第29話 28 閃いちゃいました

 マリアベルが目を覚ますと、そこは見知らぬ部屋のベッドの上だった。


(あれ?あれれ?確か、私は温泉で湯あたりに・・・。ここは何処?)


 マリアベルは身体を起こし、部屋の中を観察する。室内はさほど広くない。家具はベッドの他に椅子とテーブルが置いてあった。窓辺には小花柄のかわいらしいカーテンと、柔らかなシフォンのレースが吊るされている。そして、小ぶりの観葉植物も一つ置いてあった。


(困ったわ・・・。ここが何処か分からない限り、むやみに部屋から出ない方がいいわよね。殿下たちは、別の部屋にいるのかしら?)


 マリアベルは今、知りたいことを確認する手段も分からず、途方に暮れる。


 そこで、ふと思い出した。


(私、温泉を出た時、騎士服を着ていたと思うのだけど・・・)


 今、マリアベルは、可愛い寝間着(白とピンクのストライプ柄)を着ている。


(この寝間着、誰が着せてくれたのかしら?ん、あ――――!!!いや、違う、違うわ、そうじゃなくて、温泉の脱衣所で倒れた時って、私、真っ裸だったわよね!!あの時のことは朦朧としていて、あんまり覚えてないけど・・・。絶対、あー絶対、殿下に裸を見られた!?もう最悪―――!!)


 羞恥心が爆発したマリアベルは、両手で頭を抱えたまま、ベッドに飛び込んだ。


――――――――――


 レオナルドは別室で、ルカの報告を聞いていた。


「僕はね、昨夜のモディアーノ公爵邸に集結した謎の荒くれや、どこかの傭兵たちが、“赤い蠍”だとはとても思えないんですよー。それはもう弱すぎて、弱すぎて・・・。奴ら、公爵邸に入れもしませんでしたからね。逆に公爵邸に常駐している私兵たちの強さは、半端なかったですよ。あれ、相手が国軍でも簡単に倒しちゃうんじゃないですかねー」


 相変わらず、軽口を忘れない男の見解を、レオナルドは黙って聞いていた。


「それと、あの執事はヤバいですよ。絶対、元諜報員とかの類です。お嬢(マリアベル)の実家の気合が半端なくて、ワクワクしちゃいます」


 ルカはニヤニヤしている。お前も大概変わっているけどなと、レオナルドは心中で突っ込む。。


「ルカ、単刀直入に聞く。お前やエヴァンスはモディアーノ公爵と繋がっているのか?」


「あ、それ聞いちゃいます?」


「ふざけないで答えろ」


「ええ、繋がっていますよ。陛下もね」


「はぁ?陛下?」


「そうです。なので、紫蜘蛛の件はご心配なく。それと、これは極秘情報なんですけど、陛下は今、下手に動けない状況なんですよー」


「お前、何故、それを早く言わない!!」


 レオナルドは、ルカの胸倉をつかんだ。


「あーもう、怖い怖い!!話は最後まで聞いてくださいよ!!陛下の側近に“赤い蠍”と盟約を交わした貴族が数名いるんです。それで、陛下が動けば、その者たちに勘繰られてしまうとのことで、我が国の期待の星であるレオナルド殿下へあの書類を託そうという話になりました。あ、勿論、この件は陛下から殿下への密命ですんで、よろしくお願いいたします。直ぐに言わなかったのは、あの場にポルトスという、僕の知らない奴がいたからです」


「ポルトスは、大丈夫だ。信用していい」


「本当に?」


「ああ、俺の勘だがな」


 レオナルドはフッと微笑を浮かべると、ルカを掴んでいた手を離した。


「話を整理する。今回のモディアーノ公爵家を狙った事件は“赤い蠍”ではない。モディアーノ公爵、陛下、エヴァンス、お前(ルカ)は、この件を共有している。そして、この件を公表し、各国と連携するための指揮は俺が執るということで、間違いないか?」


「殿下、完璧です!!」


 ルカは馬鹿にしたような拍手をする。


「お前、いちいち俺をイラつかせるのは何なんだ」


「個性と思ってくださいよー」


 全く悪びれない男にレオナルドは怒るよりも、もはや呆れていた。これで妻と子供がいるのだから驚きだ。さぞや、この男の妻は大変だろうなとレオナルドは同情する。


「お前の言う通り、まだ“赤い蠍”が動いてないのなら、都合がいい。早急に各国へ伝達する方法を考えよう。少し時間をくれ、マリーと相談する」


「はーい。じゃあ僕は爺(エヴァンス)のところに行ってきまーす」


 ルカはレオナルドが答える前に、その場から姿を消した。


 温泉でマリアベルが倒れ、レオナルドは狸爺(エヴァンス)にグチグチと嫌味を言われた後、彼らと今後のスケジュールを話し合った。その結果、このままマリアベルを連れて、王都へ向かうのは無理であるという判断に至る。


 そこで、カルスト地区にある観光者向けのホテルを第二騎士団の非公開特別演習を鍾乳洞で行うという大義名分を掲げて、二週間ほど借り上げることにした。そもそも、第二騎士団はモディアーノ公爵邸の警護業務で、この辺に滞在する予定だったから名前を出しても特に問題はない。また、この交渉も国軍の副官ルフィが受け持ち、いとも簡単にホテルから了承を得て戻って来た。


 ルフィは言った「今が閑散期で良かったですよ。ホテル側も二つ返事でオッケーでした」と。


――――――――――


 コンコンとノックの音がした。マリアベルは、“返答していいの?”と少しためらう。しかし、ドアは、返答が無くとも開かれた。


 部屋に入ってくるレオナルドに向かって、マリアベルは念のため、口に人差し指を立ててみせる。それに対し、レオナルドは首を振った。


「あ、話しても大丈夫ですか?」


「ああ、ここは大丈夫だ。マリー、調子はどうだ?」


「はい、もう大丈夫です。しいて言うなら、お腹が空きました」


 マリアベルの言葉を聞いて、レオナルドはホッとした。


「では、何か食べながら話そう。少し待っていてくれ」


 レオナルドは、そう言うと再び部屋を後にした。


―――――――


「はー、美味しいです!!」


 お腹に優しそうなパスタ入りのチキンスープを口に運びながら、マリアベルは、ため息を一つ吐いた。思い返せば、昨日、湖のほとりにある宿場町エンリケで串焼きを食べて以来の食事である。


(よくよく考えたら、湯あたりじゃなくて、空腹で倒れた説もあるわね)


 レオナルドは、スープを一口ずつ、じっくりと味わいながら、百面相をしているマリアベルを楽しく眺めていた。青ざめていた顔色もすっかり血色がよくなっている。


「そういえば、殿下は、お食事を取られたのですか?」


「俺はここに到着した後、しっかり食べた」


「えーっと、ここは何処なのでしょう?」


「ここは、カルスト地区にあるホテル・ライムストーンだ」


「ええ!さっきの温泉のすぐ近くじゃないですか!?で、王都へはいつ出発を?」


(もしかして、私が倒れたから?どうしよう!みんなに迷惑を掛けちゃった!!)


 レオナルドはマリアベルの考えていることが手に取るように分かった。心配そうにしている様子さえ可愛く感じてしまうのだから、恋の病と言うのは厄介である。


「マリー、心配しなくていい。しばらくの間、ここへ滞在することになった。それと、先ほど、俺の側近ルカに聞いた話を伝えたい。聞いてくれるか?」


「はい、聞きたいです」


 レオナルドは、先日からのモディアーノ公爵家襲撃事件は“赤い蠍”とは関係が無さそうであるというルカの見解と、陛下が指揮を取れない状況になっている理由、それにより、自分がこの件の指揮を執ることになったという話をマリアベルにした。


「陛下も父が秘密裡にしていることをご存じだったということですね。だから陛下は私に初めて会った時、殿下へ“何故こうなった?”と聞かれたのかも知れませんね。あの言葉が、私はずっと気になっていて・・・。それから、私がデビュタントをしていないことも、陛下はご存じでしたよね・・・」


 マリアベルは今までの不自然な出来事が、一気に繋がっていくような感覚がした。


 エヴァンスとの出会いも、ひょっとすると偶然ではなく、大人たちが仕組んだことかもしれない。ただ、それでも、マリアベルを守ろうとしてくれたことは、素直に嬉しいし感謝している。


 陰に隠れて、ただ時が過ぎていくのを待つ生活はもう終わった。これからはレオナルドの傍で多くのことを学び、それを活用してこの国を豊かにしていきたい。今、マリアベルはようやく自分のしたいことが見つかり、意欲的に動き出そうとしている。


 また、レオナルドはマリアベルに言われるまで、陛下(父)の発言など気にも留めていなかった。あの夜会の時、レオナルドは初めて会ったマリアベルに夢中で、彼女に害をなしそうな貴族を排除する方法ばかりを考えていたからある。


「マリー、早速だが相談したいことがある」


「はい、何でしょう?」


「アレの情報を、スムーズに各国のトップへ伝える方法を考えたい。俺たちが一国ずつ訪問していくのでは埒が明かない。出来れば、一斉に知らせる方法を見つけられるといいのだが・・・」


 レオナルドから、まさか頼られると思っていなかったマリアベルは、とても嬉しい気持ちになった。


(一斉に伝える方法・・・。伝書鳥を使った伝達方法は捕獲されてしまったら情報漏洩してしまう可能性があるからダメよね。緊急の親書として使者を遣って送るのも怪しまれそうだし、確実に王様に届くようにして、開いてもらうには・・・。うーん、何かいいアイデアはないかしら・・・。あ!!そうだ!!)


「殿下、一つ閃きました!!」

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