第9話 8 可愛い侍女が付いちゃいました

 本日、我がネストリア王国の第一王子レオナルドの婚約者はモディアーノ公爵家のマリアベルに正式決定したと、国内及び周辺諸国に公表された。


 そして、マリアベルは王子の婚約者として、これから王宮で生活することとなったのである。


―――――

 天蓋に吊るされた繊細なレースのカーテンから、柔らかな光が注ぎ込む。


(ん?ここは天国・・・?えっ、私、死んだ!?違う違う!!ここは王宮だ!!あ――――夢じゃなかったぁ!!)


 マリアベルはしばらく宙を眺めてぼーっと現実逃避をした後、恐る恐るレースのカーテンに指先を伸ばしてみた。繊細なレースに傷をつけないよう指の腹で優しく摘まんで横にそっと引く。そこから顔だけを出し、レースカーテンの外を覗いてみる。目の前にはサイドテーブルがあり、その上には一輪挿しとクリーム色のカードが置かれているのが見えた。一輪挿しには大きな可愛いピンクのガーベラが飾られている。


(可愛いお花。使用人の方が置いたのかしら?)


 マリアベルはその手前に置いてあるカードへ手を伸ばし、ベッドの上でメッセージを読んだ。


『おはようマリー。しっかり眠れましたか?目が覚めたら、部屋の内側からドアをノックすると使用人が来ます。身支度をしてもらったら、朝食を一緒にとりましょう。レオ』


(伸びやかで美しい筆跡)


 マリアベルは、レオという文字を見て、昨日の堅物な王子がこれを書いたのかと思うと少し笑ってしまった。


 ベッドから降りて、カードに書いてある通りにドアを開けず、内側からノックをしてみる。すると、直ぐに外から声が掛かった。


「マリアベル様、おはようございます。わたくしは侍女のアリーと申します。お部屋に入っても宜しいでしょうか?」


 穏やかな口調で、侍女のアリーはドアの外からマリアベルにお伺いを立てて来る。


「おはようございます。どうぞお入りください」


 マリアベルも初めて会う侍女へ、ドア越しに丁寧な返答をした。


 ドアをゆっくりと丁寧に開き、紺色のワンピースに可愛らしい白いレースのエプロンを付けた少女が入って来た。


「初めまして、アリーと申します。マリアベル様の専属の侍女として参りました。どうぞよろしくお願いいたします」


 アリーは挨拶を終えると優しく微笑んだ。同世代の侍女が現れ、マリアベルは安堵した。怖そうな年配の眼鏡をかけた女史などが現れるのではないかと内心怯えていたからである。


(私ってば、後宮物語の読み過ぎね。優しそうなアリーと仲良くなれるといいけど・・・)


「初めまして、アリー。私はモディアーノ公爵家のマリアベルです。どうぞよろしくおねがいします」


 相手が侍女だと分かってはいたが、マリアベルは丁寧なカテーシーをした。顔を上げるとアリーは両手で両頬を押えて、目を潤ませている。


(な!涙を溜めてる!?何か、マズかったかしら・・・)


「アリー、私・・・」


 マリアベルが心配して声を掛けると、アリーは両手で自身の頬をパチンと叩いてから背筋をビシッと伸ばした。マリアベルはアリーの奇行に驚き、口に手を当てて固まる。


「失礼いたしました。マリアベル様、今後は、わたくしへ過分なごあいさつは不要でございます。どうぞ、堂々となさってくださいませ。それと本音を一言、言わせていただいても宜しいでしょうか?」


「え、ええ、どうぞ」


「マリアベル様!お美しいお方だと噂には聞いておりましたが、本当に、本当に!天使のようです!!ああ、感激!!」


 アリーは話しながらテンションが上昇、声も大きくなっていく。


「あ、あの、それは褒めすぎです。アリーも可愛いですよ」


「おおおおお!お優しい!!ありがとうございます。精神誠意、お仕えいたします」


「ありがとう。よろしく・・・ね」


 マリアベルが優しく語り掛けると、アリーは嬉しそうに頷いた。


「早速ですが、身支度のお手伝いさせていただきます」


「ええ、よろしくお願いします」

 

 マリアベルの返事を聞くなり、アリーは廊下に顔だけを出して、何かを指示し始めた。直ぐに廊下から荷物を抱えた女性たちが部屋の中へと入って来る。


(荷物を抱えて入ってくる侍女たちを見ていたら、昨日のことを思い出すわ。お姉様は結局どうなったのかしら?だけど、ここでは確認しようもないし、私が心配しても仕方ないわよね)


「これはマリアベル様のお洋服です。まことに申し訳ございません。急でございましたので、数着しかご用意出来ませんでした。午後にテーラーの者が参りますので、必要なものはその時に注文いたしましょう」


(注文!?テーラー!?)


「そんな、贅沢なことをしてもいいのかしら?」


 マリアベルの返答にアリーは目を見開く。


「勿論でございます。殿下よりマリアベル様の“好きなものを好きなだけ揃えよ”と、ご命令が出ておりますので」


(命令ですって!?)


「殿下がですか?」


「はい、何不自由なく暮らせるように用意をしてくれと、わたくし共に命令されました」


 アリーの言葉を聞いたマリアベルは、何だかむず痒い気分になった。


(成り行きで来ただけの私には身に余る配慮だわ。朝食の際に真意を確認した方がいいかも知れない)


 真っ直ぐと受け止めていいのかわからないマリアベルが色々と思案している間に、アリーはあっさりとマリアベルの身ぐるみを剥ぐ。


(ううっ、恥ずかしい!!)


 誰かに身支度をしてもらうことに慣れていないマリアベルは、必死に平静を装うしかなかった。


 全てが終わり、鏡の前に座らされているマリアベルは鏡の中にいる自分にツッコミを入れたくなった。何故なら、化粧をきれいに施し、髪を丁寧に編み込み結い上げると、信じられないくらい美しい女性に変身したからである。


(誰!?これが私?昨日の侍女たちは鏡も見せてくれなったから・・・。昨日の夜会には、この顔で参加したのよね?お化粧ひとつで人ってこんなに変わるの!?)


 今までマリアベルは大したお化粧もせず、前髪は目の上まで伸びていて、長い後ろ髪は両サイドでおさげにしていた。しかも、街に下りるときは下男スタイルの男装をしていたのである。何より自分の容姿に興味がなかった。それ故、目の前の見慣れない姿をつい眺めてしまう。


「マリアベル様、本当にお美しいです」


 アリーが鏡越しにしみじみと言う。すると、周りにいる侍女たちも一斉に頷き出す。


(確かに鏡の中の私は美しいけれど、何とも変な気分だわ)


 マリアベルは変わってしまった自分の姿に誰よりも困惑しつつも、「ありがとう」とお礼だけは笑顔できちんと伝えた。


 また、その謙虚な姿が侍女たちの心を一瞬で掴んだとも知らずに。

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