第21話 20 お母様に抱きつかれちゃいました

 第二騎士団のテント前には、五人ほどの騎士が見張りとして立っていた。レオナルド達に気付くと直ぐに駆け寄り、手綱を受け取って“馬のお世話はお任せください”と軍馬たちを連れて行く。


(軍馬たちも今日はかなり無理をしていたから、ゆっくり休ませてもらえるのなら助かるわ。それにしても、本当にここで戦闘していたの?見通しが良いこの場所で奇襲をかけるなんて、見知らぬ傭兵団って素人なの?今はすっかり落ち着いているみたいだけど・・・)


「殿下、わざわざお越し下さりありがとうございます」


 テントから身長が二メートルくらいありそうな大男が出て来た。


「ヒューイ団長、今日はご苦労だった。詳しい話を聞きたい。彼はモディアーノ公爵家の縁者のレイ(マリアベル)、そして、護衛で連れて来た第三騎士団のポルトスだ」


 レオナルドは二人を第二騎士団・団長ヒューイに紹介する。レイ(マリアベル)とポルトスは軽く礼をした。ヒューイも礼を返してくれる。


「では早速、本日の出来事をお伝えしましょう。こちらへどうぞ」


 ヒューイはテントの中へレオナルド達を案内した。テントの中はそれなりに広く、大きなテーブルの上にはモディアーノ領の地図が広げてある。レイ(マリアベル)はテント内部を見回した。


(思っていたよりも広い。流石、第二騎士団だわ。ここで軍事会議も出来るのね。それとモディアーノ領の地図・・・)


「レイ様、何か気になることでも?」


 ヒューイから急に声を掛けられ、レイ(マリアベル)は動揺する。


「レイ(マリアベル)は好奇心旺盛な少年だから、余り気にしないでくれ」


 レオナルドが助け船を出した。レイ(マリアベル)は、その通りですとアピールするために大きく頷いてみせる。続いて、ポルトスも口を開く。


「ヒューイ団長、レイは道中もキョロキョロといろいろなものに興味を示していました。他意はないと思います!」


(殿下、ポルトスさーん、庇ってくれるのは嬉しいのだけど、あんまり必死に言うとかえって怪しまれると思うの。団長さんの様子からして、ここに機密書類のようなものがあるかもしれないし。出来るだけ怪しまれないよう、私も迂闊な行動をしないよう気を付けよう・・・)


 ヒューイはレオナルドとポルトスがレイ(マリアベル)をあからさまに庇うようなことを言うので少し気になったものの、話を進めないといけないのでそれ以上は触れなかった。


「それでは、殿下に本日のご報告をさせていただきます。まず、我が第二騎士団は深夜一時にここへ到着し、テントを張りました。先に数名の騎士を見回りに向かわせ、夜が明けてから全員で領都へ入る予定にしていました。ところがまだ薄暗い午前七時頃カストール領側から正体不明の傭兵団が飛び込んできました。その傭兵団、最初は十数名だったのですが、次々に援軍が来て、一時、敵は百人を超えていたと思います」


「百人を超えた!?多くないか!?」


 レオナルドは疑問を口にする。傭兵が百人単位で、たまたまこんな田舎にいる筈がないからだ。しかも、更に人のいないカストール領側から来たのだと言う。まさか、王都から第二騎士団を尾行していたのだろうか。色々な疑念がレオナルドの脳裏を駆け巡る。


「はい、今回出動した第二騎士団は総勢三十名でしたので、念のため、王都に緊急連絡用のハヤブサを飛ばしました。しかしながら、敵である傭兵集団の武力レベルが思っていたよりも低く、数刻で決着がつきました。その後、戻って来たハヤブサに殿下がこちらに向かっている旨の手紙がついておりましたので、ここでお待ちしておりました」


「分かった。それで公爵邸の方はどうなった?」


「公爵邸は事前に情報を得ていたとのことで、紫蜘蛛(王家の影)による防御網が張られておりました。敵は私達第二騎士団を襲撃するのと同時に公爵邸にも襲撃をかけたようですが、特に被害も出ることなく制圧したと報告を受けております。終盤、多数の傭兵たちが戦闘を放棄して逃げ出しましたが、何とか三十七名ほど捕縛いたしました。速やかに領都の留置所に入れ、第二騎士団の騎士十名を見張りにつけています」


 公爵邸の防御網(紫蜘蛛)は、ルカの仕業だろうとレオナルドは確信した。国王陛下直轄の紫蜘蛛を使えなどと言う指示はしていないが・・・。


「ならば、公爵邸、領内のどちらにも被害は出ていないのだな」


「はい、団員も軽傷で済みましたので、ご安心下さい」


「ヒューイ団長、ご苦労だった。貴殿たちが迅速に出動してくれたおかげで被害も出ずに済んだ。感謝する」


 レオナルドの言葉を聞きヒューイ団長は口を開けたまま、ポカーンとする。ポルトスはその様子を見て、ニヤニヤしていた。レイ(マリアベル)は、つい気になって小声で「どうした?」と、ポルトスに話しかける。


「いや、冷酷非道の悪魔王子がお礼なんて言うから、ヒューイ団長の魂が何処かに飛んで行っちゃったな、ククッ」


 ヒソヒソ声で、ポルトスはレイ(マリアベル)へ教えてくれた。


(悪魔王子!?何それ!!まさか、殿下の事?)


「ヒューイ団長、俺たちはモディアーノ公爵邸に向かう。第二騎士団は引き続きここで待機しておくように」


 ボーっとしているヒューイに、レオナルドが次なる指令を出す。ヒューイは我に返り、シャキッと背筋を伸ばした。


「はい、承知いたしました!」


 僅かな滞在時間で第二騎士団のテントを後にする。騎士団員たちはレオナルド達に新しい軍馬を用意してくれていた。三人は迅速に騎乗し、領都にあるモディアーノ公爵邸を目指す。


(戦闘が長引いてなくて良かった。やっぱり殿下に付いて来て正解だったわ。お母様に色々と聞かないと!!本当に何を隠しているのやら・・・)


――――――――――


 半刻も掛からず、領都の中心部へ入った。目指す公爵邸は、領都を見下ろす丘の上にある。レイ(マリアベル)は急に懐かしい気分になった。ここに来るのは七、八年ぶりだろうか。


 レオナルドは懐に手を入れ、懐中時計を出して時刻を確認する。もうすぐ夜十時になろうかという時間だった。


「殿下、ポルトス、こっちです」


 レイ(マリアベル)が二人を誘導し無事、公爵邸の前へ到着。そこで、レイ(マリアベル)は門番小屋へ声を掛ける前に、馬の上で栗毛短髪のカツラを勢い良く取った。


 三日月の柔らかな光に照らされて、マリアベルの長くてふんわりウェーブのかかった銀髪がキラキラと輝きながら、肩の上から下へと滑り落ちて行く。


「えええ!!!!!」


 あらかじめ何も知らされていなかったポルトスの雄叫びが、夜の街へと響き渡った。


(あー、やっぱりカツラを取る前に、ポルトスへ一言、言っておくべきだったわ。こだまが帰って来そうな大声・・・)


 マリアベルはポルトスをじーっと見詰める。ポルトスは今更ながら、口を押えた。


「ポルトス、声が大き過ぎる。いいか、俺の妃の男装は機密事項だ。絶対に口外してはならない。分かったか」


 レオナルドが、言葉で圧をかけるとポルトスは首を縦に何度も振った。一方、マリアベルは、レオナルドの怖い口ぶりよりも〝俺の妃“と言う言葉がむず痒くて、そわそわしてしまう。そんな言い方をしたら、マリアベルはレオナルドのモノだと言っているような気がしてしまったからだ。


 本来の姿に戻ったマリアベルは、大声を聞いて小屋から飛び出してきた門番の二人に話し掛ける。


「驚かせてごめんなさい。マリアベルです。急用で王都から帰って来たの。レオナルド王子殿下と護衛の方も一緒です。門を開けてくれる?」


 マリアベルの話を最後まで聞き終えると、門番の二人は恭しく礼をして、正面玄関の門を開いた。そのまま、左右に分かれて門を押え、三人が通り過ぎるまで深々と礼の姿勢を崩さない。そして、マリアベルたちが通り過ぎるなり、門番は直ぐに門へ大きな閂を掛け、その門の前に立って見張りを始めた。


「マリー、いつもこんな感じなのか?」


「はい、人の出入り以外は常に閉じてあります」


「そうか、門番も?」


「門番ですか?いつもと同じです。何か気になりますか?」


「いや、それならいい」


 マリアベルはレオナルドの質問の真意は分からないものの、取り敢えず聞かれたことには答えておいた。雄叫びを上げてから、ポルトスは一言も喋らない。


 レオナルドは明らかに警備レベルを上げた門番に対して、王子である自分が来たからなのかと最初は考えた。しかし、マリアベルの言う通りだとするのなら、レオナルドが来たから警備レベルを上げたというわけではなさそうだ。それに彼女は門番が立ち位置を変えたことに違和感を持ってなかった。


(ポルトス、私の変装の出来が良かったから、全く疑って無かったのでしょうね。何というか、ポルトスには悪いことをしたような気がするわ。――――それはそうと、お母様は起きているのかしら・・・)


 レオナルドを連れて帰ったのに、屋敷の者は全員寝ていましたという結末だけは避けたいマリアベル。しかし、その心配は杞憂だった。


 屋敷へと続く並木道を馬に乗ったまま上がって行くと、正面玄関のあるロータリーが見えて来た。流石、二大公爵家と言える豪奢な造りの建物である。


 暗闇の中に浮かび上がる白亜の建物は、ロータリーを包み込むような半円型で、それを支える多数の大きな白い柱には、細かな装飾が施されていた。


 レオナルドは、こんなに立派な公爵家の長女マリアベルが何故、おかしな状況に長年追い込まれていたのかが疑問で仕方ない。だが、その謎もここに来れば何か分かるはずだという根拠のない自信があった。この守りの固そうな公爵邸に足を踏み入れることが出来れば、本当の話が聞けるのではないかと・・・。


「お帰りなさいませ、マリアベルお嬢様」


 玄関前で待ち構えていた執事らしき男性がマリアベルに声を掛けた。思っていたよりも若い執事で、レオナルドは歴史ある公爵家にしては意外だなと感じる。


「ただいま、スラーシェ。用事があって帰って来たの。レオナルド殿下と護衛のポルトスも一緒に。殿下、彼はここの執事でスラーシェです」


 マリアベルがレオナルド達を紹介すると分かり易いほど、スラーシェの顔色が青ざめて行く。しかし、そこは執事魂というものがあるのか、彼は大きな深呼吸を一度すると背筋を伸ばしなおし、緊張の面持ちも仕舞い込んで、レオナルドに向かって話し掛けて来た。


「レオナルド王子殿下、モディアーノ領へ遠路はるばる起こしくださいまして、ありがとうございます」


「いや、こんな夜分に押しかけて済まない」


「いえ、大丈夫でございます。本日の朝に発生した件で、お見えになられたのでございましょう?」


「ああ、そうだ」


「スラーシェ、その話は中に入ってからで・・・」


 マリアベルは、玄関先で話し始めそうになったスラーシェを止めた。


「失礼いたしました。本日お泊りいただくお部屋をご用意いたしますので、一先ず、応接室の方へご案内いたします」


 スラーシェが手を叩くと馬小屋番が駆けて来て、マリアベルたちの乗って来た馬を引き取った。その間に屋敷の中から使用人たちが集まって来て、スラーシェの横へと整列していく。


 瞬く間に美しい列が、正面入り口の左右に出来上がる。そして、スラーシェの目配せを受けた使用人たちは一斉に礼の姿勢を取った。マリアベルはこんな歓迎を受けたことなど、過去に一度も無く落ち着かない。


 チラリと横を見れば、レオナルドは堂々と立っていた。


(殿下は流石に王子様なだけあって、こういう歓迎にも慣れているのね。私は慣れないわ。だって今までの扱いと違い過ぎて、どういう顔をしていいのかも分からない)


「マリアベル!」


 懐かしい声?マリアベルが声の方向へ顔を向けると、公爵夫人がこちらへ向かって駆けて来た。そして、そのままの勢いでマリアベルにぎゅっと抱きつく。


 しかし、こういうことに慣れていないマリアベルの表情は、とても複雑な心境を表に出すかの如く険しかった。レオナルドはそれを見て笑いそうなるが、グッと堪える。


「お、お母様?」と、惑いの声を上げるマリアベル。


と、そこへ・・・。


「ベルーぅ」


 甲高い声と共に髪を後ろで束ねブルーのリボンを結んでいる愛らしい貴公子が現れた。歳のころは四歳前後くらいだろうか?レオナルドは幼い貴公子をじーっと見詰めた。銀髪に赤い瞳、愛らしい顔・・・。まさか!?という想像が、レオナルドの脳裏を過る。


「えっ、だれ!?えええ?」


 マリアベルは驚きの声を上げる。公爵夫人だけではなく、幼い貴公子までもがマリアベルの足元に絡みついたからだ。


「夫人、話を聞かせてもらいたい」


 家族との再会を喜んでいるところへ水を差したくはなかったが、湧き上がる疑問に耐えられなくなったレオナルドは、抱き合う三人(正確にはマリアベルに抱きつく二人)に向かって事情を説明しろと圧をかける。マリアベルも同意です!と言わんばかりに、首を縦に振った。


 ポルトスは、また口にしてはいけない機密に巻き込まれているような気がして、天の三日月を仰いだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る