第23話 22 覚悟を決めちゃいました
マリアベルはレオナルドの背中に手を回してぎゅっと抓った。意地悪に対する反撃である。しかしながら、レオナルドは柔らかな表情でマリアベルの方を振り返ると、背中を抓った方の手をふんわりと握り、そのまま自分の膝の上に置いた。
(――――殿下、怒るどころか嬉しそうなのは何なの?大体、ルカって側近が居るなんて私は知らなかったのだから、驚くに決まってるじゃない!!)
公爵夫人は二人の仲睦まじい様子を眺めている。そして、自分の娘はこんなに美しかったのかと内心驚いていたのだった。いつも、感情を余り出さないタイプの娘が、殿下の優しい笑顔を受け、とろけそうな笑みを見せているのである。
「殿下、いい知らせと悪い知らせがあるんで、聞いてもらえます?」
ルカは、レオナルドに一歩近寄った。
「ああ、どちらからでもいい。早く報告しろ」
「はーい。では、悪い方からで!!この後、大規模な襲撃が起こります。周辺の領から人が動いていると連絡が来てるんでー。勿論、普通の人じゃなくて、厄介な感じの人たちでーす!」
「分かった。マリー、執事とポルトスを呼んでくれないか?」
「はい、直ぐに連れて来ますね」
マリアベルは立ち上がり、部屋から出て行った。
「ルカ、紫蜘蛛(王家の影)を呼んだのか?」
「んー、結果的にはそう言うことになりますね」
ルカは歯切れの悪い回答をする。レオナルドは首を傾げ、話の先を促す。
「ええっと、次のいい話、もう聞いちゃいます?」
「勿体ぶる意味が分からない」
レオナルドは眉間に皺を寄せた。正直、ルカのグダグダな報告に少しイラっとしている。
「元将軍がですね、愛弟子の危機だと言うことで、国軍の精鋭を引き連れて、こちらへ向かって来ているんですよ、フフフ」
レオナルドはソファから立ち上がった。
「お前!・・・知っていたのか!?」
「はい、僕は殿下の優秀な隠密ですからねー。エヴァンス爺(元将軍)にも伝えておきました」
ルカは飄々と答える。レオナルドは頭が痛くなって来た。ルカの行動は王子の持つ権限を越えている。国軍は国王陛下の管轄だからだ。
「で、国軍は今どの辺りだ?」
「そろそろ、第二騎士団を叩き起こすんじゃないですかね」
ということは一刻もあれば、ここ(公爵邸)へ辿り着くだろう。
「殿下、二人を連れて来ました」
マリアベルが部屋に戻って来た。一緒に部屋へ入って来たポルトスの顔色は、先ほどより悪くなっているような気がする。
「執事、この屋敷に脱出ルートはあるか?」
スラーシェは質問の意味を直ぐに把握した。ここで何かが起こる可能性があるのだと・・・。
「五本ほどありますが、確実なのは二本です。領都に出るルートと、郊外に出るルートがあります。郊外のルートの出口には馬番を兼ねた守り人が居ます」
「分かった。この屋敷の兵力は?」
「直ぐに出られる私兵でしたら、敷地内に百五十名ほどおります。お急ぎでしたら出動させますが」
「直ぐに号令をかけて欲しい。屋敷の周りに配備して、侵入者に警戒を」
「承知いたしました。一旦、失礼いたします」
スラーシェは踵を返して、部屋を出て行った。
「ルカ、お前は国軍、第二騎士団と共に公爵夫人とエリオットをお守りしろ。俺とマリーはこのまま急ぎ、王都へ戻る」
「御意」
「では、マリー、ポルトス、そして紫蜘蛛は俺についてこい。王宮へ戻るぞ!」
レオナルドは、大きな声で指令を出した。
(紫蜘蛛?影のことよね)
マリアベルは、何処に潜んでいるのだろうとキョロキョロ室内を見回す。
「マリー、姿を見せたら影とは呼べないだろう?探しても無駄だぞ」
また、少し笑いを含んだ声で、レオナルドがマリアベルに語り掛ける。マリアベルは、また馬鹿にしてきたレオナルドにムウっと不満げな顔を見せた。
「殿下、マリアベルを連れて行くのですか!?危険です!!」
意を決し、レオナルドに進言した公爵夫人の表情はマリアベルを心配しているようで、とても険しい。
「お母様、私は危険でも殿下と一緒に行きます。大丈夫です!」
また、アリーを励ました時と同じようなことをマリアベルが公爵夫人に言うので、レオナルドは笑いそうになった。しかし、次の瞬間、マリアベルから発せられた言葉で、レオナルドは心臓を射抜かれることになる。
「私は殿下と一緒に居たいの。離れている間に死んじゃったりしたら嫌だから」
彼女はきっと無自覚で言っているのだろう。だけど、少なくとも、レオナルドと離れたくないと思ってくれていることが分かった。今はそれだけで充分だ。
「公爵夫人、俺は今この危機だけではなく、これからも堂々と表舞台でマリーを守っていく。それに、夫人が思っているよりマリーは弱くない。この公爵から託された書類は二人で責任を持って陛下へ届けると約束する。夫人はご自身とエリオットの身を守ることに専念して欲しい。俺たちの心配はしなくていい」
「――――分かりました。どうぞ、マリアベルをよろしくお願いいたします」
(くー!!!殿下ってば、なんてカッコいいことを言うの!!堂々と私を守るなんてセリフ!!素敵過ぎるわ。何故、こんなにカッコよくて、優しくて、王子様なのに、今までモテなかったのかしら・・・。っと、それは置いておいて、私も気を引き締めないと!!帰路こそ、戦闘ありきなのよね。そういえば、さっき国軍って言ってなかった!?)
「殿下、国軍って言っていませんでした?」
マリアベルは、こそっとレオナルドに耳打ちをした。
「ああ、エヴァンス将軍が愛弟子の危機だと、国軍の精鋭部隊を引き連れて、此処へ向かって来ているらしい」
レオナルドは視線をルカに向けた。
「はい、その通りです!」
(なっ!?将軍!!私とのつながりは極秘にするって言っていたのにー!!国軍まで動かしちゃって大丈夫なの!?)
マリアベルの顔色が悪くなっていく。そこへレオナルドが透かさずフォローを入れる。
「マリー心配ない。すべての責任は、ルカが取る!」
「いやいやいや、殿下。僕の首くらいでは無理です!!」
ルカは首を左右にブンブン振る。レオナルドはフッと笑った。
「冗談だ。では執事が戻り次第、俺たちは脱出するぞ。マリー、ポルトス」
「はい、殿下」
「あ、レ、マリアベル様、カツ・・・」
ポルトスが機密事項を言い掛けたところで、レオナルドが彼の口を塞いだ。
「――――ポルトス、それは後でね」
ポルトスの言いたいことを察したマリアベルが返事をすると、ポルトスは口を押えられたまま頷いた。
―――――――――
「次は左だ!」
レオナルドは右手で抜き身の長剣を持ち、左手でマリアベルの手を引く。マリアベルは手を繋いでいない左手でランプを持ち、辺りを照らす。ポルトスは二人の後ろで、両手で槍を構え背後を警戒しながら歩いていた。
スラーシェから聞いた避難経路を一度で覚えたレオナルドが道案内を担い、地下通路を三人で突き進んでいく。この先の地下通路は分岐が多く、間違えればかなり深いところまで連れて行かれるのだと言う。そこを迷いなく進んでいくレオナルドの集中力と気迫にマリアベルは圧倒されていた。
(ここ(公爵邸)に来てから、殿下のカッコ良さが際立っている気がする。その乱れている髪とかも凄くセクシーだし・・・。あ、わわ、こんなに緊迫した事態なのに!私ってば、何を考えているの!!えーっと、そろそろ将軍は領都に入る頃じゃないかしら?その余り良くない輩たちが、ここ(公爵邸)に乗り込んで来る前に、国軍の精鋭部隊と第二騎士団が辿り着いてくれるといいのだけど・・・)
マリアベルは、煩悩を取り払うため、他のことを考えようとしたのだが、レオナルドと繋いでいる手が気になって、結局、集中出来なかった。
――――――歩き始めて一刻。そもそも、公爵邸の敷地が広大であることに加え、更に郊外へと至る地下通路を進んでいる。言うまでもなく、このルートは領都へ至るルートよりも距離があるのだ。
(今のところ、怪しげな気配もないし、順調に進んで来たと思うのよね。それにしても、殿下はこの道順を一瞬で覚えてしまうのだもの。本当に凄いわ)
マリアベルは歩きながらレオナルドの凄さに感心していた。しばらくすると、レオナルドがゆっくりと歩みを止める。
「この先が最後の分岐だ。その先の出口が間違いなく、一番警戒すべきポイントだろう」
レオナルドは、マリアベルとポルトスにしか聞こえないくらいの声で囁く。
「ポルトス、これを任せたい。俺とマリーが先に行く。お前は十五分ほど待ってから、外に出てくれ。その後は俺たちに構わず、何があっても王都へ向かい、これを陛下に渡せ!!」
レオナルドは、黒い大きな布に包まれた荷物をポルトスに手渡した。ポルトスは、複雑な表情でそれを受け取ると服を捲り上げて、腹にくくりつけた。
「かしこまりました。必ず生きて陛下の元へ届けます」
「ああ、それでいい。俺たちには紫蜘蛛がついているから心配するな」
マリアベルはそのやり取りを黙って聞いていた。そして、レオナルドとポルトスの表情から事態の大きさを理解し始める。モディアーノ公爵がマリアベルとエリオットの存在を全力で隠さなければ危険であると判断していた相手と、これから対峙するのだと言うことを・・・。
最後の分岐の前でレオナルドはポルトスに正しい道を教え、彼を暗闇に残したままマリアベルと出口へ向かって歩き始めた。
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