第33話 32 提案しちゃいました

 王都への帰り道も、マリアベルは馬で帰りたいと希望していた。レオナルドは正直なところ、馬車でも馬でも構わないと思っていたのだが、ここでエヴァンスが難色を示す。


「殿下、安全面を考慮して馬車をおすすめします」


「馬車が安全だとは言えない」


「では、護衛がしやすい馬車でお願いします」


「エヴァンス。馬で帰りたいというのは、マリーの希望だ」


 エヴァンスは頭を抱えた。目の前のレオナルドはマリアベルにすっかり惚れ込んでおり、エヴァンスが何と言おうと彼女が希望したことは多少無理をしても叶えるという姿勢を堂々と見せて来る。


「殿下、余りにもマリアベル嬢の言い成りになっていると、彼女はそのうち傾国の悪女と言われてしまうのでは・・・?」


「傾国しなければ、合理的な王子妃と呼ばれるだろう。問題ない」


 エヴァンスの嫌味を込めた忠告に、レオナルドはキッパリと言い返す。


「エヴァンス、お前は俺よりもマリーとの付き合いが長い。彼女に傾国の悪女となる素質がないことくらい分かっているだろう?マリー曰く、馬で帰ることに意味があるらしいぞ」


「ほう、意味ですか。是非、お聞かせ願いたいですね」


――――――――――


 レオナルドはミーティングルームへ、マリアベルを呼んだ。


「お待たせしました!」


 マリアベルは溌溂とした笑顔で、エヴァンスとレオナルドの前に現れる。エヴァンスの目じりが緩むのを、レオナルドは見逃さなかった。狸爺も愛弟子は可愛いらしい。


「私に何か御用ですか?」


「マリアベル嬢、王都に馬で帰りたいと希望しているとのことですが、その理由を教えていただきたい」


 エヴァンスの問いを受け、マリアベルはレオナルドへ目配せをする。レオナルドは自由に話したらいいと頷いた。


「殿下と一緒に、堂々と騎士服で帰還したいというのが、一番の理由です」


「あの男勝りな格好で、一緒にと言うことですか」


「はい、私らしくていいかなと思ったのです」


「それは、他の貴族に淑女らしくないと付け入れられたら、どうするのですか?」


「エヴァンス、そこは心配ない。俺は共に政務もこなしてくれる強い妃を求めている。礼儀は必要だが、淑女というのは必要ない。俺たちは対等な関係にあるとアピールしたい」


「馬で男勝りな格好をして帰って、何がアピール出来るというのです?」


 エヴァンスは顎髭を撫でながら、首を傾げる。


(今の説明じゃ確かに将軍には伝わらないかもしれないわね。さっき、公爵邸から帰る馬車の中で殿下と立てた作戦のことを言うべきなのかしら?)


 マリアベルは、公爵邸から戻る時、レオナルドと今後のことについて話し合った。“赤い蠍”の情報を各国に流すための手段として、半年後に結婚式を執り行うことになってしまったのだが、お妃教育はどう見積もっても、それまでには終わらない。


 そこで教育が遅れていることを突っ込まれないためにも、マリアベルの優れた点を少しずつアピールして行こうという話になったのである。


 先ずは、彼女が騎士レベルの身体能力を持っているという点を、民衆に見せつけようという作戦を考えた。マリアベルは内容を掻い摘んで、エヴァンスに話す。


「しかし、ただのじゃじゃ馬と思われてしまったら、どうするのですか?」


 エヴァンスはそんな計画、上手くいくはずがないと高を括る。


「お前は自分の愛弟子を、ただのじゃじゃ馬と思っていたのか」


「将軍、あんまりです」


 二人から同時に詰め寄られ、彼は頭を抱える。勿論、マリアベルが、ただのじゃじゃ馬でないことくらいエヴァンスも知っている。だからこそ、可愛い愛弟子が狡猾な貴族たちの標的にされるような隙を作りたくなかった。


「エヴァンス、多少の演出は考えている。そんなに心配するな」


「――――演出ですか」


「ああ、困っている者をマリーが助けるという、単純明快な出来事を作る」


 なるほど、それなら民衆の関心を上手く引き付けられるかもしれないと、エヴァンスは少し気分が乗って来た。


「殿下、その話をもっと詳しくお聞かせ下さい」


――――――――――


 翌日、モディアーノ領の警護を今後も続ける第二騎士団と国軍の精鋭をホテル・ライムストーンへ残し、レオナルドとマリアベル、そしてエヴァンスの三人は王都へ出発した。


 都合により、マリアベルは帰路の途中までは男装をして、レイと名乗る。


 今回はカストール領の西に聳える山脈を挟んで、その裏側にあるメギトール領の街道を通っていく。この街道は標高の高い場所にあるため、交通量が少ないらしい。エヴァンスの話では、まあまあ整備も行き届いている道なので、そんなに心配は要らないでしょうとのことだった。


 また、王家の影である“紫蜘蛛”も姿を見せることはないが、一緒に王都へ帰還する予定になっている。


「レイ、少し下がれ。前に出過ぎだ」


「はい、殿下」


 レオナルドとマリアベル、エヴァンスの三人は、王都への中間点であるルーラ村を目指していた。エヴァンスは護衛として、二人の後ろに付いている。


 移動途中で、マリアベルはメギトール領の多くの植物が薬として使われているという話を始めた。


 ここに育つ薬草は固有種が多い。また他の領から出張してくる業者が手摘みで採取しているため、手間と時間がかなり掛っている。この状況を改善するため、近隣のブロバンスト領が薬草の安定供給を目指し、自領内での栽培を試みているのだが、今のところ上手く行っていない。


 そもそも、高山植物を低地で栽培しようとするから難しいのだという見解を述べた上で、それならば、メギトール領に薬草の栽培プラントを作るという計画に変更した方が効率も良いのではないかと、マリアベルはレオナルドに提案した。


 レオナルドはその薬草栽培を試みているブロバンスト領には薬学研究所があり、知識を持った者が多い。しかし、メギトール領は放牧と乳製品加工が主な産業で、薬草の知識を持った者が殆どいない。だから、安定供給の重要さを理解してもらえるかどうかは未知数である。この状況でメギトール領へ栽培プラントを設置するのは難しいと返答した。


 だとするなら、国が橋渡しをして、メギトール領に薬学研究所の分室を置くとか、領民に薬草の知識を付けさせ、採取する仕事を与えるなど、薬草の重要性を高める取り組みから始めてみるのはどうでしょうか?とマリアベルはレオナルドに詰め寄る。


 結果、彼女はレオナルドから検討してみるという言葉を引き出した。


 エヴァンスは一部始終を黙って聞き、この二人がただ恋に溺れているだけのカップルではないということを実感する。また、レオナルドが何を妃に求めているのかということも理解した。


―――――――――――


「殿下、レイ!お疲れ様です!!」


 ルーラ村の入口で、ポルトスが出迎えてくれた。


「ポルトス!!」


 マリアベルは馬から飛び降りて、ポルトスへ駆け寄る。


「無事だったのね!良かった!!ケガとかしなかった?」


「はい、全く問題ないです」


「――――塩の道?」


 マリアベルは小さな声で確認する。


「ええ、勿論!」


「やっぱり!!ポルトスなら絶対、あの道を選ぶと思っていたの!!」


「きれいに整備されていて、勝手にトロッコも拝借しましたよ」


「えー!本当に!?楽し・・・」


「ポルトス、ご苦労だった」


 マリアベルが楽しそうに話していると、レオナルドが容赦なく遮った。後方で見ていたエヴァンスはレオナルドのあからさまなヤキモチを見て、吹き出しそうになってしまう。


「殿下、あの荷物のことですけど・・・」


 ポルトスは、ジト目でレオナルドを見詰める。


(ポルトス・・・。機密書類と思って大切に運んだら殿下の着替えが入っていて、さぞ驚いたでしょうね。私もその件は殿下に対して怒っていいと思うわ!!)


 マリアベルは心の中でポルトスを応援した。


「すまない。お前だから任せた。それで許してくれないか」


「あー、別に命を狙われたわけでもないので、もういいです。それと、あの黒い布包みは速やかに陛下へお渡ししましたよ。何だ!これは!?って、かなり驚かれていて・・・」


 レオナルドが部下へ素直に謝る姿を見て、エヴァンスは驚いた。レオナルドが、口答えをした者に剣を突き付ける姿を見たことはある。だが、こんなにフランクな会話をしている姿を目にするのは初めてだった。


「――――まさか、殿下が死んだのか!って、陛下は顔面蒼白になられていましたからね。説明するのが、本当に大変だったんですよ!!紛らわしいものを持たせないでくださいよ」


「ははは、確かに紛らわしい。本当にすまなかった。だが、あの時、俺は他に荷物を持ってなかったから・・・」


 レオナルドは、慌てふためく父(国王陛下)の姿が目に浮かんだ。しかし、レオナルドに何も教えず、公爵と秘密裡にコソコソしていたのだから、それくらいのお灸を据えても問題ないだろう。


「エヴァンス将軍、彼は第三騎士団のポルトスだ。近々、俺の側近に引き上げる予定だから、よろしく頼む」


「はぁ?」


 ポルトスは将軍の前ということも忘れ、奇声を上げた。


「お前は、今回の働きが評価され、昇進する予定だ。何か問題でもあるのか?」


 レオナルドはポルトスに肘打ちを食らわせる。


「い、いえ,光栄です。いや、光栄なのですかね?コレ」


 ポルトスは、混乱しながらも了承した。


「ポルトス、私は国軍のエヴァンスだ。以後、よろしく」


「あ、将軍!!失礼いたしました。ポルトス・キース・グラーツです。どうぞよろしくお願いいたします」


「貴殿は、グラーツ辺境伯の息子か?」


「はい、三男です」


 レオナルドとグダグダな会話をしていた時とは打って代わって、エヴァンスにはキビキビと返事をするポルトスに、マリアベルは笑いを堪える。


 (ポルトスが任務中に串焼きとエールを買ってきた話は、将軍の前では絶対に出来ないわね)


「レイ、ここで休憩した後、マリーに戻るのだろう?」


 レオナルドは、レイの短髪を撫でながら、話しかけて来た。


「殿下、前にも言いましたけど、男装している時に誘惑してはダメですよ!」


「分かった。では、休憩を取ろう。食事をしながら、今後の段取りを確認する」


 レオナルドの言葉に全員が頷いた。

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