第30話 29 美味しいスープを食べちゃいました
「閃いたというのは、どんな案だ?」
「殿下、私と結婚しましょう!」
マリアベルは身を乗り出して、レオナルドの腕を掴んだ。レオナルドは何が何だか良く分からないという表情で、マリアベルを見詰める。
「結婚は勿論する。だが、どういう意味だ?」
「もう!察しが悪いですね。結婚式の案内と一緒に極秘情報を届けるのです!!使者が直接、各国のリーダーと謁見し、書状を手渡します。その際、“殿下からのメッセージにおひとつお返事をいただかないといけない部分がございますので、ご一読いただけますか?”と使者が言えば、書状をその場で読んで貰えるのではないでしょうか?」
マリアベルの話をレオナルドは真剣に聞いていた。確かに、王族の結婚式の案内状は使者を使って直接届けに行くのが一般的である。故にこの方法ならば、疑われる心配もないだろう。
「マリー、いい案だと思う。だが、俺たちの結婚を利用されて嫌だとか思わないのか?」
「はい、全然、嫌じゃないですよ。寧ろ、私たちの結婚で、この大陸に蔓延っている悪者を成敗出来るなら最高じゃないですか?」
「ならば、その案を採用する」
「ありがとうございます!!」
「まず、結婚式を執り行う日を決めよう。早速、ハヤブサを飛ばして、陛下へ、早急に結婚式をしたい旨を伝えようと思う。細かな説明が無くとも、察してくれるだろう。後の段取りは返事が来てからだな」
「はい、分かりました」
「マリー、いいアイデアをありがとう。正直なところ、俺にはそういう柔軟な発想が無かった。どこから潰そうかとばかり考えていた」
「つ、潰そうですか・・・、ハハハ」
(潰すですって!?何て、物騒なことを言うのー!!)
マリアベルは笑って誤魔化す。
「マリー、温泉ではすまなかった。どうしても、俺はマリーに対して我慢が効かないらしい。これからもダメな時は、遠慮なく殴ってくれて構わない」
「いえいえいえ、殴るのは最終手段ですからね。出来るだけ、口で言いますよ。で、見たのですか?見たのですよね??」
マリアベルはジト目でレオナルドに詰め寄った。“何を?”と言うのなら、勿論、マリアベルの裸体である。
レオナルドは視線をスーッと横に流した。その仕草で、マリアベルは確信する。
「お見苦しいものをご披露してしまい、大変失礼いたしました。それとこの服は誰が着替えさせてくれたのでしょうか?」
マリアベルは可愛い寝間着を指差す。レオナルドはとうとう視線だけでは無く、顔を横に向けた。
「殿下!」
「――――俺が着替えさせた。第二騎士団も国軍も、たまたま男性しかいなかったから」
レオナルドはバツが悪そうに小声で話す。実のところ、ホテルには女性スタッフも数名いたのだが・・・。
『マリアベルは将来、王妃となる身なのである。専属の侍女以外に、その身をたやすく任せるわけにはいかない』
以上の理由を掲げ、レオナルドは責任を持って、マリアベルの身の回りの世話は自分がするとエヴァンス達の前で宣言したのである。
その時のエヴァンスが見せた渋柿を齧ったような顔を、レオナルドは一生忘れられない気がした。
色々と理由を付けたが、レオナルドはマリアベルの首筋につけた赤い印を誰にも見せたく無かったのである。それこそ、貞操を重んじるエヴァンスが赤い印に気付き、堪忍袋が切れるようなことになれば、かなり厄介な事態になるだろう。
「それでも、ホテルスタッフとか・・・」
「マリーは俺の婚約者だろう?と言うことは、誰にでもその身を任せられるわけではない」
レオナルドはマリアベルに畳みかける。
「確かに、ここにはアリーが居ないですからね」
「ああ、だから俺が世話をする」
(いや、お世話って・・・。あなた王子様でしょう?)
ごもっともな突っ込みを、マリアベルは心の中で入れた。
「もう、済んだことを掘り返しても仕方ないですね。お世話して下さり、ありがとうございます」
「どういたしまして。マリー、今日は部屋でゆっくり過ごすといい。俺はハヤブサを飛ばしに行ってくる」
レオナルドが立ち上がろうとすると、マリアベルが袖を掴んで止めた。
「殿下のお部屋の場所を教えてもらえませんか?緊急時に困るので」
レオナルドは、最初に入って来た扉を指差した。
「え?」
「この部屋は俺の滞在する部屋の中にある一室だ。あの扉の先はリビングルームで、他には俺の寝室とダイニングルーム、バスルーム、ミーティングルームがある」
「つまり、ここは途轍もなく広い客室というわけですね」
「そうだ。客室内は寝間着で歩いて回って構わない。ゆっくりしていてくれ」
レオナルドはマリアベルの頬を掌で包んで、くちびるをそっと重ねた。
「では、出来るだけ早く用事を終えて戻ってくる」
「はい、お気をつけて」
もう一度、頬へ軽くキスをして、レオナルドは部屋を出て行った。
(甘っ、甘過ぎる。殿下、私を溶かす気なの?大体、騎士服を着て、男装した時点で、普通は引くと思うのよね。そんなことは全く気にしてなさそうだし、真っ裸で倒れたことも咎めないし、心が広すぎない?)
何も疑わず、レオナルドは優しさと愛情から、献身的にお世話をしてくれていると思っていたマリアベルが、すべてを察するのはもう少し後だった。
―――――――――
レオナルドは、第二騎士団・団長ヒューイの元へ向かった。
現在、ヒューイはレオナルド達の警護をするため、ホテル内に待機している。公爵邸の様子を確認しに行っているエヴァンスが戻って来たら、次はヒューイが公爵邸へ向かう予定だ。
また、最初にテントを張っていたカストール領との境であるハーベスト地区には、副団長のジュリアーノと団員の半分が残って見張りを続けている。
そして、国軍の精鋭たち全五十三名は、このホテルに二十三名と公爵邸に十五名、そして、領都内の何処かに残りの十五名は潜伏していると、ルフィから報告を受けた。
「ヒューイ、ちょっといいか」
「殿下!お疲れ様です」
レオナルドの姿を見るなり、ヒューイは椅子から立ち上がって敬礼した。
「陛下に急ぎで連絡したいことがある。ハヤブサを飛ばしてくれるか?」
「はい、かしこまりました!」
そこで、レオナルドは急に事務官プシュケスラーのことを思い出した。あの無神経な男がハヤブサからの伝達を陛下へ伝えに行ったら、計画が台無しになるかも知れないと、一抹の不安を感じる。
「つかぬことを聞くが、ハヤブサの文書を受け取るのは誰だ?」
「事務官のプシュケスラーです」
ヒューイはハキハキと答える。レオナルドは無意識に天を仰いだ。
「あいつ以外に受け取らせる方法はないのか?」
「プシュケスラーに何か問題でもありましたか?」
ヒューイはオロオロしながら、レオナルドに尋ねる。
「ああ、あいつは問題しかないぞ。前回も“殿下、急ぎでーす!!”と廊下で叫んでいたからな。あれはどう考えても、秘密ごとには向かないタイプだ。俺の部下が注意をしても聞かないし」
レオナルドの指摘を頷きながら聞いていたヒューイの顔から、血の気が引いて行く。
「大変申し訳ございませんでした!!」
「いや、お前が謝ることはない。速やかに配置換えをしてくれ、それでいい」
「分かりました、早急に対応いたします」
「で、その対応をするから、“ハヤブサを二往復させます”なんて、馬鹿なことを言い出したりはしないよな?」
「それは・・・」
どうやら当たりらしい。レオナルドはため息を吐いた。一日に二往復させられそうになっているハヤブサへ同情したい気持ちが湧いてくる。
「ハヤブサを他の者に向けて送るとか、何かいい方法はないのか?」
「そ、そうですねー・・・」
レオナルドの無茶ぶりに、ヒューイは顎を手でつかんだままの姿で固まって、考え込んでしまった。
「ちょっといいですかー?」
天井から、声が聞こえてくる。ヒューイは油断していたのか、ビクッとした。
「降りて来い、ルカ」
ひらりと、ルカは天井裏から舞い降りてきた。
「ハヤブサなら公爵邸にいますよ。執事に貸してって、頼んでみましょうか?」
レオナルドは『ああ、確かにモディアーノ公爵家なら持っていそうだな』と思った。ただ、軍事用のハヤブサは、訓練が難しく育てるのが大変だと言う以前に、国が個人で所有することを禁じている。
と言うことで、モディアーノ公爵家がハヤブサを所有しているというのは当然、違法行為だ。しかしながら、レオナルドが公爵邸のハヤブサを使用することで、この違法行為に目を瞑るという構図が出来上がるのだとしたら・・・。公爵の策士ぶりが半端ないとしか言えない。
「ルカ、何故それを知っている?」
「それ、聞いちゃいます?」
「このやり取りを、お前と毎回するのは面倒だな」
レオナルドは、ルカの胸倉を掴んだ。
「あああああ!言います。言いますから!!こぶしで聞くのは止めて下さいって」
「陛下とモディアーノ公爵のホットラインってやつです」
「あいつら、グルなのか?違法も無視か!」
「あ、あいつらって言っちゃっていいんですかー」
ルカは、レオナルドに睨まれつつも軽口を忘れない。ヒューイはハラハラしながら、二人の様子を見ている。
「では、それを借りる。ルカ、書状を作ったら呼ぶ。準備をしておけ」
「御意」
レオナルドはルカを掴んでいた手を離す。ルカは直ぐ様、逃げるように去っていった。
「あのう、殿下。うちのハヤブサは・・・」
「ああ、第二騎士団のハヤブサは、受取係の変更を早急にしてくれ」
「はい、承知いたしました」
レオナルドは陛下に届ける書状を作るため一旦、部屋へ戻ることにした。
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