第21話「ご報告」


「へえ。さすが、フォアンシュタットは教会も規模がでかいな」


 司祭の案内でフォアンシュタットの教会にたどり着くと、レヴィが思わずといった風に第一声をつぶやいていた。


「以前は流通も盛んで、行商人や交易商たちがお祈りをささげていったものです。……もっとも、今では見る影もありませんがね」


 多くの街道が束ねられる陸の交易拠点だからこそ、教会も多くの人々が祈りをささげられるよう広く、大きく作られている。が、流通もままならない現状ではその大きさが逆に静けさを際立たせていた。


「とはいえ、まったく寂しい感じがしないのは、やはり子供たちのおかげなのでしょうね」


 その大きさを活かして、現在の教会では孤児を積極的に引き取っている。これは宿の女将に聞いた通りの情報だった。目に見えるだけでも二〇人程度の子供たちが教会の掃除や手入れをしている。


 幼いものは修道女が面倒を見ており、六歳以上くらいの子供たちは熱心に仕事に取り組んでいた。その中の一人が、客人を連れて帰ってきた司祭を見つけて駆け寄ってくる。


「あっ! おかえりなさい司祭様!」


 その一言で、静かに仕事に励んでいた子供たちが俄かに集まってくる。


「おかえりなさい!」

「大丈夫だった?」

「その人たちは?」


 わらわらと集まってくる子供たち一人一人に優しく微笑みかける司祭。


「こらこら、みんな。いっぺんに聞いても困るだろう。すみません、司祭様」


 騒ぎに気づいたのか、孤児の中でも年齢の高い――一三歳ほどだろうか――の少年が子供たちをまとめにやってくる。そこでようやく静かになった子供たちに、司祭は優しく語り掛けた。


「この方たちは、私のお客様だよ。教会のとっても偉い方なんだ」

「司祭さまよりも?」

「はっはっは、私なんかよりもよっぽど偉い人たちだよ。だから失礼のないようにね」


 そう言ってフリーダに目配せをする司祭。素のフリーダの性格を知って気を使ったのだろう。だが十八年間猫をかぶり続けてきたフリーダの変身能力は伊達ではない。子供の視線に合わせるためにしゃがみこんだフリーダは、口角と声音を普段より少し上げ、いかにも子供好きそうな声でこう言った。


「みなさん、初めまして。私は聖女フリーダ。司祭様はああいったけど、かしこまる必要はありませんよ。ただ、ごめんなさい。私たちはこれからお仕事があります。だから、みなさんと遊べるのはまた今度になりそう。また、機会があったらお話してくださいね?」


 客人が聖女だったことに一時騒然となる子供たちだったが、フリーダの言葉が効いたのか、比較的すぐに落ち着きを取り戻し、それぞれ自分の仕事に戻ってゆく。


「お見事ですな」


 それをたたえる司祭の横で、


「うえ、俺吐きそうだ」

「右に同じ」

「二人とも、本当のこととはいえ言っていいことと悪いことがある……よ」

 他の三人は見事に口元を抑えてうずくまっていた。



 神聖皇国ハイリアの教会は、それぞれの都市によって規模は違えど、つくりや設備は大体同じように作られている。


 勇者とそれを使わしたであろう神に対して祈りをささげる聖堂、客人を歓待するための応接間、司祭などの教会で一定以上の地位を持つ者のための居室、そして教皇に謁見するための謁見の間。教会の多くはこの四つで形成されている。


 当然、教皇のルドルフは聖都アイエルツィア以外にはいないわけだが、各地の教会にある謁見の間には、シュピーゲルと呼ばれる魔道具が設置されている。この魔道具は設置した場所同士での対面した会話を可能とするもので、アイエルツィアではこの鏡を通じて各地の状況を把握していた。


 そして、この旅も教皇の命令であることには変わりなく……。進捗を報告しないわけにはいかないのだった。四人、特にフリーダは明らかに気が進まないといった態度で鏡の前に立ち姿勢を正す。


「あ、あー、テステス、マイクテス」

「フリーダ、一応真面目に」


 嫌気からおかしなテンションになっているフリーダをアルが宥めているうち、鏡の向こう側から返事が届く。


『教会支部名、および話者の名を答えよ。そのようなふざけた態度では教皇様をお呼びすることなど出来ん』


 答えたのは鏡番と呼ばれる、有事の際に各地の連絡を任されている者だ。緊急時以外は門番と変わりないレベルの暇さで有名な部署だが、聖都の鏡番ともなればそこまで暇ではないのだろう、シャキリとした返事がくる。


「……」


 無音で舌打ちするという器用な芸を見せたフリーダは、口調を改めて伝える。


「勇使教フォアンシュタット支部、勇者ラウルおよび聖女フリーダが任務の報告に参った」

『ゆ、勇者にフリーダ様でありますか⁉ た大変失礼いたしました! すぐに教皇様におつなぎいたします!』


 一転して態度を変える鏡番に、ザマアミロとばかりの表情をするフリーダ。教会の高圧的な態度に見慣れている三人も、フリーダと似たような表情をしていた。


『フリーダか』


 唐突に、鏡の前に現れた教皇の姿に四人に緊張が走る。いや緊張というよりは、先生が教室に入ってきた途端に静かになる生徒のようなものだろうか。


 決してきびきびとした動きではないが、四人とも膝をつき礼の姿勢を取る。


「お久しぶりです、教皇聖下。ご健勝そうで何よりにございます」

『形式上の挨拶はよい。報告を』


 きっかり二秒後にフリーダが頭を上げ、それに続くように後ろの三人も頭を上げる。


「ただいまフォアンシュタットに到着いたしました。道中、魔王軍と思われる者との戦闘が一度、それ以外の魔族や魔物との戦闘はこの短い期間でも数えきれないほどになります。旅の工程が遅れているのは、予想よりもそういった妨害が多かったことが原因にあげられます」


 教皇が「ふむ」と頷く。


「一度遭遇した魔王軍は、すでに文を飛ばしました通り聖都近くに転移陣を展開しておりましたので、その後始末もしておきました。確認はしていただけましたでしょうか」

『ああ、その件に関しては確認している。まさかすでにここまで魔族が手を出していようとは……。こちらも警備体制を強化しているところだ』


 ため息とともに教皇がつぶやく。見たところ、そばに騎士や魔法師は控えていない。教皇にとっても、気を張る必要のない相手との会話で半ば愚痴をこぼしている気分なのかもしれない。


『転移陣を作られた原因についても調査中、……いや、お前になら伝えてもよいか。教会では裏切り者の洗い出しを行っておる。聖都を離れたとはいえ、まだ近郊の都市にいるのだ、そちらでも怪しげなものを見つけたらそちらの判断で処分してかまわない』

「は、御意にございます」


 必要な報告はこれで以上だが、フリーダと教皇、どちらとも退席の意を伝えない。お互いに報告以上の何かを待っているようだった。


『旅の行程が遅れている原因、魔族の妨害によるものだけか?』


 教皇が口火を切る。最初から聞きたかった話はこちらのようだ。教皇はラウルとフリーダをはじめ、レヴィとアルの戦闘能力がずぬけていることを把握している。並の魔族や魔獣では妨害にすらならないことを知らないわけがない。


「当然にございます。道中の敵の排除、および人命救助も勇者と聖女の役割でしょう。細かな行動まで指示されていては助けられるものも助けられない」


 フォアンシュタットにたどり着くまで、道中の小さな村々をいくつか素通りすれば、確かに一日二日は早く到着できただろう。だがそうすることで一体何が得られただろう、何を切り捨てることになっただろうか。


『お前たちの役目は一刻も早く封印の地にたどり着き、そこにいる魔王軍を殲滅することだ。目的を違えるな』

「お言葉ですが、父上」


 教皇の言葉に被せるように、フリーダが言う。その声音は剣のように鋭く、決して折れない意思を感じさせるものだった。


「目の前にいる人々を守れないものに世界は守れない。意思を簡単に曲げるものに、大儀は成せない」

「ていうかさ、俺たちは別に殺すために旅してるんじゃなくて、守るために旅してんじゃないの?」

「お、いいとこついたな、ラウル。目的を違えているのは一体どっちですか~?」

「こら、ふたりとも、真面目な話をしているときに割り込まない。ですが教皇様、我々が受けた命は魔王復活の阻止とフルーフ・ケイオスの解呪。それ以外には何も拘束されていない。任務内容のすり替えに、その物言い、小悪党ぶりが透けて見えますよ」


 言葉遣いすら守れないラウルとレヴィに、言葉こそ丁寧だがもっとも嫌な部分を突くアル。謁見の際の形式だけは守っていたフリーダだったが、もうそれもばかばかしく思えてしまった。


「あんたらねぇ……」


 額に手を当て、ため息を一つつく。だがその口元は耐えられないというように笑っていた。ここまでされてしまっては、もう形式も何も守る必要はない。


「ま、そういうわけだから。安心なさい、魔王もフルーフ・ケイオスも片を付ける。けど、やり方はこっちの好きにさせてもらうわ」


 開き直ったフリーダに、教皇も目を見開いて唖然とする。


「実の娘を相手にその驚き様とは、笑っちゃうわ。素で接するのは初めてだった? これがあなたの娘、聖女フリーダ・ハイリヒ・シェーンベルクの本当の姿よ。覚えておくことね」

『ま、待てフリーダ!』

「また何かあれば報告する。楽しみに待ってなさい、――クソおやじ」


 そう言い残して、フリーダは鏡の魔力を強制的に遮断した。



「ご報告お疲れ様です。勇者様、聖女様」


 謁見の間から出ると、外で待機していた司祭が丁寧にそう伝えてくる。


「ご報告、ね」


 そして思い出し笑いをこらえる四人に、司祭は疑問符を浮かべるのだった。

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