第4話 3 馬車の中で自己紹介しちゃいました
今、マリアベルとレオナルドは馬車に揺られ、王宮へと向かっている。
モディアーノ公爵が、スペア(妹)が婚約者ではダメですか?という無礼極まりないゴリ押しをしたのに対し、王子レオナルドは何の反論もせず、あっさりと了承した。というわけで、マリアベルはレオナルドと一緒に夜会へ出掛ける羽目になったのである。
(さっきの雑な紹介のみで、馬車に押し込まれ、会話もなく居心地の悪いこと、悪いこと!)
麗しいレオナルドは、窓の外を見つめていて、マリアベルの存在など既に忘れているのではないかと疑いたくなる。
(窓の外は真っ暗で何も見えなさそうだけど・・・)
「マリアベル・・・で、あなたの名前は間違ってないだろうか?」
窓の外に視線を向けたまま、レオナルドがボソっと呟く。
(ええっと、その呟きは私への質問ですよね?)
「はい、私の名前はマリアベルです。間違いそうでしたら、マリーとお呼びいただいても構いませんが・・・」
「ーーーでは、マリーと呼ぼう」
マリアベルと会話を交わしても、何故か、レオナルドは視線をこちらに向けようとしない。
「殿下、私の顔を覚えておいた方が宜しいのではないですか?」
(心底、お節介だとは思うけれど、流石に初めて会ったのだから、夜会で私と他のご令嬢と間違えたら大変な事になると思うのよね)
「ーーーすまない。あなたが美し過ぎて」
マリアベルは、レオナルドが突然発した言葉を理解出来なかった。
(こう言う場合の経験値が低すぎて、褒められているのか貶されているのか、殿下の真意が分からないわ。素直に受け取るにしても、私ってそんなに美人じゃないと思うのだけど・・・)
「殿下、もしかして視力が・・・」
「俺の目は悪くない。で、何故、突然今日になって、スペアに変えるという話が出て来たのだろうか?」
「それは、私も分かりません。スペアという言葉もさっき初めて聞きましたので」
そこで、レオナルドは漸くマリアベルの方へ振り向いた。
「あなたは、自分がスペアだとは知らなかったと言うのか?」
「はい、全く」
「はぁ、・・・」
ため息と共に、レオナルドは頭を両手で抱えた。
「一体、どう言うことなんだ!?」
「何度も言いますが、私は何も知らないまま、ここに座っています」
「いいか?しっかりと聞いて欲しい。これから向かう夜会で、マリーは俺の婚約者として公表される。これは決定事項であり、一切、覆すことが出来ない」
「そのお話は、お姉様が居ない時点で、破綻しているのでは?」
マリアベルは間髪を入れずに言い返した。
「いや、それは違う。先日の話し合いで、俺の婚約者はモディアーノ公爵家のご令嬢に決まった。言葉の通り、ジュリエット嬢に問題が有れば、スペアのあなたに変更したとしても、特に問題は発生しない」
(何なの?そのざっくりとした取り決めは・・・)
「それをお姉様は知っていたのですか?」
「勿論、知っていただろう」
レオナルドはキッパリと言い切った。
それを聞いたマリアベルの血の気が、一気に引いていく。
(お姉様がそれを知っていて、出奔したと言うのなら、何も知らない私はただの道化師じゃない)
マリアベルの顔色が悪くなっていくのを、レオナルドはハラハラしながら見ていた。
「マリー、大丈夫か?しっかりしろ」
レオナルドは、マリアベルの方へ手を伸ばし掛けたが、その手を一旦止めた。
「マリー、触れても構わないだろうか?」
(尊大な態度の割に、そんなことは聞いてくるのね)
「触れるくらいでしたら」
マリアベルは小声で答えた。レオナルドはマリアベルの頭に手を乗せ、ゆっくりと撫でる。マリアベルは急に恥ずかしくなってきて、思わず目を伏せた。
「急に巻き込まれて混乱しているのだろう。だが、少しずつでも俺に慣れてくれないだろうか」
静かな口調でレオナルドは語り掛けた。
マリアベルは色々と聞きたいことが思い浮かんでは、心の中で消していく。レオナルドを相手に何処まで心を開いて良いのかも分からない。すると、今まで社交界へマリアベルを頑なに出してくれなかったモディアーノ公爵に腹が立って来た。誰にも知られていないマリアベルはこの後、孤立無援になることが必至だからだ。
急に黙り込んでしまったマリアベルを前に、レオナルドはどうしてよいのかが分からなかった。大体、ジュリエットを迎えに行くだけだったはずが、彼女は消え去り、大した説明もせず、初めて会ったマリアベルをモディアーノ公爵はレオナルドに押し付けて来たのだから。
「マリー」
レオナルドは、優しく呼びかける。
思考の淵から引っ張り出されたマリアベルは顔をゆっくりと上げた。
「あなたは今、何歳だ?」
突然の質問にマリアベルは動揺しつつも答えた。
「十六歳です」
「俺は先日十八歳になった。好きな食べ物は?」
「ーーータルトが好きです」
「俺もフルーツが乗ったタルトは好きだ」
(もしや、レオナルド王子は私に気を遣って下さっている?)
マリアベルは、クスッと笑った。それを見たレオナルドは、目元を少し緩める。
「殿下、お休みの時は何をしていらっしゃるのですか?」
少しリラックスした雰囲気になったので、マリアベルも質問を口にしてみた。
レオナルドは少し考えてから、口を開く。
「休んだことは無いかもしれない」
(休んだことがない?)
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