第3話 2 何も知らない王子様が来ちゃいました

 豪奢な衣装を身に纏った第一王子レオナルドが馬車から降り立った。今夜は、ジュリエットとの婚約を王家主催の夜会で発表する予定なのだ。


 ジュリエットは、産まれると直ぐに第一王子の婚約者候補となった。だが、その後、メンディ公爵家に産まれたベアトリス嬢も、婚約者候補として選ばれた。


 時折、王宮で開催されるお茶会では、婚約者候補の二人はいつも同じテーブルに座らされていた。二人の間に座るはずのレオナルドは視察や執務で多忙との理由で、殆ど姿を見せることが無かった。それを逆手に取り、ベアトリス嬢は勝手に自分が真の婚約者だと吹聴し、ジュリエットを貶めるような発言を他のご令嬢の前で繰り返していた。


 先日、レオナルドは十八歳になった。


 王子が成人したことにより、満を持して、婚約者選定の話し合いが国王と側近達によって行われた。その結果、モディアーノ公爵家のご令嬢が第一王子の婚約者と正式に決まったのである。


 余談だが、ベアトリス嬢の悪評は、既に誰しもが知るところとなっていた。そんなご令嬢を次期国王の妃にしたいと思う者などいない。


よって、モディアーノ公爵家のご令嬢を未来の王妃にという採決は満場一致で決定した。


 それを今夜の夜会で、大々的に発表するのだ。


ーーーーーーーーーー


 馬車から降り立った、レオナルドにモディアーノ公爵が揉手をしながら近づく。


「ごきげんよう。殿下、本日はお忙しい中、我が家まで来て下さり、誠にありがとうございます」


 モディアーノ公爵は、恭しく礼をした。


「公爵、何をそんなに畏っている。ジュリエット嬢の準備は整ったか?」


「それがその、少し手間取っておりまして。殿下、お茶でもいかがでしょうか?」


 モディアーノ公爵は、額の汗をハンカチで押さえながら、レオナルドへ提案した。


「では、遠慮なくいただくとしよう」


 申し出を快諾したレオナルドは、公爵と共に応接室へと向かった。


ーーーーーーーーーー


 自室で、今後のことをマリアベルは考えていた。


 ジュリエットが居なくなったことが知れ渡るのは時間の問題だろう。取り敢えず、マリアベルは何を聞かれても知らないフリをしようと決意した。



 お姉様とヘンリーこと、隣国のゴヤ子爵は街の雑貨店で知り合ったそうだ。


 マリアベルの誕生日プレゼントを雑貨店で選んでいたジュリエットに、ゴヤ子爵が「妹の誕生日プレゼントを探しているのですが、どう言ったものが流行っているのかを教えてもらえませんか?」と話し掛けた。そして、色々と話してみると互いに惹かれるものがあったらしい。次の約束を重ねるうち、二人の中には自然と愛が芽生えた。幸い、ゴヤ子爵は隣国の貴族だったという。出奔を決意したお姉様とゴヤ子爵は、隣国で、きっと幸せな人生を送ることだろう。


 (この事実を知れば、レオナルド王子殿下は怒り狂うのかしら)


 レオナルドがどんな人なのか、マリアベルは知らない。何故なら、姉の婚約者だというのに、まだ会ったこともないのである。


 モディアーノ公爵は、頑なにマリアベルを社交界に出そうとはしなかった。


 その理由として、政敵がマリアベルに擦り寄り、政治的に利用されてしまうと、ジュリエットが窮地に立たされる可能性があるからだと公爵は言った。マリアベルは、公爵の言い分はあまりにも自分に対して理不尽なのではないかと思ったが、心に蓋をし、理解したフリをした。


(多分、本当の理由は他にあると思うのよ。だけど、聞いたところで、私の生活が良くなるわけでもないでしょうし、言うだけ無駄だわ)


 真っ暗になった窓の外を眺めると、美しい三日月が夜空に浮かんでいる。


(お姉様はヘンリー様と上手く合流出来たかしら・・・)


 マリアベルは、ため息を吐く。


(レオナルド王子殿下が激情型な人で、お姉様が出奔したと知って、お父様を切りつけたりしたら・・・)


急に背筋が凍る気分になる。


と、その時。


「コンコン!コンコン!」


 激しいノックの後、マリアベルが返事を返す前にドアは開け放たれた。


「マリアベル!!緊急事態だ。直ぐに身支度をして応接室に来なさい」


 モディアーノ公爵と一緒に、ジュリエット付きの侍女たちが、マリアベルの部屋に大荷物を抱え、雪崩れ込んできた。


(な、何?この荷物と侍女たちは!?)


「そんなに慌てて、どうされたのですか?お父様」


何となく理由は分かっていても、得意の知らないフリをして質問をする。


「どうもこうも無い!話は後だ。身支度を!」


そう言うと、ドアを乱暴に閉めて、モディアーノ公爵は立ち去った。


(お父様は相変わらず身勝手な方だわ)


 侍女たちは、マリアベルに何か語りかける事こともなく、無言で彼女を着替えさせ、髪を結い、優しいピンク色のチークと紅をさした。


「お嬢様、準備は、終わりました。応接室へお急ぎくださいませ」


 侍女達は冷ややかな口調で、マリアベルに告げた。


マリアベルは静かに頷き、言葉は返さなかった。

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