第13話 12 王子様と秘密を共有しちゃいました

 マリアベルに姉の消息を教えたら喜ぶだろうと思っていた。ところが、彼女は喜ぶどころか血の気が引いて真っ青になっている。彼女の様子はどう見ても普通ではない。レオナルドは違和感を抱く。


「マリー、大丈夫か?顔色が悪い」


 マリアベルは姉が見つかったと聞いて“今後どのような展開になるのだろうか?”と想像してみたのだが・・・。いい未来は思い浮かばなかった。それどころか悪い事ばかり考えてしまう。


(勇気を出して、殿下に「これからどうなるのですか?」って聞いてみる?でも、そうするとお姉様が出奔した理由も話さないといけなくなるわよね。うーん、どうしたらいいの~!?)


 レオナルドが声を掛けても、マリアベルは考え込んでいて何も答えない。姉のことで何か隠していることがあるのだろう。そして、それはレオナルドに言いたくない内容なのだろうなと予想した。


「マリー、あなたはジュリエットをどうして欲しい?」


 レオナルドはマリアベルに向かって物凄く甘い提案をする。それはマリアベルの本音を聞きたかったからだ。兎に角、彼女が話してもいいかなという雰囲気にすることが大切だと思った。今、マリアベルの脳裏に浮かんでいることが、レオナルドにとって不都合なことだとしても、彼は彼女の本音が聞きたい。


 マリアベルはレオナルドが発した予想外の質問に驚いた。姉の話題が出た時点で彼から『マリー、何か知っているのではないか?』と詰め寄られる未来しか想像して無かったからである。ところが、予想に反してレオナルドの質問は彼女に決定権があるかのような雰囲気を醸し出していた。


「私が希望を言ってもいいのですか?」


「ああ、言っていい。俺にどうして欲しい?」


(うーん、殿下が優しく聞いてくれているうちに・・・)


「姉を連れ戻さないで欲しいです。そして隣国で姉を見たという情報も無かったことにして欲しいです」


(姉が隣国に渡った理由は、お姉様とヘンリー様が結婚する時に知れ渡った方がいいと思うのよね)


「そうか、マリーはジュリエットを連れ戻さないで欲しいのか・・・」


「はい」


 レオナルドは想像していた方向とは違う回答をマリアベルから受け取り、ささやかな望みがもしかすると現実になるかもしれないと胸が熱くなった。つい嬉しくなって、無意識にマリアベルをじっと見詰めてしまう。


(な、何?言いたいことがあるならハッキリ・・・)


「マリーは、俺と離れたくないということか?」


「えっ?」


 レオナルドはささやかな望みをかけて口にした言葉を後悔した。今の反応を見る限り、彼女がジュリエットを連れ戻さないで欲しいという理由は“マリアベルがレオナルドの傍に居たいから”というものでは無いだろう。


 レオナルドは内心がっかりしたが、何があろうとマリアベルを諦めるつもりは無いので気持ちを切り替える。


「――――差し支えなければ、理由を教えてくれないか?他言しないと約束する」


(殿下は信頼してもダイジョブだとは思うけど職務上、聞いたら動かないといけなくなったらどうするのかしら?)


「殿下。私から聞いた話に問答無用で殿下が動かないといけないような内容が入っていたらどうします?」


 マリアベルは、レオナルドを下から見上げながら尋ねる。


「そ、それは、そんなにマズイ内容なのか?」


(そんなに狼狽えられると言いにくいわ。内容が内容なだけに、殿下へダメージを与えてしまうかもしれないもの)


「国家的にではなく、どちらかと言うと個人的な話です」


 マリアベルの言葉を聞いて、レオナルドはため息を一つ吐いた。


「それならば、なおさら他言することはない。心配せずに話してくれ」


 マリアベルは安心しきっているレオナルドをチラリと見る。彼が姉から捨てられたと感じてしまわないように気を付けて発言しようと思った。


「姉には一生を捧げたい恋人がいたのです」


「ジュリエットに恋人?」


「はい」


 マリアベルの返事を聞いて、レオナルドは笑みを浮かべる。


「それは良い話ではないか。何故、黙っておく必要がある?」


「え?」


(あなた、捨てられたのですよ!?そんなに嬉しそうな顔をされると複雑な気分になってしまうのだけど・・・)


「それなら、婚約破棄をすれば良かっただけの話だったのに、何故こんな面倒なことになったのだ?王家は無理に婚約を押し付けるようなことはしない。もしや、公爵に話した上で、婚約破棄の話が通らないような相手だったとか」


「いいえ、そう言う相手ではありませんが、父には秘密にしていて・・・」


(うーん、ヘンリー様の素性は殿下に言わない方がいいわよね。国家間の揉め事なんかになったら大変だもの)


 マリアベルの返答に、レオナルドは首を傾げる。


「何故、秘密に・・・?だが、あの日の公爵はジュリエットが見当たらないからと、いとも簡単にマリーを差し出しただろう?あの行動はジュリエットのためだったのではないか?」


「あのう、殿下。今から言うことは二人だけの秘密にしてくれますか?」


 マリアベルが縋るように言うので、レオナルドはドキッとした。


「ああ、秘密にする」


「姉はあの日、恋人と愛の逃避行をしたのです。そして、父は本当に何も知りません。ですから、姉が何処へ誰と何をするためにどうやって行ったのかなんて、想像も付かないと思います。それから、父は私や姉の話を聞くような人ではありません。今まで姉を未来の妃にしようと必死でした。そんな父が姉の恋人を認めてくれる可能性なんて無いと思います」


 マリアベルは一気に捲し立てた。勿論、自分自身が公爵の思惑に巻き込まれて不自由な生活を強いられたことへの恨みも含んでいる、レオナルドは最後まで聞いた後、少し考えるような仕草を見せ、そして、口を開いた。


「必死だったという話だが、モディアーノ公爵は俺にジュリエットを売り込んで来たことなど、一度も無かったぞ。もう一方のメンディー公爵家は・・・、なかなかにしつこかったが・・・」


「――――え!?それは本当ですか!!」


(だって、私にはお姉様の立場を悪くするようなことはしないようにと、お父様はあれだけ口うるさく言っていたのに?本当に???)


 マリアベルは信じられないという表情をして、両こぶしを握り締めたまま立ち尽くしている。レオナルドは少し気になったことをマリアベルへ聞いてみることにした。


「マリー、ジュリエットが前公爵の娘だというのは、勿論知っているのだろう?」


「――――はぁあ?前公爵!?どちらの?」


 マリアベルは、素っ頓狂な声を上げた。


「あ、その反応は知らなかったのか。前公爵は、あなたのお父上の兄だ。前公爵夫婦は不慮の事故で亡くなった。ジュリエットはその二人の子だ。正確に言うなら、あなたの従姉だな」


「殿下、待ってください。その話、今初めて聞きました。んー、うーん、頭の中がぐちゃぐちゃです・・・」


 マリアベルは頭を両手で抱えるように押さえて、レオナルドに訴える。レオナルドは彼女にダメージを与えてしまうような話を気軽に話してしまったことを後悔した。


「マリー、悪かった。ショックを与えるつもりはなかった。続きの話はまたにしよう。あなたから聞いた話は誰にも言わないから心配しなくていい。それから、マリーの希望通り、ジュリエットの監視は金輪際しない。無理に国へ連れ帰ることもしない」


(本当に!?良かった。これでお姉様はヘンリー様と引き離されずに済むわ!!)


「ありがとうございます。私こそ、動揺してしまってすみませんでした。殿下、姉のことをどうぞ宜しくお願いします」


「分かった。出来るだけ早く、ゆっくりと話が出来るような機会を作るから、待っていてくれ」


「はい、私も一度落ち着いて、頭の中を整理します」


「では、そろそろ戻ろうか」


 レオナルドはマリアベルの手を取り歩き出す。だが、ドアの前で急に立ち止まった。


「マリー、今日もいい一日を」


 そう言うと屈んでマリアベルの頬へ軽くキスをした。レオナルドの不意打ちで、マリアベルの顔は一気に火照り出す。そんなことはお構いなしにドアを開けて廊下へ出ようとするレオナルドを、マリアベルは繋いでいる手を引いて止めた。


「殿下も、いい一日を」


 マリアベルが小さな声で伝えると、レオナルドは目じりを下げて柔らかい微笑みを浮かべる。その優しい顔を見ているとマリアベルも吊られて笑顔になった。


 廊下で待っていた使用人たちも、笑顔で見つめ合うふたりの甘い雰囲気にアテられて皆、頬を赤らめたのだった。

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