第20話 19 大自然を満喫しちゃいました
レイ(マリアベル)は、久しぶりの騎乗を楽しんでいた。王都からカストール領を抜けて、モディアーノ領へ入るまでの大半は草原地帯なので、難所と言う難所も無く、馬で駆けるには最高のロケーションなのである。
(モディアーノ領の騒動でこんなことになったけど、お天気もいいし、殿下とお出かけなんて、なかなか出来ないもの。急遽、護衛で参加してくれた、第三騎士団の騎士ポルトスも朗らかな感じで、誰か(ベン)と違ってトゲトゲしていないし、これで戦いがなければ最高なのだけど)
三人は、カストール領にある国内で最も大きな湖、ブレッド湖のほとりにある宿場町エンリケで、一旦休憩をいれることにした。ここで次の軍馬へ乗り換える予定になっている。
「殿下、レイ様、過去にエンリケへ来られたことはありますか?」
ポルトスがレオナルド達に質問する。
ポルトスは軍馬で駆けてくる途中でも、あの山はこの辺で一番高い山ですが何という山でしょう?とか、この川はヘボン平野を抜けて、ビート海へ注ぐのですが、何という川でしょう?など、豆知識になりそうなことを質問形式で出していた。
レイ(マリアベル)は、そういう問答が大好きなので、自然と会話も弾む。ポルトスのおかげで、ここまでの旅路はとても楽しく過ごせていた。意外だったのは、レオナルドも一緒に会話へ参加していたことだ。レイ(マリアベル)はともかく、ポルトスはレオナルドがこんなに気さくに話してくれるとは思っていなかったのである。彼の中の冷酷非情なレオナルドのイメージは一気に消え去った。
「いや、ここは初めてだ」と、レオナルド。
「ええ、ぼくも初めてです」と、レイ(マリアベル)。
その返答を聞いて、ポルトスはニヤリと笑った。
「ここの娼婦が・・・」
ポルトスが次の言葉を言い掛けると、レオナルドがポルトスの口をガシッと塞いだ。ポルトスは押さえられてもなお、もごもごと何かを言い続ける。そのまま、レオナルドは口を塞いだ手を緩めることなく、ポルトスを体ごと引っ張って、どこかへ行ってしまった。
(一体、何が起こったのかしら?ポルトスは何を言い掛けていたわよね。殿下が口を塞いだってことは機密事項だったのかしら)
レイ(マリアベル)は一人、取り残される。手持無沙汰になり、辺りを見回してみれば大きなブレッド湖に太陽の光が反射して、きらきらと美しく輝いていた。水面では、カモたちがスイスイと気持ちよさそうに家族で並んで泳いでいる。
(なんて平和な風景なの。美しいわ)
レイ(マリアベル)は手を大きく広げ、深呼吸をした。
(ここは空気も美味しいわね。風景もきれいだし、いいところだわ)
そこへ、レオナルドが戻って来た。
「レイ(マリアベル)、一人にしてすまない」
レオナルドはいつものようにレイ(マリアベル)に手を伸ばして、頭を優しく撫でる。
「殿下、この格好でその発言と行動は誤解されますよ」
レイ(マリアベル)は、自分の着ている騎士服(都合により第三騎士団からお借りしたもの)を指差した。意味が分かったレオナルドは苦笑する。
「これでは、意図的に触れることも出来ないな」
「その“意図的に触れる”って、前から気になっていたのですけど、どういう意味ですか?」
何も勘づいていないレイ(マリアベル)は、レオナルドに堂々と問う。騎士服も相まって、その姿は凛々しい。
レオナルドはバツが悪くなって、ポリポリと誤魔化すように頬を掻いた。意味も何も“意図的に触れる”というのは、触りたいから触るということである。単に難しい言い回しで誤魔化しているだけなのだ。
「さあ、どんな意味だろうな」
レオナルドは言葉をはぐらかしてトボける。レイ(マリアベル)は、レオナルドがそんな適当な態度を取ると思っていなかったので、少し意外だなと感じた。
(殿下も王宮から出て解放感があるのかしら、今日の殿下は、かなり砕けた雰囲気じゃない?)
「殿下、そういえば、ポルトスはどうしたのですか?」
「あいつは風紀を乱したから、バツとして食事の調達を命じた」
「風紀?」
(ポルトス、何をしでかしたのかしら?豆知識ならいっぱい聞いたけれど)
レイ(マリアベル)が眉間に皺を寄せて、考え込んでいる様子をレオナルドは眺めていた。つい手を伸ばしたくなるが、今は王子と騎士の姿なので自制するしかない。あらぬ噂が立つと王宮にいることになっているマリアベルに迷惑が掛かるからだ。
その王宮にはマリアベルの専属侍女アリーが留守番をしている。アリーにレオナルドはこれから二日間、マリアベルが王宮にいるそぶりをするように命じた。要は身代わりを頼んだのである。
マリアベルとレオナルドが一緒に軍馬で戦闘中の領地へ向かうと聞いたアリーは、彼女のことを心底心配し、今にも泣きだしそうだった。そんな彼女をマリアベルがあっけらかんとした表情でダイジョウブよ!と励ましていたのが印象的だった。
実はアリー、レオナルドの乳兄妹で、正式にはシスレー伯爵令嬢という身分を持つ。五人兄弟の紅一点で上から三番目。年齢はマリアベルと同じ十六歳。レオナルドのことは幼少期から怖い人と認識していた。それ故、マリアベルの侍女に任命されるまで、レオナルドとアリーは碌に会話をしたことも無かったのである。
あの夜会の後、レオナルドはマリアベルが王宮でうまくやって行くには、味方になってくれる貴族を早急に作らなければならないと考えた。そこで思いついたのが、侍女と茶飲み友達(貴族令嬢)を一気に解決出来るアリーと言う存在だった。早速、王妃(母上)と乳母のサンドラに事情を説明して、王妃の元で侍女見習いをしていたアリーに来てもらったのである。
そして、最初の思惑通り彼女はマリアベルと僅か一週間で、侍女と主を超えた関係になってくれた。レオナルドはアリーをマリアベルの専属侍女に任命して、本当に良かったと思っている。
「ここは美しいな。あの山々の上に見えているのは氷河か」
“風紀とは何ぞや?”と考えていたレイ(マリアベル)は、レオナルドの言葉で思考から引き戻された。陽が傾き始めて、水面の色彩は赤みを増していく。
「カモの親子が可愛くて堪りませんよね」
「ああ、あの連なって泳いでいるアレか。確かに可愛いな」
レオナルドはふんわりと柔らな笑みを浮かべる。
(殿下、そんな色気が駄々洩れな笑みをこんな大自然の中に溢すなんて、イケメンの無駄使いだわ)
レオナルドの顔をじーっと眺めるレイ(マリアベル)。流石にレオナルドもその視線に気付く。
「レイ(マリアベル)どうした?」
「いえ、殿下は大自然の中でも迫力がありますね」
「迫力?」
「はい、魅了の力で、何人か殺せそうですよ」
「どういう意味だ?」
レオナルドは首を傾げる。
「さあ、どういう意味でしょう?」
レイ(マリアベル)は、さっきの意趣返しをする。その意図に気付いたレオナルドはこう言った。
「そんな力があるのなら、レイ(マリアベル)を魅了出来ればいいのだが」
「えっ?殿下が私を魅了したい?」
(いや、すでに魅了されていますけどね。かなり、麗しいですから)
「ああ、レイ(マリアベル)だけを魅了したい」
(むむむ?私だけを!?何か深い意味でもあるのかしら?)
相変わらず、対レオナルドにだけは察しの悪いレイ(マリアベル)は、ピンとこない。
「殿下―!レイ!!夕食を調達してきましたよー!!」
トレーに、山盛りの串焼きとエールを三杯乗せて、ポルトスが歩いて来る。
「エール?」と、レイ(マリアベル)
「エールはアウトだ!」と、レオナルド。
任務中だということを忘れて、酒盛りセットを買ってきたポルトスには、レオナルドから程なく二度目の指導が入った。
――――――――――
三人がカストール領からモディアーノ領へ入る頃、夜空には三日月が浮かんでいた。戦闘がどうなったのかも分からないまま街道を駆け続けていると、漸く遠目に明かりが見えて来る。
「殿下、あのあたり、第二騎士団ではないですか?」
ポルトスが光の方を指差してレオナルドに聞く。レオナルドは前方に見えて来たテントの脇に立ててある旗を目を凝らして確認する。二頭の獅子を描いた旗が、松明で照らされていた。第二騎士団の旗で間違いない。
「ああ、間違いない。見たところ、辺りも落ち着いているようだ」
あちらの状況が分からない三人は馬の速度を落とし、極力、音を出さないようにして近づいてみることにした。
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