第31話「犯人」
被害にあった住人の埋葬はすでに完了していることもあり、残る手掛かりはあと一つとなった。
それは、直接の関係者への聞き込みだ。幸いにして、魔族の少年の居場所はラウルがその鋭敏な感覚で突き止められるようだった。
「なあ、実際のところどうなん? 魔力を嗅覚で捉えるってあり得ると思うか?」
レヴィがアルに疑問を投げかけると、アルもそれに対して「う~ん」とうなる。
「どうだろうね、ラウルに限定して言えばあり得ない話じゃないと思うけど。そもそも本人は魔力と匂いの区別がついていないんじゃないかな」
そんなことがあり得るのか? とレヴィはアルの言葉に表情だけでリアクションした。
「魔力は本来、魔力同士でしか感じ合えない。探知なんかはその最たるものだろう。魔力を放出して別の魔力を感じる。でもラウルはそこまで繊細な魔力の扱いができない。だけど感覚だけは鋭敏だ。その結果、魔力を匂いとして感じ取っていてもおかしくはない……と思う」
アルの推測に、レヴィは「まったく、規格外だな勇者ってやつは」とあきれ顔で納得した。
「こっちのほうかな」
ラウルはその感覚を頼りに、先頭に立ち歩いてゆく。先ほどの畑から町の中に戻り、現在は市場のあたりを歩いていた。
「うあーだめだ、あいつの匂い、あっちこっちにあってわっかんねー! それに……」
ラウルを悩ませるのは拡散する魔族の少年の匂いだけではなかった。
「ここ、うまそうなもんがたくさんあって匂いが紛れるんだよなぁ!」
「結局それかよ」
あの少年がうろつく場所というのはつまり、食料がよく手に入る場所だ。この市場はその条件に良く当てはまっていた。屋台がたくさん並んでいるというのは食料が豊富な町ならではだろう。町の中で飼育している鶏や農作物をメインとした焼き物、煮物の香りがよく漂ってくる。
「あら、勇者様じゃないの!」
そう話しかけてきたのは、先ほど宿でパーティをもてなしてくれた女将だった。
「これはこれは、先ほどはどうも。少々お尋ねしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
アルが持ち前の社交性で女将を呼び止める。
「先ほど部屋に入ってきた魔族の子供ですが、普段はどこにいるのかご存じですか?」
話題があの少年のことだとわかったとたんに、女将は眉間にしわを寄せた。嫌な話、というわけではない。それはあの少年に対する単純な嫌悪感からだった。
「それがわかっていれば苦労はないわよ。なぁに? やっぱり勇者様たちもあれを疑ってるの?」
女将がその話をし始めた途端に、それまで熱気のあった屋台の人々がしん……と静まり返る。
「疑う、というのは、最近この町で起こっている被害について、でしょうか」
「やぁねぇ、そうに決まってるじゃない。みんなあれが怪しいって噂してるのよ」
声を潜めるような仕草をしながらアルと話をする女将だったが、その声量は普段と同じかそれよりも大きくらいだ。周囲の人間、皆がアルと女将の会話に耳を澄ましているようだった。
「まだそうと決まったわけではありませんが、皆さんがそう思われる理由は何なのでしょう」
「理由って言われても、ねえ」
女将は薄く笑みを浮かべたまま、周囲の聞き耳を立てている住人に向けて同意を募る。
「まあ、疑うなって方が無理な話だよな」
最初に乗ってきたのは串焼きのようなものを売っている屋台のオヤジだった。
「奴らは化け物なんだ」
静まり返って市場が、その一言によって緊張に包まれる。
「この町だって、もともとはたくさん魔族が暮らしてた。でも、フルーフ・ケイオスだったか? あれが始まってみんなおかしくなっちまった。幸い、うちにいたやつらは早めに町から出ていく選択をしてくれたが……」
「当然よ、魔族なんて、もともと私たちよりもずっと強い力があるのよ? それがあんな風に暴れられちゃあ、町にはおいていけないわ」
魔族に対しての不安や恐れは、人族の中に深く根付いている。五〇〇年前の人魔大戦にそのルーツがあると言えばそうだが、現在のそれは大部分が教会の洗脳によるものだ。力を恐れ、力を持つ者を恐れ、力をふるうものを恐れる。
「でも、あいつはまだ子供だぜ?」
ラウルが至極当然の疑問を投げかけるも、それに対する反応は冷たいものだった。
「そりゃ、勇者様からすれば子供の魔族なんて恐れるに足らないだろうけどねぇ」
「ま、いつ爆発するかわからない爆弾みたいなもんだな。不憫だとは思うが、こんなことが起こったんじゃ疑われても仕方がねえと思うぜ」
女将も、屋台のオヤジも言うことは変わらない。
魔族は化け物。
それが今の人族にとっての認識なのだと、ラウルは改めて思い知らされた。
『どうか、魔族だからと憎まないで』
シュトルツで、アルが青年に告げた言葉を思い出す。その時は何も感じなかった言葉が、今になって意味を持ってラウルに襲い掛かっているような気がした。
そんな暴力的な感情に襲われている中、小さな影が横切るのがラウルの視界に入った。
「あっ!」
「ん? どうした」
とっさに自分で口をふさぐラウル。この状況であの少年を見つけたと言えばどんな状況になるか、経験は浅くとも十分に予想することができた。
「アル、ちょっと……」
「ラウル?」
目配せを受けるアル。ラウルがこんなことをするのは珍しい。いつもならどんな状況だろうと空気を読まずに話しかけてくるというのに。
疑問に思ったアルはラウルが視線で指す方に目を向ける、と一瞬だがアルもその影を視界にとらえた。
「すみません、皆さん。僕らはまだ調査があるので、この辺りで失礼しますね」
「あら、ごめんなさいねぇ。でも調査なんてしなくても……」
「勇者と聖女が推測だけで犯人を捌いちゃあまずいでしょ、ねえ」
なおも会話を続けようとする女将に対してレヴィがウインクをかまして黙らせる。この女将が男性のこういった仕草に弱いのはすでに把握済みだ。
急ぎその場を離れ、少年の影が去ったほうへと視線をやる。市場から外に出て町の外、畑とは逆方向に向かったようだ。
「見失った、けど――」
ここまで接近すればラウルがその超感覚でどこまでも追跡することができる。
「こっちだ!」
ラウルとアルが先行して少年を追う。そんな中で後方に控える二人はというと、
「あんた、ついにあんなおばさまにまで色目使うようになったなんて、ラウルの教育に悪いから失せなさい」
「ああ? 誰の機転であのおしゃべり女将から抜け出せたと思ってんだ。自分が役に立ててねえからって僻むのはやめたまえよ残念聖女」
いつもの口喧嘩を始めていた。
「僻む? だいたいあんたの魔力探知がポンコツだったからラウルに頼ることになったのよ? 役立たずはどっちかしら」
「そりゃどーもすみませんね、魔力の魔の字も感じ取れない聖女サマにゃあわからねえだろうがあれは結構な高等技術なんだよ」
「その自信満々な高等技術が通じなかったからって今度は女たらしのテクニックに切り替えたってわけね。鼻の下ばかりが長い馬面のあんたにはお似合いの機転だわ」
「馬はかわいいだろうが!」
「あんたはかわいくないでしょ!」
そんな二人を尻目に追跡を進めるラウル。
「逃げ足はっえー」
町の外に飛び出し外壁沿いをぐるりと見渡す。が、すでに少年の姿はない。向かった方向はわかっているがこのままでは話す間もなく逃げられてしまうだろう。
「ラウルはこのまま地上から追ってくれ。僕は壁の上からタイミングを見て進路をふさぐ」
「了解!」
外壁はそこまで分厚いというわけではないが、アル一人が走れるほどの幅は十分に存在する。素早く飛び上がったアルは遠目に少年の姿を確認したのか、すぐに最大速度で走り出す。
「しかし、本当に速い。魔族の身体能力だとしても、子供であそこまで……。本当にさっきの少年なのか?」
食事中に目にした少年の姿。そのやせ細った体を思い浮かべ疑問の表情を浮かべるアル。その脳裏をよぎるのは倒壊した食料貯蔵庫や荒らされた畑。そして、あの少年を過度に恐れる住民たちの姿。
「フルーフ・ケイオスの影響を受けていない理由が、子供だからではなく、その影響を受けないほどに強い魔力を持っているからだとしたら……」
例えばラウルのような、規格外の力を持っていればフルーフ・ケイオスの影響は受けない。もしあの少年がそれだけの力を持っているのならすべてのことに説明がつく。
アルは心の中で、戦闘になった時のため覚悟を決める。
「よし、だいぶ追いついた」
アルが思考を巡らせている間にラウルは少年に肉薄していた。
「はあ、はあ……」
少年の息は荒い。が、速度は衰えていない。その体力にはラウルも舌を巻くほどだった。だがこの長い鬼ごっこも終わりが近い。少年の体力はもちろん、もうすぐラウルの手が届くところまで迫っている。
「よし、これで――」
「くッ――」
走る少年の腕をつかもうとラウルが手を伸ばす。が、その手は空を切った。少年が急に方向を変え、ラウルの腕をかいくぐるようにその下をすり抜けたのだ。
「うえっ⁉」
急な方向転換についていけず少年を取り逃がすラウル。だがこの動きはアルの予想通りだった。
「ふっ」
方向転換でスピードが落ちたところを真上から急襲するアルが取り押さえる。
「くっ、離して!」
「どうか落ち着いて、僕らにあなたを害する気はありません」
当然暴れまわる少年に、アルはできるだけ優しく呼びかける。
「そんなことを言って! 僕を殺すようにお願いされたんだろ!」
違うとも言い切れない少年の言葉に、アルは瞬間的に口をつぐんでしまう。その沈黙は一瞬とはいえ、少年の言葉を肯定したように捉えられてしまう。
「やっぱり、町の人たちはみんな、僕なんか死ねばいいと思ってるんだ……」
「……それは違います、誰もあなたの死を望んでなんか――」
「嘘だ!」
少年がアルの腕を振り払おうと力を籠める。
「っ!」
だが、その力はとても弱弱しいものだった。
その見た目と同じように、細く、弱い。魔力すらも、感じられる範囲ではそこまで多くはない。アルは自分の中の警戒心が急速にしぼんでいくことを自覚した。
「君は……」
「いや~お前すっげえ速いのな! 後で競争してみようぜ!」
二人の険悪な雰囲気をものともせずその空気を切り裂いたのは、ラウルの能天気な声だった。
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