第二章
第19話「遅れた旅路」
シュトルツを出て二日。途中幾度かの魔族の襲撃、そして日常茶飯事の魔物との遭遇を経て、ようやく見えてきた商業都市、フォアンシュタットの外門は――。
「おーい! 開けてくれよー!」
固く閉ざされていた。
「現在フォアンシュタットの門は誰に対しても開けないよう厳しく命じられている。悪いがお引き取り願えるだろうか」
街道と町を隔てる門のすぐ横にある教会騎士の詰所から、そう呼びかけられる。
大きな荷馬車でも問題なくすれ違えるほど広い鉄製の外門。その門から続くのは町を囲う城壁のような頑丈な石壁。外から見るフォアンシュタットは、フルーフ・ケイオスが始まる前と何ら変わりない姿を見せていた。
だが、旅人に対する反応を見て、内側はそうではないことをラウルを除く三人は如実に感じ取っていた。そもそも商業で発展したフォアンシュタットの門が明るいうちに閉じられることは、これまでないことだった。それがこうも固く閉ざされているということは、フォアンシュタットはそういった方向にかじを切ったということだ。
「外とのかかわりの一切を断った自給自足、か」
「フォアンシュタットの規模なら、できなくもないかもね。もともと人口も流動的な町だ」
フリーダのつぶやきにアルが答える。だがその内容とは裏腹に、その言葉の内には憂いに似た声音が含まれていた。
「この状況で、自分たちだけで生きていきます、ってか。そりゃなんともご立派なことで」
レヴィが皮肉交じりにこぼす。そう。敵が周辺にはびこっている状況で門を閉ざすというのは、自分たちだけで何事にも対応できる自信がなければできないこと。そして逆に、自分たち以外には一切助けを求めず、一切の助けを与えないという意思表示でもある。
「いつからこんな状況になったのかはわからないけど、あまり長居できる雰囲気でもなさそうね」
このままではらちが明かないと、フリーダは肩から掛けているストラを取る。黒い修道服とコントラストを取る美しい白地に、金で刺繡を施されたそのストラは、聖女にしか着用を許されない特別なもの。身分をはっきりさせるには最も手っ取り早い手段だった。
ストラを手渡そうと詰所に近づいたところで、にわかに詰所内が騒がしくなる。まだフリーダはストラを手渡してはいない。どうしたのかといぶかしむフリーダだったが、その答えはすぐ明らかになった。
「魔族だ!」
詰所内から発せられる声。まさか、バレたか⁉ と一瞬四人の表情がこわばるが、そうではない。四人を取り囲むようにして、野良の魔族たちが集まっているのだ。
「おい、いつものか⁉」
「違う、別のグループだ!」
「チっ、町の前で厄介な」
「これだから旅人は嫌なんだ!」
口々に悪態をつく教会騎士に、不機嫌さを隠し切れないフリーダ。やがて、カンカンカン! と鋭い警報が鳴り響く。と、少しだけ開いた外門から一〇人ほどの騎士と魔法師が飛び出してくる。
「なるほど、門を締め切るだけのことはあるってわけだ」
街の自衛戦力に感心した様子を見せるレヴィに、しかしラウルはしれっと残酷なことを告げる。
「でもさあ、あいつら負けるぜ?」
「はあ? おま、そういうことはあんまり聞こえるように言うなよ。で、なんで負けるって?」
レヴィの言葉に「う~ん」と若干悩んだ様子を見せるラウルだったが、すぐに口を開く。
「魔力量はもちろんだけど、攻めることに慣れてる感じがしない。多分だけど、防御を優先にして二体一とかで魔族と戦う訓練ばっかりしてたんじゃないかな」
「……なるほどな。守りを固めて持久戦で仕留める方向性か。自分より強い相手が自分より多い人数で来る想定をしてなかったってことだな」
ざっと数えたところ、騎士と魔法師は合わせて一二人。そして魔族は二〇人以上。単純計算では二対一を強いられることになる。そう納得しながら、レヴィはラウルの観察眼に舌を巻いていた。もともと魔力に対して鋭敏な感覚を持っているのは知っていたが、戦闘技術まで肌で感じ取れるようになっているとは思いもしなかった。
「じゃあどうする? 助太刀するか?」
レヴィが門付近に控えるフリーダに指示を仰ぐ。するとフリーダは「そうね」と相槌を打つが、どこか迷った様子を見せた。
「おいおい、仮にも聖女様なんだから、ここで見捨てるのはまずいんじゃないの?」
「フリーダ、ここは加勢しよう。恩を売っておけば町に入ってからもある程度優遇を受けられるかもしれない。聖女らしい働きもたまには見せておかないと教会からも文句を言われるだろう。ただでさえ、ここにつくまで予想以上に時間を食っている」
アルがフリーダに耳打ちし、仕方ないとばかりに首を縦に振るフリーダ。しかし聖女らしい働きやら、恩を売るやら、まるで聖女を騙る偽物のような扱いに、フリーダは人知れずため息をついた。
「一応本物なんだけどね。いいわ、ラウルは切込み。レヴィは後方支援、私とアルは逃走経路を潰す」
「りょーかい!」
フリーダの言葉を聞くと同時に、待ってましたと言わんばかりの速度でラウルが敵陣に切り込む。
「騎士は盾で守りを固めろ! 魔法師は動きの止まった敵を狙い打て!」
騎士団のリーダーからも指示が飛ぶ。戦線に加わったレヴィとラウルもとっさに頭数に入れたのだろう、同士討ちを避けやすい、いい指示だ。
「くっ!」
「おらおらおら! そんな貧弱な力でおれらを止められると思ってんのか!」
魔族の一人が騎士の盾に組み付く。が、そこはすでにラウルの間合いに入っていた。
「一瞬でも止まれば十分なんだよ」
手に取った棍棒を振りぬく。普通の者が振れば、せいぜい失神させて終わるだろう棍棒の一撃も、ラウルが繰り出すことで頭を吹き飛ばす致命の一撃となる。
「ちっ、野郎ども! 盾持ちを潰す! 魔法合わせろ!」
後方に待機していた魔族が一気に詠唱を始める。が、魔族がそう判断するころにはすでに、レヴィの詠唱は終わっていた。
「後ろに固まってくれてありがたいねぇ。広がれ、縛り上げろ、『
魔族の足元から突如として突き出る魔力で編まれた茨の蔦。身動きを封じるだけでなく、その茨の棘は捉えたものから徐々に魔力を吸収していく。が、今回はその効果が活きることはないだろう。
「ナーイス、レヴィ!」
いち早く駆け付けたラウルが、身動きの取れない魔族をモグラたたきのように潰していく。その様は敵とは言えいっそ哀れなほどだった。
「て、撤退! てった――」
残った魔族が撤退を考えるのは言うまでもない。が、それを許さないのが聖女、フリーダである。
「逃がすとでも?」
外門に最も近い場所にいたはずのフリーダは、いつの間にか魔族をはさんで正反対の街道に一人立っていた。
「くっ、一人くらいなんとかしてとっぱし――」
リーダーらしき魔族の声は、最後の言葉を言い切ることなくその役目を終えた。残った数名の魔族も、一瞬の後に同じ運命をたどる。
わずか一分にも満たないその攻勢を、教会の騎士と魔法師はただ茫然と見ているしかなかった。
「ああ、お礼なら、町に入れてくれるだけで結構よ?」
隊長らしき人物に向かって、フリーダは酷薄そうに微笑んだ。
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