第16話 15 事件が起きちゃいました

 『明け方にモディアーノ公爵邸が襲撃されました。公爵はケガを負ったものの命に別状はないとのことです』


 王都警備隊からの一報で起こされたレオナルドは直ぐに身なりを整え部屋を出る。執務室では第一騎士団・副団長のホーリーと事務官ガーシュイン、補佐官ライアンが彼を待ち構えていた。


「殿下、おはようございます」


 三人は声を揃えて言う。


「おはよう。待たせて済まない」


 レオナルドは出遅れたことを詫びる。三人は上司の行動に動揺した。彼が詫びたという行為にである。しかし、彼らの動揺に気づいていないレオナルドは一呼吸置いてからホーリーに視線を向けた。彼は承知しましたと軽く頷いてから報告を始める。


「先ほど発生しました“モディアーノ公爵邸襲撃事件”の詳細をお伝えします。今朝四時頃、爆発音と共に覆面をした集団が邸宅内へなだれ込みました。救出に入った者の話では、使用人たちは目隠しと手足を縛られた状態で床へ転がされていたそうです。応戦しようとした公爵閣下が腕に傷を負いましたが、軽傷とのこと。他に執事も足を切りつけられて、軽傷を負っています。そして、ジュリエット様とマリアベル様の部屋が激しく荒らされていたそうです。なお、助けを呼びに走ったのは馬小屋番の青年です。彼は別棟に住んでおり犯人たちからの拘束を免れたようです」


 レオナルドは出遅れたと後悔した。昨日の違和感を見逃した結果がこれだ。


「殿下、申し訳ございませんでした。この事件を防げなかったのはオレが昨日、適当な回答をした結果だと思います」


 ホーリーは神妙な面持ちでお詫びを口にした後、深々と頭を下げた。


「いや、その件はお互い様だ。俺もお前に問うただけで深く考察しなかったのだから」


 レオナルドはホーリーを頭ごなしに叱責することはなかった。それどころか自分も悪かったと言い添えたのである。先程から上司が穏やか過ぎる理由が彼らには分からない。何故なら、今までのレオナルドなら問答無用で彼らのミスを怒号していた筈なのである。


 しかし、目の前にいるレオナルドはもう冷酷非情な男では無かった。突然変わった彼の姿勢に側近たちが戸惑うのも無理はない。理由は至ってシンプル。彼はマリアベルと過ごすようになり、相手の考えを慮るようになったのである。しかしながら、レオナルド自身もそんな自分の変化をまだ自覚しては無かった。


「殿下、これはアノ件が絡んでいますか?」


 補佐官ライアンは意味深な質問を上司へ投げかける。実はライアンだけが、この中で唯一マリアベルの姉ジュリエットが隣国にいるという情報を知っていた。


 ライアンは補佐官と言う曖昧な役職で、レオナルドの手足となり国内外のありとあらゆる場所へ潜り込む。所謂、スパイのような仕事をしているのだが、ライアンはスパイと言う言葉を酷く嫌がった。そして、いつも「自分は、ただ単に生命体と仲良くなるのが得意なだけです」と反論してくるのである。


 ライアンは独特な考え方を持ち、少し変わったところがあるのだが、レオナルドは全く気にしていない。というか、寧ろ自分に対して真っ直ぐ本音で言い返してくるところをレオナルドは気に入っている。


 話を戻すと、ライアンは先日、飼い慣らしている賊からジュリエットの情報を得たのだと言う。それは隣国の王都で賊の経営する買い取り屋にジュリエットが宝石を換金しに来たというものだった。ライアンは直ぐにレオナルドへこの情報を伝え、次の指示を待ったのだが・・・。


 しかし、予想に反してジュリエットの監視は今後一切しないと、昨日レオナルドから指示を受けた。ライアンはその指示に従い捜索の手を引いたばかりだったので、今朝方の事件を受け、再度レオナルドに確認したのである。


「今は関連があるとも無いとも言えない。だが、アノ件は今後も表沙汰にするつもりはない。他言無用だ」


「はい、承知いたしました」


「まずは、実行犯の痕跡を探せ。それから、第一騎士団所属の騎士ベンの拘束を。そして、モディアーノ公爵は王宮に引き取って療養させる。ガーシュイン、手配を頼む」


「はい、分かりました。公爵閣下にはマリアベル様が付き添われますか?」


 ガーシュインの質問にレオナルドは即答できなかった。マリアベルとモディアーノ公爵の関係が上手くいっていないことを知っているからだ。この件はマリアベルに確認した方がいいだろう。


「マリーが付き添うかどうかは、本人に希望を聞いてからで構わないだろうか?」


「はい、ご確認いただいてからで大丈夫です」


 そこまで話したところで、ふと、レオナルドは嫌な予感がした。


「ルカ、居るか?」


 掃き出し窓に向かってレオナルドが呼びかける。この光景に慣れている三人は特に驚かない。


 ガチャっと窓を開けて、小柄な少年ルカが部屋へ入って来た。彼はライアンとは違い、王家に仕える正真正銘の隠密である。見た目と違い年齢は二十二歳、そして妻子持ちだ。


「お呼びですか、殿下」


「話は聞いていたか?」


「まぁ、概ね」


「では、モディアーノ公爵領に向かってくれ。次は公爵夫人が狙われるかもしれない。ルカ、お前に領地の公爵邸にいるモディアーノ公爵夫人の無事の確認と保護を命じる。念のため、第二騎士団も追って向かわせる」


「御意」


 ルカは即答し、軽い身のこなしで窓から去っていった。


「殿下!騎士団を向かわせるのですか?」


 ホーリーはレオナルドに問う。何故なら王国騎士団を派遣するというのは、確証のある余程の事態であることが前提だからだ。


「ああ、公爵夫人が狙われる可能性は充分にある。今回のように後手になりたくはない」


 レオナルドはホーリーを真っ直ぐ見据えた。反論は許さないとばかりに。


「――――分かりました。手配いたします」


「陛下への報告とマリーへの伝達は俺がする。では、よろしく頼む」


「御意」


 声を揃えて返事をした後、側近の三人はそれぞれの任務へと向かった。


 彼らが出て行き、レオナルドが手元の時計を確認すると時刻は七時十六分だった。朝食まではまだ少し時間がある。先に陛下へ事件の報告に行くことにした。



――――――――――


 今朝の朝食メニューは、根菜のクレープサンドとチキンスープ、チーズとフルーツだった。王宮の食事には目新しいものが毎日のように出てくるので、マリアベルはとても楽しみにしている。しかし、そんな楽しい気分を吹き飛ばすような話をレオナルドから聞いてしまった。


「お父様が、ケガを!?」


「ああ、そうだ。執事殿も足を切りつけられ軽傷を負った」


 レオナルドはマリアベルに会うなり、早朝の襲撃事件のことを伝えた。最初は他人事のように聞いていたマリアベルも流石に公爵が負傷したと聞いて顔色が変わる。レオナルドはマリアベルが悲しい顔をしていると胸が締め付けられるような気分になるので、言葉を選んで出来るだけダメージを与えないように伝えようと心掛けた。


(何故、我が家が襲撃!?しかも、お父様はケガまで・・・)


「何故、我が家は襲撃されたのでしょうか?殿下は女性がらみの問題も全くないのでしょう?」


 そう断言されるとレオナルドは微妙な気分になってしまう。だが、実際にレオナルドの女性関係はクリーンそのもので・・・。間違いなくその筋の心配は無い。レオナルドは誤解を招かないためにしっかりと頷いておく。


「ですよね。では、お姉様に恋焦がれていたどなたかの犯行では?あっ、でも、私の部屋も荒らされているのですよね?何が何だか・・・、良く分かりませんね」


 マリアベルは腕を組んで、首を傾げている。レオナルドはマリアベルに恋慕している者がいる可能性を、当の本人が全く考えていないことに疑問を持った。もしかすると、彼女は自己肯定感が低いのかもしれないと思い至る。こんなに愛らしい女性なのに・・・と。


「殿下、どうかされました?もしかして睡眠不足ですか?我が家の件で眠れていないのでは?」


 レオナルドが黙っているとマリアベルは心配そうに顔を覗き込んでくる。


「いや、大丈夫だ。少し考え事をしていた。マリー、モディアーノ公爵領にも念のため第二騎士団を派遣した」


「なっ、騎士団をですか!?」


(いくらなんでもそれはやり過ぎなのでは?我が家の襲撃も殺害目的と言うよりは脅し目的のような気がする)


「そうだ。マリー、モディアーノ公爵家は我が国の王子の婚約者の実家だということを忘れないで欲しい」


(わ、忘れていたかもしれない・・・)


 マリアベルは苦笑いを浮かべる。レオナルドはやっぱり自覚して無かったのかと、ため息を吐いた。


「あのう、昨日のベンの事件で色々と考えまして、殿下に次に会ったら相談したいと思っていたことがあるのですが・・・」


「俺もあいつの行動はオカシイと思っていた。それで、マリーは俺に何を相談したいんだ?」


「いえ、ベンはきっかけに過ぎなくて。我が家で、私だけ知らされていない事柄が多すぎるのではないかと違和感を持ってしまったのです。それで、もし意図的に私へ諸々を伝えないようにしていたとするなら、何が原因なのだろうと考えたのですが、答えは見つかりませんでした」


 レオナルドは、昨日うっかりこぼしてしまったジュリエットが前公爵の娘と言う話が、マリアベルの悩みのきっかけになったのだと気付いた。確かにモディアーノ公爵家には隠し事が多すぎる。


そして今朝方、何者かの襲撃を受けるまでモディアーノ公爵は公に姿を見せていなかった。一週間前、夜会にマリアベルを送り出した後、まるで身を隠していたかのように・・・。


「マリー、意図的に伝えなかったというなら、どういうことが考えられると思う?」


「今までの生活から、私の存在を消したいというのは何となく分かりました」


 レオナルドは顎に手を置き少し考えてから、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「存在を消したいなら消せばいい。消していないということは単純に隠していたという可能性もあるのではないか?」


(存在を消したいなら消せばいいって、なんて怖いことをそんな澄ました顔で言うの!?)


 マリアベルは久しぶりに鬼畜な発言をしたレオナルドをジト目で見詰めた。レオナルドは彼女が見詰めて来る意味が分からず、首を傾げる。


「問題は、何故マリーを隠さないといけなくなったのかと言うことだ」


 マリアベルが引いていることに気付かず、レオナルドは話を続ける。


「誰に見つかったらダメなのかは、今一つ分からないのだが・・・。取り敢えず、俺にマリーを引き合わせた公爵は首謀者ではないと思う。寧ろ、マリーを推している気がしたくらいだ」


 レオナルドはあの時のことを思い出し、笑みを浮かべた。


(うーん、確かにお父様は、私を殿下に躊躇することも無く紹介した(押し付けた)けれど、あれは緊急事態で・・・。あ、でも、お姉様が居ないからって、デビュタントもしていない私を差し出す必要は別に無かったわよね?殿下の言う通り、お父様ではなく、別の人間が関係していた可能性も無いとは言えないわね)


 レオナルドの一言で、マリアベルは過去の思い込みに囚われて見えてないものがあるかもしれないと考え始めた。

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