第5話 4 王子様の手を叩いちゃいました
「殿下は、お休みが取れないくらいお忙しいのですか?」
「忙しいというか、時間が空けば、そこへ予定をいれてしまう癖がある」
「では、お姉様とお出かけになられたことは?」
「ああ・・・、俺は婚約者候補とそう言う交流は一切していない。それに俺の婚約者は今夜、正式発表される。その前に思わせぶりな行動をするのは良くないだろう?」
至極、真っ当なことを麗しいレオナルド王子が言うので、マリアベルは少し驚いた。
「そもそも、この婚約者候補というやり方が良くない。二人の婚約者候補は顔を合わせる度に互いをけん制し合い、茶会の雰囲気も最悪だと常々報告を受けていた」
(そんな他人事のようなことを・・・)
「殿下はそれを止めようとは思わなかったのですか?」
「俺が介入すると、どちらかの肩を持ったという話になる。それは避けたかった」
「殿下はどちらの婚約者のことも、お好きではなかったのですか?」
「婚姻は王族の義務だと俺は思っている。好き嫌いは関係ない」
「婚約者候補以外に殿下好みの女性などはいらっしゃらなかったのですか?」
「むやみに恋愛することなど立場上出来ない。俺は王族として、選ばれた婚約者と生涯を共にする責任がある」
「では、殿下と全く気が合わない方が選ばれたらどうされるのです?」
「それでも、俺は王族としての責務を優先する。気が合う合わないは関係ない」
レオナルド王子の返答が何となく気に入らず、マリアベルはつい質問を重ねてしまう。
レオナルドはマリアベルが自分に詰め寄るような質問をしてくることが、実は少し嬉しかった。王子という立場上、レオナルドに異を唱えるものは少ない。それ故、マリアベルが追求してくれることで、レオナルドは彼女に本心を曝け出す事が出来そうな気がしたのである。
今までの婚約者候補の二人は、レオナルドのことなど微塵も興味が無かった。彼女らは常に自分の地位にこだわり、ベアトリスに至っては他者を蹴落とす事に生き甲斐を感じているのではないかと疑ったこともある。それ故、レオナルドは婚約者候補の二人が苦手だった。将来どちらかと結婚したとしても決して心を許してはならないと肝に銘じていた程に・・・。
ところが、突然のスペアとして押し付けられたマリアベルは、貴族同士の流儀を知らないのか、喜怒哀楽がとてもハッキリしている。レオナルドに対して、彼女は扇子で顔を隠すこともないし、真っ直ぐと目を見て話してくれた。それはレオナルドにとって、初めての経験だったのである。
結婚は義務であると心に言い聞かせ、半ば諦め掛けていたレオナルドにとって、一目で心を奪われたマリアベルとの出会いは奇跡とも呼べる出来事だった。しかしながら、恋愛経験の乏しいレオナルドはそれを上手く言葉で伝えることが出来ない。
結果、目の前のマリアベルから分かり易く、ドン引きされていても対処の仕方が分からないのである。
「私は好きな人が良いです」
マリアベルは、優しく頭を撫でていたレオナルドの手をパシっと払った。レオナルドは振り払われた自分の手を膝の上に戻し、静かにマリアベルの言葉を待つ。
「だって、私は好きでもない人と結婚して、触れ合うなんて絶対嫌です」
心なしかマリアベルの小さな頬が膨らんでいることに気付いたレオナルドは、その愛らしさに顔が緩むのを必死に堪えた。
「殿下、聞いてらっしゃいますか?」
マリアベルは少し俯き、口元を手で覆ったレオナルドを下から覗き込む。レオナルドは口元を覆っていた手を下ろして、マリアベルをじっと見つめた。
「それは俺が、あなたを好きになればいいと言う事か?」
「いいえ、違います。私が殿下を好きにならないとダメと言う事です」
「そのダメは、何のダメなんだ?」
「結婚したくないと言う事です」
マリアベルはキッパリと言い放つ。それを聞いたレオナルドの顔からは表情が消えた。自分を拒否する者が居るなどと考えたことも無かったからである。
そんなレオナルドの心情など知らないマリアベルは義務で結婚しても上手くいかないだろうと考えていた。
(だって、お姉様はそれが嫌で隣国に出奔したのだもの。最初から、お姉様が殿下に恋していれば、こんな結果にはならなかったハズだわ。だけど目の前の殿下は、自分が婚約者候補から見限られたということを知らないのだから、仕方ないといえば仕方ないのだけど・・・)
気付けば、互いに黙り込み何かを考えていた。その沈黙を破り、先に口火を切ったのはレオナルドだった。
「あなたが俺の婚約を断ることは出来ない」
レオナルドは少し強い口調でマリアベルに告げた。だが、マリアベルも怯むことなく言い返す。
「殿下なら断ることが出来るのでしょう?ならば、私との婚約を断ってください。私は社交界のことを全く知りません。義務で婚約し、のちに結婚したとしても、私では殿下のお役には立てないでしょう」
レオナルドは、マリアベルの言い放った言葉を受け止め、その真意を考える。彼女は社交界を知らない。今夜、マリアベルを見た貴族たちの姿は想像できる。きっと、姉のジュリエットはどうした?と、レニー侯爵辺りが騒ぐ可能性がある。ベアトリス嬢も要注意だ。あの性格なら、隙を見せれば直ぐに嫌がらせをしに来るだろう。
「夜会では俺のそばから離れないでくれ。今後、妃教育もしっかりと行われるから心配しなくていい。あなたが役に立つか立たないかは、まだ決める時期ではない」
マリアベルは、レオナルドの返事を聞いて絶望した。
(殿下に私の言葉が届かない)
レオナルドは、そんなマリアベルの心中を察することが出来なかった。マリアベルを守るため、会場で気を付けるべき危険人物の洗い出しで、既に頭の中が一杯になっていたからである。
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