第31話 30 深読みしちゃいました
ベッドの上で、気ままにゴロゴロとしていたマリアベルだったが、それも段々と飽きてきて、ついに“部屋の探索でもしてみよう!”と起き上がった。
寝間着にふわふわスリッパといういで立ちで、そろりと部屋のドアを開けてみると、レオナルドが言っていた通り、目の前の部屋はリビングルームだった。
品の良いベージュ系のソファセットが、部屋の真ん中に置かれていて、傍のローテーブルにはお茶菓子と茶器の用意もしてあった。大きな窓の先には、広いバルコニーが見えている。
「豪華なお部屋ね」
マリアベルは、キョロキョロと室内を見回しながら、一周した後、次の扉へと向かう。
可愛いリースが飾ってある扉を開くと、広々とした部屋にテーブルと椅子が置いてある。どうやら、ここはダイニングルームのようだ。
真っ白なガラス天板のテーブルは、おしゃれな楕円形で、真ん中に小ぶりの花かごが飾ってあった。この空間の醸し出す雰囲気は、インプレッション派が大好きなマリアベルの心を擽る。
「可愛いお花!!ライトグリーンとイエローとオレンジって、素敵な組み合わせだわー」
この部屋を気に入ったマリアベルは、まじまじと部屋を観察してしまう。
(そういえば、キッチンは併設されていないのね。食事は厨房から運んでくるのかしら)
じっくりと見た後、一度、リビングに戻る。
次はガラスが嵌め込まれた扉を開けてみることにした。扉を少し開けただけで、フローラルのいい香りが漂ってくる。
ここはバスルームと洗面所だった。マリアベルは、ふと壁面の大きな鏡に映った自分の姿を見る。
「ん?んんんん?えっ!?」」
首元に赤いアザの様なものが出来ているのを見つけたマリアベルは、鏡を覗き込んだ。患部を指で押してみたが、痛くも痒くもない。首を傾げ、コレは何だ?と考える。
「はっ!まさか!!」
マリアベルの脳裏に温泉で猛獣に噛みつかれた。もとい、吸いつかれた記憶が蘇って来る。
(これが、恋物語とかで出て来るキスマークというやつなの?うそー、こんなに生々しいものだなんて!!)
マリアベルは無意識に指でぎゅうぎゅうと赤い印を押してしまう。
(これ、消えそうな気配がゼロなのだけど・・・。ここって、物凄く目立つ場所じゃない?)
鏡の前で、途方に暮れるマリアベル。
(これからしばらくの間、人前に出る時はどうしたらいいのー。殿下のばか!!)
スリスリと首筋を撫でながらレオナルドを恨めしく思っていると、今更ながら、ここへ来るまでの間、コレはちゃんと隠せていたのだろうかと心配になってくる。
(ううう、私の馬鹿!何で記憶がないのよ・・・。後で、殿下に確認しよう!!みんなに見られていたら、最悪だわ・・・。それと、首に巻くものを絶対に用意しなきゃ!!)
はぁと、ため息を吐いて脱衣所を出る。
そこへタイミング良く、レオナルドが戻って来た。
「マリー、ただいま。体調は?」
「お帰りなさい、殿下。もう、大丈夫です。それより、コレ!」
マリアベルは、自分の首筋を指差した。
「殿下、コレどうするのです?すぐに消えなさそうですよ!!」
「ああ、すまない。俺が・・・」
レオナルドは手を伸ばして、マリアベルの赤い印をそっと人差し指で撫でた。その手をマリアベルが、サッと振り払う。
「わっ!撫でないで下さいよ。くすぐったいじゃないですか!!」
「フッ、可愛い」
「いや、私、結構怒っていますからね。反則な顔で可愛いとか言ってもダメです」
「それで、怒っているつもりなのか?」
クックッとレオナルドは口元を隠しながら笑う。マリアベルはムカッとした。
「レオナルド様!反省してください。このままでは人前に出られません!!悪いと思うのならスカーフか何か、首に巻くものを用意してください」
「分かった、俺が用意する。それと温泉から戻るときは、上手く隠したから多分、誰にも見られていないと思う。俺がマリーの首筋にキスマークなんか付けたって、エヴァンスに気付かれたら、迷いなく斬りかかってくるだろうからな」
「まさか、殿下はそれが理由で私のお世話をしていた?」
急に核心を突いてくる婚約者にレオナルドの動きが止まった。マリアベルはそれを見逃さない。
「うううっ、純粋な愛情と受け止めた私がバカでした。殿下はご自分の保身のために・・・」
「あ、いや、そういうわけでは・・・」
嘘の悔し泣きをするマリアベルにレオナルドは狼狽える。あー、もう、自分はどうしてこうも残念なのか!?と。
「マリー、お世話をしたのは純粋な愛からだ。誰よりも愛している。それは嘘じゃない」
顔を両手で覆ったマリアベルを前に、必死で思いを伝えようとするレオナルド。マリアベルは、そろそろ許してあげようかなと顔を上げた。
バチっと二人の視線が合ったところで、マリアベルはベーっと舌を出す。
「泣いてないですよー。殿下が反省したみたいなので許してあげます」
マリアベルはニコっと笑った。そのタイミングで、レオナルドは膝から崩れ落ちる。
(え?崩れた!?)
「あー、良かった。嫌われたかと思った」
両手を床に付いたまま、レオナルドはボソボソと呟く。マリアベルはさっきまで怒りは嘘のように消え去り、レオナルドが愛おしくて堪らなくなった。
床に座り込んだレオナルドの前にしゃがみ込み、両手を広げて抱き締める。レオナルドは驚きつつも、マリアベルの背中に自分の手を回した。
「殿下、温かいですね」
「ああ、温かい。離れたくなくなる」
(私も離れたくない)
「キスしたい」
「なっ、それは聞かな・・」
まだ話している途中で、レオナルドはマリアベルのくちびるを塞いだ。マリアベルはもう下手な抵抗は止めて、一緒に愛を深めることにした。
チュッ、チュッと部屋の中に響くキスの音を意識してしまって、マリアベルは少し恥ずかしい。でも、キスを止めたいとは思わなかった。
レオナルドは温泉で一度拒否された深いキスがしたくなった。舌先でマリアベルのくちびるを軽く押してみる。
レオナルドの合図にハッと気付いたマリアベルは、前回のようにパニックを起こす事もなく、軽く唇を開いた。レオナルドは怖がらせないようにと優しく、舌を滑り込ませる。
二人は、触れ合うとはまた違う感覚、繋がるという感覚を初めて共有した。
――――――――――
――――――成り行きで床に座ったまま、お喋りをするレオナルドとマリアベル。
「それで、今からハヤブサを王宮へ飛ばすのですね」
「ああ、直接、陛下へ届くらしい」
レオナルドから、公爵家に陛下と直接やり取りの出来るハヤブサがいると聞いたマリアベルは興味津々な様子をみせる。
「と言うことは、陛下と父はかなり深い仲だったということですよね?」
「そうだろうな。俺は全く知らなかったが」
マリアベルは少し深読みしてみる。
(陛下と公爵がしっかり繋がっていたのなら、最初から、婚約者はお姉様(ジュリエット)に決まっていた可能性が高いわよね。お姉様って、本当に何も知らなかったのかしら?もう、確認のしようもないけど・・・)
「殿下って、本当にお姉様を可愛いとか思ったことって、一度も無かったのですか?」
唐突な質問にレオナルドは首を捻る。なぜ、そのような話が今、出て来るのだと。
「いや、全く無い。で、何でそんな思考になった?」
「いえ、単なる邪念なので、お気になさらず。それにしても私が殿下の隣に立つなんて、誰も想定してなかったですよね。今、いろいろと思惑が外れて、困っている人も居たりして?」
「まあ、居るだろうな。今回の襲撃はそちら方面の可能性が高いだろう」
「ですよね」
この読みは的中していた。一連の襲撃事件はメンディ公爵派の仕業だと後日、判明したからである。責任を取って現メンディ公爵は表舞台から引退し、息子のポールが新公爵になるのは、わずか一か月後のことだった。
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