第3話 崩れかけの仮面 3

  それから3日間、僕は仕事終わりに南門に向かい一時間だけ彼を待った。

 どうしてそんな行動をしていたのかわからない、だがそれは彼を信頼をするとは真逆な行為だ。


 空を見上げていると街の中央部から鐘が鳴る。

 門を閉じる時刻の鐘。

 街の中で住む人間が気にもしないその音、それが習慣として僕の耳に刻み込まれ始めたその時だった。


「お兄さんもせっかちな人だね」


 このまま自宅に帰る。

 日課となりつつある行動に変化が起きた。

 

 それは強烈な悪臭と共に現れた。

 一切下処理をせずに焼いた動物の匂い、その異臭は僕の眼の前で止まる。

 鼻に流れた元凶へと視線を向けると、僕が依頼した冒険者ロストが呆れ顔をしていた。


 座っていたベンチから立ち上がり彼に詰め寄る。


「で、依頼は」

「もちろん成功だよ」


 嬉しさのあまりロストに抱きつく。

 それを彼は怒らず「落ち着いて」と軽く僕の背中をさするだけだ。

 その優しげな声と、背中に感じる擦られる手の感触で我に帰り、すぐさま離れ謝罪をする。


「すまない」

「まぁ、よくあることだから」

 

 首を振り横に振りながらも笑みを絶えさないロスト。


「それだけじゃない、此処に依頼主がいることもだ」


  ロストは頑なに謝る僕の横を通り過ぎベンチに座る。

  そして彼は座ったベンチの隣を軽く叩いた。


「疲れたからさ、座って話そ。アフターケアもしないといえないから」

「ああ」


 勧められるままにベンチに座り、ロストと同じように僕も空を見上げる。

 夕日が目に入り思わず眉を潜めてしまう、それを見てロストは「ふふ」と笑った。 

 

 彼は変わらず笑顔だが、眉は先程よりも優しく丸められている

 そしてロストは再び空を眺め、僕を慰めるように自分の境遇を話し始めた。


「僕は子供だから信頼されないことも多いんだ」

「だろうな」

「うん、初対面で信頼されず僕以外にしろって反発をしてくる依頼者も多い。それが当たり前で見返す為に依頼を全力でこなしてきた」


 ロストは夕日を見ているようで、何処か別の場所に思いを馳せているように感じた。

 そしてロストは強張った体と心に言い聞かせるよう服の胸元を握りしめている。

 

 よく考えれば最初に会った時から、妙に年齢にそぐわぬ落ち着いた喋り方をする子ではあった。

 余裕があるように見せかけて、本当は彼が一番焦っていたのかもしれない。


「信頼は前例が作ってくれる、そう信じて依頼をこなしていた。だから信頼していない事を謝らなくてもいいよ。信頼は僕が勝ち取る物だから、それに依頼を成功させたのに悲しい顔をされる方が嫌だな」


 ロストはベンチから立ち上がると僕の目の前に右手を突き出す、そして右手にあった物は依頼の品である人形だった。


「依頼は成功、そしてこれが頼まれていた物だよ」

「ありがとう、本当にありがとう」 

 

 ベンチから立ち上がると、人形を持つ彼の手を両手で包みこみその場で泣いた。

 

 ロストは膝を着き祈るように泣いていた僕の手を振り払い、右手に人形を押し付ける。

 そして手首を掴み僕をその場で立たせると、ロストは顔を服に近寄らせ匂いを嗅ぐ、それから何度か頷くと、僕の背中に回り込み両手で押し出した。


「そんな事よりやることあるでしょ、急がないとミアさんの面会時間終わっちゃうよ」


 突如彼が出した祖母の名前。

 だがそこまでは彼に話していない。

 

 彼から離れ警戒心を顕にする。


「どうしてお婆ちゃんの事を知ってるんだい?」

「僕は職人街出身だからかな、ミアさんとは元々知り合いだよ」


 僕の祖母ミアは職人街の纏め役の1人だ。

 この人形も元々祖母の物だ。


 現に人形の背中側には、ミアの生涯の共アミと書かれている。


 彼の発言を聞き息を吐き出し納得する

 それなら僕の事情も知っていてもおかしくない。

 

 ロストに再び背中を押されているが、ただそこで尾を引くのが僕トールだ。

 足を止めロストに振り返る。


「実物はここにある、明日にでも」


 両手で持った人形を彼に見せるが、首を振り今までの温和な表情から真剣な表情に変わり。


「ミアさんを元気づけたいんでしょ。それに今すぐ行かないと人形は受け取って貰えないよ」


 そう行ってロストは強引に僕を見送った。

 理由を聞き出そうにも「早く行け」と背中を強引に押し、全く耳を貸さない。

 僕にできる誠意は彼の言葉に従うことだけだった。



「臭いぞ」

「数日も野宿してればこうなるよ」


 十字路の死角から、ひょっこりとお馴染みの冒険者ベンさんが現れた。

 横を歩く僕と歩幅を合せ着いてくる彼に皮肉げな笑みを向ける。


「どうせ待ち伏せしてたんでしょ」

「当然だ、俺が仲立ちした依頼、顛末を聞かせてくれ」

「明日じゃだめ?」

「だめだ、飯奢ってやるから」

「わかった、家に帰る道すがらね」


 十字路を抜け歩きながら「どこから話そうか?」と口に手を当て、歩きながら考えた。


 今回の依頼の内容は、廃村にある、祖母の人形を探し出し持ってきてくれというものだ。

 難しい依頼に聞こえないが問題は場所だ。

 ここ辺境都市シリウスにおいて、領主の認めた者、森番以外は迷いの森には入れない。

 そしてその廃村は迷いの森にあった。


 森番は原則、領主の下で管理されており、例外は僕とギルド長だけだ。

 内のギルド長は、よほどの事がない限り領主の意向に逆らわない。

 当然のように聞こえるが、彼の破天荒さを知っていれば意外に思えるだろう。


「でだ、さっき言っていた今行かなければ願いは叶わないってのはどういう事だ」

「いつから聞いてたのさ」

「最初からだが」


 どう話そうと悩んでいたが、ベンさんがどこから聞いていたかを提示してくれたお陰で、話す箇所が固まった。

 

 それはともかく、盗み聞きは関心しない。

 目を細め、ジト目でベンさんは見つめるが彼は悪びれず白状する。

 ベンさんの行動に肩を落とし呆れながら説明を始める。


「依頼主のトールは近々手術をする祖母のミアさんを元気づける為に、トールの曽祖父母が残した人形を探し出してくれと依頼を出した」

「その人形ってのはどんな意味があるのか?」

「迷いの森周辺の村にあった、伝統みたいなものかな。生まれてきた子供に終生の友として人形を送る。親は子供より早く先立つもの、決して先立たず、隣にいる終始の友人を送る、だったけ」

「そこで疑問だ、なんでトールの願いが今行かないと叶わないんだ?」


 ベンさんの疑問に答えるために、上着を脱ぎ、彼に向かって投げる事で答えた。

 彼は上着を受け取った時眉を潜めた。

 臭いだろうと、笑みを浮かべると、ベンさんは上着を投げ返す。


 実際その服はとても臭い。

 数日の野宿をしていたが、それだけが匂いの原因ではない。

 そして今はその匂いが重要だ。


「くっさ、俺は着替えを持ってないんだからな、匂いが服についたら奢れないぞ」

「その服の匂いおかしくない? なんか動物を焼いたような匂いがするでしょ」


 数十年前の死体故に、肉や皮膚は腐敗しているが髪はどうだろうか? 生き物の死体は例え一部であっても、焼けば独特な匂いがする。


 丸めた上着を再度ベンさんに差し出す。

 彼は恐る恐る顔を近づけ、匂いを嗅ぐがすぐに鼻を摘んだ。

 だが何かに気付いたような思案顔になり足を止め。


「なぁロスト、その村が廃棄された時の状況は?」

「準備が全くできていない、ほぼ夜逃げに近い状況だったらしいよ」

「一つ質問だ」

「何?」

「迷いの森の廃村で、供養ができた村は幾つだ」

「昨日まではゼロだよ」

「だから今行けか、なぁ……ロスト」

「うん?」

「よく頑張ったな」

 

 べんさんは僕の頭を手で掴むと、ぐしゃぐしゃに撫でる。

 それを振り払い、鼻を鳴らして彼のお尻に蹴りを入れた。


「もう……やめてよね」

「悪い悪い」


 前を歩き出したベンさんが後ろを見ていない事を確認し、先程触られた頭部をなぞるようにこっそりと触った。

 

「えへへ」

「どうした?」

「いや、なんでも」


 照れくささを隠すように、足を速めベンさんを抜き去る。

 ただ、ベンさんとの付き合いは長い。

 もしかしたら照れているのを感づかれるかも知れない。

 

 それはいやだ、なんかいやだ。

 誤魔化す意味も込めて少し吹っ掛けてやることにする。


「つまり僕は疲れているわけだから、多少高い物でもいいよね」

「ああ、どんと頼め」

「まったく」


 振り返りそう言うと、ベンさんは胸を叩き任せろと笑みを浮かべた。

 結局照れくささは隠せず、頭をかきながら彼と横並びで歩いていく。

 

(僕の負けだ、大人しく奢られるか)



 僕は自分に自信がない。

 ベンさんは僕を凄い奴だと言ってくれるが、そんなことはない。

 だって自宅で目にした、たった一つのものが、僕の気持ちを簡単に変えてしまうのだから。


「ベンさんごめん、用事ができたからご飯はまた今度で」

「たっく、しょうがないな。風邪だけは引かないようにな気を付けろよ。これからいそがしくなるぞ」


 そう言って自宅前で待つベンさんを家に返した後、僕は街に出た。

 

 そして今裏路地にいる。

 地元の人間でも立ち寄らないほど暗く、光源は月明かりのみ。


「おい、ゴブリンしか倒せない無能が調子に乗ってるんじゃないですよ」


 腹部への強烈な拳の一撃、足の力が抜け前のめりに倒れそうになるが、髪の毛を掴まれ倒れることは許されれない。

 いつもなら抵抗しないが、ふと先程ベンさんに頭を撫でられた事を思い出してしまう。


「頑張ったな」


 その思い出を汚したくなくて、髪を掴む男の手を振り払った。


 両足で踏ん張り顔を上げると、そこには3人の男性がいた。

 小太りに、痩せ型、そして彼らの中で激しい攻撃性を発揮するメガネの男性がいる。

 そしてこの眼鏡の男性は、数日前にギルドのロビーで僕を襲ってきた奴と同一人物だ。


「はぁ、今日は生意気ですね。まぁいいでしょう。実力が無いんですから今日は厳しく行きましょう。ほっら最低限タフネスは鍛えないと」


 メガネの男性は僕に近付き、その膝をお腹に叩き込む。

 体がくの字曲がるがもう痛みは感じない、膝を地面に付け倒れようとするが。

 

「ちょっと、寝るのが早いっすよ」


 肩を捕まれ痩せ型の男性に立たされる。

 顔を上げると目の前から、体重が100キロは超えている太った男が助走を付け飛び上がる。

 そして男性の蹴り、ドロップキックが顔面に直撃、そのまま派手に吹き飛び、後頭部から地面に接触した。

 

 バレぬよう受け身だけは取ったが、当たった所が後頭部だ。

 視界が揺れ意識が遠のく、それに合わせ自分からも目を閉じた。


「がっは」

「何寝ようとしているんですかお楽しみはこれからじゃないですか!!」


 腹部に現れた強い圧迫感。

 目を開けるとメガネを掛けた男が腹部を踏みつけていた。


 せっかく気持ちよく寝れると思ったのに。

 その不機嫌さからお腹を踏む足を振り払い、意地を見せて立ち上がった。


 立ち上がる際、顔を傾け死角を作る。

 3人から表情を見えないタイミングを作り「へ」悪役のような笑みを浮かべる。

 

 だってこれは僕が望んだことだから。

 現実は痛みが忘れさせてくれる。

 

 大切な人を泣かせたくなくて、自分から死ぬことを選択できない僕が、己への失望を一時的に忘れるために望んだ暴力。

 

 そういう意味では彼らも被害者なのだ。

 僕の自慰行為に巻き込まれ、この事がギルドの職員にバレたら、彼らの将来をきっと潰してしまうだろう。

 

 本当に彼らには申し訳ないと思う。

 でも、僕だってこんな事をしたくはない。

 昔は自分の可能性を信じていたから、もっと出来ると、努力さえすれば変われると、今出来なくても諦めるつもりはなかったでも。


「どうしたこんなもんか!!」


 精一杯の虚勢、声を出しただけで腹部がズキズキ痛む。

 

 左右の2人は青筋を立て拳を鳴らすが、それを制し眼鏡を掛けた男性が僕の前に走ってくる。

 そして全体重を掛け、拳を振るい殴り飛ばした。


 体はその場で一回転し、数えるのが馬鹿らしい程、そして今日最後である地面との衝突。


「もう、飽きたし帰りますか」

「飯行こうぜ飯」


 3人組が、その場を去る声を聞きながら、今度こそ意識が途絶えた。

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