第34話 33 あの方と出会っちゃいました

 ふわふわとゆるいウェーブが特徴的なマリアベルの銀髪は腰の辺りまである。その髪が騎馬移動の邪魔にならないようにと彼女は一度、頭の高い位置で髪を結んでから、毛束を三つ編みにした。そして、王都からモディアーノ領へ向かった時と同じように第三騎士団の制服を纏い、腰には剣も佩いている。


 そんな凛々しい姿で馬に跨っている婚約者を、レオナルドは無意識に見詰めてしまう。


 あと、半刻もすれば、王都へ到着する。四人は街道上で馬に跨ったまま、ヒソヒソと“あの計画”のおさらいを始めた。


「マリー、“あの計画”の最終確認をする。我々はこれから王都で一番人気のある地区、マルゲリータ通りに面しているブリック広場にいく。すると、広場の入口辺りで、女性に因縁をつけている輩たちがいる。彼らを見つけ次第、最初にマリーが馬から飛び降りて女性を保護。次に俺とポルトスが輩たちと対峙して取り押さえる。そして、そこへ偶然通りかかった王都警備隊に輩たちを引き渡したら、ミッション完了だ」


(一番に馬から飛び降りることで、民衆の目を私に惹きつけるのね。上手く行くかしら・・・)


「はい、了解しました。がんばります!」


(うーん、王子様が偽の悪者まで用意して、婚約者のために一芝居打ったってバレたら、かなりマズい気がするのだけど・・・。でも今更、止めましょうとは言えない空気だし・・・。頑張るしかないわね)


「ポルトス、お前はマリーから目を離すな。輩たちは、俺一人でも問題ないだろうから」


「はい、かしこまりました」


「エヴァンスは想定外の事態が起きた時の司令塔兼監視役として待機だ。少し離れたところから、俺たちとその周辺に目を配っていてくれ」


「では、殿下とマリアベル様とポルトスの三人が通りすがりの事件を解決する一部始終を、私は離れたところから見守れば良いのですね。承知いたしました」


「ああ、その通りだ。よろしく頼む」


「それにしても、ブリック広場で一芝居なんて変な気分になりますね。将軍!!」


「あ、あー、ああ、そうかもしれないですね。マリアベル様」


 楽しそうに話しかけて来たマリアベルに、エヴァンスは固い表情で歯切れの悪い返答をした。何故なら、レオナルドに聞かれるとマズイ話だからである。


 今まで、エヴァンスはマリアベルに“街の見回り”という手伝いを時々頼んでいた。小悪党を見つけて、騎士団や警護団へ上手い具合にチクるというお手伝いなのだがその際、マリアベルが小悪党と対峙することも少なくなかったのである。


 幸い、愛弟子(マリアベル)は大きな怪我を負うことも無く、真面目に任務をこなしていた。今思えば、幸運だったのかもしれない。


 そして、マリアベルはそのお手伝いで稼いだお金を、ジュリエットへのお餞別にした。父であるモディアーノ公爵はマリアベルがそんな仕事をしていることも、お金を持っていることも知らない。だからこそ、心置きなく渡せたのである。


(だけど、もし将軍とお父様が繋がっていたら、全てを知られていた可能性もあるってことよね。ん-、考えたくないわね・・・)


 また、マリアベルが小悪党と対峙した後、助けた被害者から名前を聞かれることも少なくなかった。そう言う時はいつも“レイ”と名乗っている。その理由は常に男装をしていたからだ。


(レイって名乗ると、女性って疑われることもなかったのよね。本当に感謝されてやりがいのある仕事だったわ。もう、出来ないけど・・・)


「マリー?」


「あ、殿下すみません。考え事をしていました」


「ブリック広場に何か問題でもあるのか?場所を変更した方が良いのなら・・・」


「いえ、大丈夫です。私、あの広場付近で、男装をして警備のお手伝いをしていたことがあるのですけど、今はかつらも被っていませんし第三騎士団の制服姿なので、同じ人間には見えないと思います」


「――――警備のお手伝い?」


 レオナルドはエヴァンスの方へ、顔を向けた。エヴァンスは、スッと視線を逸らす。


「エヴァンス!!まさか、マリーに危険な仕事をさせていたのか!!」


 レオナルドがエヴァンスに向かって、大声を出した。


(あ、殿下が怒った!!もしかして、私、余計なことを言ってしまった?)


「ええっと、殿下?そんなに危険な仕事はしていませんので、ご心配なく!!」


 マリアベルは怒りを露わにしているレオナルドを宥めようとする。


「殿下、申し訳ございません。マリアベル様が将来の仕事として、騎士を選ぶ可能性も充分にございましたので時折、私の手伝いをしていただいておりました」


「そう、そうなのです。ほら、殿下にもお話ししましたよね。手に職をという話を!!」


「ああ、確かに聞いた。だが、マリーが騎士を仕事にするというのは余りにも・・・」


「余りにも?」


 マリアベルは復唱した。


「――――可愛すぎるだろう」


「はーぁ」


 レオナルド以外の三人のため息が揃った。ポルトスに至っては、あからさまに呆れ顔である。


「殿下、騎士にとって、可愛いという要素は何の足しにもなりませんよ」


「そこか?」


 透かさず、ポルトスが突っ込みを入れた。どうやら、マリアベルのズレた発言に耐えられなかったようだ。


 結局、全員このおかしなやり取りが原因でしばらく笑ってしまった。


(――――すっかり和んでしまったわ。よし!王都まであと少し!みんなに私を知ってもらうためにも頑張ろう)


 マリアベルは騎上で背筋を伸ばしなおし、気合をいれる仕草をする。レオナルド、エヴァンス、ポルトスが、その様子を微笑ましく眺めていたことにも気が付かずに・・・。


――――――――――


 王子たるもの、どのような場面でも臨機応変に対応出来なくてはならない。しかし、これは・・・。


 王都の中心街にあるブリック広場で一芝居する予定だったレオナルド達を待ち受けていたのは、ここに居るはずのない人物が王都一の大街道を塞ぎ、大声で騒いでいるという状況だった。


(ブリック広場に着く前に、こんな騒ぎが起こっているなんて・・・)


「ひどいわ!!あのマリアベルと言う女の陰謀なのよ!!」


「お嬢様、おやめ下さいませ!」


 使用人が駆け寄っていくと、そのお嬢様はためらうことも無く、彼女(使用人)をバシッと平手打ちにした。


(うわっ!痛そう!!)


「あなた、私に意見出来る身分じゃ無いでしょう。黙っていなさい!!」


 お嬢様は倒れ込んだ使用人を睨みをつけた後、再び顔を上げ、大声で話し始めた。大街道のド真ん中に仁王立ちしているので、行き交う馬車も戸惑いつつ、ストップしているという状況である。


「みなさま、聞いてくださるかしら?マリアベルと言う女はレオナルド王子殿下から愛されているわたくしを、王都から追放するという命令を出しました。わたくし以外にも、もう一人の婚約者候補であった彼女のお姉様が行方不明になられています。これはどういうことなのでしょうね。間違いなく、あの女が、殺し・・・」


 ドスっ。


 先ほど平手打ちを受けた使用人は、今度は体当たりをして、お嬢様を道へ倒した。


「あ、凄っ・・・」


 マリアベルは自分の名前が叫ばれていることよりも、命がけでお嬢様を止めようとしている使用人の気迫に圧倒される。


「アレは、メンディ公爵家のベアトリス嬢だ。俺が最も嫌いな女だ」


 レオナルドは苦虫を噛みつぶしたような顔をしていた。


(あ、アレが、もう一人の婚約者候補の方なのね。それにしても、私はベアトリス様を王都から追放する命令なんて出してないわよ。何か誤解があるのかもしれないわ)


「このままでは、街道を通る方々にご迷惑ですよね?」


「ああ、そうだろ・・・」


「キャー!!レオナルド王子殿下ー!!やはり、わたくしを!!」


 レオナルドを見つけたベアトリスは黄色い声を上げ、手を大きく振り始めた。それを見たくないのに見てしまったレオナルドは、更に顔を歪める。


(これはかなり嫌っているのね。うーん、どうしようかしら・・・。殿下をこれ以上怒らせたら、ベアトリス様を斬ってしまいそうで怖いのだけど)


 マリアベルは最悪の事態を想像した。そして、意を決してレオナルドへ話しかける。


「殿下、ここは私に任せてください」


「なっ、マリー!」


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