第5話 そして僕はこの道を選んだ 2
「気をつけてね」
「はい、お母さん」
「ルイーダさんもありがとうございました」
家の玄関で手を振っているルイーダさん、彼女の姿が見えなくなるまで、こまめに振り返り僕らはギルドに向かった。
時間の余裕はあるが、早く着くに越したことはないのだが……隣を歩レティシアの様子がおかしい。
左腕と左足が同時に出される不格好な歩き方、それを見てゼンマイで動く玩具の人形を連想し、吹き出してしまう。
「なによ!!」
「別に」
(いやいや、朝より悪化してるじゃん)
体をカクつかせ、歩く彼女を見て溜息を吐く。
レティシアの冒険者に対する思いの強さは知っている、だがあの様子で、ギルドの試験を受けても良い結果は出ないだろう。
時間もまだ余裕はある、ここは僕が人肌脱がないといけないな。
「レティシア、レティシア」
「な、何?」
普通に声を掛けても彼女は気付かず、軽く肩を叩くとようやく反応した。
錆びた金属音がなりそうなゆっくりとした動きで頭を傾げるレティシアだが、目は血走り、その口は大きく開いているがどこか歪な笑みをしていた。
「一旦、公園に行こ」
「でもギルドはすぐそこでーー」
僕は公園を指差す。
だがレティシアは公園とは反対側のギルドに顔を向けた。
彼女が言うように公園とギルドは、通り一本挟んだだけの目と鼻の先にある。
胸ポケットから懐中時計を取り出し時間を確認する。
現在の時刻は9時半。
ギルド試験の受付開始が10時。
試験開始時間が10時半となっている。
「まだ受付まで30分近く余裕がある。それにそんなガチガチだと受かるものも受からないよ」
「う、うん」
今だギルドに目が行くレティシアの腕を掴むと公園まで引っ張っていく。
そしてベンチには僕が先に座り、その横を軽く叩く。
レティシアもそれに従い座るが彼女はどこか上の空だ。
彼女か落ち着くまで少し待つ。
時間としては5分でいいだろう。
懐中時計を再び取り出し時間を図っていると、周囲の目がこちらに集中している事に気付いた。
正確にはレティシアにか。
公園中にいる人々は自分の目的をほっぽり出し、レティシアに恍惚とした目を送っている。
改めて思い知らされたがレティシアの容姿は注目を集める。
綺麗な赤髪というだけでも目を惹かれるのに、その整った顔立ちも合わさり、一目見ただけで中々頭から離れないだろう。
周囲が少し騒がしくなり場所の選択を誤ったかと頭をかきながら反省をする。
だが、今更場所を変えるといっても、ギルド近くの公園以外は納得しないだろう。
心を落ち着かせる意味も込めて、手の中にある懐中時計を見ると長針が7を示す。
そろそろ時間だと思い、レティシアに話しかけた。
「で、レティシアはどうして冒険者になりたかったんだ?」
レティシアの顔はあえて見ない。
正面を向きつつ彼女の話に耳を傾ける。
心の内を吐き出すのに、顔を向き合せていてはこそばゆく、話しずらいだろう。
だから耳を澄ませ軽く目を瞑って待つ。
「決まってる、ママの足を直したいから、それに弟も出来るし、それと……」
穏やかな呼吸音の後、レティシアは話し出す。
小さく目を開け彼女を確認すると、膝の上で手を弄りながら、照れくさそうに笑っていた。
声は徐々に小さくなっていき、最後の方は聞き取れなかったが、言葉の最後、何故かレティシアは顔を上げ僕を見ていた。
それを疑問に思いつつ、彼女が言葉を吐き切るのを待つ。
だがそれ以降レティシアが喋ることはない。
(一応これで話は終わりか)
話の内容は最後の聞き取れなかった部分以外は知っていた。
心を開いてくれている、それを嬉しく思る。
後はだが、彼女に楽しい未来を想像させられる様な事を言えば、ある程度の緊張が解けると判断し、話しかけようとしたその直前、レティシアは僕が声を掛けるその前兆を感じ取ったのだろう、突然両頬を叩き、その音に驚いた僕は目を開く。
彼女はスカートを軽く手で払った後椅子から立ち上がり、笑顔で振り返る。
「ごめん、私、緊張してた」
「そうだね。ガチガチだったよ」
腕で先程のカクカクとしたレティシアのマネをすると、彼女から鋭い目付きが返ってくる。
その目線を受け、ベンチの上で蹲り小さくなっていると、レティシアは溜息をついた後「はは」と声を出して笑った。
「全く馬鹿らし。なんであんなに緊張してたんだか……私はここから始まるそう思うと入れ込んじゃったんだよね」
「ま、最悪試験は受け直せばいいからね」
「縁起の悪いことを言わないで、一緒に受かるんだから」
拳を握り、それを見つめるレティシアの緊張を軽くするために言った上段のつもりだったのだが、彼女は僕の頭に拳骨を落とす。
「ま、気楽にって話さ、行こう」
「確かに、気楽で」
左手で頭を撫でながら、右手に持つ懐中時計を見る。
時刻は10時、受付が始まった時間であり、歩い5分と掛からずギルドに着ける。
レティシアの緊張も解け、ちょうどいい時間だろう。
「行こう」
「行きましょう」
ベンチから飛び起き、並んで歩いてる頃にはいつもの活発さを完全に取り戻したレティシアは、彼女らしい笑みを浮かべていた。
爽やかに歩き出した僕らだが、その後、ギルドにどちらが早く着くのかという競争を始め、駆け込むようにギルドの中に飛び込んだ。
中に入った時の冒険者から送られる生暖かい目を受け、僕らは頭を小刻みに下げながら受付を済ませた。
二人とも信じて疑わなかった、この先にある未来が明るいものになる事を。
*
試験の結果は当日発表される。
試験が12時に終わり、結果発表は14時だ。
今回の受験者は31名。
ちなみに受験番号の順番は年齢順だ。
年齢が高いほど受験番号が早く、遅いほど若い。
僕とレティシアは、合格番号が張り出されるギルドのロビーに30分前からいた、というかギルドから出ていない。
レティシアの緊張が試験終了直後に再発し、それを宥めていたら1時間半という時間があっというまに過ぎていた。
そして僕らは並んで合格発表を待っていると、近くにいる冒険者の喋り声が聞こえる。
「おい、アイツ知らないのか?」
「だよな、でも挑戦することはいいことだ」
他の受験者の殆どがすでにロビーにいる中で何故か僕に視線が集まる。
ヒソヒソと喋っていた冒険者2人に目を向けると、彼らは申し訳無さそうに目を逸らす。
その態度に頭を傾げながら周囲を観察する。
受験者や依頼にきた商人などからは、目があった所で軽く手を振られるか無視をされるだけだ。
僕から目を逸らすのはギルドの関係者ばかり。
思い出すのはギルド試験の説明をしてくれた女性の呟き。
「落ち込まないでね」
その一言。
腕を組み、足でリズムを取りながらレティシアを見る。
彼女の目は合格発表が貼られるであろう場所に視線が釘付けで、周りが見えていない。
少しだけなら離れても大丈夫かと思い、話しを聞いても逃げなさそうな強面の冒険者を探している時だった。
「始まる」
「合格発表をする。受験者は集まれ」
レティシアの力の籠もった言葉に足を止め、ロビーの中央部分に目を向ける。
「24、31、24、31」
レティシアは合格番号が書かれた紙を握り締め、僕と自分の番号を交互に唱えている。
僕の番号は31、レティシアは24だ。
反面僕も落ち着かず、止められぬ足踏みをその場でする。
そして受付の人が受験番号を貼られたボードを掲げた。
誰もが注目する中で僕は目を瞑った。
怖かったのだ。
鍛冶道具は土の中に埋めた。
冒険者試験に落ちたから鍛冶師に戻ろう、埋めた道具を取り出そう、とはならない。
まだ両方落ちたのなら良い。
ただ、レティシアだけ受かってしまったら僕はどう生きればいいのだろう?
手で胸を強く押し込み、早る心臓を抑える。
大丈夫だ、運命の結果はレティシアが教えてくれる。
「や、やった、ロストやったよ。二人共ある、あるよ」
「よかった」
肩を揺する激しさで結果がわかるが、目を開け自分でも張り出された数字を見る。
そこには24、27、数字が飛んで31という番号が張り出されてあった。
未だ肩を揺らすレティシアを見ながら、ゆっくりと息を吐き出す。
そして互いに明るい笑顔を見せあって受付に向かう。
「嘘でしょ」
「何なんですか、その言い方は!!」
合格の手続きをするために受け付に向かうと、職員の女性は目を見開いて驚く。
それを見たレティシアは僕以上に頬を膨らませ、受付さんに食って掛かった。
一応であるが彼女を羽交い締めにし、受付さんから引き離す。
でも、僕の事を僕以上にレティシアは怒ってくれた。
それが今の僕にはどれほど嬉しかったか、口には出さないがとても胸の内側が暖かくなる。
「すいません」
「ね、レティシアも」
「ふん」
受付さんが深々と頭を下げた事で、少しは機嫌が治ったようだがまだ完全ではない。
臍を曲げ受付の女性と話す気がないレティシアの分まで僕が手続きを行なう。
受付の女性も仲介に入ってくれた事に感謝していたようで、再度頭を下げてくれた。
手を上げ、受付の女性の謝罪を止めるとレティシアの肩を叩く。
目を細め、こちらに振り向く彼女にペンを渡し、指で名前を書く所を指示する。
そして不備がないように2つの書類に再度目を通し、受付の女性に手渡した。
「書類にも不備がなかったので大丈夫です。この後はレクリエーションが終われば今日は解散となります。ここを右手に出て、室内練武場に向かって下さい」
「ありがとうございます、レティシア行くよ」
「ふん」
レティシアは足を動かさず受付の女性を睨み続ける。
そんな彼女の背中を押しつつ廊下を進む。
「ありがとうレティシア、怒ってくれて」
見えなくなった受付嬢を今だ睨みつける彼女に感謝を述べる。
だがレティシアは何も応えず、鼻を鳴らしようやく前を向いて歩き始めた。
*
練武場は室内と屋外の2つあった。
室内は木の床が貼られた場所で、隅には木製の剣や槍など色々な武器が置かれている。
屋外の練武場は、砂や土、小さいな泉など様々な地形がある。
区分としては、室内で技術を学び、屋外で対応能力を磨くそんな所だろう。
ただどちらの練武場にも、観客席がある事に少し趣味の悪さを覚えたが。
僕らが集められたのは室内の練武場だ。
そして観客席には多くの冒険者が座っていた。
気持ちとしては自分達の同僚になる人間に興味を抱いたと言う所だが、むしろ僕はそれに緊張してしまう。
震える左腕を右手で押さえつつ前を見る。
そこでは男性職員が丸い装置を掲げ説明を始めていた。
「ここでは冒険者が、いや現代の戦闘従事者が愛用するレガリアを体験してもらう」
そう言って丸い装置を2つ取り出し、男性職員は合格者達に目を送る。
合格者達を目でなぞり、その中で僕と視線が会う。
彼の目には悪意は感じない。
だがだが好ましい展開になるとも思えない、そんな虫の知らせがあった。
「安全面も確保して、小さい者どうしでやらせた方が良いか?」
そんな呟きと共に選ばれたのは。
「実際に試して見よう。そこの小さい男の子、そうお前だ」
「僕ですか?」
僕は自身に指を刺し確認を取ると当たっているようだ。
説明役の職員が大きく頷く。
断ることもできず、周囲の意識が集中している中、説明役の職員の下に向かう。
「実際にレガリアを体験する為に模擬戦をしよう。あとそこのお嬢さん」
「私ですか?」
「そうだ」
レティシアは元気よく男性職員の下に走っていく。
「負けないから」
「別に勝ち負けじゃないでしょ」
「ロストはそうだろうね。でも、一度も模擬戦で勝ったことがない人間からすれば、常に全力、負けられない戦いよ」
燃えるような目をするレティシアに、少し苦笑いをしながら、男性職員が何故僕らを選んだか考えていた。
男性職員が僕らを選んだのは、背丈の近い二人を選んだからだろう。
他の合格者はみな身長が160cmを超えており、レティシアが143cm、僕はそれよりさらに小さい。
(説明役の話しだと、この装置の真ん中を触れば動くらしいけど)
何も見当たらないつるつるの装置、レガリアという物を渡されたがどうすればいいのだろう?
眉を潜め慎重に装置を触る僕に対して、レティシアは説明役の男性の元に向かって話しを危機に行っている。
肌感覚を大事にしていたが諦め、僕も話しを聞こうと男性職員の元に向かおうとしたその時だった。
レティシアの持つレガリアという装置が一瞬光り、その直後、彼女は軽そうに体を動かし始め、飛び跳ねながら待機場所に向かった。
レティシアの身体能力はいつも模擬戦をしているため理解している。
だから、レガリアを使用した後の動き、その変わりように驚き、その場で立ち尽くした。
だがレガリアを使ったレティシアの動き、その軽やかさを見ると不思議と笑みが溢れた。
彼女に起こったような変化が、これから僕の身に起こると想像し未来に期待してしまう。
「やっときたか」
しょうがない奴だな、と顔に書いてある、優しげな男性職員をがらレガリアの使い方、その説明を聞く。
そして、男性職員の指示通りにレガリアに魔力を通す。
「!」
突如現れた寒気にレガリアをその場に落とし、一歩離れた。
「どうしたんだ」
「すいません、なんでもないです」
男性職員に頭を下げ、地面に落としてしまったレガリアに手を伸ばす。
(なんだ今の?)
レガリアに魔力を流した途端寒気がした。
体に好ましくない異物が入ってくる、そんな気がしてレガリアを手放してしまった。
拾う前に息を吐き出し、「大丈夫、気の所為だ」と自分に言い聞かせ拾う。
だがレガリアを掴んだ次の瞬間、体に様々な不調が起こる。
体が重く、息苦しい、それに頭も重い。
正直立っているだけでやっとだった。
不調をギルドの職員に伝えようとしたが、観客席にいる冒険者達の空気がそれを許さない。
ただでさえ装置を落とし要らぬ時間を掛けているのだ、早く位置につけと無言の非難が集まっていた。
風邪を引いている時、人は少し弱気になるという。
それに近しい状況だった為、目線に絶えきれず、指定の待機場所に向かった。
「では、始めよう」
そして勝負が始まってしまう。
歪む視界でレティシアを睨みつけながら、既に後悔を始めていた。
彼女は笑顔で木剣を握り、こちらは木剣を支えに立っているのがやっとだ。
強引にでも体調の変化を訴えればよかったが、どうせ軽い模擬戦だと侮られ断れなかっただろう。
(大丈夫だ、レティシアの戦い方はわかっている。油断しなけばいけるはずだ)
レティシアには癖がある。
それは、初撃はかならず上段からの振り下ろしを選択することだ。
息を整え、木剣を構えて彼女の攻撃を待つ。
当時の僕が間違っていた事はたった1つ。
レガリアを使った人間は次元を異なる強さを手に入れる、それを知らなかった事だけだ。
レティシアは笑みを深め床を踏みしめる。
そして次の瞬間、彼女の姿は僕の眼の前で剣を上段に構えていた。
(は?)
近づいてくる姿が一切見えなかった、ワープしてきたと言われた方が納得できただろう。
急ぎ剣を体の前に滑り込ませ、上段からの振り下ろしを受け止めようとしたが、そのまま剣諸共吹き飛ばされ壁に激闘する。
「ちょ、大丈夫か?」
すぐに審判をしていたギルドの職員が寄ってくる。
首を縦に振って大丈夫と、ギルド職員の方に伝えると右膝に手を起き立ち上がった。
レティシアも心配そうに見つめていたが、人の目がある模擬戦で、自分が負かした相手に駆け寄るのはマナー違反だとわかっている、なので両手を握り締めその場からピクリとも動かない。
頭をぶつけた影響で、耳から超音波のようなキーンとして音が聞こえるが、レティシアに顔を向け微笑みながら頷いた。
気にすることはないし、体は大丈夫だと。
レティシアは胸に手を当てほっと息を吐いた所を見ると、伝わったようで安心した。
耳鳴りが引き始め周囲の音が少しずつ聞こえるようになる。
最初は周囲がやけに騒がしい、その程度の感想しかなかった。
声は徐々にはっきりと聞こえ始め、その言葉全てが僕への罵倒だと理解した。
「あの子の外見、多分12歳以下よね」
「え、じゃあ特例の?」
「あの調子じゃコネじゃない?」
「ふざけんなよ、俺がどれだけ苦労して冒険者になったか?」
その罵倒を受け、心を誤魔化す為に笑おうとした、でも出来なかった。
そして周りの冒険者の事を忘れようとしたが、今度は心の底から別の思考が頭を覆い尽くす。
(レティシアに負けた)
確かに初めてレティシアに負けた。
もちろん悔しいが、それ以上にレガリア、こんな小さな物1つで彼女が遥か先にいってしまった、そんな理不尽に心が折れそうになる。
ポケットに入れていたレガリアを握りしめ床に叩きつける。
だがそんな行動は既に誰にも見られていない。
僕に罵声を向けていた者は、すぐさまレティシアへの称賛に切り替えた。
そして観客席を飛び出した人達はレティシアを中心に集まり出す。
そこで理解したんだ。
ギルドでの僕と彼女の立ち位置を。
人気者と嫌われ者という立場が今日此処で決まった。
「凄い、強化もしていないレガリアであの腕力」
「天才か、すげぇもん見た」
「将来絶対に美人になる、ってもうめちゃくちゃ可愛いし」
人が集まる和に目を向け拳を固く握りしめる。
だがすぐに拳を解き、練武場の外へと下を向きながら歩いていった。
「ちょ、離して下さい。待ってロスト」
彼女の声を背に受け、振り返りこそしたが、和から抜け出せない彼女を目に写した後は、興味なさげに再び前を向いて歩き出す。
「どういけばいいの、どう待てばいいの」
誰にも聞こえぬように呟く。
もし僕があの和に向かった所で、その和を形成している人間に弾かれレティシアの下には行けないだろう。
逆にレティシアが僕の所に来たとしても、それはそれできっと周りの人間から反感を買う。
背中には依然レティシアの悲鳴のような声が届くが、振り返る事なくその場を走り去った。
彼女とはもう生きる世界が違う、そう言い訳を心の中に残して。
*
練武場を出ると、足元には先程床に捨てた筈のレガリアがあった。
僕が一歩歩くと、そのレガリアは地面に跡を作り付いてくる。
それが気持ち悪くて何度もレガリアを踏み着けた。
「お前のせいで、お前の」
元々こんな物を持ったせいで体調が悪くなった。
お前のせいでこれからの人生がメチャクチャだ。
ようやく得られる筈の居場所だった。
ようやく。
だがその思いと反して足が止まった。
気付いたのだ、あの和を作った連中と仲良くなりたいかと。
罵倒を浴びせてくる奴らと一緒に居たいかと。
どれも師匠が生きていた時に付き合っていた人達の足元にも及ばない屑だ。
「もういい。帰ろう」
そしてギルドの出口を目指し歩いていると、通路を曲がった時、不注意で人とぶつかってしまった。
「おい、危ないな……って坊主名前は、冒険者になったのか!!」
「え、え」
顔を上げぶつかった人物を見る。
ぶつかった人物は白髪混じりの年老いた冒険者だった。
とにかく謝らなくてはと思い頭を下げようとしたが、それは白髪の混じった冒険者に防がれる。
彼は突如僕の肩を掴み興奮したように何度も揺らす。
この冒険者は僕の事を知っているようだけど、僕はこの冒険者の姿に見覚えはない。
人違いではないかと疑いつつ、されるがままに頭を上下に振られていると。
「ああ、自己紹介がまだだったな。俺の名はベンだ。昔お前に命を救われてな。いや〜〜今年は才能豊かな冒険者が入って嬉しいな」
才能豊か、その言葉に拳を固く握りしめ、初老の冒険者を睨みつける。
「すいません、僕はこれで」
「お、おい」
肩に置かれた手を振り払いギルドの入口まで走る。
走って走って、息を乱して、肺が苦しくなり、口の中の唾液の味がほんの少し鉄っぽくなった所で足を止めた。
肩で息をしながら両手を膝に着く。
才能豊か、生きる場所が違う、立ち位置が決まった、本当は全部逃げただけなんだ。
才能、その言葉を聞くと心が鈍く痛む。
彼女がいた人の輪と、僕に浴びせられる罵声、その対比が脳裏を離れない。
命を救われた恩人と、初老の男性は言っていたが、人違いだと伝え損なった。
才能という言葉に逃げてしまった。
「明日からどうしよう」
当然僕は冒険者だ、ギルドで仕事を行なわなければならない。
逃げた人間が最も望まない明日という現実が、僕の始まってもいない冒険者生活に重くのしかかっていた。
冒険者人生初日は最悪な気分で終わった。
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