第14話 13 王子様に助けてもらっちゃいました

 「マリアベル様!」


 レオナルドと別れて、部屋に戻る途中でマリアベルは呼び止められた。立ち止まり声の主の方へ振り向けば、そこにはジュリエットの専属護衛のベンが立っていた。


 マリアベルと視線が合うなり、ベンは駆け寄ってくる。しかし、マリアベルの専属侍女アリーはそれを阻止すべく、マリアベルの前に出た。


「騎士様、マリアベル様に面会する許可をレオナルド王子殿下に取られていますか?突然、マリアベル様へ話しかけることは禁じられているはずです」


 アリーは毅然とした態度で告げる。


(殿下の許可がないと私には話し掛けられない!?と言うことは、私も勝手にベンとお喋りをしたらダメなのかしら?)


 確かに王子の婚約者と言う立場上、誰これ構わず交流するわけにはいかないというのはマリアベルにも分かる。だが、許可がないと挨拶を交わすこともダメなのだろうか?いや、それは流石にやりすぎだろうという答えにマリアベルは辿り着いた。


「お久しぶりね、ベン」


 マリアベルが気さくな口調でベンに話し掛けると、アリーはマリアベルの方へ振り返った。


「お知り合いなのですか?」


「ええ、ベンは我が家でお姉様の専属護衛をしていたの」


「左様ですか、分かりました」


 アリーはマリアベルの前から横に移動する。ベンは現れた時からずっと眉間に皺を寄せ、険しい表情をしていた。


「それで、私に何か用があるのかしら?」


 マリアベルがベンに問うと、彼は堰を切ったかのように話し出した。


「何か用?よくもそんな呑気なことをおっしゃいますね。ジュリエット様が行方不明なのですよ。しかも、その間にご自分が王子殿下の婚約者になられるなんて、どういうご神経なのですか!?ジュリエット様をどこへやったのです?あなたの仕業でしょう?」


 悔しそうな表情でこぶしを握り締め、ベンは前のめりになってマリアベルを叱責する。その様子は傍から見てもとても迫力があった。


「あ、あなた!!なんてことを!不敬ですよ!!」


 アリーの大きな声が廊下に響き渡る。彼女は目の前の騎士が怖いということよりも、マリアベルの身を守らなければと必死だった。


(あっ、あそこに立っていた使用人が廊下の奥へ駆け出して行ったわ。多分、殿下にこの騒ぎを知らせに行ったのね。――――殿下に伝われば、大丈夫。何とかなるわ)


 レオナルドが来るまではしっかり落ち着いて対応しようと、マリアベルは呼吸を整える。


「ベン、残念ながら、私はお姉様の消息を知りませんし、変な策略もしていません」


(まあ、真っ赤な嘘なのだけど・・・)


「そんな言葉は信じられません。馬車でジュリエット様が屋敷から出て行かれたということを突き止めました。その時、あなたが一緒に居たということも!!」


 ベンは先ほどのアリーを超えるくらい大きな声を出した。マリアベルはもはや、恫喝されていると言っていいだろう。しかし、興奮しているベンを見ても不思議なくらいマリアベルは怖いとも思わなかったし、怒る気分にもなれなかった。


「そういわれても、私には身に覚えのないことだわ。それと、私が殿下の婚約者になったのは国王陛下の命です。私もあなたも異論を言っていい立場にはないでしょう?」


(ベンがお姉様を純粋に心配しているのなら、本当に心苦しいのだけど、あなたに真実を伝えることは出来ないの。ごめんなさい)


 マリアベルは本心を読み取られないよう、何でもないという顔をして飄々と答える。彼女を執拗に睨みつけているベンは、全く納得できないという姿勢を崩さない。


「それでも婚約を断ることは出来たのでは?あなたが、にわかに殿下の婚約者へなったとして、国の役になど立ちませんよ」


「それは私も断ろうとしたし、役に立たないと殿下にお伝えしたのだけど、却下されたのよ」


 マリアベルは素直に答えた。


「そんな自分に都合の良い嘘を言ってもダメです。あなたがそんなに酷いことをする悪女だとは思わなかった。がっかりです」


 何故、そんなにマリアベル様の心を抉るようなことをこの人は言うのだろうかとアリーは腹立たしくて堪らなかった。


「―――――マリー、そんなに悲しそうな顔をしてどうした?」


 背後から優しい声が聞こえて来る。レオナルドが現れた。彼はマリアベルに近づくと背後からそっと優しく両腕で包み込むように抱き締める。


「殿下?」


 マリアベルは顔を上に向けてレオナルドを見上げた。逆に彼は上からマリアベルを覗き込んでいる。


(ああ、良かった。殿下が来てくれた)


 マリアベルはレオナルドが現れて、心底ホッとした。安堵から思わず笑みも溢れる。レオナルドもマリアベルにニコっと優しい笑顔を見せた。しかし、次の瞬間、レオナルドの表情と雰囲気は一気に冷気を帯びる。彼は目の前の騎士をじっと見た。


「その制服は第一騎士団か?何故、ここにいる」


 地に響くかのような低い声だった。レオナルドは不機嫌を隠さない。


「私は第一騎士団所属ベン・ハワードと申します。先日まで殿下の婚約者候補ジュリエット様の専属護衛をしておりました」


「そうか、それでなぜ此処にいる?」


「捜索の一環として、マリアベル様にジュリエット様のことを聞きに参りました」


 ベンは何も悪くないと思っているのか、レオナルドへ堂々と答える。


「その指示は誰が出した?」


「それは・・・」


「少なくとも団長、副団長ではないだろう?」


 レオナルドが詰め寄る。ベンは答えたくないのか口を噤んだ。


「答えないなら、お前の独断と言うことで処理する。俺の婚約者に許可なく話しかけた上、恫喝していただろう?その行動は不敬罪と脅迫罪にあたる。証人はここにいる全員だ。処分は追って騎士団長を通して伝える」


 レオナルドは廊下を見渡しながらベンに言い渡す。マリアベルも同じように辺りを見回して・・・、その人数に驚いた。


(皆さん、どこに隠れていたの?って、聞きたいくらいの大人数じゃない!?)


「――――はい、分かりました」


 ベンの先ほどまでの勢いは何処へやら、すっかり大人しくなっている。


「分かったなら、持ち場へ戻れ。二度目はない」


 レオナルドからトドメの一言を告げられた後、ベンは一礼して踵を返す。


 マリアベルはレオナルド、アリーと共に去っていくベンの後姿を黙って見ていた。そして漸く彼の姿が見えなくなったところで、レオナルドは再びマリアベルをギューッと抱き締める。


「マリー、怖い思いをさせた。すまない」


 マリアベルの耳元へ、レオナルドが囁く。


「いえ、大丈夫です。殿下が助けに来てくれる気がしていたので・・・」


「そうか、期待に応えられてよかった」


 レオナルドは、フッと笑う。


「あの~、ちょっとお耳をお借りしてもいいですか?」


 マリアベルがレオナルドにお願いすると、レオナルドは抱き締めていた手をほどいて、マリアベルの口が彼の耳に届く位置まで屈んだ。


「ええっと、秘密を守るために私は嘘を吐きました。それでベンが逆上してしまったのです」


 マリアベルは秘密という言葉を周りに聞かれたくなくて、レオナルドに屈んでもらったのだが、アリーを含めて廊下にいる者たちには二人がじゃれているようにしか見えなかった。


「そうか、分かった。それから、あいつはジュリエットの専属護衛だったから、いつもマリーとも会っていたということか?」


「そうですね。ベンから何故か事あるごとにお説教されていたのです、私」


「ふーん、お説教か・・・」


 レオナルドは、楽しくなさそうに言い捨てる。


「だから、面倒くさくて・・・。私は彼の話をほとんど聞き流していました。なので、何を言われていたのかも殆ど覚えていないのですけど・・・」


(そういえば、お姉様が出奔した時も結構しつこかったわよね)


 マリアベルは思い出し笑いをした。レオナルドは自分の知らないマリアベルを、ベンが知っていることが何となく気に食わなかった。ただ、それは己の嫉妬心であると自覚しているので表には出さない。


 それにしても、ジュリエットが見つからないからと言って、わざわざ許可も取らずにここまで侵入してくるものだろうか?この件は念のため、側近で第一騎士団副団長のホーリー(アーデル小公爵)にも相談してみようとレオナルドは思った。



―――――――――――


 「それはさ、恋愛マスターのオレが思うに、彼はマリアベル嬢のことが好きなんじゃない?」


 俺の相談にホーリーは、軽い口調で返してきた。


 「そうなのか?」


 「そうだよ。マリアベル嬢を狙っていたんじゃない?なのに、殿下と婚約しちゃったからさ、八つ当たりだよ。それ」


 「八つ当たり!?そんな理由で罵られるなんて、マリーが可哀そうだ」


 「あ、そういう思考になっちゃうんだ。殿下、変わったね~」


 ホーリーは、冷酷非情で有名なレオナルドの変わりっぷりに心底驚いていた。女の子に見向きもせず、国の事しか考えない仕事人間(レオナルド)が、最近は休みを確保しようと必死なのだ。まぁ、いままでが働き過ぎだったのだから、いい傾向だとも言えるのだが。


 また、ホーリーは、レオナルドが変わるきっかけとなったマリアベルにも興味津々だった。だが、如何せん、目の前の男(レオナルド)が過保護の限りを尽くし、彼女を王宮深くに匿ってしまっている。これでは偶然を装って出会うこともままならない。


 書類から顔を上げ、美しい夕日に目を向けながら、”いつかマリアベル嬢とお茶でも飲んでみたいな”と、ホーリーは上司の婚約者へ思いを馳せるのだった。





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