第20話 苦難の入口3

「衰弱死一歩手前ですね、ご飯はちゃんと食べてますか?」

「それりゃ3食しっかり普通の人の2倍以上」

「それで体重21キロですか?」


 ルシアさんの拳が当たる直前、自ら後方に飛び、頭の後ろで腕を組み衝撃を出来る限り防いでいた。

 お陰で軽い気絶程度に済んだわけだ。


 口の中に舌圧子(ヘラに似た物)を突っ込まれた感覚で目覚め、その時に出した声がやけに口の中で反響していた事を今も覚えている。


 目を覚ましたことをルシアさんは気づき一度舌圧子を口から抜いてくれた。


 正直心はボロボロだった。

 殺す気で挑んだ筈なのに負けた。

 この数年間なんの為に努力したのかわからなくなる。


 下を向き落ち込んでいたが首を横に振る。

 顔を上げるとルシアさは落ち着かない様子で僕を見ていた。

 彼女のしたいことはわかっている。


(敗者は勝者に従うのみだ)


 暗い気持ちを振り切るように顎を上げ口を大きく開く。

 次の瞬間再び喉に生まれる圧迫間を受け入れる。


 その後唾液の採取もされ、今はシャツを捲りルシアさんに背中を向けている。


「増えないんだからしょうがないじゃんか」

「はい、終わりましたよ」


 音が鳴らない程優しく背中を叩かれ僕もシャツを下げる。

 道具を布に包んでいるルシアさんを見ながら考えた。


 降参して良かったのかと?


 ルシアさんに降参した理由は形勢が不利になったからではない。

 ここでルシアさんを殺した所で口封じにはならない事に気付いたからだ。


 ギルドの上位冒険者は死ぬ事を計算されていない。

 

 もし彼らが命を落としたのならば第一に探られ線はパーティーメンバー内の裏切り、背後からの奇襲だ。

 そうなれば徹底的に僕の事は調べられ、数日足らずで動機を見つけられる。


 つまりルシアさんがグレゴールの依頼で僕の診断をしに来た時点で詰みという事だ。

 

 どちらにしても


(嘘はいずればれるか)


 このまま見知らぬ地に逃げるか、それとも病院生活か、2つに1つだ。

 

「どうしましたか?」

「どう死のうかと」


 地面を見ながら自虐的に笑い投げやりな返答をする。

 彼女は膝を曲げ身長合わせると両手で僕の頬を覆い真剣な表情で言う。


「死なせませんよ、とりあえず王都に戻った後、血液や細胞、色々な物を調べないと。資料はありますけどやはり自分の目で一度は確かめないと」

「いいよそういうのは……もう聞き飽きた」

「聞き飽きた?」


 頬から手を離し立ち上がったルシアさんは拳を固く握りしめる。

 そんな彼女を片目で捉えつつそっぽを向いた。

 

 もう信じちゃういない、その言葉にルシアさんが眉を動かし反応。

 じっと見つめられる圧力に耐えきれず「ああ」という相槌の元話し出す。

 

「ギルドには隠していたけど、不調の改善は諦めてなかったんだ。休暇を使って何回か他所の病院に行ってたし……そこから漏れたか? やらかした」


 地団駄を踏み、自分の迂闊さを晴らす。

 晴らしたのは恐らく迂闊さだけが理由ではないだろう。

 これから話す過去の体験、そのストレスもあったと思う。


「どこの病院も結果は変わらない。あらとあらゆる治療法と薬が通用しない、そんな患者は病院の評判が悪くなるだけだから出っててくれと言われたよ。そこで知った、医者は職業、成り上がるために失敗はできないし、成功しないと決まっている患者は放り出すだけさ。考えは理解はできる、だから非難をする気もない。だけど決して信頼もしない」


 語る毎に顔は下に向う。

 そして話し終えると頭を上げルシアさんの顔を見た。

 きっと彼女は苦々しい顔をして何も言えないでいるだろう、そんな確信を込めて。


 たがルシアさんは優しげな笑顔で僕を見て胸を叩く。


「なら私は大丈夫ですね、私達デメテルの医者はみんな不治の病に挑む挑戦者ですから」

「それは大勢の命がかかった感染症とかだからでしょ、僕一人の命の為に時間を掛けられる?」


 ルシアさんの発言に呆気に取られながらも不思議と口は動いていた。

 今まで否定された事実を守ろうと咄嗟に擦れた反論を言う。


 僕の病気? 体質? だが僕のこれは他人に伝染るものではない。

 

 だからこそ突いた。

 世界でたった1人しか掛かっていない不治の病を治すために貴方の貴重な時間を、人生の一部をくれますか? と。  


「勿論。その代わり失敗しても文句は言わないで下さいね」

「失敗って」

「だって実例が今の所一人ですから、でもちゃんと命は背負いますから。いえ貴方にはこういった方が良いですね。大人しく私に救われろ。それが貴方の今生きる意味です」


 ルシアさんの口から出た失敗という言葉に少し怯えはしたものの、その強引な物言いに考え込んでしまう。


「これもある意味、意味のある死なのかな?」

「何か言いましたか?」

「いや何でも、そろそろ行きましょう、真っすぐ行けば地下牢なので」

 

 そして出た答えを思わず呟いてしまった。

 

 だが突然口から出た言葉だ、ルシアさんも聞き取れなかったようで今度はバレないように小さく溜息を吐く。


 出した答え、それはあまりに消極的な物だ。

 誰かに思われて死ぬのならそれは無駄死にではない、例え歩ききった先に何も残せなくても。

 

 すぐさまその考えは首を横に振り消し去る。


 (馬鹿な事を言うなよ、それは師匠が死んだ時に学んだじゃないか)


 死とは自分の物ではない。

 周囲にいる親しい人の物だって。



「よかった助かった」


 攫われた人々は地下牢で捕らえられている、そう睨んだ僕らは音を立てずに扉の前に張り込む。


 そして扉を僅かに開け魔道具の鈴を使う。


 首に着けている鈴はただの鈴ではない、魔道具だ。

 効果は魔力を流せば鈴が勝手に動くこと、それと鈴の音の変わりに音が出ない魔力の波を発することが出来ることだ。


「そうなっていたんですね」


 首元に着いている鈴が動くも音はでない、その様子を見て関したようにルシアさんが頷く。

 彼女に対して右手の人差し指と中指を上げる。


 見張りは2人、そう伝えると彼女は扉に手を掛けゆっくりと中に入って行った。

 足音を立てないように彼女を追うが距離はドンドン離れ、ルシアさんは曲がり角に入り姿を消してしまう。

 そして僕が曲がり角に入った時には足下で見張り2人を遊ばせるルシアさんの姿があった。


 その光景を見て正直落ち込んだ。

 そして落ち込めた事が少しうれしかった。

 落ち込める、それは対抗心を持っている証拠だから。


 壁に右手を突き体重を掛け落ち込む心と体を支えていると。


「あの……牢屋に魔法が掛けてあるんですがどうしよう?」

 

 ルシアさんの口から出た情けない声。

 眉を八の字に緩め、こちらに助けを求めてくる彼女を見たら何故か笑いが込み上げてきた。


「はは」


 ほんの一息笑うと、僕も牢屋に近づき鞘で牢を一突きする。

 次の瞬間開く扉。

 

 ルシアさんの明るくなった表情を見ると今まで閉じていた価値観が少し開けた気がする。


 当たり前のことだが人には得手不得手がある。

 それを強く実感させられてしまった。


 地下牢の人達を全員開放すると、捕らえられていた人々が一斉に僕らに声を掛けてきた。


「すいません、私の子供を知りませんか?」

「ここにある牢屋は全部空いますね」

「ルシアさん、確かに子供は一人もいないです」


 人の波に押されながらも首を振り辺りを一度確認するルシアさん。

 

 そんな彼女から少し離れた所で鈴を鳴らし魔法を使う。

 頭に叩き込まれた情報によると女性が言った通り子供達の姿はここにはなかった。

 

 一度右手を顎に当て考える。


 牢屋の端にある餓死した死体に目の前にいる彼ら。

 先程開放された人々は頬や体が痩せている。

 

 そこで生まれた推論は彼らを攫ったのは主目的とは関係ないのではないかという考えだ。


 子供達を攫うついでに家族も一緒に攫う。


 一家集団失踪と子供が夜になっても帰ってこない、どちらが領兵に通報されるのが早いか?

 

 子供なら早くて当日の夜。

 一家集団失踪の場合、仕事場の無断欠席から安否の確認、運が良ければ地域の付き合い、他にもあるだろうが数日は稼げる。


 大人達に関しては売れるなら売れるで良し、だめなら此処で餓死させても問題ない。


「ロストくん、他に居そうな場所は」

「ちょっと待ってて」


 腕と足を縛り上げ牢屋の中に放り込んでいた見張りの服が突如揺れる。

 それと同時にピピピという音が牢屋に響いた。

 

 見張りの男達に近づき、ズボンのポケット、その右側を漁ると手のひらサイズの黒い通信器が現れた。


「X27型。こりゃ高級品だ」


 市販されている魔道具の中でも高級品である通信機、さらにその最新モデルだ。

 運がいい事に市販されている規格の物であり扱いはわかる。


「えっと大丈夫ですか?」

「しぃーー」


 ルシアさんが心配そうにこちらを見た。


 現に通信機が震え応答を求められている。

 出なければ疑われる、だが通信器の先にいる人間が優秀なら、通信機から聞こえる声が違ったらバレてしまうだろう。


 この場にいる全員へ伝わるように唇の前に人差し指を置き、声を掛ける。

 そして一呼吸の後、眼の前で気絶している見張りの男性、その腹部を拳で殴った。


「がっは」


 腹部を殴られ男は反射的に声を出す。

 その声を聞き漏らさぬように目を閉じ耳を研ぎ澄ませる。


 男の声を確認し、右手で自身の喉を強く摘み魔力を声帯に集中させる。

 そして咳払いの後、左手に持った通信機、その一番大きなボタンを押す。


「すまない遅れた」

「たっく、気を付けてくれ」


 会話は何事もなく行え通信機の際にいる相手は一切の疑問を持たせず続く。

 

 それもその筈だ、現に今僕の出している声は目の前で気絶している男と同じ、なら余程踏み込んだ話しをしなければ気付かれない。


 これは僕の魔法。

 声とは振動、なら振動を魔法で調整すれば他人の声を出せる。


「俺たちの場所にも冒険者が入ってきているがこちらは対処中だ。じき終わるから問題ないだろう。念のため此処の施設も廃棄だ。ガキ以外は置いてずらかるぞ」

「わかった、二人で向かう」

「ああ、気をつけろよ。俺は別の連中と連絡を取る」


 そして通信機は切れ、喉を押していた手を離し深く息を吸った。


 すると周囲から自然と拍手が巻き上がる。

 曲芸を見せているつもりはなかったが恥ずかしくて後頭部を右手で掻いてしまう。

 

「そんな事もできたんですね」

「まぁ、音も分類上振動、分別ができればこの程度は、さって行ってきます」

「私が行きましょうか?」

「戯れはやめて下さい、僕じゃ守れない」


 立ち上がると右手で持っている剣を固く握りしめる。

 そして牢屋の出口に目を向けるとそこにはルシアさんが居た。


 彼女は誂うような笑みで僕に声を掛けてきたが、首を横に振り彼女を睨みつけた。

 そして彼女の背後にいる囚われていた人達に目を動かす。

 

 僕の戦闘スタイルは罠を仕掛け有利を離さず攻め落とす、奇襲タイプ。

 正直防衛戦が苦手なタイプだ。


 それにルシアさんはこの城の土地勘が一切ない余所者。

 今襲撃を受けているべんさん達の救助へは僕以外行くことは出来ない。


「自分の身第一ですからね。それに彼らはあれでもしぶといですから」

「信用ないですね」

「あるわけ無いでしょ、今日で初対面なんだから、なので明日信用します」


 ルシアさんは少し心配そうな顔で手を上げる。

 

 上げられた右手に自身の左手を合せ通り過ぎる。

 所謂ハイタッチという奴だが、自分の頬が緩んだ事をこそばゆい違和感が教えてくれた。

 

「そうだルシアさん」


 気分が少し明るくなったお陰か、ある負け惜しみが頭に浮かんだ。

 振り返り、挑発するような笑みを浮かべる。


「さっきは別に貴方を本気で殺そうと思ったわけじゃないんですよ」

「そうですか、次は私の命も危ないね」

「ええ、だから期待しといて下さい、みんなで帰ってきますよ」


 こんなタイミングで言う必要がない言葉、でもこれは事実であり、なにより己への発破でもある。 


 ルシアさんの屈託がない笑みを背中に受け、地下の出口に手を掛け外に出る。

 そして走り出し、ベンさん達がいるであろう場所に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る