第25話「勇者勇者と――」


「勇者……、貴様、何をするつもりだ⁉」


 司祭がラウルに向かって叫ぶ。


「何って――ぶっとばすんだよ!」


 アランを襲う剣をはじいたラウルは、態勢を崩しがら空きになった魔族の頭を、そのままたたき伏せた。


 それを見た司祭は悲鳴に似た叫び声をあげる。


「わかっているのか! この取引が成立しなければこの町は滅ぶのだぞ! 魔族に全員殺されるのだ! それがわかっていて、貴様は――」


「うっさいなぁ。わかってるよそれくらい」


 ラウルのその返答に、司祭は絶句する。


 フォアンシュタットがこれまで生き延びてこられたのは、間違いなく司祭の采配のたまものだろう。自分だけがいい思いをしていたところさえ除けば、小を切り捨て大を救うという生存戦略として間違ったことはしていなかった。


「わかっているなら、何故……」


 膝をつき、絶望する司祭に、ラウルは言う。


「それはあんたのやり方だろ? おれには、おれのやり方があるんだ」


 事態が大きく動き出したことで、遠目に眺めていたフォアンシュタットの市民たちも外門のそばへと寄ってくる。


「なんだよ、一体どういうことだ?」

「どうして魔族を倒しているの? あのよそ者は一体何⁉」

「おいおい、やめてくれよ、そんなことして、残ったほかの魔族の不興を買ったらどうするんだ、今度こそ全滅させられるぞ……!」


 状況はざわめきと共に伝播し、フォアンシュタットの住民はすぐに恐怖に支配される。


 やめろ、魔族を殺すな、これからどうすればいい、もうやめてくれ、様々な声がラウルの耳にも入ってくる。が、それをラウルが聞き入れることはない。真実も何も知らず、ただ泣きわめくだけのやつらに、何も答える義理はない。


「いいねえ、派手に悪役、やってやりますか」


 レヴィもノリよく参戦し、その魔法によって魔族は一気にその数を減らす。それと同時に人々の悲鳴はより多くなる。


「魔族を倒して責められるというのも、なかなか新鮮だね」


 アルは微笑みを浮かべながらレヴィの援護に向かっていた。詠唱の時間を稼ぎ、魔法発動中の無防備な時間を敵から守るため。


「てめえら、わかってんのか⁉ 俺らを敵に回すってことはこの地域に潜む魔族、全員がフォアンシュタットを狙うってことだぞ!」


 魔族のリーダーが信じられないという顔つきでそう叫ぶ。


 四人ともわかっている。フォアンシュタットのそばに潜む魔族はもっと多い。取引をしていたグループが一番大きな集団であり、そこと取引を続けるということは、他のグループの魔族には手を出させないという保証でもある。


 わかっていても、四人は、勇者パーティは魔族の殲滅をやめない。


「勇者、貴様ァ! 貴様のせいでこの町は滅ぶ、私が長年かけて守ってやった街を勇者! 貴様が滅ぼすのだ! 恥を知れ!」


 なおも戦い続けるラウルに、司祭が最後通告だとでもいうように叫ぶ。が、ラウルの答えは決まっていた。


「黙ってろよ」


 瞬間、誰もが動きを止めた。


 ラウルには珍しい、落ち着いた声音。それが怒りによるものだと、誰もが理解した。この勇者を怒らせることが一体どういうことなのかを、誰もが理解してしまった。


「おれにはおれのやり方があるって言ったろ。あんたがこの町を守ろうとしているのはわかった。それがどんな手段でも、今まで町を助けてきたのはあんただ」


 戦いの手を止め、ラウルは司祭に向かって歩く。外門に群がるフォアンシュタットの民のもとへ歩く。


「けどな、お前ら誰もみんなで生き残ろうとしてねえ。誰も自分の力で自分を守ろうとしてねえ。誰かに頼って、何かにすがって、誰かが何とかしてくれるってずっと願ってるだけだ」


 シュトルツでは、誰もが誰かのために生きていた。全員で、全員の村のために生活していた。だから活気があったし、フリーダも心を揺さぶられるほど守りたいと思えた。


「おれはおれの守りたいものを守る。勝手にそっちの幻想を押し付けんな」


 珍しく、吐き捨てるようにそう言ったラウルは、一足で魔族のリーダーのもとへ肉薄する。


「なッ、速――」


 速度を乗せた一撃が、リーダーの頭を吹き飛ばす。



「これがおれの、おれたちのやり方だ。――勇者勇者と、うるせぇよ」



 血に濡れたラウルの武器を見て、魔族が散り散りに逃げ出していく。


「逃がすな、追うわよ!」


 フリーダの号令と同時に、レヴィ、アル、ラウルがそれぞれ別の方向へと駆け出す。そうして、フォアンシュタットの外壁はだんだんと血に染まっていく。今まで魔族の下で搾取され続けたフォアンシュタットの住民は、それをどう感じただろう。


 胸がすく思いだろうか、目をそむけたくなるだろうか、あるいはもっとやれとはやし立てるだろうか。


 彼らが思い描いだ感情はそのどれでもなく。


「……なんなんだ、あいつら」


 自分たちよりはるかに強い魔族。それを赤子の手をひねるかのように蹂躙する勇者たちへの、純粋な恐怖だった。


「あれが、勇者だってのか……?」




 逃げた魔族を大方片づけ、ラウルたちはフォアンシュタットの外門に集う。


「これからどうする?」

「どうするも何も、まだ後片付けが残っているからね。それをせずにここを離れるわけにはいかない」

「そうだな、我らが勇者様も言うようになったみたいだし、そのしりぬぐいは、勇者パーティである俺たち全員の仕事ってわけだ」

「まったく、余計な仕事を増やして」


 野次馬をしていた市民はすでに一人の姿も見えない。誰もがラウルたちを恐れて教会へと非難したころだろう。この場に残っているのはラウルたちを除けば二人だけ。


「あの、皆さん」

「ありがとう、ございます」


 アランとサラ。この町で、自分たちの意思で生きていこうとしたただ二人だけの存在。


「礼なんていいよ。結局おれたち、いつも通りのことしただけだし」

「ま、そうだな。ついでに後片付けもしといてやるよ」


 後片付け。それは、この周辺にいる魔族を徹底的に排除すること。ラウルたちが自分のやりたいようにやって、それで犠牲が出てしまっては元も子もない。それはあの時、怒りのままに魔族を蹂躙したラウルにもわかっていたこと。


「でも、この町での皆さんの評価は……」

「そんなもん、関係ある?」

「そ、それは……」


 今後、フォアンシュタットに立ちよるとすれば、全てが終わった後の帰り道。一体いつになるのか見当もつかない、旅の果てだ。そんなものを気にする必要は、ラウルたちには全くなかった。


「そうそう、後片付けに行く前に、一つだけやることがあるわ」


 フリーダが突然そう言いだし、アランとサラの前に身を乗り出す。


「二人とも、ひざまずきなさい」

「ちょ、フリーダ。今はそんな冗談言ってる場合じゃないって」

「そうだぜ、聖女サマよ、いくらお嬢様ぶりたい年頃だからって――」


 バキッ、ドコッと、鈍い音が二つ。


「これより、簡略的にアラン、サラの両名を助祭に任命します。……そうね、これからはアラン・フリーデン、サラ・フリーデンと名乗り、フォアンシュタットの教会運営に尽力しなさい」

「え?」

「せ、聖女様、それは……」


 聖女の権力による助祭の任命、そしてフリーダの名を関した名前。それはフリーダの代理統治と言って差し支えなかった。


「運営に関しては、一週間ほどで本部から文官が来るからそいつと相談なさい。現司祭についてはこの場でその称号を剥奪。のちに本部からくる教会騎士に身柄を引き渡すように。わかった?」


 立て続けに言われた言葉にアランとサラの理解が追いつくわけもなく、ただぽかんとしていると、


「わかったら返事!」


 突然飛んでくるフリーダの怒号に、二人とも反射的に「はい!」と元気よく返事をした。


「それじゃ、俺たちは残りの魔族片づけてくるから、お前らも元気でな」

「みんなに愛される指導者になるんですよ?」

「かといって、あんまり教会に染まりすぎんなよな、あの司祭みたいになるぞ」


 ラウル、アル、レヴィが、それぞれ一方的に別れの挨拶を告げ、見送る間もなく四人の姿は遠くなっていく。


「なんだか、嵐のような人たちだったな」

「そうだね。でも、とても暖かい風……」


 周辺の魔族の全滅。腐敗した教会内部の洗い出し、加えて、これから行われるだろう近隣の村との交易再開。フォアンシュタットの人間は、後日知ることになるだろう。本当の意味で、自分たちが勇者に救われていたということを。



 ただ、今だけは。それは小さな二人の勇者だけの秘密。



「しっかしフリーダ、お前いつの間に教会と連絡とってたんだ?」

「ああ、あの司祭の不正を暴いたでしょ、その帰りよ」

「先に帰ったはずなのにあとから部屋に戻ってきたあれか。おなかが減ってただけじゃなかったんだね」

「ちょっと、私を食いしん坊キャラみたいにしないでくれる? ラウルじゃあるまいし」

「いや、俺だっていつも腹減ってるわけじゃないし、成長期なだけだし!」


 フォアンシュタット周辺の魔族の掃討に丸一日を費やして、深夜。レヴィが仕舞っていた幌馬車に乗って、パーティは再び先へと進む道を行く。


「あ! どうせならあの教会の厨房の人に弁当作ってもらえばよかった!」

「お前、やっぱり食いしん坊キャラじゃねぇか!」

「別に弁当くらいいいだろ! もう魔族に食料渡す必要もないんだから」


 魔族の住処に蓄えられていた一部の食料はフォアンシュタットの外門に置いてきていた。魔族の住処にあったのは食料とわずかばかりの武器だけで、生贄にされていた子供たちが実は生きていた、などという救いのある終わりはどこにもない。


「確かにあの料理は絶品だったからね。薬を盛ったのはアランだという話だし、実は彼が作っていたんじゃないのかい?」

「は? だとしたらあいつ有能すぎだろ。あの年で魔力糸なんて高等魔術使えて身体能力も高くて、その上家事もできるだと?」

「うちのパーティになくてはならない存在だね」

「まてまて、そうなると俺の役割はどうなる?」

「まあ、荷物持ちかな」

「結局それかよぉ!」


 辛辣なアルの突っ込みに、半笑いを浮かべながらリアクションを取るレヴィ。


 町を一つ救ったというのに、ろくに感謝も受け取らずにまた違う場所へと旅をする。それを不条理だと嘆きたい気持ちが、彼らに全くないわけではない。けれど、わかっている。


 自分たちは、魔族を駆逐する存在であると同時に、魔族に追われる存在であるということも。


「これからは野良よりも魔王軍のほうが多くなってくるかもね」

「どれだけ出てきたって、別に敵じゃないでしょ。おれ、今までフリーダからしか殴られたことないもんね」


 半分冗談、半分本気でそんなことを言うラウルに、フリーダもまた冗談交じりの笑顔を浮かべる。ラウルに一撃を与えられるような敵が、そうそう現れてもらっては困るのだ。


「そりゃあそうと、次の町まではどん位だ?」

「んー、昔の地図なら半日もあれば着くけど、今も残ってるかは微妙なところだね。確実に残っていそうな大きい街は、早くて三日後かな」

「三日ァ⁉ 食料持つ⁉」

「持たないから、どこかで取ってこないとだめだね」

「やっぱ弁当作ってもらえばよかったぁ~」


 ラウルの悲痛な叫びは、雲一つない夜空にこだました。




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勇者勇者とうるせぇよ 遥 奏多 @kanata-harka

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