

「なるほど別の機会にね」


 何故か背後の商店街連中の声が被って聞こえたが。

 その場から一歩離れ遠巻きにシルヴィアを見つめる。


「いーーだ」


 シルヴィアは僕に向かって威嚇するように歯をむき出しに訴えそれから八百屋の奥さんに再び向き直った。

 周りの人達はその光景に心安らいだとでもいうのか、生暖かい目を僕に向けてくるが、その一方で僕の感情は冷え切っていた。


「女狐が」


 誰にも聞こえない冷たい声でそう呟く。

 どうしてだれもわからない?

 シルヴィアは別に無知ではないし、おそらく言動よりは間違いなく精神年齢も上だ。

 彼女は演じていた、好かれ他人を惹き付けるように。

 自覚している己が美しく、それが人に取り入る武器になることも。

 そしてそれ以上に。


「ありがとうお姉さん」

「あら、言葉がお上手ね」


 シルヴィアは八百屋を離れた際に一瞬こちらに振り返り僕に流し目を送る。

 彼女はこの場の誰よりも僕に媚びてくるのだ。

 何かを狙うその瞳が、回りくどいその態度がとにかく不快だった。

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