第27話「珍しい事態」

 そんな話をしている間に、町は目前まで迫っていた。


「さて、じゃあ町についたらまずは……」

「飯!」

「今回ばかりはこいつに同意」


 久しぶりのちゃんとした食事を待ち望むラウルとレヴィが、間髪入れずにそう答える。


「こら、まずは馬を預けてからじゃないと。厩舎付きの宿屋は……」

「お、旅人とは珍しい。もしや勇者様のパーティでは?」


 フォアンシュタットほどではないが、立派な石造りの外門をくぐり町の中に入ろうとすると、門番を務める教会騎士の青年に声を掛けられる。


「ええ、まあ一応」

「一応?」


 アルが無難な返答をすると、青年は疑問の表情を浮かべ、馬車の中で三人も苦笑いした。


「ま、一応だわな」

「こんな好き勝手してちゃあね」

「締まらないけど事実だもんな~」


 苦笑いのままラウルはひょいっと馬車から飛び降り、次いでフリーダも顔を出す。


「これでいいかしら」


 ラウルたちの身分を示す手段として、これ以上わかりやすいものはないだろう。フリーダはもちろん、ラウルの容姿や装備の特徴も見るものが見れば一目瞭然だ。


「金の髪に金の瞳……、それに素材不明な左肩の鎧。なるほど、たしかにあなたは勇者様だ……」


 まるであこがれの視線を向けるようにラウルを見る青年。その態度と表情にラウルはどこか拍子抜けしてしまった。


「なんか、珍しいな」

「珍しい?」

「あ、やべ」


 思わず口から洩れてしまった言葉に、ラウルは慌てて口元に手を持っていくが、それで出た言葉が戻るはずもない。


「今まで教会内でいい印象を持たれていなかったのよ。だからあなたのようにまっすぐな瞳にラウルは慣れていないの」


 フォローするようにフリーダが口をはさむ。事実、アイエルツィアの教会本部ではラウルは厄介者のような扱いばかりを受けていた。教会――勇使教の象徴として丁重に扱われ、けれど人を超える存在として畏怖され、それでいてその強さを利用するために祭り上げられる。


 ラウルは教会本部にいる間、一度も人として扱われたことはなかったのだ。


「まっすぐな瞳とは……田舎者を晒すようでお恥ずかしい。実は勇者様のご活躍を耳にして、いつここに来られるだろうかと心待ちにしていたのです」


 照れ笑いを浮かべながらそう語る青年に、今度はフリーダも珍しいものを見るように目を丸くする。


「あなた、本当に変わってるわ」


 旅に出てからのラウルたち勇者パーティの働きは、当然評価されてしかるべきものだ。だがそれは「封印の地に赴き魔王の復活を阻止する」という大きな任務を半ば放棄して行っているもの。教会の内部にはそれを快く思わないものも多い。


「上の評価のことは自分たちにはわかりません。けれど、これまで民を守ってきたのは間違いなく勇者様ですので」


 嘘偽りなく告げられたひとりの人間による、ただの感想。だというのに、どこか報われた思いすらしてしまうのだから、人の感情というのは単純なものだ。


「お時間を取らせてしまって申し訳ありません。どこか目的の場所がありましたらご案内いたしますが」

「じゃあ飯屋に――」

「厩舎のある宿にご案内していただけますか?」


 ラウルとアルのお約束のような掛け合いに、青年は笑い声をあげながら「では宿屋に向かいましょう、そこは飯もなかなかいけますよ」と百点満点の答えを告げるのだった。



 青年が宿の扉を開けると、カラン、と乾いた音を立てて店の主にその来訪を知らせる。


 案内された宿は町で一番の大きさであり、またその一階は酒場も兼ねていた。酒場と言っても乱暴な印象はなく、掃除も行き届いていて、清潔なテーブルクロスまでかけられているさまは、むしろ小ぎれいなカフェやレストランを思い起こさせた。


 昼間ということもあってか客はそこまで多くないが、それでも時間帯を考えれば十分な賑わいを見せていると言っていいだろう。


「女将さん、奥の個室を使えるかい?」


 青年がカウンターの奥にいる恰幅のいい女性にそう尋ねると、


「あら、特別なお客さんかい?」


 と、やや低めの声が返ってきた。


「特別も特別、人族を救うためにはるばる聖都アイエルツィアからやってきた勇者様パーティご一行だ!」


「あんまり大げさにしないでもらえる?」


 フリーダは頭痛がするとでも言いたげに頭を押さえるが、ラウルはこの珍しい扱いにご満悦といった様子だ。


「いやー、こういうのも悪くないな」

「あんまり調子乗ってると痛い目を見るよ。これまで好意的に接してきた人物で裏がなかった人がいたかい?」

「うっ、それを言われるとなぁ……」


 経験則から苦言を呈するアルに、ラウルもそれを言われると痛いとばかりにうなだれる。


「いいんじゃねえの? たまにはこういう扱いに身をゆだねるのも、精神の回復には大切だぜ?」

「……まあ、それも一理あるか」


 他人を疑い続けるのは精神的疲労が蓄積しやすい。とくに精神的に未熟なラウルには、何も考えずに他人と接する時間というものが必要だ。


「あらまあ勇者様! ということはお隣にいるのが聖女様ね! これは腕がなるわ! 奥の個室なら空いてるからゆっくり待っていてちょうだい!」


 言うが早いか、女将はすぐに裏の、おそらく厨房へと引っ込んでしまう。


「えと、奥の個室? ってあれでいいのかな」

「注文とか何も取ってないけど、いいのか?」


 その勢いに置いてきぼりを食らった一行は、呆然としながら騎士の青年に尋ねる。


「ええと、まあ大丈夫でしょう。食事も、ここのメニューはどれもうまいですし。あ、食費も教会が負担しますので、遠慮なくどうぞ!」


 ここにきて予想外の申し出に、歓喜するラウルとレヴィ。当然だと言わんばかりのフリーダ。そして恐縮するアル。


「よろしいのですか? 教会のほうに確認とか……」

「大丈夫です。勇者様パーティがいらっしゃったときのマニュアルにそうありますので!」

「マニュアル? そんなものまで用意してあんのかよ」


 勇者に好意的なのはこの青年だからだと考えていたフリーダとアルだったが、ここにきてマニュアルの存在や宿の女将の反応から、これが町全体を通した勇者パーティへの反応だということがわかる。


 裏がある、とまでは言わないが、勇者パーティを歓迎する特別な理由があるのだろうと、二人はこの時点で察してしまった。が、せっかく久しぶりのまともな食事だというのに、暗くなる話題をするものではない。


 フリーダとアルは人知れずアイコンタクトをし、せめて食事が終わるまではこの楽しい雰囲気を維持することで同意した。



「ぷは~うまかった~」


 久しぶりののんびりとした食事に大満足のラウル。


「いや~、ラウルじゃないが、本当に心が洗われるようだぜ」


 レヴィは昼間だというのにお酒まで入れてラウル以上の満足感を得ていた。


「いくら教会が気を利かせてくれてるからって、ほどほどにね。ご厚意に甘えるのはいいけど、節度は守るように」

「へいへい」


 アルとフリーダはこの場の落ち着いた雰囲気に合うよう、あくまでも丁寧に食事を済ませていた。けれどフリーダもレヴィの陰に隠れて酒を楽しんでいた。教会騎士として聖女のそんな部分は見ても幻滅しないのかと、気になったアルは青年の方をちらと盗み見ていたが、青年はそんなこと全く気にせずに、むしろ「酒に飲まれない……さすが聖女様」とどこか間違った方向に感動していた。


「さてと、んじゃなにか甘いものでも――」

「デザートの前に、いいかな」


 さらに注文を繰り出そうとしているラウルだったが、さすがにこれ以上だらけさせるのはまずいと考えたアルが止めに入る。それだけで何か感じ取ったのか、ラウルは無言で頷き、レヴィも酒が入っているとは思えない顔つきで集中する。


 フリーダとも目配せし、先ほどの懸念を伝えてもいいかと確認を取った。


「そうね……。そこの教会騎士の――そういえば名前を聞いていなかったわね」

「は、レントと申します」

「では教会騎士レント、少々尋ねたいことがあるのだけど、いいかしら」


 一気に空気が張り詰めたことを感じたのか、それまでにこやかに食事風景を見つめていたレントの背筋が伸びる。


「は、何なりと」

「この町、何か私たちを歓迎しないといけない問題が――」


 そう本題を切り出そうとした瞬間、


 ――バンっ。


 と、いきなり個室の扉が開け放たれる。


「……あっ」


 扉を開けたのは、まだ幼い、子供の魔族だった。


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