第23話「フォアンシュタットの裏側で」
「……!」
夜中、妙な気配を感じてフリーダは目を覚ました。
「ラウル。…………ラウル?」
隣のベッドで寝ているラウルを揺り起こす。が、どれだけ深く眠っているのか、ゆすってもラウルが目を覚ます気配がない。
「ちっ、やっぱりね」
舌打ちし、ひとりベッドから降りて部屋の外の様子をうかがう。妙な気配は教会の内部からのようだった。魔力であることは間違いない。が、こんな夜中に教会の内部で一体何の魔法を使う必要がある?
疑問に思ったフリーダが部屋を出て調べてみようと思ったその時、
「――!」
部屋のすぐそばで足音のようなものが聞こえる。とっさにフリーダは無音でソファの陰へと入り、息をひそめる。
そうすること約十分。やはり何者かが部屋に侵入してくる。その手には何か光るものを持っているが、刃物の類ではない。もっと細い、糸のような……。
「(糸……、魔力糸か!)」
魔力糸。魔力を細く細く練り、糸状に具現化させたもので、そこいらの刃物とは比べ物にならないくらい、丈夫で鋭い。その用途は大きく分けて捕縛か、暗殺。
気づいた瞬間、フリーダは暗い部屋の中を一瞬で駆け抜け、人影に肉薄する。
「はぁッ!」
「――ッ!」
近づかれるまで気づかなかったのだろう。人影はフリーダの動きに反応できずその一撃を食らうが、フリーダもその暗闇で感覚が鈍ったか、あるいはその人影が予想以上に小さかったためか、急所を外してしまう。
「くそっ!」
人影のターゲットがフリーダに変わる。器用に糸を使い、腕の一振りと細かな指の動きで時間差をつけて魔力糸がフリーダに迫る。が、
「甘い」
フリーダはその魔力糸を避けることもせず、ただの手刀で切り裂いて見せた。
「な、馬鹿な!」
そのままフリーダの接近を許した人影は、今度こそなすすべもなく取り押さえられる。
「聖女に魔力は使えない、魔力糸を切る方法なんて無いはず……」
「勉強不足だったわね、これも聖法術のちょっとした応用よ」
聖女が魔法に対する絶対的なカウンターを持っていることを知らないとなると、この人影は教会の暗部の者ではない、一般人である可能性が高い。
「ん、なんだぁ?」
ここまで騒ぎを起こせば、どれだけぐっすり寝ていたとしても他の三人も起き始める。
「襲撃よ」
「しゅうげき……襲撃⁉」
「いったい誰が……」
「いいからレヴィ、明かり頂戴」
「お、おう」
ここに来て初めて事の重大さを知った三人が、慌ててフリーダと襲撃者のそばに寄る。そしてレヴィが魔法で作り出した光によって照らし出されたのは、
「お前……」
「やっぱりね……」
昼間、ラウルたちをこの応接室に案内した孤児の一人、アランだった。
「アラン、お前どうして……」
「くっ――」
アランはラウルの問いには何も答えず、ただ目を逸らすだけ。
「この子は何も答えないわ、大恩ある司祭様のためにも、あるいは惚れた女のためにも、ね」
「なっ⁉」
「司祭?」
フリーダがその名を出した途端、アランの顔色が変わる。
「違う! 司祭様は関係ない! これは俺が……」
「俺が勝手にやったこと、そう言えと司祭に言われているはずよ」
「っ……!」
黙ってしまうアラン。ここで黙れば、フリーダの言うことが真実だと肯定するも同義だ。それに気づいたアランはため息を一つつき、諦めたように脱力した。
「なあ、どういうことだよ」
いまだに事態がつかめていないラウルがフリーダに問う。
「……見に行きましょう、今、実際に地下かどこかで取引が行われているはずよ。アラン、案内なさい」
生殺与奪の権を奪われたアランに抵抗するすべはなく、力なくラウルたちを先導すべく歩き出す。
昼間と同じ先導という役割が、その立場によってこうも違って見えるのかと、ラウルはアランの背中から目を背けたい思いだった。
「遅い。今度遅れたらもう一人分の肉をもらう」
「まあそう殺気立つな。遅れた詫び、というわけではないが、今回は面白いものを渡せるかもしれんぞ」
フォアンシュタットの外壁から少しばかり離れたところにある廃屋の中、うごめく複数の人影があった。
「それに、少し遅れたとてお前たちが何か損をするわけでもあるまい。いつも通りの取引をするだけだ」
そう言ってその人影は自分の隣にいる、もう一回り小さい人影の背中をポンと押す。
「司祭様、これは……一体どういうことなのですか?」
背中を押されるままに踏み出した人影……か弱く肩を震わせるサラが、気丈にも司祭をにらみつける。
「はっ! どうもこうも、こいつは今までずっとこのやり方でやってきたのさ。孤児の命と引き換えに自分の食い扶持だけは確保する、そんな下衆な方法でな!」
「そ、そんな……」
サラの瞳が絶望に染まる。
取引に訪れたのは当然、昼間町にやってきた魔族だ。今回は取り巻きも含めて三人。魔族はサラのそんな表情も、まるで美味な調味料として味わうかのように舌なめずりをした。
「で、なんだよ。面白いものってのは。まさかそのガキのことじゃねえだろうな」
「まさか。これはいつもの分だ。面白いものは……」
司祭はそこで言葉を切る。もったいぶる司祭の様子に、取引に来た魔族たちは期待と苛立ちの入り混じった感情を見せる。
「……勇者パーティの身柄だ。アランのやつがうまくやれば、だがな」
「呼んだか?」
「なッ⁉」
司祭の声に答えたのは誰あろう、すぐ背後まで迫っていた勇者ラウル本人だった。
「勇者! 何故ここに⁉」
半ば腰を抜かしながら後退る司祭に、魔族が怒号を飛ばす。
「てめぇ、尾けられたかのか⁉」
「まさか、この通路は私とアラン以外は……そうか、アラン、貴様か!」
「……申し訳ありません、司祭様」
廃屋の陰から姿を現したのは、拘束されたアラン。そして勇者パーティ、残る三人のメンバーだった。
「こうまであっさりと現場を押さえられるとはね」
「くっ、聖女……様」
アランに先導されてたどり着いたのは、教会の大聖堂から地下へと伸びる通路だった。本来は有事の際の脱出用に作られたのだろう、その通路は町の外まで続き、この廃屋のそばが出口となっていた。
「……フリーダ、いつから?」
いつから気付いていたのか? アルのその質問に、フリーダはあくまでも冷静に答える。
「疑っていたのは最初から。確信に変わったのは、食事が用意してあったときね。私たちの歓待とはいえ、あれはやりすぎた。本部の腐った連中と同じ匂いがするのよ、あいつ」
「なるほどね、民衆の前じゃあ共に苦労を分かち合う優秀な指導者としてふるまい、陰では孤児と食料の一部を取引して自分だけは十分な食料を得て私腹を肥やす、か」
心底くだらないというようにレヴィが吐き捨てる。
「アランは体のいい用心棒ってところか、サラが手元にあれば反抗を恐れる必要もない」
「ッ!」
仲間たちの考えを聞いているうち、ついに我慢のできなくなったラウルが拳をギリ、と握りしめる。
「てめぇはッ!」
振りぬかれた拳はきれいに司祭の左頬を捉え、暗闇の中でも数本の真っ白い奥歯が飛んでいくのが見えた。
「――ぁがっ……あぁ」
悶絶する司祭に追撃をしようと歩みだすラウルを、フリーダが無言で制止する。
「なんで止めんだよ、フリーダ! こいつは、フォアンシュタットの人たちが頑張って暮らしてる中で、子供たちを見殺しにして、自分だけ楽して生きてるような屑野郎だろ⁉」
「なら、魔族と戦った方がよかった?」
「っ、それ……は」
フリーダの問いに言葉を詰まらせるラウル。それはそうだ。ラウルはその問いに答えるすべを持っていない。
「仮に、フォアンシュタットが団結して周辺の魔族に立ち向かったとする。それで勝つことができたとしても、一体どれだけの人が犠牲になる? その後それまでの生活を維持できる保証はある?」
「ならフリーダはこいつのやり方が正しいっていうのかよ!」
「そうは言わない。でもね、ラウル。あんたももうわかっているでしょう。人族は弱い。弱い中で、どう生存していくかを考えるのが、今の状況では精一杯。そんなとき、勇者なんて強者にたたきつけられる正論がどれだけ無意味なものなのか」
弱いから、生き方を選べない。強者に恭順するしか生きるすべを持たない。
「そ、その通り……、さすが、聖女様は私のしたことを理解して――」
「するわけないでしょう。黙りなさい、屑が」
フリーダから肯定されたと感じた司祭が口を出すが、下手な刃物よりもよほど鋭い口調で一刀両断にされる。
「さっきも言った通り、どちらが正しい、なんて話じゃない。こいつにはこいつのやり方があるというだけ。通りすがりの私たちが口を出す問題じゃないわ」
「そんな……」
そう絶望に似た声を出したのは、フリーダの後ろ、アルとレヴィに拘束されているアランだった。
「これでもう、見捨てなくてよいのだと、守れるのだと、思っていたのに……。この現状を知りながら、あなたは救ってくださらないのですか、聖女様、勇者様……」
「それは……」
フリーダの言葉が引っ掛かり、ラウルは言葉に詰まる。
「この際、街なんてもうどうでもいい、サラは、サラだけは、どうか……」
「その言葉、司祭のやっていることと何が違うというの?」
自分のため、町を維持するために今のシステムを作り出した司祭と、サラのため、町を見捨ててでも今、この場で救いを求めるアラン。何かの犠牲の上に成り立つ救い。そこに本質的な違いはなかった。
「おいおい、何勝手に盛り上がってんだよ。こちとらもう茶番には付き合ってらんねえぞ」
「あら、茶番に付き合ってくれたの? それはどうも」
苛立ちの込められた魔族の言葉に、怒りを煽るようなフリーダの返し。
「テメェ!」
当然、魔族はフリーダへと飛び掛かる。が、それを許すフリーダではない。攻撃を躱し、魔族のすぐ背後に回り込んだフリーダが、いつの間にか抜き放った聖剣を魔族の首筋に当てる。
「……なっ」
「今日のところ見逃してあげる。明日の朝また来なさい。この町の答え、アンタたちにも関係あるでしょう」
魔族の首筋に一筋の赤い痛みが刻まれる。それだけで、魔族は金縛りにでもあったかのように動けなくなった。
いつでも殺せるという、事実を認識してしまったがために。
「戻るわよ。こんな夜中に起こされて、せっかくのベッドが台無し」
そう言うと、事態をかき回すだけかき回した張本人は、あくびをかみ殺してフォアンシュタットへと来た道を戻っていった。
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