第15話 14 考察しちゃいました

 部屋に戻ると、アリーがカモミールティーを淹れてくれた。


「アリー、ありがとう」


「いいえ、先ほどは災難でございました」


「ええ、まさか王宮で罵られるなんて思わなかったわ」


 マリアベルは優雅にカップを持ち上げると、カモミールティーを一口含む。


 優しい香りが昂った気持ちを癒してくれる・・・。


「あの騎士様は、マリアベル様に何を言いたかったのでしょうか?」


 アリーは複雑な表情を浮かべていた。彼女が事実を確認したくなる気持ちもマリアベルは理解出来る。何故なら、マリアベルも彼の行動に疑問を感じていたからだ。ベンはマリアベルにジュリエットのことを聞きに来たとレオナルドに話していたが、彼はここに踏み込んでまで、ジュリエットを探す必要があるのだろうか?いやそれは無いだろう。彼にとって、ジュリエットはただの護衛対象なのである。それも今は任を解かれているのだから。


 正直なところ、国を挙げて捜索すれば、一騎士のベンが動かなくても人を探すことなどたやすい。だからこそ、王宮に乗り込んでジュリエットの捜索をするようにとベンに上官が依頼する筈がないのである。それはレオナルドも口にしていた。


(国は騎士だけじゃなくて当然、隠密のような人員も持っていると思うの。こういう人探しの時は静かにことを運ぶため、殿下なら彼らを使うわよね。だって、ベンみたいに自己判断でここへ突撃してくるような騎士に任せたら、見つかるものも見つからなくなりそうだもの)


 実際、レオナルドはすでにジュリエットを探し当てていた。誰を使ったのか迄は、マリアベルの知るところではないが・・・。


(それとも、ベンがあんなに荒ぶっていたのは、他に理由が・・・)


「そんなにお姉様のことが心配だったのかしら?」


 思わず、心の声が口から出てしまう。


「たとえご心配だったとしても、あれはあんまりでしょう。マリアベル様に対して随分と高圧的な態度を取るように見えましたけど、普段からそのような方なのでしょうか?」


「そうね、私の一挙一動に対して、逐一苦言をいうことが趣味のような人よ」


 マリアベルの返答を聞いて、アリーは顔を顰める。


「アリーも、カモミールティーを飲む?」


 マリアベルはティーポットを指差した。いつもなら『マリアベル様とご一緒するなど恐れ多いです』と断るアリーが頷く。


(アリー、かなりイライラしているのね)


「私が注ぐから、ちょっと待っていてね」


 マリアベルは素早く立ち上がり、ティーワゴンからカップを取り出した。アリーの前にそっと音を立てずにそれを置くと、ティーポットからカモミールティーをゆっくりと注いでいく。


「カップも温めずにごめんなさい。どうぞ」


「いえ、充分でございます。ありがとうございます」


 マリアベルは席へ戻った。


「いただきます」


 アリーはカップを持ち上げ、カモミールティーを口へ含むとゆっくり飲んだ。


「――――すみません。マリアベル様にお気を遣わせてしまいました」


「気にしなくていいのよ。今回はアリーが止めてくれたのにわざわざ、ベンに話しかけた私が悪いのだもの。これからは顔見知りでも迂闊に話し掛けたりしないよう気を付けるわね」


 マリアベルは勇敢に騎士の前に立ちはだかってくれたアリーに、お詫びの気持ちを伝えた。


「ええ、今後はこのようなことが起こらないよう、わたくしも引き続き気を付けます」


「アリー、ありがとう。頼りにしているわ」


 アリーはマリアベルの言葉に頷いてから、再びカモミールティーに手を伸ばした。



――――――――――


 すっかり夜も更けた頃、室内の明かりを消してマリアベルはベッドへ横になった。そして、今日あった出来事を振り返る。


 先ず、ベンが乗り込んで来たことが思い浮かんだ。何故、マリアベルを罵る必要があったのか。ジュリエットのことを聞き出したいなら、それだけを聞けばいいのではないだろうか。


(アリーに指摘されて、私へ対するベンの言動には問題があると自覚したわ。今まで完全に聞き流していたから、考えたこともなかったと言ったら呆れられそうだけど・・・)


――――次は、ジュリエットは前公爵の娘であるとレオナルドが教えてくれたことを思い浮かべる。


 モディアーノ公爵夫妻はマリアベルにこの事実を隠していた。


(お姉様はこのことを知っていたのかしら?お姉様のご両親が亡くなったのはいつ?もし、お姉様の幼少期とかだったら記憶があるはずだから知っていた可能性は高いわね。まったく・・・、殿下のスペアの件も含めて私だけが知らされていないことが多過ぎると思うのよね)


 マリアベルは隠されていた諸々に腹が立ってしまう。だが、ここで少し別の考えも浮かんで来た。


(仮に何か理由があって、私だけに伝えていなかったという可能性はないのかしら?うーん、他に我が家で一番怪しいことと言えば、お母様が領地から五年くらい帰って来ていないことよね。本当の原因は何なのかしら?大きな秘密でもあるの?お父様が嫌いなだけ?――――我が家の問題だけど、殿下に相談すべき?)


 答えがないことを考えているという自覚はある。考えても分からないことはどうしようもない。マリアベルはゴロゴロとベッドの上で左右に何度も転がっていた。人に見られたくはない挙動不審な行動である。


(それに、別居の理由が無いのなら無くてもいいとは思うけど、何か大事なことが隠されているなら、早めに確認しておいた方がいいわよね。やっぱり、次に殿下会った時に話してみようかな)


 結局、レオナルドに相談してみようという結論に辿り着き、マリアベルは穏やかに訪れた眠気に身を任せ、深い眠りへと落ちて行ったのだった。


――――――――――


 夜半の執務室、ようやく仕事がひと段落したレオナルドはソファーにドサッと沈んだ。今日は目まぐるしい一日だった。午前中はマリアベルの講師との初顔合わせ。その後は第一騎士団のベンがマリアベルに突撃してくるという怪事件。そして、午後からはメンディ公爵家宛の苦情が舞い込んだ。


 この苦情は、メンディ公爵からレオナルドに宛てたものでは無い。メンディ公爵家への苦情を他の貴族たちが陳情してきたのである。


 実は、先日メンディ公爵は『自身の派閥をこの先、蔑ろにしないでいただきたい』という話をわざわざレオナルドへしに来た。その際、レオナルドがマリアベルを婚約者に選んだことについて『家門を代表してお祝い申し上げます』と正式にお祝いの言葉も述べたのである。


 これにはレオナルドも驚いた。きっとメンディ公爵家はマリアベルを認めないと主張してくるだろうと予想していたからである。


 だからこそ、レオナルドはメンディ公爵に対して『一つの家門のみを持ち上げるような偏った政治をするつもりはない。心配しなくていい』と約束した。


――――話を戻すと今回の苦情はレオナルドの元婚約者候補で、メンディ公爵家のご令嬢ベアトリスに対するものであった。ベアトリスは様々なサロンに現れては「モディアーノ公爵家のマリアベルと絶対に付き合うな」と、ヒステリックに騒いでいるらしい。そうは言われても、皆は未来の妃とは円満に付き合いたい。だから、あのご令嬢をどうにかして欲しいと連名でレオナルドへ苦情が上がって来たのである。


 何故、この件がレオナルド宛てなのか?そこは各々がメンディ公爵家に直接注意をしたら良いのではないか?どうして、こんな面倒事を押し付けられないといけないのか?とレオナルドは内心憤ったものの、これを放置して後にマリアベルに被害が及ぶようなことになってしまうよりは、今のうちに自分が処理しておいた方が良いかもしれないと思い直した。というわけで、午後にメンディ公爵を呼び出したというわけである。


 レオナルドから、陳情内容と厳重注意を言い渡されたメンディ公爵は顔面蒼白になり「即刻、娘を領地に蟄居させます。申し訳ございません」と頭を下げた。レオナルドが「迅速に対応してくれるのならば、今回だけは大目に見る」と告げるとメンディ公爵は分かり易いほど安堵した顔になった。


 冷静で時には仲間を守るためプライドも捨てる父、劇場型でプライドと権力を振りかざす娘。メンディ公爵家の父と娘は、どうしてこんなにも似ていないのだろうかとレオナルドはつい考えてしまう。しかし、口には出さなかった。


 そこで、ふとマリアベルのことを考える。


 公爵(モディアーノ)とマリアベルは実の父娘である。それなのに前公爵の娘であるジュリエットをあからさまに優先したのは何故なのか?普通に考えれば、ジュリエットが王子の婚約者候補であろうとマリアベルを隠す必要は無いだろう。寧ろ、王子と年の近い娘がもう一人いるのなら、政治的にも公開した方が有利だと思う。


 それから、あの護衛の行動もおかしい。ホーリーは恋慕だというが、果たしてそうなのだろうか?あの高圧的な発言は色恋には見えない。やはり、もう少し調べてみる必要があるなと考えが纏まったところで、レオナルドは立ち上がった。流石に部屋へ戻った方が良い時間になっている。


 が、机の上にあるカードへ手を伸ばすのは忘れなかった。マリアベルに宛てて、”朝食を一緒に“と急いでしたためる。そして、廊下で控えている使用人に、これをマリアベルの専属侍女アリーへ渡すようにと封筒に入れたカードを手渡す。


 『さあ、今日すべきことは終わった』とレオナルドはため息を一つ吐いて、私室へと戻って行ったのだった。

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