第17話 16 執務室に押しかけちゃいました

――――王都のモディアーノ公爵邸襲撃事件、翌朝。


 ルカから早朝モデイアーノ公爵領へ無事到着したと連絡が入った。今は午前十時を回ったところだ。執務室ではレオナルドと事務官のガーシュインが通常業務に加え、モディアーノ公爵家にまつわる情報収集をしている。そこへ第二騎士団の事務官プシュケスラーが飛び込んで来た。


「殿下!急ぎです!!急ぎ、お目通りをー!!」


 ドアを開ける前からプシュケスラーは廊下で大声を出して叫んでいる。レオナルドは守秘義務の観点から、そんなに大声で叫ぶのはダメだろうと思いつつ、彼を執務室へ招き入れた。


「殿下―!!只今、ハヤブサ(緊急速報)が入りました。モディアーノ領で戦闘が発生しています!!」


 顔を真っ赤にして、プシュケスラーはレオナルドの机に身を乗り出す。思わず、レオナルドは後ろに仰け反ってしまった。


「戦闘!?公爵邸の襲撃ではなく?」


 レオナルドの言葉を聞いて、プシュケスラーの動きが止まった。数秒の空白の後、口を開いたのはレオナルドの側近で事務官のガーシュインだった。


「おい、大丈夫か?殿下に報告する前に少し落ち着け」


 ガーシュインはプシュケスラーの横へやってきて彼の肩に手を乗せる。ところがプシュケスラーは鬼のような形相でガーシュインの手を振り払った。


「ヤメてください。僕は至って落ち着いています。報告を続けます」


 プシュケスラーは急に落ち着いた様子で語り出す。ガーシュインは不服そうな表情で机に戻った。


「まず、モディアーノ領に入ろうとした第二騎士団と正体不明の傭兵団が戦闘しているということです。そして、公爵邸に刺客がすでに向かったという情報もあり、そちらは現在確認中です」


 レオナルドは平然と報告を聞いているが、心の中では色々な可能性を考えていた。まず、モディアーノ領に入ろうとした時点で傭兵が待ち構えているということは、モディアーノ領自体が何者かに掌握されていた可能性がある。


 モディアーノ公爵夫人は王都に帰らないのではなく、帰れなかったという可能性も出て来た。また、第二騎士団が武装して現れたら普通は国王陛下か、それに準じる身分の者(レオナルド)の命で動いている重要案件だと察するハズである。それなのに正面から迎え撃つというのは程度の低い傭兵団か何かだろう。雇い主もまっとうだとは思えない。


 ルカは公爵邸の刺客侵入に間に合ったのだろうか。モディアーノ公爵夫人にもしものことがあれば、マリアベルを悲しませてしまう。


「分かった。プシュケスラー殿、ご苦労だった」


「はい、続報が入りましたら、またお伝えいたします」


「ああ、よろしく頼む。ただ、廊下で叫ぶのは止めてくれ。確実なことが分かる前に知れ渡ってしまうと対応に支障が出る」


 レオナルドに指摘されて、プシュケスラーはハッとした。


「それは、大変失礼いたしました。以後、気を付けます」


 レオナルドは頷いて、反省の弁を受け止める。プシュケスラーは部屋を出る際に一礼し、執務室を後にした。


「ガーシュイン、俺のスケジュールを調整してくれ。追って出る」


「殿下が、出るのですか?」


 ガーシュインは、突拍子もないことを言い出すレオナルドに驚いた。確かに戦闘状態であると言っても、たかが、一領地内の小競り合いだ。王子殿下が出動するほどの事態だとは思えない。


「ああ、モディアーノ領で何が起こっているのかを確認したい」


「それは、ルカ達に・・・」


 ガーシュインが言い掛けたところで、ドアをノックする音がした。


「ごきげんよう。マリアベルです」


 ドアの外から、可愛い声が聞こえて来た。ガーシュインはレオナルドを仰ぎ見る。次の瞬間、レオナルドは席から立ち上がり、ドアへ向かった。ガーシュインは別にそういうつもりではなく、入室許可を確認するためにレオナルドに視線を送ったのだが・・・。まさかレオナルド自ら、ドアを開けに行くとは思っていなかった。


 レオナルドがドアを開いた先には、腰まであるふわふわな銀髪と真っ白な肌に大きな赤い瞳を持つ乙女が立っていた。ガーシュインはその美しさに息を呑む。これは、レオナルドが夢中になるのも分かる。


「マリー、どうした?」


「中庭をお散歩していたら、大声で殿下を呼ぶ声が聞こえたので、心配になって・・・」


「あー、聞こえたか」


 レオナルドは頭に手を当てた。


「それは・・・。そうだな、詳しいことは中で話そう」


「はい、お邪魔します。アリーは?」


 マリアベルは背後に控えている侍女に確認する。


「わたくしは、こちらで待っておりますので、お気になさらず」


 アリーは廊下の壁を指差している。


「でも、寒くない?」


「いいえ、大丈夫でございます。さあ、遠慮なく行ってください」


 アリーに固辞され、マリアベルは仕方なく一人で執務室に入った。室内にはレオナルドの他に、赤い髪の若い男性が一人いる。


「側近で事務官のガーシュインだ」


 レオナルドに紹介され、ガーシュインは慌てて立ち上がった。


「初めまして、ガーシュインさん。モディアーノ公爵家のマリアベルです」


 マリアベルは優美なカテーシーをした。だが、ガーシュインはそれよりも、その横のマリアベルをとろけるような微笑で見詰めている上司の方が気になって仕方ない。


「初めまして、ポートウェイ伯爵家のガーシュインと申します。以後お見知りおきを」


 ガーシュインも胸に手を当て、マリアベルに丁寧なあいさつを返した。


「それで、先ほどの叫び声は?」


「ああ、それは・・・」


――――――――――


 レオナルドは、モディアーノ領に派遣していた第二騎士団が、現在見知らぬ傭兵団と戦闘中だということと、公爵邸に刺客が向かったという情報を得たことをマリアベルに伝えた。


 ふたりのやり取りがサバサバとしていて、ガーシュインはまた驚いた。マリアベルは平然とレオナルドの話について来ている。この方は、普通のご令嬢ではないのかも知れないと思った。


「殿下、だからと言って、追って向かわれるのは危険なのではないですか?」


「だが、公爵邸にはマリーのお母上がいるだろう?」


「まあ、そうですけど、第二騎士団にお任せしては?」


「そんな悠長なことを言って、お母上にもしものことがあったらどうする?」


「それはそうですけども・・・」


(お母様に何かがあるということより、殿下に何かあった方が事件なのでは?どうしてそんなに行こうとするのかしら?)


「殿下に何かあった方が困ります。我が家のゴタゴタは余り気にしないでいただくというわけにはいきませんか?」


 マリアベルは何とかレオナルドを思いとどまらせようと試みる。そのやり取りを横で聞いているガーシュインはマリアベルの意見に賛成だった。


「マリー、残念ながら第二騎士団を派遣したのは俺だ。戦闘になったというのなら、俺に責任があるということだ」


「責任ですか・・・。本当にすみません。我が家のせいでこんな状況になってしまって。大体、父が・・・。あ!」


 マリアベルは、そこで閃いた。王宮には負傷しているものの公爵(父)本人が居るではないかと。


「殿下、先ずは父に話を聞きましょう。それからでも遅くはないはずです」


「なるほど、モディアーノ公爵に話を聞くのは確かにいいかもしれないな。よし、ガーシュインこれから言ってくる。その後のことは戻ってから決める」


「はい、かしこまりました。モディアーノ公爵閣下は東三階フロアにいらっしゃいます」


「分かった。マリー、一緒に行こう」


「はい」


 ガーシュインは二人を見送る。レオナルドは優しい顔をして、マリアベルと手を繋いで歩いて行った。あれ、本当にいつもの上司か?と目を擦りたくなる。二人の後ろをついていく侍女のアリーが、途中で振り返って手を振ってくれたのが、少し嬉しかったというのは胸にしまっておくことにした。

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