第22話「歓待」
「では今晩皆さんがお泊りする部屋へご案内いたしますね」
そう言って司祭が先導しようとしたところへ、一人の教会騎士が駆け寄ってきた。
「司祭様!」
「どうした、お客人の前だぞ」
「申し訳ございません、ですが、早急に指示を仰ぎたく……」
その騎士はきょろきょろとしきりに目を動かし、中でもフリーダとラウルの間を行ったり来たりしていた。その視線をフリーダがいぶかしんでいると、何やら聞かれてはまずい話でもあるように、その騎士が司祭に耳打ちする。すると司祭は「ふむ……」とひとつ唸り、二人の子供をこちらに呼び出した。
「アラン! サラ! こちらへ」
呼び出された二人は、孤児の中ではおそらく一番の年長だろう、十二、三歳の外見をしていて、真面目そうな面持ちをしていた。一人は先ほど、教会に入った時に孤児たちをまとめていた少年だ。
「司祭様、どうされましたか?」
「新しいお仕事ですか?」
そう尋ねる二人に司祭は柔和な笑みを浮かべ、ラウル達四人に紹介する。
「勇者様方。この子はアランにサラ。この孤児院でももっともしっかりした二人です。急な用事ができてしまったので、案内にこの二人をお付けいたします。ささ、ふたりとも、こちらの方々を応接室へご案内しなさい」
「はい!」
「どうぞ、こちらです」
孤児とは思えないほどに礼儀正しい二人に、四人はほんの少しだけ不甲斐ない思いがした。
「こちらになります、今夜はどうかこちらでごゆるりとお寛ぎください」
アランとサラに通されたのは教会の応接室の一つだった。
「おお~すっげーひれぇ~」
「これはこれは、すごい歓待ですね」
ラウルはともかく、アルが言葉を上げて驚くことは珍しい。それほどに教会の応接室は至れり尽くせりだった。アイエルツィアの教会本部にも見劣りしない高価なじゅうたんに広い居室、そして別室には四人分のベッドもある。何より四人を驚かせたのは、すでに配膳されてあった豪華な夕食だ。
「……この料理は?」
パンにベーコンはもちろん、色とりどりの果物に、配膳されたばかりであることをうかがわせる暖かなスープにリゾット、この辺りでは獲るのも難しいだろう魚の焼き物に、肉料理まである。およそ教会で一般的に食べられているものとは思えない。
「教会で管理している食材を使っているはずです。僕らや市民への配給分とはまた別になりますので、お気遣いなく」
配給分とは別、という言葉に四人全員の表情が曇る。すでにフォアンシュタットの市民がどれだけ苦しい生活を強いられているのか見てしまったからには、ここでこんな歓待を受けるわけにはいかなかった。
「なあ、用意してくれて悪いんだけど、俺たちこれを食うわけには……」
四人の中で最も食欲旺盛なラウルがそう切り出す。しかしサラは、それを予見していたかのように、ラウルの言葉を制した。
「勇者様、どうかお受け取りください。あなた方はこれまでの旅で一体どれだけの人族を救ってくださいましたか? これから、どれだけの人族をお救いになるでしょうか。これは皆さんのこれまでの行いと、これからの行いに対する、私たちのせめてものお礼なんです」
子供とは思えないその言いように、ラウルだけでなく違和感を覚える。
「なあ、お前ら、一体いつからここの世話になってるんだ?」
ラウルが何の気なしに発した問いに、アランとサラ、二人の表情が曇る。
「ここ、フォアンシュタットが自給自足に踏み切った、その時からです」
「俺と……あ、僕とサラの両親は、その方針に賛成せず、町を出ていったんです。僕らもそれについていったんですが……途中で、魔族に襲われて……」
苦しそうに言葉を切る二人。そのあとの言葉は簡単に予想がついた。
「そうか、ごめんな、いやなこと聞いて……」
「いえ、でも、戻ってきた僕たちを司祭様は受け入れてくれましたし、こうして礼儀作法も教えていただきました」
「一緒に街を出た人たちは私とアラン以外は……。なので、私たちは幸運だったんだと思います」
幸運。その言葉をラウルはかみしめる。幸運でなければ生きていけない、それが今を生きる人族の現状なのだと。
「勇者様たちの旅が進めば、僕たちみたいな思いをする子供が少しでも少なくなると思います。だから、これはお礼なんです」
あくまでも自分たちの行いに対するお礼だと、アランはそう言ってラウルを丸め込む。この口が達者な子供たちに、ラウルが反論できるわけもない。そうしてラウルは、少々手が進まないながらも、テーブルの上にある一つの果物に手を付けた。
「うん、うめぇ」
一人が手を付けてしまえば、他の三人も受けとらざるを得ない。
「ま、そういうことなら仕方ねぇな」
「ここは、子供たちに丸め込まれておくとしましょうか」
そうして久々に豪華な晩餐にありつけた四人だったが、どうしても、その手はいつものようには伸びなかった。
「ん~」
自分たちばかり豪華な食事はとれない。けれどこの二人の気持ちも尊重したい。そんな気持ちを抱えたままうなるラウルは、ある瞬間に「あ、そうだ」と手のひらをたたき、アランとサラを手招きで呼び寄せた。
「……?」
疑問を浮かべたまま目を合わせ、ラウルのもとに寄っていく二人。そうして二人がラウルの間合いに入った、その瞬間――。
「ふぐっ」
「んぇ?」
ラウルは高速で、しかし優しく、料理を二人の口にねじ込んだ。
「へへへ」
「お前なあ、もうちっと丁寧なやり方があるだろうよ」
呆れながらに言うレヴィも、普段よりどこか優しげな表情を見せている。
「ふ、ふうひゃさま……」
「――んぐ。いけません、こんな」
ラウルの突然の行動に驚きを隠せない二人は、焦りの表情を浮かべる、が、そんなことラウルには関係なかった。
「だってさ、うまいだろ?」
「それは……はい。おいしいです」
アランの言葉に続いて、サラも首肯する。
「この飯が俺たちへの礼なら、この通りしっかり受け取った。でも、うまいもんはみんなで食った方がもっとうまいじゃん」
そう言って、へへっと笑うラウルに、アランもサラも驚きを通り越して呆れてしまったように笑う。
「そういうことなら、ご一緒させていただきます」
「アラン、いいの?」
「よくはないけど、……司祭様には秘密にしよう」
そう言って人差し指を口元に充てるアランを見て、サラがくすりと笑う。
「いいねぇ、気に入ったぜガキンチョども。これで酒でもあれば完璧なんだがな」
「こらレヴィ。子供の教育に悪いことを言うなら、レヴィだけはご飯抜きだからね」
レヴィが手を付けようとしていたベーコンをひょいと横取りしながら言うアルに、「そりゃねぇよ~」と泣きつくレヴィ。
「サラ、遠慮したら勇者様たちにも失礼だ、これもお食べ」
「も、もうアラン、私ばっかりじゃなくて自分も食べて!」
いつの間にかアランとサラの緊張もほぐれ、全員が気兼ねなく料理を取り合う。
「あれ、フリーダはそんだけでいいの?」
「ええ、ちょっと疲れたのかもね。爽やかなものが食べたいのよ」
そんな中で、フリーダだけは料理には口をつけず、果物ばかりを好んで食べていた。
夕食が終われば、もう寝るだけになるのがフルーフ・ケイオスが起こった後の、今の生活だ。外を出歩いても流通のない街には見るべきものもなく、町の外に出るなど論外。それでも、今の四人にはやるべきことがあった。
「行くぞ……ジャーンケーン――!」
「「「「ポン!」」」」
一人勝ちしたフリーダは颯爽と身をひるがえし、ひとりベッドへ向かって歩く。そう、この応接室に用意されたベッドは四つ。しかし、もとからこの部屋にあったであろう、ひと際豪華なベッドが一つだけあったのだ。豪華な天蓋付き、そして広さも他のベッドがシングルなのに対し、こちらはダブルか、あるいはクイーンか。そのベッドを使うのがだれかを決める壮絶な戦いが、今ここに幕を下ろしたのだった。
「私がこのベッドを使うことは運命によって定められていたことなのよ」
「まあ、メンバー的に言ってもフリーダが使うのが正しいよ、これは」
ずっと御者を続けていたアルこそが一番質のいいベッドを使うのにふさわしいと言えるのだが、さすがにそれを持ち出すのは反則だろうと、アルは年長者らしく振舞うのだった。
「ちぃ、一番魔力消費激しいのは俺だろうに、この聖女様はまったくよ」
「それ言うなら、俺らは勇者パーティなんだから勇者の俺が使うのがスジってもんじゃねーの?」
「筋なんて難しい言葉よく覚えたわね、えらいえらい」
「えへへぃ」
簡単に懐柔されるラウルを見て、こりゃ駄目だと首を振るレヴィ。
「それはそうと、今後の方針については話しときゃなんじゃねぇか?」
「そうだね、教皇にアレだけの啖呵を切ったんだから、目に見える成果も必要かな」
アルの言葉を聞いてラウルが首をひねる。
「でも成果って言ってもさ、俺らのやることって人族を守りながら魔族倒して、んで最後は封印の地に言ってフルーフ・ケイオスを解呪するってことだろ? それって今までと変わらないっていうか、変えようがなくない?」
ラウルの端的に的を射た意見に、三人とも内心で拍手する。
「そうね、ラウルの言う通り。だけど、外を自由に行き来できる人間が限られている以上、私たちの役割はそこに留まらないかもしれない」
「どういうこと?」
「外側から見ているだけじゃわからない異変があるかもしれないっていうこと。例えば、アイエルツィアの近くにあった転移陣とかね。あれは外を警戒しないと気づけないものだった」
転移陣という言葉が出たことで、話題がそちらに移り変わる。
「教会内の裏切り者、という話も気になるね。それに転移の魔法陣なんて高等魔法、そう誰もが使えるとは思えない」
「そうだな、特に魔族は力推しの魔法をよく使う。魔法って技術に関しちゃ人族のほうが優れてるくらいだ。だから余計に裏切りの線も濃いんだろうぜ」
魔法や魔族のこととなれば、レヴィの意見が最も参考になる。こういった場合ではフリーダもレヴィの意見を混ぜ返すようなことはしない。
「じゃあ結局、俺たちのやることって?」
「今まで通りに旅を続けるのは当然として、まずは情報収集をしていかないといけないわね、教会はもちろん、魔王軍の動きが少ないのも気になる」
アイエルツィアの転移陣で送られてきたのは使い捨ての駒だった。転移陣自体が高等魔術なうえ、それが設置された場所もハイリアにとって致命的な打撃を与えるのに十分だったにもかかわらず。
もしもあの状況で魔王軍の主力が送られてくれば、アイエルツィアは陥落していてもおかしくなかったはずだ。つまり、なにかそうできない理由があったと考えるべきだ。
「転移陣のことはいったん置いといていいと思うぜ、あれはそう何度も使える芸当じゃないし、裏切り者がいるとしてもアイエルツィアの内部だろう」
「そうだね、僕たちが今できることは、せいぜい情報を集めて魔王軍の動きを探ること。あとは、各都市の現状を共有することかな。フォアンシュタットだって、こんなに困窮している状態だとは思っていなかったし、逆にシュトルツみたいに食料は潤沢な村もある。教会のほうで護衛を固めれば十分交易可能な距離だと思う」
アルが話をまとめたところで、ラウルの口から「くぅ」と可愛らしいな寝息が聞こえる。
「最近はずっと馬車で寝てたからな、こんなベッドがあるんじゃ眠たくなるのも仕方ねぇか」
そう言うレヴィも大きなあくびをかみ殺している。四人とも、普段の生活リズムから考えるとずいぶんと早い就寝時間になるが、それがベッドの誘惑だということを疑いもしなかった。
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