第21話 苦難の入口 4

ーベン視点ー


 例え罠だとわかっていても行かねばならない時がある。


  スケルトンの集団により分断された俺達は城の中央部、スケルトン達が居座っていた庭を避けるように行動していた。


 城の中を壁沿いに歩く。

 声には出していなかったが、この探り方で何かが見つかるとは皆思ってはいなかった。


 だが俺達は当たりを引いた。


 城の東側部分に魔物避けの結界が張られている事に気付いた。

 

 グレアムを先頭に俺達は結界の中に入ると一息。


「これでひとまず安心か?」


 背中を壁に押し付けながらそう言うとグレアムは首を左右に振る。


「ベンさん」

「わかってるって口に出しただけだ、たく、ここからが本番だろ」


 腰袋から水筒を取り出し喉を潤す、そして待ち切れないといった表情のヒューに水筒を差し出した。


「おっさんサンキュー」

「ありがとうございます」


 奪い取るように水筒を手したヒューは、首を天高く上げ水を一気に喉に流し込む。

 ヒューが飲んだ後はグレアムへと水筒は回り最後は俺の下に戻ってくる。


 このパーティーで戦闘力が一番低いのは俺だ、なので荷物は出来る限り俺が持つようにしている。

 後は年長者の仕事の1つ、適度な休憩を提案、それとなく休ませるように誘導する。

 

 実力者が多いとはいえ俺を除きこのパーティーに25を超える者はいない。

 

「例え実力があっても若ければ無茶をする、頼んだぞベン」


 グレゴールさんからこういったバランスを取るように頼まれている。


 そして休憩を終え気合を入れ直したその時だった。


「……た……」

「なんだ今の声は?」


 僅かに聞こえた子供の声。

 消え入りそうな程小さいが気になるのは音の聞き取れ方だ。


 俺には、た、としか聞こえなかった。

 だが声の勢いからして言葉の続きがあることは確か。


 ここで危惧したのは1語しか聞こえなかった事だ。

 1単語しか聞き取れないならともかく1語しか聞こえない。

 

 暴力を受ければ体は強張る。

 そんな時に声を出すと、強張った体が力の抜き所として最初の1語を大きな声で発する事が往々にしてある。


 つまり声を発した主は虐げられ、助けを呼ぶのを強要されている可能性が高いということだ。

 同時にここにいる全員は理解しているだろう、これが罠である事を。


 俺はグレアムとヒューに顔を向ける。

 すると彼らは俺を見て頷き、盾と双剣が強く握りしめた。


「グレアム、ヒュー行くぞ」

「はい」

「おうよ」


 罠からもしれない、例えそうであっても見捨てるという選択肢はこの場にいる人間にはなかった。

 それを誇らしく思いながら声がした場所に向う。


「たすけて」


 その声は断続的に聞こえ、声の切れ方や力の入れ方も1回1回違う。

 それがまた声の主が生きた人間で今も苦しんでいる事を如実に伝えてくる。


 そして着いたのが城でいう謁見の間だった。

 

 突入前に再度顔を合わせ、俺とヒューは扉に触れる。

 

 謁見の間の入口は両開きだ。

 右側を俺が左側をヒューが掴みタイミングを合せ一気に開く、そして開いた扉の中央を盾を構えたグレアムが飛び込んだ。


 中には小太りの男がおり、高座に座りこちらを見下ろしている。

 助けを求めていただろう少女は高座下にある段差の所で体を震わせながらも立ち上がろうとしていた。


「来たか、待つのは疲れる。なら誘き出せばいい、こうやって」

「っく」


 少女には鎖付きの首輪が付けられており、鎖の先を目で追っていくと高座に座っている男の右手の中に行き着く。

 

 男が右手に持っている鎖を引っ張ると、少女の体は段差にぶつかりながら男の足元に引き寄せられる。

 そして頭部を踏まれ苦しげな声を上げた。


「まぁ、連中の持っている奴隷の中から1人かっぱらってきたがこれだけ釣れれば儲けものだ。はぁ、何だ貴様は奴隷の癖に生意気な」


 鎖に繋がれた少女は頭に乗せられた足を右手で掴むと振り払い、僅かに上がった顔で小太りの男を睨みつける。


 その反抗的な目が小太りの男は気に入らなかったのだろう。

 振り払われた足で少女を蹴り飛ばし段差下まで吹き飛ばすと、もう一度鎖を引っ張り足元に少女を引き寄せ、少女の頭を感情のまま何度も踏み始めた。


「あの子は?」

「シルヴィアだな。ギルドで顔を見た」


 グレアムは盾を構えながら周囲を確認する。

 人質を取られているこの状況、確かに目の前の男は無防備だが何か仕掛けがあるかもしれない。


「じゃぁここであのデブをしばいて、ガキを開放し、その奥の連中をひっ捕らえれば完璧ってことだろ」

「ま、そういう事だな」

「ヒューも油断するなよ」


 慎重過ぎる俺とグレアムに打って変わり、ヒューは右肩を回しながら一歩前に出た。

 彼の無鉄砲差を心強く思いながら俺とグレアムは互いを見て吹き出すように笑った。


「兄貴わかってますよ、って向こうさんも……はぁ、ゴブリンかよ。だがなゴブリンで俺が止められるか!!」


 隣の部屋から何か小さな影が現れたが、それはゴブリンだった。

 

 剣はサビ、服や靴も所々破れた廃棄品を使っており、平原に現れる普段目にするゴブリンと変わらない。


 ヒューは彼らを鼻で笑いつつ真剣な眼差しで高座に座る男を見る。

 彼から一切目を逸らさずその場でヒューは両足で軽く跳ねる。

 そして両足が再び床に着いた途端、背中に羽が生えたような軽やかさでヒューは踏み込み、音すら出さない軽い足取りで男に接近する。

 

 ここで謝ろう、俺達は油断していた。

 

 ヒューの独断先行、だが相手がはゴブリンだ。

 俺とグレアムの意識は高座に座っている男から少女をどう救おうか、これしか考えていなかった。


 まさかヒューがゴブリンに一杯食わされる、そんな想定は頭の中にはなかった。


 ヒューが後3歩で小太りの男に斬りかかれる、そんな時だった。

 盾を持ったゴブリンがヒューと小太りの男の間に入り込んだ。


 ならばとヒューはステップを駆使し、盾使いのゴブリン、その右横を通り過ぎようとした時、突如盾の内側から槍が生えた。

 

 ヒューは目を見開きつつも剣で槍の穂先を受け止めると、その勢いを利用し後方に大きく飛び距離を稼ぐ。

 

「ヒュー危ない」

「ッつ」


 左右の部屋から弓を持ったゴブリンが転がるように飛び出し矢を放つ。

 その矢はヒューの着地点に向けられており、見た限りタイミングは完璧。

 このまま着地すればヒューの両足は矢に射抜かれてしまうだろう。


「風よ」


 ヒューの言葉の後、彼の体は風を纏い空中で数秒停滞、着地のタイミングをずらす事で矢を回避することには成功するが、今度は高座の後ろに隠れていただろう杖を持ったゴブリンがヒューに向けて火球を放つ。


 その一撃に対しては俺の隣にいたグレアムが駆け出しており、ヒューの顔を赤く照らしていた火球を盾で殴り消失させる。

 

「ゴブリン共が小さすぎて何処に隠れてるかわからんぜ兄貴」

「ああ厄介だ。俺が前に出る、ヒューは俺の後ろで姿を隠せ。ベンさんも早く」

「ああ」


 グレアムの持つ盾が魔法と矢を完全に防ぐ。

 彼の盾は薄っすらと光っており、その御蔭か火球の熱気さえこちらに伝わる事はない。


 グレアムの表情はリラックスしたものであり、彼の盾がすぐに破られる事なさそうだ。

 ならばと俺も顎に手を当て考え出す。

 

 やはり気になるのはゴブリンだ。

 確かに眼の前にいるゴブリンの身体能力は平原などにいる一般的なゴブリンから見て高い物だ。

 だがその程度でヒューが手球に取られる事はない。


 問題なのはあの連携能力。

 

 ヒューの前方を塞ぎ左右に誘導、盾の内側から突き出された槍に、着地を読んでの射撃、そして本命の魔法。

 ヒューの行動全てが適切に対処されていた。


 熟練の戦闘者達であってもあれほどの連携は中々出来ない。

 ゴブリンとは訓練次第であそこまでの連携が合図なしで行えるのか?


 そこでゴブリン達に目を向ける。


 彼らはグレアムに向かって矢や魔法を放っている。

 気になったのは声掛けをしているようには見えないのに、彼らの攻撃が一切干渉し合わないこと。

 

 熟練の戦闘者が合図を決めずに連携を取れるのは攻撃の役割を前もって決めているからだ。

 矢はあくまで牽制、例え魔法が味方の放った矢を打ち壊しても魔法が敵に当たり仕留められばそれで良い。

 

 変わり種として矢の発射感覚を信号に見立てた奴らもいたが、目の前のゴブリンはそれとも違う気がする。

 それなのに彼らの攻撃は一切干渉せずにこちらに放たれていた。

 残る可能性としては。


(ここは迷いの森か)


 ふと周囲を確認する。

 そこには破れた旗に伸びたツタが窓を絡め取っている光景が見て取れる。

 

 何十年も手付かずの廃城。

 長年シリウスで冒険者をしているがこのような場所は見覚えがない。

 

 俺がシリウス周辺で入れない場所はただ1つ、それは迷いの森だ。

 迷いの森には入れない俺だがその危険性を推し量れる事件がなかった訳じゃない。


 危険、入っていけないなどの禁止事項は、精神が未熟な冒険者には入れという前振りにしか聞こえない。

 そして実際に入った奴はある例外を除き帰って来なかった。


 10年に1人の天才と期待され持て囃された冒険者も、数日後には死体となってロストに引きずられ帰ってきたのを今も覚えている。


「この馬鹿の弔いをお願い」


 何度目か、ギルド長が頭を抱えながら領主への報告をするためにギルドを出た。

 俺はその背中を見つめつつ、受付で冒険者の死亡届を書いているロストに聞いてみる事にした。

 

「迷いの森の魔物とどう戦っているんだ」


 純粋な興味だった。

 無謀な冒険者を死に追いやる迷いの森。

 その中をいつも駆け巡り無事に返ってくる彼と俺達の差を知りたかった。

 右手に持ったペンを口元に持っていきロストは語りだした。

 

「ゴブリンとオーク以外は戦った事無いからベンさんの期待に添えるかかわからないけど?」

「それでもいい」

「わかった。どうやって戦っているかだけど、簡単に言うと相手に何もさせないで殺し切ってる」

「どんな方法だ?」

「それはね」


 ロストは俺から視線を逸らし紙にペンを奔らせながら無感情に言う。


「ベンさん、何か来ます」


 その一声で俺は過去から引き戻された。


 グレアムの声に前を向いたが、彼の盾は先程と全く変わらず攻撃を防ぎ続けている。


 変化があるとすれば小太りの男が杖を取り出し魔法を放とうとしていた事ぐらいだ。

 グレアムは強く踏みしめ床を割り、その切れ目に足を突き刺す。


 警戒を強めたグレアムを見て俺もお尻の上に着けている短剣に手を伸ばした。


「ダークネス」


 小太りの男が魔法名を呟く。

 その次の瞬間俺達の視界は暗闇に包まれた。


「何だこりゃ。攻撃魔法じゃないのか?」

「闇魔法だな。周囲から光を奪う魔法だ。闇魔法はレガリアでも使用できない魔法の1つだ知らなくても無理はねぇよ」


 中級闇魔法ダークネス。


 術者を除き、結界内の全ての者から光を奪う魔法。

 

 これの厄介な所は火魔法も完全封殺出来てしまう所だ。

 詳しい仕組みは俺にはわからないがとにかくやばいことは人質がいる状況で視界を奪われた事だ。


「兄貴どこですか?」

「ヒュー俺はここだ、だが全く見えない。ベンさんはいますか?」

「俺は無事だ。だが状況は最悪だ」


 俺は腰袋から火打ち石を取り出しその場で擦り発火させる。

 しかし生み出された火花は床に落ちる前に全て消え、その明かりは暗闇でありながらもグレアムやヒューの顔を照らす事が出来ないほど弱々しかった。


 だが互いの体が見えればそれで十分だ。

 俺達は急ぎ互いの体をぶつけ合い、背中を合せ対処が出来ない背面を潰す。


 目が見えない時は耳で敵を探るもの、しかし目を瞑り耳を済ませて見るが足音は聞こえない。


(こういう時ゴブリンって強いよな)


 背丈が小さく体重も軽い、つまり足音が小さいのだ。

 ここに暗闇が加われば訓練が要らない天然物のアサシンの完成だ。

 さらにこのゴブリン達は恐ろしいほどの連携能力を有している。


 この状況を脱する最適解はグレアムとヒューの広範囲攻撃で吹き飛ばすことだが、人質がいる時点でそれも封じられている。

 

「おっと、アブねぇ」

「グレアム、壁を作ってくれ。奴ら見えているぞ!!」

「わかりました」


 サッと矢が風を切る音が耳に届く。

 確証はない、だがすぐさま首を動かすと頬を何かが薄く切る。

 背後に居たヒューもなんとか矢を躱せたようだが、今までとは違い悲鳴のような声を上げていた。


 頭を狙った射撃、それを受けて俺はゴブリン達が魔法の影響を受けず目が見えている事を確信した。

 

 指示を出すとグレアムは土で作った壁を生み出す。


 何度か聞いているから音で壁が何処に生まれたかわかる。

 土壁に背中を預け、腰に着けている鞘から短剣を右手で抜き魔力を流す。


「赤だ」

 

 魔力を込め呟くと3秒間だけだが短剣に火が灯り真っ暗な周囲を照らす。

 その僅かな時間を逃さず俺は左手に持った葉巻に火を着け、口に咥え大きく吸い込み煙を吐く。


「なんか煙っぽい、っておっさん」


 ヒューの非難するような声、グレアムも声を出さないが眉を潜めているのはなんとなくわかる。

 彼らはこう思っている筈だ、こんな状況で何をしているのだと。


 だが良いだろう。

 一本、いや半分くらいは吸わせてくれよ。

 これから体を張るんだから。


「ああ、お前ら作戦がある」

「作戦ですか?」

「ああ、上手く行けば人質も一緒に救助できる」

「本当ですか!! でその作戦って?」

「ああ、俺が囮になる」

「「は!?」」


 希望に満ちた声を上げていた2人だが、作戦を告げると驚いた声を上げ、それ以降中々声が出ないようだ。


 2人は心の中で思っているのだろう。

 このおっさん、俺等の中で一番弱いのに何を言っているんだ、ってな。


 だがこれが一番上手く行く方法だ。

 被害が少なく、人質を救う策に繋がる最も最良な選択肢。


「この短剣は魔剣、名は4季色の魔剣だ。能力は鞘から短剣を抜いた際、その刀身の色に応じた魔法属性を一定時間剣に宿らせ使用できる」

「おっさん」

「面倒くさい効果だろう、ただそこが気に入っているんだ」

「いいから止まれおっさん!!」


 ヒューの声がする方向に体を向け口を閉じる。


「馬鹿言うなよおっさん。そんな事誰が許容するんだ」

「俺が許容する。いつだって決まっているんだ、若いのを生かすのは年長者の仕事だ」

「ふざけんな!!」

「まぁ聞け、この状況で俺達と相手の状況を五分にする方法は魔法が切れるのを待つことだ。そしてダークネスはそれほど長く続かない。保って10分だろう。なら」

「なら何だよ!! その間おっさんが犠牲になればいいってか、全員で帰るんだろ!!」


 地団駄を踏むヒュー、その一方冷静に思えるグレアムだがアイツのいる方からの圧が凄い。


 全くコイツラと一緒に組めて良かったとつくづく思う。

 余所者は他人を見下す奴が多いが彼らは真っ直ぐだ、そしてこういう奴らほど後で伸びるんだ。


「自信がないのかヒュー?」

「なに?」


 挑発するように声にヒューは語尾を上げ不機嫌そうに叫ぶ。


「自信が無いんだろう? 10分後魔法を再び掛けられる前に人質を救出し高座にいる男をぶちのめす自信が。ま、しょうがないさ、ゴブリンに読み負けたのはほんの数分まえだからな」

「てめぇ、俺がその時になればあんな奴ら瞬殺だ瞬殺」

「なら大丈夫だな」


 俺の胸元を掴み言いきたヒューの肩を叩く。 

 ヒューは俺に言わされたのだと気付くと声を震わせながら小さく呟く。


「わかったぜ、おっさん」

「なら決まりだな、グレアムもいいな」

「それしかないなら」

「行ってくる」


 暗闇のせいで見えてはいないだろうが壁の向こう側に行く前に後方に手を振る。

 

 そして土壁の一部をグレアムに解いてもらいそこから前に出た。

 戦う前の最後の一服、左手に持っていた葉巻を吸うが煙が出てこない。


「ち、ダークネスの影響で火が消えたか。あ〜〜あ、一回しか吸ってないのによ」


 左手に持った葉巻をその場に捨て、腰を落とし右手で背中に収めてある短剣を握る。


 俺が囮を申し出た理由は2つだ。


 1つは人質の為。


 高座に座っている男は短気そうだ。

 俺達が壁の中に隠れていれば、いずれ痺れを切らし人質がどんな目に会うかわからない。


 2つ目はゴブリン達に近接を仕掛けられたくなかったからだ。


 遠距離ならまだいい、魔法の影響で味方の位置がわからない俺達が動きの激しい接近戦を行えば、同士討ちが怖くてまともに戦えず嬲り殺しにあうだろう。


 だから俺1人で戦う必要があった。


「それに信じているからなと、赤だな」


 俺達は罠に嵌められてしまった。

 迷いの森に住まう魔物に狩られる冒険者の典型例。

 だから生き残りを作るには贄が必要だ。

 

「当たりだ。生きてたら賭博場に行くとしよう」


 刀身の色など暗闇で見える筈はない。

 剣を抜き、魔力を流し、眼の前で生まれた現象でなんの効果が発揮したかを判断する。


 長年の経験だがこういう時は適当な願望を口にすると案外当たる物だ。

 希望通り短剣は火を灯し3秒だけ辺りを照らす。


 そして視界が利かなくなる直前、矢が左足に向かって飛んでくるのが見え右に転がり躱す。


「赤だ、きっと明日は槍が降る」


 床に転がる直前に短剣を鞘に再び仕舞う。

 そして受け身を取り、体を起き上がらせると同時に再び剣を抜く。


 この魔剣、面倒くさいだろ。

 でも好きなんだよ。

 自身の思い通りにいかない所が不器用なあの人に似ていて。

 

 宣言通り剣に火が灯る。

 見えた景色は槍を持ったゴブリンがこちらの腹めがけ槍を突き出そうとする姿だった。


 ゴブリンの槍を躱すとそのまま腹を蹴り飛ばし距離を取る。

 そして再び短剣を背中に回し鞘に納める


「赤だ、これが当たったらダムジンを居酒屋に誘って酔い潰すか」


 再び火が周りを照らす。

 周囲には俺を囲むように4匹のゴブリンが居た。


 ゴブリンは皆短剣を持っており、俺を円の中心に置き周りゆっくりと歩いている。


 明かりが消えるのを待っているのか、彼らの目は俺の短剣に吸い付いている。

 ここまで場が出来ているのにさらに完全な有利が出来るまで待つのか、己の状況の悪さに笑えてくる。


「赤だ、悪いなグレアム、ヒュー、お前たちを俺は信用していない」


 鞘に短剣を収めた直後両太ももが切り裂かれる。

 それを振り払うように短剣を抜き薙ぎ払ったが、ようやく此処で外れが出た。


 短剣は風の刃を生み出し斬撃を放つ。

 

 この斬撃は頬を薄く切り裂く程度の力しかなく魔剣が持つ能力の中では外れに分類される。

 それでもゴブリン達が警戒する程度の能力はあったようだ。


 腰袋から滑らせるようにマキビシを床に散らばらせ、それと同時に短剣を鞘に納める。


「赤だ、そうだあの時の焚き火はこんな色だった。そうだろロスト、初めて会った時の……」


 1回ぶりの当たり。

 火が照らした直後、矢は既に俺の左肩近くまで飛んできていた。

 これは流石に回避が間に合わず左肩に突き刺さる。


「赤だ……」


 これを何度繰り返しただろう。

 

 時々ハズレを引いたが、でも殆どが当たりの赤い刀身だった。


 ギャンブルなら馬鹿勝ちで笑いが止まらなかっただろう。

 だが俺の体はボロボロだ。

 肩に矢が刺さり、背中と太ももの傷は体が動ける程度に抑えているが問題は脇腹だ。

 左右共に深く切り裂かれており足元に血溜まりができていた。


 そしてダークネスの魔法がついに切れた。


「今だヒュー」

「ああ、急げ」


 グレアムとヒューは土の壁から飛び出し高座にいる男に向かって走り出す。

 

「ダークネス、馬鹿じゃないのかお前ら? 魔法を使っているからと言って何もしないわけ無いだろ。詠唱をしてたんだよこっちは」


 しかし高座にいる男はほぼノータイムで魔法を貼り直す。


「くっそ、おっさんの作ってくれた時間が、これじゃ状況が悪くなっただけじゃないかよ」

「ヒューとにかく今はベンさんだけでも回収をするぞ、場所は覚えてるだろ」

「ああ」


 俺の立っているのがやっとな体をヒューが脇に抱え彼らは再び土壁の中に身を隠す。

 そして俺は床に寝かされたわけだが、上半身を上げ最後の力を振り絞り短剣を抜く。


「赤だ……」

「やめろおっさん体が……」


 宣言通り刀身は火を灯し、周囲を照らす。

 

 そこには落ち込むグレアムに、俺を抑えようとするヒュー、そして先程まで居なかったロストが俺を見下ろしていた。


「ロスト」


 その声を出したのはグレアムだったか? それを判別出来る能力は今の俺にはない。

 ただ彼に向かって手を伸ばした。


 そして再び思い出す。

 先ほどの会話、どうやって迷いの森に住む魔物を倒しているかを。


「どんな方法だ?」

「それはね、魔物を一箇所に集めた後そこに向かって煙玉を投げるんだ。そして視界が潰れ何も出来ない魔物たちを剣で一方的に仕留める」

「剣で仕留めるって……それじゃあお前も煙玉の中に入らなきゃ行けなくなる。何も見えないのはお前も同じだろ? どうするんだよそれで」

「これだよこれ」


 ロストが取り出したのは普段彼が着けている鈴付きのチョーカーだ。

 その鈴を何度も鳴らし俺に自慢気に笑いかけてきた。


「ベンさんだから教えるけど、鈴という道具を魔法の媒介に選んだ理由は、手を使わずに多くの波を出せるからなんだ。それにね」


 ロストは鈴の着いたチョーカを両手のひらに置く。

 少しするとそのチョーカーは独りでに動き音を鳴らし続ける。


「これ魔道具でね、魔力を流すと勝手に動くんだ。それに音を出さないで波を出す事ができる優れものでね」

「わかったわかった、でもどうやって煙で塞がれた視界で相手を見るんだ?」

「どうやってって、連続で鈴を使って周囲を見続けるんだ。1回じゃだめなら10回、目や触覚なんかよりも高精度な情報を魔法で得て、それを使って周囲の状況を予測し続ける。周囲の環境、死角からの敵の動き、服の中や隠し武器や道具の把握。まぁ近距離戦で相手に攻め込まれたら役に立たないんだけどね。足を止める方法があれば何もさせずに殺し切れるってわけだよ」


 そうだ、俺が信頼していたのはお前だロスト・シルヴァフォックス。

 いつだって信頼してる。

 あの日、6歳になったばかりのお前が俺の命を救ってくれたあの日から。

 

「頼むぞ専門家。格の違いを教えてやってくれ」


 口には出せていない。

 ただ俺の手を両手で握ったロストの表情は、憤怒に燃えていた。


 今までの怯えた目ではない。

 強い、戦う者の目。


 昔とは強さが変わってしまったが、それでもグレゴールはこの子の探知魔法をこう称した、万能の目と。

 

 そして俺の意識は眠りについた。

 もう大丈夫だという安心感を胸に宿して。

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