第8話 7 王子様の提案に乗っちゃいました
夜会会場の大広間がある西の棟から幾つかの回廊を通り抜け、レオナルドは自身が生活する南東の棟にマリアベルを連れて行った。
(今、一人で正面玄関に戻れと言われても戻れる自信が無いのだけど・・・。多分、私の物覚えが悪いのではなく、この王宮内に目印に出来そうなものが無いからだと思うのだけど。これは防犯のため?)
マリアベルはキョロキョロと辺りを見回しながら、フカフカ絨毯が敷かれた階段をレオナルドと一緒に上って行く。そして、三階の一室に辿り着いた。
「ここを、マリーの部屋にする」
「―――私の部屋ですか?」
「そうだ。今夜からここで生活してもらう」
(そんな・・・。王子の婚約者になったら、王宮に住むというルールがあるの?本当に!?私が知らないだけで、これが普通なの??)
マリアベルは頭の中でグルグルと疑問が渦巻くも一旦、胸の奥にしまうことにした。気持ちを切り替えると、室内をぐるりと見渡していく。
広い部屋の中心にはソファとテーブルが置いてある。壁にはボタニカルアートが飾られていた。壁紙は白地にベージュの細い縦縞が入っていて、カーテンは上品なハニー色。白い花瓶には柔らかいシフォンのようなピンク色のお花が飾られている。
(なんて可愛いお部屋。公爵邸の私の部屋とは大違いだわ!!)
色目も優しくおしゃれな雰囲気のこの部屋をマリアベルは直ぐに気に入った。
「少し話をしたい」
レオナルドは部屋の中心にあるソファーまで、マリアベルをエスコートしていく。そして先に彼女を座らせると、向かい側に腰を下ろした。
「マリーは何故、今まで社交界に出ていなかったんだ?今後、誰かに聞かれた時に理由を知らないと答えられない。良かったら教えてくれないか」
レオナルドは先ほど陛下から問われた質問の答えを教えて欲しいと開口一番で聞いて来る。マリアベルはそれに対する明確な答えを持っていなかった。しかし、正面から真っ直ぐ見詰められているこの状況で、彼に何も答えないわけには行かない。
「殿下、父が私へ語った通りにお伝えしますが、真実かどうかは分かりません。それでも宜しいでしょうか?」
「ああ、構わない。聞かせてくれ」
レオナルドは腕を組み、マリアベルの話に耳を傾ける。
「父は私が政敵に利用される事を懸念していました。私が表に出て誰かの手中に落ちれば、姉の婚姻に影響が出ると」
「ジュリエットのために、マリーは制限された生活をしていたと言うことか?」
レオナルドは眉間に皺を寄せる。“姉の婚姻のため、妹を社交界に出さない?”そんな理不尽な話を聞いたことが無かったからだ。
「いえ、その辺りが少し複雑でして、生活自体に制限は無かったというか・・・。ただ、放置されていたと言う感じです。衣食住は最低限整っていましたが、私には侍女も付いておらず、身の回りのことは自分でしていました。そして、人と接触する学園に通うことも許してもらえませんでした。仕方がないので、街の王立図書館へ一人で歩いて通い、勉強しました」
話を聞けば聞くほど、レオナルドは意味が分からなくなった。“街の王立図書館へ一人で歩いて通い、勉強をしました”は、普通に考えてあり得ない。マリアベルは、この国の二大公爵家のご令嬢なのである。これは一体、どういうことなのだろうか。
「家庭教師は?」
「おりません」
レオナルドは目を閉じ、頭を左右に振った。マリアベルが言っていることが本当ならば、モディアーノ公爵家にはかなり問題がある。
こんなに美しいご令嬢が一人で街へ歩いて降りていた?――――幾ら治安のよい王都だとしても今まで誘拐事件が発生しなかったことの方が奇跡だろう。
一方、マリアベルは、そんな環境で育った娘に王子の婚約者が務まるとは到底思えないので、いよいよ婚約を断られるのだろうと考えていた。
「相談する相手は?」
(まだ、質問をするの?遠慮なく断って下さればいいのに)
「いえ、おりません」
「では、これからは俺が相談相手になろう」
「殿下がですか?」
「ああ、嬉しいことも困ったことも何でも話してくれ」
(真面目な顔でそんな事を言われても・・・)
「恐れ多くて、言えません」
マリアベルは恐縮する。レオナルドは向かいの席から立ち上がり、マリアベルの横に座り直した。
「顔を見ないだけでも、緊張は和らぐだろう。俺はマリーの婚約者だ。恐れ多いなんて思わなくていい」
「!!」
レオナルドなりに優しくしたい気持ちを言葉にしたものの、マリアベルの緊張は逆に高まってしまう。
「それは無理です。殿下を王子様と思わないようになど出来ません」
マリアベルは首を振る。
「では、殿下ではなく、レオと呼べば良い。あなたが俺をレオと呼んでも誰も咎めない」
(レオ?名前で呼ぶなんて・・・。ハードルが高すぎる!!)
マリアベルはレオナルドの方へと顔を向け、こう言った。
「無理です!」
その瞬間、レオナルドは吹き出してしまう。
「ハハハ、マリーは素直だな。呼び方は好きにして良いぞ。そのまま、嫌な事は嫌と言って構わない」
楽しそうに笑うレオナルドに対して、マリアベルは困惑するばかりだ。何故、この方はマリアベルとの婚約を断らないのか、その理由もサッパリ分からない。そして、マリアベルのことを知ってどうすると言うのだろう。大した教育も受けていない娘を娶ったら、恥をかくのはレオナルドの方では無いのだろうか?
「殿下は、やはり別の方を選ばれた方がいいのではないでしょうか?」
マリアベルはつい思っている事を口に出してしまった。笑っていたレオナルドは、口を閉じ、マリアベルの瞳を真っ直ぐ見詰める。
空気がピリッとした。
「マリー、俺はあなたを選んだと陛下に宣言した」
(陛下の前で、確かに殿下は堂々と嘘を吐いていたけど・・・)
「これは成り行き半分、本音半分だ」
(本音半分って、どう言う事?)
マリアベルは理解が出来ず、険しい表情になる。レオナルドはマリアベルの感情によってクルクル変わる表情かおを、ジッと横から見ていた。
「マリーが、妃教育を頑張れば何とかなる!」
「えっ!?私に丸投げ?」
あんまりな発言に、マリアベルは言い返してしまった。
「一人で図書館に行くくらい、勉強が好きだろう?マリー」
(殿下は痛いところを突いてくるわ・・・)
「妃教育では、多くの講師がやって来る。好きな分野があるのなら遠慮なく言うといい。それくらい俺が融通してやる」
「殿下、妃教育とはどう言うものなのですか?」
「ああ、そこからか」
「はい、そこからです」
「妃教育は、第一に教養を身につける。次に語学力だ。そして、マナーを習得する。それらを駆使して、外国から来た賓客をもてなす事が主な仕事だ。ときには俺の手伝いをしてもらうこともあるだろう。学びたいなら、幾らでも学んでもらって構わない」
此処から逃げることばかりを考えていたマリアベルには目から鱗が落ちる話だった。妃教育の内容を初めて知り、それをとても魅力的だと感じてしまったのだ。
レオナルドは、マリアベルが学問に興味があるのではないかと言うヨミが当たったと感じていた。学校に通えなかったからと言って、わざわざ自ら王立図書館に通って勉強する子供はなかなかいない。
「最初は学問を理由にしてもいい。此処から逃げることを考えるのではなく、この立場を上手く利用して貰って構わない」
レオナルドは、“だから、ここから去ることを考えるのは止めて欲しい”という言葉は口に出さず、心の中に留めた。レオナルドに命令されたからではなく、マリアベルの意思でここにいて欲しいと思ったからだ。
「殿下、ありがとうございます。妃教育の内容を知り、興味が湧いて来ました。宜しくお願いいたします」
マリアベルは、部屋に入った時の警戒感など吹き飛んでしまった。これから、此処でどんなことを学ぼうかと考えるだけでワクワクして来たからだ。レオナルドは、マリアベルが目を輝かせている様子につい笑みを浮かべてしまう。そして、モディアーノ公爵家には水面下で調査を入れようと決意した。
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