第26話 25 二人で暴れちゃいました
深夜の鍾乳洞内は、スースーと気持ちよさそうなマリアベルの寝息と時折,天井からピチャッと落ちて来る水滴の音が聞こえて来るくらいで、心地よい静寂に包まれていた。
入口前に置いた枝を踏む音も、今のところ聞こえて来ない。きっと、このまま何事もなく朝を迎えるのだろうと考えていた時、レオナルドは違和感に気付いた。
僅かだが、洞内の空気の流れが変わったような気がする・・・。
何かが起きてから、マリアベルを起こして動くべきか?それとも、早めに声を掛けるべきか?危機管理と言う点からすれば、早めに彼女を覚醒させていた方が良いというのは勿論、レオナルドも分かっている。
だが、こんな気持ちよさそうに寝ているマリアベルを叩き起こすのは、可哀そうな気がしてならない。少しでも優しく起こしたいと考えたレオナルドは、マリアベルの頬へ、柔らかなキスを落とした。口びるが触れると同時にマリアベルは、もぞもぞと身動ぎを始める。
「マリー」
「ん、んんん?」
マリアベルは頭をレオナルドの胸にぐりぐりと擦りつける。そんな風にされると、胸も心もくすぐったい
「マリー、起きてくれ。少し気になることがある」
「ん・・・殿下?」
「ああ、そうだ。マリー、この鍾乳洞は何処かに繋がっている可能性が・・・」
ドン!ガタガタガタ、ドスっ!!ドン!!
バキ、パキッ!!
鍾乳洞の入口と洞内の両方から、盛大な破壊音がした。
次の瞬間、外から賊らしき者たちが松明を手に持ち、洞窟内へ駈け込んで来る。そして、鍾乳洞の奥からも人が現れた。と、言うことはレオナルドの予想通り、この鍾乳洞の奥は何処かへ繋がっている。
マリアベルを抱えたまま、レオナルドは剣を手に取り一先ず、壁の深い溝に身を隠した。一気に覚醒したマリアベルは、レオナルドの腕から降りて、自身の腰に佩いている細身の剣を鞘から静かに抜き、構えの姿勢を取る。
「これは敵襲?」
「ああ、間違いないだろう。入口と鍾乳洞内部の両方から来た」
「分かりました。で、どうします?」
「片付ける。隠れていて身動きが取れないところを狙われるより、出て行って倒す方が簡単だろ」
「簡単?無闇に出て行ったら、ケガしますよ!!」
「誰が?」
「殿下です!!」
注意を受けたレオナルドは殺気を帯びた妖艶な笑みを浮かべる。それを目の当たりにしたマリアベルはゾクッとした。
(も、物凄い殺気!!笑顔が怖っ!!あ、コレ悪魔っぽいわ。いや、もはや魔王?)
「ここで見ていろ!」
マリアベルを取り残し、レオナルドが飛び出していく。
(そんな、見ていろって・・・。この数を、まさか一人で倒すつもり?)
「お前たち、一体、誰を探している?」
低音で威圧感のある声が洞内に響き渡った。小賢しく、松明を振り回しながら、レオナルド達を探していた賊の足が止まる。
「見つけたぞ!!」
リーダー格らしき大男は、大剣をレオナルドに向けて、大声を上げた。
(影は!?王家の影!!何処なの?早く出て来てー!!)
マリアベルの心の叫びも空しく、それらしき者(紫蜘蛛)は見当たらなかった。そうこうする内にレオナルドを、剣を手に持った男たちが囲んで行く。
次の瞬間、全員が雄叫びを上げながら、一斉にレオナルドへ飛び掛かった。マリアベルは助っ人として、いつでも飛び出せるよう、壁際に隠れたまま剣を構え直す。
(久しぶりの実戦だわ。落ち付け私!相手から目を離さない!!殿下の足を引っ張らない!!)
マリアベルは集中力を高める。
すると、ビュンっと風を切るような音と共に、レオナルドに飛び掛かった男たちが一斉に吹き飛んで行くのが見えた。
(殿下!すごっ!!力が強いとは前々から思っていたけど、横一線の薙ぎ払いで全員をふっ飛ばしてしまったわ!!しかも、大腿をしっかり斬っているから、相手はしばらく動けないわね)
次々と飛び掛かってくる敵を、レオナルドは美しい動きで吹き飛ばしていく。その鮮やかな剣さばきに、つい目を奪われてしまう。
と、そこで、マリアベルは薙ぎ払われた内の一人が、死角からレオナルドの足元へ斬り掛かろうとしていることに気付いた。刹那、低い姿勢で飛び出したマリアベルは、先にケリを食らわせてから、敵の背中を斜めに斬りつけた。
うめき声を上げ、男は倒れ込む。
(よし、これで大丈夫ね!)
「ありがとう、マリー!」
レオナルドは敵を斬る手を止めずに、お礼を言う。
「フォローします!」
マリアベルは、元気の良い返事をしてから、レオナルドが取りこぼした相手を斬ることに専念する。敵を殺さず、動けなくする戦法だというのは、レオナルドの斬り方を見ていれば直ぐに分かった。
雑魚を片付けて、とうとう大男と対峙する。そこで、マリアベルは足元に倒れていた雑魚たちが先ほどよりも少なくなったような気がした。軽く首を傾げると、レオナルドがマリアベルの疑問に答える。
「影が片付けた。気にするな」
(か、影?何処に!?と言うか、何故、私がそれを考えていたと殿下は分かったの!?エスパー?あ、いや違う。また顔に出ていたのかも。だけど、それに気付くなんて、戦闘中なのに余裕あり過ぎじゃない?)
レオナルドは視線を大男に向けたままで、話を続ける。
「そろそろ、援軍が来るだろう。もう少しの辛抱だ。こいつを倒すぞ」
「はい」
二人が小声でやり取りをしていると、大男はしびれを切らしたのか、大剣をグルグルと八の字を描くように高速で振り回しながら、レオナルドへ飛び掛かって来る。大男は中々に危険な奴だった。
しかし、それもあっけないくらい一瞬で決着がついてしまった。レオナルドは大男の大剣に、真下から自分の剣を振り上げて当てた。
大男の腕がレオナルドの腕力で浮き、隙が出来たところで素早く間合いを詰める。そして、大男の右上腕を真上から切り落とした後、レオナルドは余裕を持って剣を切り返し、相手の胸部を右下から左上に向かって斬りつけたのだった。
おびただしい量の血しぶきが、真っ白な鍾乳洞を汚す。大男は床に倒れ込み、白目をむいていた。
(殿下、強すぎる。その辺の騎士より、全然強いと思うのだけど!?)
ふと、マリアベルは横方向に気配を感じた。横目で確認してみると黒装束を身に纏った者達が、負傷者を引きずりながら外に出している。
(もしかして、アレが影?紫蜘蛛!?存在感、薄っ!!気付かないフリをした方が良いのかしら)
マリアベルが、どうしようかなと困った表情をしているのを、レオナルドは見逃さなかった。
「マリー、気付かない方が良いこともある」
「そうですね」と、マリアベルは苦笑いを浮かべた。
そこへ「殿下―!!レイ!!」と、外から聞き覚えのある声が聞こえてくる。
鍾乳洞の外へ出ると、辺りはうっすらと明るくなり始めていた。目の前には、白髪で眼光の鋭い老人、エヴァンス(将軍)が仁王立ちをしていた。
「殿下、レイ、お怪我はありませんか?」
「エヴァンス、遅い」
酷く不機嫌な声でレオナルドは返答する。確かに援軍が遅かったせいで、かなりの人数を二人だけで倒した。その証拠に、レオナルドとマリアベルは返り血まみれの悲惨な姿になってしまっている。
「申し訳ありません」
(ええっと、この場合、私はどういう態度を取れば正解?将軍と私の関係は、そこの騎士とか軍関係者には当然、隠しておいた方がいいのよね?)
「それから、俺の妃をレイと呼ぶ許可は出していない」
レオナルドはマリアベルの腰に腕を回して抱き寄せながら、エヴァンスに注意を入れた。エヴァンスは、レオナルドの意外な行動に驚き過ぎて、直ぐに返事の言葉が出て来ない。
目の前の二人はどう見ても、恋人同士にしか見えなかった。あの悪魔王子が?リアリストで夢も語らない愛弟子が?と、エヴァンスの脳内は混乱している。
もっと言うなら、レオナルドを幼少期から知っているエヴァンスにとって、感情を表に出さず、何でも完璧にこなし、他者を寄せ付けようとしない冷酷非道なレオナルドが特定の女性に気を許し、甘い顔を見せるなど、想像出来なかった。
また、幼いころから何でも自分で解決しようとする努力と根性が半端ない、訳あり公爵令嬢マリアベルが、ふんわり柔らかな笑みを浮かべて、レオナルドの腕の中にいるのも、実に不思議な気分だった。
「将軍さま、初めましてモディアーノ公爵家のマリアベルです」
マリアベルは、レオナルドとエヴァンスの間に流れる殺伐とした空気を改善すべく、エヴァンスへ優雅な挨拶をした。ただし、騎士服を纏っているのでカテーシーではなく、胸に手を当てている。
「マリー、エヴァンスにレイって呼ばれたのに、名乗ったら・・・」
「でも、殿下が先に俺の妃って言いましたよ」
「あ、確かに言った。マリー、迂闊だった。すまない」
レオナルドはマリアベルに謝り、ニコッと笑う。
「ずいぶんと仲睦まじいご様子で・・・」
「ああ、確かにマリーとの仲は良好だ。エヴァンス、マリーを随分と世話したそうだな」
レオナルドは含みのある言い方をする。ああ、これはすべてご存じなのだなとエヴァンスは察した。
「では、改めまして将軍、お久しぶりです。いろいろありまして、殿下の婚約者になりました。今後ともよろしくお願いいたします」
「マリアベル様、ご婚約おめでとうございます。このような爺ではございますが、いつ何時でも馳せ参じますので、御用の際は遠慮なくお呼びください」
「いや、エヴァンス、お前は陛下の側近だろう?心配は無用だ。これからは俺がマリーを守る」
「は!殿下、この爺にまでヤキモチですか?こりゃかなり重症ですな、ハッハッハ」
「ああ、ヤキモチだ!こんなに愛らしいのだから当たり前だろう」
開き直ったレオナルドがツボだったのか、エヴァンスは大きな声で笑い出す。涙を流しながら笑っていたので、マリアベルはハチドリの刺繍が入ったハンカチをエヴァンスに手渡した。
エヴァンスは礼を言いながら、ハンカチを受け取って、涙を拭う。
「ところで、公爵邸はどうなった?」
レオナルドの一言で、急に話は今回の襲撃事件へとシフトする。
「はい、予測どおり、公爵邸を寄せ集めの傭兵団が襲撃して来ましたが、私兵と第二騎士団、国軍の精鋭で制圧しました。公爵夫人とエリオット様も無事です。念のため、第二騎士団と国軍の精鋭たちは、モディアーノ公爵家の一連の騒動が収束するまで、公爵邸を守ります。殿下とマリアベル様は、王宮へお戻りください」
「その言い振りだと、ある程度、把握しているのか?」
「ここで多くは語れませんが、“ベン達をお嬢の見張りに置いたのは私です”と言えば、お分かりになりますでしょうか」
エヴァンスはニヤリと笑う。レオナルドはこいつが犯人か!と、苦虫を嚙みつぶす。第一騎士団のベンと警備兵のアシュレイを使ってマリアベルを見張っていたのは、エヴァンスだったのである。
「それにしても、お前の手駒はイマイチ過ぎないか?」
レオナルドは、ベンがマリアベルに突撃してきた事件を引き合いに出す。一介の騎士がマリアベルに恫喝するなど、何か理由があるのだとしても許せなかった。
「あれは、マリアベル様に魅せられていたようです。あの事件は、しっかりと監督出来なかった私に責があります。申し訳ございません」
エヴァンスの返答を聞いて、レオナルドは驚いた。ベンの行動に関しては、自称恋愛マスターのヨミが正しかったと言うことである。
マリアベルは、気持ちを表情に出さないように努めた。
(いや、いくら好きだからって、あの暴走はいただけないわ。普段から小言ばかりだし、上から目線だし、あれのどこが私に好意を持っているって言うの?あー、思い出しただけで腹が立つ)
「いや、責任は本人に取らせる。お前は権限を勝手に使い、騎士団や警備兵を秘密裡に動かした部分に関して、陛下に報告の上、処分する」
「え、将軍を処分!?」
マリアベルが割って入った。
「そうだ。マリーがエヴァンスの罪の減免を嘆願したいのなら、遠慮なくすればいい。俺は止めない」
「ははは、殿下、それは甘すぎでしょう」
エヴァンスは、再び声を上げて笑いだす。
「将軍!半分は私のせいですから、責任を持って陛下に嘆願します!」
「ほどほどでお願いしますよ。マリアベル様、ハハハ」
マリアベルが今まで大きな事件にも巻き込まれず、安全に過ごして来られたのはエヴァンスの尽力があったからだろう。狸爺にお礼をいうのは癪だなと思いつつ、レオナルドは機会を見て、エヴァンスに感謝の気持ちを伝えようと決めた。
「では、そろそろ動くとするか。エヴァンス、王宮までの安全なルートの確保は出来ているか?」
「はい、出来ております」
エヴァンスは、レオナルドに意匠返しの如く、恭しい礼をした。
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