第14話 僅かに見える掴まない希望 4
シルヴィアから少し離れ裏路地を出て通りに戻った時だった。
ある男性が心配そうな顔で話しかけてきた。
「大丈夫か坊主?」
「何がですか?」
「いや、だって泣いてるだろう」
すぐさま目元を手で拭くと確かに手の甲にしずくのような水気を感じた。
強引に笑みを作り。
「はは、すいません大丈夫です」
「そうか、頑張れよ」
男性も急いでいるのだろう、僕が笑ったのを確認すると眉を優しげに緩め肩を叩く。
そして人混みの中に消えていく。
(そうか泣いてたか)
涙を拭いた手の甲を見つめると確かにそこには雫が着いていた。
そして笑みを消して歩き出す。
シルヴィアの罵倒はあながち間違っていない。
僕は意気地なしで臆病者だ。
正直痛い所を突かれた。
だけど自分で自分の心を刺すのは手慣れている。
だからあの程度はどうって事はない。
僕がシルヴィアの願いを聞かなかった理由は色々ある。
無責任な事を言いたくなかったのは事実であるがそれはあくまで表面上の理由だ。
シルヴィアの依頼を受けない、その根深い理由は他人の思いまで背負う、それが出来る程僕の心ではもう頑丈じゃないから。
僕には才能がない。
魔法も武術の才も、知識と技術を学んで行く度にその理解を深める毎日。
そしてきわめつけは現代で最も重要な要素であるレガリア。
ただその程度の困難なら想定内と笑うことが出来ただろう。
レティシアを王都に送り出した数日間、心の中で泣きながら決めた。
レティシアとの約束。
王都で共に冒険者をするという嘘を本当にするという決意を固めた。
彼女から逃げる口実として生み出した無理な約束、ただ己を恥、心から変わりたいと思うのなら目指さなければならない目標だと思ったから、僕は再び歩き出した。
才がないと知り、努力を続けた僕を挫き貶めたの何か? 時間だ、時間のなさが僕を追い詰めた。
どんなに罵倒され、暴力を振るわれても立ち上がれる。
でも生きていられる時間が少ないと気づいた時、眼の前の可能性が全て潰えた気がした。
1年じゃ足りない、どんなに努力をしても足りない。
そこからは大切な親しい人を泣かせない死に方をばかりを考えるようになった。
死とは僕のものじゃない。
周りの、僕の大切な人のものだと師匠が死んだ時に知ったから。
そこからは耐えるのはしんどかった。
大切な人達の優しい言葉が1つ1つが僕の心を刺す。
そしてそんな時だからか僕はより人恋しくなり、大切な人達から離れられなくなった。
心はすでにボロボロ。
こんなに腐り果てることしか考えない生活を半年以上続けた僕は……もう他人の思いを背負えなくなった。
トールの件は確実に上手くいくと確信が持てていたからまだ大丈夫だったが、シルヴィアのは無理だ。
確実性がない。
シルヴィアの言った事は全て事実だ。
僕は臆病物で卑怯者、そして昔レティシアから逃げたように今回もシルヴィアから逃げた何も学ばない愚か者だ。
でも許して欲しい。
自分を守る為なのだ。
もし僕が依頼を失敗し彼女の仲間を救えなかったら僕の心はもう持たない。
ボロボロに砕け散り、他人に対して平静を装うことすらできなくなるだろう。
僕はもう他人の思いを踏みにじれるほど強くないのだから。
それでもどうしてだろう。
「おい大丈夫か?」
先程とは違う男性が声を掛けてきた。
「えっと、何がですか?」
「いや……手だよ手」
男性が僕の右手首を掴み、手の平を見れるよう持ち上げる。
だが右手は開いていない。
強く、固く握られ、そして爪は血が出るほど手の平に突き刺さっていた。
「はは、大丈夫ですよ」
手を振り払い作り笑いをする。
右手は隠すように背中に回しながら。
「本当か?」
「はい」
(諦めれば良いのに、もう無理だってわかってるだろ)
ああ、心とは何処まで間々ならぬ物だ。
現実を見てくれない、理想論ばかり突きつけてくる。
*
「しまった、そこまで仕事だ」
裏路地に戻り先程シルヴィアがいた場所に戻ったが彼女の姿はなかった。
一瞬大通りにいる人達を見る。
人の山だ、それでも仕事をこなすためと唾を呑み込み指を鳴らした。
次の瞬間頭に叩き込まれる情報の山。
その場で白い液体を吐き出しつつ、人混みの前方に目を向ける。
シルヴィアはそこにいた。
人混みに紛れ頭を下げてトボトボと歩いている。
彼女のが無事だった事に安堵の息を漏らす。
失念していた事が一つあった。
それはシルヴィアをその場に置いてきてしまった事だ。
ギルド長に彼女を外に連れ出してくれと頼まれたがそれは護衛の意味もあったのだろう。
シルヴィアを捕らえていた犯罪組織は今だこの都市におり、彼女が現在冒険者ギルドに匿われている事も知っているだろう。
そんな中で1人で外に出ているシルヴィアを見つけたらどう思うだろうか? チャンスと思い再び彼女を捕らえるために動くかもしれない。
ギルド長もシルヴィアを出来るだけ外には出さないようにしたかったのだろうが、人間部屋の中だけでは息が詰まる。
僅かなガス抜きの為に外に連れ出すよう僕に頼んだ。
その事に後から気付き、今シルヴィアを追って人混みをかき分け向かっていく。
「!」
だが人混みの中でシルヴィアを視認できる場所にまで近付くと三人の男が彼女を抱えていた。
僕の気配を感じ取ったのだろう。
男の1人、仮面を被っている男性がこちらに向きニヤリと笑みを浮かべた気がした。
「っち」
あっけに取られたのがよくなかった。
男達は走り出し一瞬出遅れ僅かなスペースが生まれる。
3人組の男達の中でシルヴィアを背負っているのは一番背の低い少しぽっちゃりめの体型の男性だ。
仮面の男以外の足はお世辞にも早いと言えないが人混みの中を追っているせいか中々距離を詰められない。
腰袋に手を突っ込み取手を指と指の間に挟む。
一番良い方法は投げナイフを使い、男たちの足を奪う方法だが人混み故に使えない。
最終手段として胸元から鈴を取り出そうと考えたが、周りの人、その密集ぐわいを見てこちらを踏みとどまる。
あれは駄目、これは駄目。
正直おかしくなりそうだったが3人組が裏道に入るのを見て笑みを浮かべる。
「しめた」
人混みさえ抜ければあの3人程度の足ならすぐに追いつけるだろう。
勝算が出始めた事に気合を入れ直し、強く地面を踏みしめ裏路地に侵入する。
(一気に距離を詰める)
眼の前に見える3人組に追いつく為に加速しようと大きく息を吸い込んだその時だった。
眼の前に人影が立ちふさがった。
「ちょうどいいところに無能がいるじゃないですか」
その声とシルエットには見覚えがあった。
昨日僕が現実を忘れる為に裏路地に誘い込んだ3人の内の一人、その中で特に攻撃性を見せギルドのロビーで僕を襲った眼鏡の男。
名前は……今はそんな事はいい。
男の背中の先に見える背負われたシルヴィアの姿。
今ならまだ間に合うが急がないと彼女を見失ってしまう。
だが眼鏡の男、その横を抜けようにも裏路地は狭くすり抜けるスペースはない。
「ちょうどいい、いまむしゃくしゃしている所だったんですよ」
男は笑みを浮かべながら僕の顔面目掛け拳を振るう。
男の拳は大ぶりで油断だらけ。
迫る拳が死角となり男から僕の顔を隠す、そのタイミングで笑みを浮かべそうになった。
もし、もしもだ。
ここで拳を受け止めたらシルヴィアへの負い目を忘れられるだろうか?
彼女が拐われた原因である己の不甲斐なさを忘れる事ができるのだろうか?
そう心が弱い方に流れる。
染み付いた思考は咄嗟だからこそ反映される。
「っが」
「夢を見るには日はまだ高い」
だが皮肉にもシルヴィアのせいで少し思い出してしまった、昔のまだ腐ってない頃の自分を。
情けない自分を軽蔑する熱い心を。
男の拳を懐に入ることで躱し、腹部へとカウンター気味に拳を振り抜いた。
ジリという電流が奔った後のような音が響き渡ると男は口から白い泡を吐きながらその場に倒れ伏す。
「クッソ、クッソ、クッソ」
こちら側に倒れてくる男の体を払い除け前を見た時にはシルヴィアの姿はすでになかった。
急ぎ後を追い、奴らの痕跡を探すためジャケットの胸ポケットから鈴を取り出そうとしたが、人が溢れる大通りに出てしまう。
ほんの数秒、目を離し時間を取られた。
たったそれだけでシルヴィアを攫った3人組を見失ってしまった。
右腕を大きく広げ手に持つ鈴を地面に叩きつける。
拳を固く握りしめると再び血が流れてくるが関係ない。
握った右拳で自らの頬を殴る。
「足りない」
軽く首を跳ねさせただけの一撃では己の不甲斐なさを吹き飛ばす事はできない。
首を振り、痺れる頭を再起動させると地面に叩きつけた鈴を手に取る。
そして円を描くようにその場を歩き出した。
「まだだ、まだチャンスはある」
顎に手を乗せ冷静に事態を俯瞰する。
シルヴィアはこう言っていた。
ギルドと領兵の共同作戦で助けられたと。
まだ犯罪組織がシリウスにいるのであれば一度の作戦で終わらせるとは思えない。
それにシリウス領主の性格を考えるならば徹底的に行うはず。
知ってるじゃないか、シリウスの領兵そのモットーは草の根分けても捜し出しその土壌もろとも焼き尽くす。
それに今回ギルドに来ている余所者は数が多い。
余所者……つまるところ他の支部からきている応援だ。
作戦をするにしてもさらに大規模な物を計画していているはずなら。
「入れ」
普段なら好んで入ろうとはしないギルド長室を僕は自分からノックした。
ドアノブを握ろうとする手が一瞬止まる。
「どうした、早くしろ」
グレゴールはそれに気付いているように扉の外にいた僕に声を掛けた。
深呼吸をしドアノブを掴むと一気に回し、ドアを開く。
「失礼します」
「シルヴィアは拐われたか」
彼は奥の机で書類と向き合っていた。
こちらを一切見ないのは頼み事をまともにこなせない冒険者への怒りを抱いているか?
いや、目にシワは確かにあるが、それはいつもの事だ。
そう不気味なほどグレゴールはいつもと同じだった。
「見張りでもつけてたのか?」
「いや、ロストお前の表情を見て察しただけだ」
「表情」
「ああ、怒りに塗れたいい表情だ。いつもの顔色を伺って不安がる表情よりよっぽど良い」
目を瞑り深呼吸をしてから話しかける。
「ギルド長、お願いが」
「わかった、その代わりこちらの指示には従ってもらうぞ」
すんなり通った話に数度瞬きをする。
だがそれならそれでいい。
大きく首を縦に振る。
「わかった」
「時間は13:00頃、ローランド商会近くの広場だ。さっさと行け」
「はい、失礼します」
ギルド長室から出ると再び拳を握った。
ギルドを歩く毎に職員が少し怯えた顔で道を譲る。
人前に出れる顔をしていない。
眉間が寄り目は吊り上がる、そして口は固く結ばれているだろう。
顔の筋肉が否応なしに固まる、それが自分でもわかる。
だがそれでいいのだ。
これは自分を守るための戦いだ。
己の心を守るための。
僕は他人の思いを背負って戦える程強くはない。
それと似たことが言えるのだ。
他人が自分のせいで傷つき苦しむ、それもまた僕にとってもう耐えられない事柄だ。
だからこれは自分の心を守るための戦いだ。
己のが生きていていいと変わらず認めるために。
「結局自分のためか」
ギルドを出た途端皮肉げに笑みを浮かべた
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