第24話「自分勝手なやり方で」


「なあ、フリーダはなんであんなこと言ったのかな」


 フォアンシュタットの教会へ戻る途中、ラウルはアルとレヴィの二人にそう問うた。


「なんだお前、わからなかったのか?」

「え、レヴィはわかったの?」


 驚くラウルを尻目に、レヴィはやや得意げに頷いた。


「そりゃあな。シュトルツの時を思い出してみりゃあ、わかると思うぜ」

「シュトルツの……」


 考え込むラウルだったが、答えはすぐに出そうになかった。


「ラウルは、難しく考えすぎているのかもしれないね」

「だっておれ、馬鹿だし」

「お、自覚があったのか、そりゃいいことだな」

「んだよ! レヴィだってそんなに頭良くないだろ!」


 夜中に喧嘩を始めようとする二人をなだめながら、アルは続ける。


「ラウル、そうやって自分を決めつけるのはあまりいいこととは言えない。それだけで、わかるものも分からなくなってしまうよ」

「わかるものなんて、おれにあるのかな……」


 ため息交じりにつぶやくラウル。


「なんでそんなのんきに話ができるんです、他人事だからですか……?」


 そんな憎まれ口をたたいたのは、未だに拘束され続けているアランだった。

「あなたたちのせいで、明日にでもフォアンシュタットは滅ぶかもしれないというのに……」

「それは司祭の答え次第だろ。それに、惚れた女と町を天秤にかける発言をしたやつとは思えない言葉だな」

「それは……」


 サラへの気持ちを話題に出され、返答に困るアラン。


「仕方がないでしょう……、サラは、僕に残された唯一の希望なんです。サラが危険な目に合わないよう、僕はずっと司祭様に仕えてきて、どんな仕事だってこなしてきた。それなのに……」


「それなのに、結局生贄に選ばれて、更にはそれを人質にされて俺たちを襲ったってか」

「返り討ちに合うのは、わかっていましたけどね」


 勇者様たちに勝てるわけがない、そう自嘲するように笑うアランに、それでもと、ラウルは声をかけた。


「それでも、それだけ誰かのために戦えるってのは、すげーことだと思うけどな……。ああ、そっか」


 アランへの激励のつもりが、唐突に何かを理解するラウル。


「おや、わかったかい?」

「うん、なんとなくだけど」


 フリーダが何を思ってフォアンシュタットを突き放すような選択をしたのか。もっと言えば、なぜあの場で司祭もアランも断罪しなかったのか。シュトルツの時とは何が違ったのか。その答えがうっすらとだがわかった気がした。



「アラン、君の拘束を解く。けど、変なことは考えないようにね」

「わかっています。僕では眠っているあなたたちにもかなわないでしょうから」


 教会の応接室に戻ってすぐ、アルはアランにそう言い聞かせた。先ほどのフリーダの動きを見て実力差を大いに悟ったアランは、あきらめの表情で拘束が解かれるのを待つ。


「あれ? フリーダは?」

「あん? あいつ先に帰って寝てたんじゃないのかよ」


 応接室のどこを見てもフリーダはおらず、ラウルとレヴィがきょろきょろとしていると、わずかに遅れてフリーダが戻ってきた。――その両手に夕食の残りを持って。


「あ、フリーダ! 遅かったじゃ――え! 何それずりぃ! おれも夜食!」

「あんたは夜に充分食ったでしょ」


 ラウルの言葉に耳を貸さず一人でもりもりと夕食の残り物を口に運ぶ。


「おいおい、聖女様が意地汚ねぇなあ」

「別にいいでしょ、これ食べたほうがよく眠れると思ってね」

「は? そりゃどういうことだ?」


 レヴィの言葉に答えたのは、フリーダではなく拘束を解かれたアランだった。


「ああ、その料理、睡眠薬が盛ってありますので」

「「えぇ~~~~ッ⁉」」

「うすうすは感づいていたけど、やっぱりか」


 ラウルとレヴィは予想外の言葉に仰天し、アルは苦笑いを浮かべるのだった。




 翌朝、カンカンカン! というけたたましい警報でラウルたちは目を覚ます。


「来たか」


 フリーダはすでに起きていて、もう準備万端のようだ。



 ラウルたちが外門につく頃には、すでに司祭は到着して魔族と話をしていた。


「昨日はうちのが世話になったみてぇだな」

「はて、何のことかな。世話になったという意味では、私と君たちとは同じ立場のはずだが」


 魔族はいつもよりも数が多く、取引を行うのも昨日の魔族ではなく、魔族たちのリーダーのようだった。もっとも取引を行うつもりはあるようで、しっかりと返却分の食料を積んだ荷車を部下の魔族に引かせている。普段とは違うその様子に、いつも野次馬を作る住民たちも今は遠くから様子をうかがっている。


 だがそのおかげで、司祭は「取引」について住民にばれる恐れがないことを内心で胸をなでおろしていた。けれど結局、取引を続行するとなればこの場で昨夜の分の生贄を渡さないわけにはいかない。司祭にとってこの状況はどちらに転んでも破滅する、最も絶望的な賭けとなった。


 サラは司祭の後方で待機している。足が恐怖で震えるのを必死で押さえつけ、この場に立っている。サラも理解していた。事実上、昨夜の時点でフォアンシュタットは聖女と勇者に見捨てられたこと。このまま自分が人知れず生贄になるのが、フォアンシュタットにとってもっとも安全に生き残る道なのだと。そして、そのことを誰にも知られてはいけないことも。


 だからサラは、行動に移すことにした。


 サラは賢かった。自分がどう行動すれば、司祭の取引が公にならず、魔族から食料を返してもらえるのか。


 賢いがゆえに、それしか思い浮かばなかった。


「ッ!」


 魔族に向かって走り出すサラ。


「な、サラ! 何を⁉」


 その予想外の行動に司祭も魔族も同じように驚く。が、サラの取ったその後の行動で、司祭は人知れずその表情に笑みを浮かべた。


「えいっ!」


 荷車を引く魔族を押し倒すようにぶつかったサラは、そのまま荷車の後ろに回り込み操作権を奪うと、町の外門に向けて思い切り押し出した。


「てめぇ、何しやがる!」

「うあっ……」


 当然サラは魔族につかまり、荷車は司祭のすぐ横まで転がっていく。ちょうどサラと荷車の位置が逆転したことになる。


「あいつ……」


 一部始終を眺めていたラウルが、思わずつぶやく。


「見事なものだね、恐怖を乗り越えて行動に移す、その勇気というのは」


 アルも、サラの行動に感嘆していた。けれど、その表情はいつにもまして険しい。子供が大人の事情を汲んで、自ら生贄となりにいくなど、アルにとって、到底許せるものではないからだ。


 それでも、アルは動かない。まだ、全員の答えを見せてもらっていないから。


「サラ……」


 ラウルたちについてきたアランが、こらえきれずにその名をつぶやく。


「サラ!」


 そしてその叫びと共に、アランは駆け出した。


「魔力糸――!」


 右手から三本、左手から二本、それがアランが同時に操れる糸の限界。その目いっぱいを使って、アランはサラを抑え込む魔族に狙いをつける。


 突如突っ込んできた人族の子供に、多くの魔族も気づき臨戦態勢を取る。が、相手が子供だということに油断が見える。その子供が、暗闇で一瞬とはいえフリーダと戦いらしい戦いをした子供だということを知らずに。


 数多の魔族の腕を、足を潜り抜け、サラのもとに近づく。そしてサラを拘束する腕を二本の糸で縛り、緩んだ拘束からサラを助け出す。そうすれば残りの二本で片足、そしてもう片方の腕を縛り、抵抗できなくなったところで最後の糸を首に巻き付ける。


「これでっ!」


 長さを固定した糸を力いっぱい引っ張ると、魔族の四肢と首は壊れた組木細工のように転げ落ちた。


「アラン!」

「サラ! ごめん、もう君を助けることを迷ったりしない、決めたんだ、この世界を敵にしたって君を守ると。だから……」


 アランが思いのたけをサラにぶつける。二人の目から大粒の涙が零れようかというとき、無粋な声がそれを遮った。


「アラン! 貴様ァ!」

「人族のガキが! やっちまえ!」


 司祭の怒号が、魔族の指令が耳に届く。それと同時にアランは悟る。どれだけ努力しても、意思を固めても、自分にできることには限界があることを。だがせめて、せめてサラだけはこの手で守りたい。付近の魔族がアランの首めがけて剣を振り下ろす。アランはそれを目で追いながら、サラを抱く手に力を込めた。


「ようやく、聞けたな」


 しかしその剣はアランに届くことなく、剣以上の硬質なものによってはじかれた。


「そんじゃ、いっちょやりますか」


 アランへの攻撃を防いだラウルは、そう言って棍棒を肩に担いだ。

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