第7話 6 国王陛下から質問されちゃいました
レオナルドはマリアベルの手を引いて、再び国王の元へ。
二人を前に国王は目尻を下げてこう言った。
「実に楽しそうなダンスを見せてもらった」
「陛下、俺たちはもう下がります」
「ん?何を言う!?まだ、あいさつ回りが全く済んでいないだろう」
国王陛下は穏やかな表情から一変。眉間に皺を寄せ、レオナルドに呆れた声を出した。
(あ、やっぱり、帰るには早過ぎたのね)
「いえ、皆とはダンスの際に目を合わせましたので、もう充分でしょう」
(目を合わせたって・・・。殿下、ダンス中にそんな余裕があったの!?)
全く悪びれていないレオナルドの返答を聞いた陛下は皺の寄った眉間を指で揉む。
「此処で聞きたくは無かったのだが、何故こうなったのだ?」
陛下は他の人に聞こえないよう声を絞り、レオナルドに問う。
「俺が、マリアベルを選びました」
(え!?殿下・・・。そんなに堂々と嘘を吐いちゃうの!?)
マリアベルは緊張の余り、心臓がドクドクと大きな音を立てる。
「ジュリエット嬢は何と?」
「俺のことは大嫌いなので、構わないと納得してくれました」
(大嫌いとまでは言ってなかったと思うけど・・・じゃなくて!!殿下が堂々と話を捏造していることをツッコミたい!!)
陛下は、ため息をひとつ吐いた。
「で、マリアベル嬢は?」
(ええええ、此処で私なの!?えっえー!?どうする?んー!?)
「わ、私も殿下をお慕いしております」
(あー!成り行きとは言え、陛下に大嘘を!?どうしよう、後に引けなくなっちゃった!!)
「そうか、それならば、問題はないと言うことでよいか?」
「はい、全く問題ありません。マリアベルと出会い、今まで義務でしなければならないと思っていた婚姻が一気に楽しみになって来ました」
(ちょっ、ちょっと、殿下ー!!それって、まるで私たちが真実の愛を見つけたみたいに聞こえますけど・・・。違いますからね!!)
マリアベルの横にいるレオナルドは満面の笑みで答える。国王は我が子がこんなに笑っているのを見たことが無かった。それ故、マリアベルに対して俄然、興味が湧いてくる。
「マリアベル嬢、そなたは社交界に出ておらぬ様だが、どのような理由があったのだろうか?」
(ええーっと、またそんな難しい質問を・・・。何と答えたらいいのかしら、お父様が頑なに外へ出そうとしなかったと言ったら、変な感じに取られてしまいそうよね)
マリアベルは、とりあえず困っている心境を顔には出さないように気を付け、アルカイック・スマイルのままで固まっていた。それに気づいたレオナルドは直ぐに助け舟を出す。
「父上、その件は此処ではなく、プライベートな場でお願いします。誰が聞いているのか分かりませんので・・・」
レオナルドが上手に話を止めてくれたので、マリアベルは胸を撫で下ろした。
「分かった。またゆっくり王妃も一緒に四人で茶でも飲もうではないか。マリアベル嬢、今夜はご苦労だった」
質問に答え終わると、国王は私達へ退出の許可を出した。国王の横で、静かに佇んでいる王妃も笑顔を浮かべて、マリアベルに小さく手を振っている。想像していたよりも、穏やかな国王夫妻にマリアベルは少し驚いた。
(我が家のお父様とお母様とは違って、とても穏やかでいいご夫婦だわ)
マリアベルの両親(モディアーノ公爵夫妻)は、絵に描いたような仮面夫婦である。
対外的には領地経営に長けた夫人と、法務に関するスペシャリストとして、法曹界のトップにいるモディアーノ公爵は理想的な夫婦と言われている。
しかしながら、夫人と公爵の関係は完全に破綻しておりマリアベルは五年以上、母親の姿を見ていない。今のところ死んだとは聞かないので、多分生きてはいるのだろうというくらいの関係だ。
また、モディアーノ公爵家において、マリアベルの立場は少し微妙だった。家族や使用人に虐められていると言うことはないのだが、常に空気の様な存在として扱われて来たのである。
マリアベルが学園に通う年齢に近づいても、モディアーノ公爵が彼女の進学に関する話題を出すことは一度も無かった。しかし、ひとつ年上のジュリエットはごく当たり前に学園へ通っている。マリアベルは父親の自分に対する理解出来ない態度に疑問を抱いた。だが、普段から聞く耳を持っていない父親に自ら話しかけ、事の顛末を確認し、私も学園に通わせてくださいとお願いしなければならないのかと考えただけで嫌になってくる。結果、マリアベルは進学を諦めた。
仕方なく勉強は、屋敷内の図書室又は街にある王立図書館へ一人で通い、必要なことは自力で学んだ。また、その王立図書館への往来でも、マリアベルに護衛が付くことは一度も無かったのだった。
このマリアベルに対するおかしな扱いへの明確な答えは、まだモディアーノ公爵から彼女は聞かされていない。
――――大広間を退出する二人に、拍手が送られる。精一杯の虚勢を張って、マリアベルは夜会を乗り切った。
(もう、倒れてもいいかしら)
横を歩くレオナルドは、全く動じていない。
(当たり前よね、王子様だもの)
疲れ切ったマリアベルはレオナルドに手を引かれ、共に回廊を進んで行く。
少し先の柱に人影が現れた。かなり細身で背の高い男性、長いブラウンの髪は横で纏めて、白いリボンで結んでいる。
「殿下!お疲れ様です」
マリアベルが観察していると、向こうから声を掛けて来た。
「何故、此処にいる」
「そんな怖い顔をしないで下さいよ。ご依頼の奴らは速やかに捕獲しておきましたんで!単なるご報告です」
(捕獲・・・。私が聞いても良いお話なのかしら?――――此処は聞いてないフリでやり過ごした方が良さそうだわ)
「ああ、ご苦労だった。今日はもう帰っていい。俺も休む」
レオナルドがそう告げると、目の前の男性は口をポカンと開けて固まった。何故なら、レオナルドから“休む”という単語が出たからである。
「あの・・・」
マリアベルは、レオナルドを肘で小突く。
「ああ、彼は俺の側近、ホーリー・アーデル小侯爵だ。普段は第一騎士団の副団長をしている」
「初めまして、マドモアゼル。第一騎士団の副団長のホーリーです。普段は殿下の護衛も兼ねているので、大体一緒に居ます。以後、お見知りおきを!」
ホーリーはアルカニックスマイルを浮かべ、マリアベルに愛想よく自己紹介をする。
「初めまして、モディアーノ公爵家のマリアベルです。どうぞ宜しくお願いします」
マリアベルは本で覚えたカテーシーをしてみた。上手く出来ているのかは今ひとつ分からない。
「殿下、こんな綺麗なご令嬢を婚約者にするなんて、オレ聞いてないんだけど」
「何故、お前に知らせないと行けない?」
軽い口調で聞いて来たホーリーにレオナルドは塩対応をする。
「マリアベル嬢、初めて会うよね?何処に隠れていたの?」
懲りないホーリーはマリアベルにいきなり近寄って軽口を叩いた。刹那、彼をを阻止するためレオナルドは一歩前に出て、マリアベルを自分の背後に隠してしまう。
「余計な詮索はするな。今日はもう帰れ」
「あーもう、分かったよ。じゃあ、またね!マリアベル嬢」
手をヒラヒラと振りながら、ホーリーは夜会会場の方へ踵を返して歩き始める。レオナルドは彼の後ろ姿をじっと見詰めていた。マリアベルはレオナルドの肩越しにその様子を窺う。
ホーリーが完全に立ち去ったことが確認すると、レオナルドは再びマリアベルの手を取って、廊下を歩き始めた。
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