第16話「正義の味方?」


「あれ? 昨日のおっさんじゃん。間に合ってよかったー」

「あんた、昨日と今日で死にかけ過ぎ。もう少し命大事になさいな」


 膝をつくライナーに手を差し伸べ、自分の足で地に立たせる。


「聖女様……ありがとう、ございます」

「礼なんかいいのよ。それに話聞いた限りじゃ、そもそも私たちが撒いた種みたいだしね。……こんなことならさっさと戻ってくればよかったわ」


 ぼそっと呟いたフリーダにライナーは首をかしげるが、フリーダは「気にしないで」とすぐに目をそらした。


「気にされると面倒だもんなぁ、聖女サマ」

「るっさいわね。軽口たたく暇あるんだったら魔族のひとりでもぶっ殺しなさい。せっかく戻ってきたんだから、犠牲者なんてひとりたりとも許さないわよ」


 レヴィは「へいへい」とだるそうにうなずき、ライナーの腕を引き共に後方に位置どる。いくら魔法師として実力があるとはいえ、今のレヴィは荷物の大半を収納してる状態。出来るのはライナーの護衛と魔法による後方支援程度だ。


 そして入り口を囲むように三人が並ぶ。アルは鎌を持ち、フリーダは聖剣をラウルから受け取り、ラウルはレヴィの収納から棍棒を取り出す。その布陣からは、洞窟には一歩たりとも踏み入れさせないという強い意志がにじんでいた。


「さあ、どこからでもかかってきなさい」


 フリーダが魔族を睨む。


「っくそ、くそがぁあああ!」


 そう叫んだのは、先程ラウルに腕を落とされた魔族だ。雄たけびと共に襲い掛かってくるのかとおもいきや、何とそいつは洞窟とは逆方向にかけていった。


「「はぁ?」」


 その行動に、敵味方関係なく呆れの声が出る。


「え、ちょ、リーダー!?」

「しかもリーダーかよ」


 残された魔族の言葉に、思わずといった様子でレヴィがつっこんだ。


「魔族のリーダーってのはろくな奴がいねぇな」


 思い出されるのは聖都をでてすぐに出くわした魔族軍だ。当然、魔族の中では彼は強いほうではあったのだが、ラウルたち勇者パーティの印象としては「弱いくせに威張り腐ってるろくでなし」というものがせいぜいだった。


「まあ、彼我の実力差を理解している、と言えばましな方なのかもね。で、残ったあなた達はどうするの? リーダーについていく?」

「ッ、てめぇ……」

「なめるんじゃねぇぞっ!」


 フリーダの問いに、残った魔族の数人が憤ったように突っ込んでくる。フリーダはあくまで事実を言っただけなのだが、それは残った魔族にとっては煽りや侮辱に聞こえたのだろう。そんな魔族にフリーダは、


「はあ」


 とひとつため息をつく。たったそれだけの時間で、フリーダに襲い掛かった二人の魔族は再起不能になっていた。


「なっ――」

「馬鹿な……」

「馬鹿はあんたたちね」


 考えなしに突っ込んでくる敵ならば、聖剣を操るフリーダの敵ではない。敵の進行方向に聖剣を置いておくだけで、敵は勝手に自滅していく。ひとりは肩から先が無くなり、もうひとりは両手首が無くなった。


「どうする? 今からでもリーダーを追ったらどう?」


 地面に転がる魔族を見つめながら問うフリーダ。ほかの魔族がその光景を目の当たりにし、じりじりと後退し始める。だが、


「まあ、この二人から逃げられれば、だけど」


 逃げようとしたその瞬間には、すでにアルとラウルは動き出していた。


「逃げる際はこちらからどうぞ」


 にこやかに告げながら、巨大な鎌を乱舞させるアル。一歩でも踏み出せば細切れにされるだろうその刃の嵐に、近付こうなどと考えるものは誰もいなかった。


 ならばとラウルの方を見れば、その小さな体に似合わぬ巨大な棍棒を振り回し周囲の木々をなぎ倒すさまが目に入る。


 このとき、自分たちが狩る側から狩られる側になったことを、魔族はようやく理解した。


「うっわー、カワイソ」


 我が仲間ながらえぐいことをする、と、他人事のように見つめるレヴィ。隣にいるライナーなどもう魂が抜けたような顔をしている。こりゃあ自分の出番はないかな、とレヴィが気を抜いた、その時だった


「そこまでだぜ、よくも調子こいていたぶってくれたなぁ、えぇ? 勇者サマよォ!」


 ラウルたちが戦っている後方、レヴィのさらに後ろからの声。入り口付近で戦っている四人から見れば、それは洞窟の内部に当たる。いつの間に背後をとられ、洞窟内へ侵入を許した? と、四人は一斉に振り返った。


 すると、先程逃げ出したと思っていたリーダー格の魔族が、意気揚々とラウルたちの前に姿を見せる。捕まえた酒場の青年を踏みつけにし、無事な手に持った剣を首元に突き立てて。


「はんっ、どれだけ強かろうが所詮は勇者さ。人質ひとり取っちまえばこっちのもんってなァ!」


 青年は憎々しげに魔族をにらむ。今にも舌を噛み切らんばかりの形相で、自分のすぐ背後にいる魔族を睨みつける。その表情がさらに魔族の嗜虐心を引き立てる。


「ご、ごめん! おれ、どうしても魔族を、自分の手でやってやりたくて……」


 よく見れば、ぎりぎりと歯ぎしりをする青年の手には厨房で使っていた包丁が握られていた。


「っ!」

「…………」


 言葉を失うラウルたちを見て、魔族はこの人質は効果ありと踏んだのだろう。劣勢だった魔族たちは、形勢逆転とばかりに次々と武器をとり始めた。


「はっ、さすがはリーダー。俺らのような小悪党では思いついても実行なんてできないぜ」

「ああ! 全く憧れないがさすが俺らのリーダー、小悪党ぶりが違う!」

「ははは、少しは慎めよてめえら。だがこれで、正義の味方さまは何もできやしねぇ。やっちまえ!」

「くそっ! 勇者ざま、俺のことはいい! それよりも、こいつらをぶっ殺してくれ!!」


 反撃を封じたと思っている魔族。そして自分の身を顧みず戦ってくれと叫ぶ青年。そんななかで言葉を失っていたラウルたちは、


「「「(……すでに見捨てようとした後だとは言いにくいな)」」」


 ちょっと気まずかった。


「(おい、どうすんだこれ。おれ普通に攻撃しようとしてたんだけど)」

「(いやあ、ちょっとやりにくいね、これは)」

「(フリーダがなんとかしてよ、遅れたのフリーダのせいだろ?)」

「(なんで私が。だいたいあんたたちだって最初は見捨てようとしてたじゃない)」

「(あぁ? そりゃお前が日和ってただけだろうが)」

「(誰が日和ってたって? なんなら魔族より先にあんたを始末してもいいのよ)」

「いつまでよそ見してやがる!」


 こそこそと話し合っているところを好機と見たのか、フリーダに飛び掛かっていく魔族。短刀を片手につきだそうとするその魔族をフリーダは、


「うるさい」


 一瞥もせずに腕をとり、捻り上げた。勢い余り曲がってはいけない方向へと、いとも簡単に曲がっていく。


「ぐ、がああああああ!」


 からん、と短刀をとり落とし、痛みにうめく魔族。


「て、てめぇら! 人質がどうなってもいいのか!!」

「……あっ」

「今、「あっ」て言った?」

「言ってない。だいたい私たちが敵の言うことに従うはず無いでしょう」


 しれっともっともらしいことを言うが、当然ラウルたち三人はフリーダの「あっ」を聞き逃していない。フリーダの性格から次のセリフを予想したアルフリードはすっと気配を消す。


「それに、人質なんてどこにいるの?」

「は?」


 その言葉に思わず人質の青年に目をやる魔族のリーダー。アルフリードが動いたのはその一瞬だった。人間の視野はせいぜい一三〇度が限界だ。意識して見れるのはさらに狭く、おおよそ九〇度。それが一瞬とはいえ、足元にいる人質の青年に強制的に固定される。アルフリードが死角に逃れるのに、その一瞬は十分すぎた。


「は……驚かせやがって、こっちは腕落とされてんだ。人質の腕も同じようにしてやるよ! お前のせいで無関係な人質が傷つくんだ、目ん玉おっぴらいてよぉく見てな!」

「ああ、じゃあ返してもらおうかな」

「っ!?」


 その時になってようやく殺気を感じたのか、魔族は慌てて振り返る。が、その時すでにアルフリードの仕事は終わっていた。


「はい、返してもらいました」


 振り返った魔族。その視界からすいっと逃れるように移動したアルフリードは、まるで掏摸のようにその手から人質の青年を奪い取っていた。


「なっ、いつのまに……!」

「君、手品とかすぐ信じるだろう。分かりやすいよ」


 ぱちっとウインクする余裕まで見せて、アルフリードは元居た場所に戻る。


「怖かったろう。ごめんね、守ってあげられなくて」


 救い出された青年は一瞬だけ気が緩んだのか、手に持った包丁をとり落とす。が、からん、という音に我を取り戻したのか、慌てて声を上げた。


「いや、全然大丈夫だけど……、あ、それより村のみんなが!!」

「!」


 青年の言葉に魔族の方を見渡す。と、数人だが魔族の数が減っている。

「レヴィ。奥の小部屋へ向かってくれ」

「おう、こっちは任せるぜ」


 言うが早いか、レヴィはさっと身を翻し村人が隠れている洞窟の奥へと進む。


「君も、変なことを考えるのは。仇討ちなんて――」

「なんだよ、あんたたちもそう言うのか……。あんたらは魔族を殺すために旅してんだろ? なら俺が魔族殺したって何の文句もないだろう……!」


 空っぽになった手を握り、青年は命の恩人に暴言を吐く。だが、それは青年の心からの思いだった。


「みんな言うんだ。親父の敵討ちなんてやめろって。命を無駄にするな、そんなことしても親父は喜ばない、お前の幸せを願っている――。なんだそれ! ふざけんな! 何も知らないうちに最後の家族を殺されたんだぞ! 俺の幸せ? 親父の望み? そんなことわかってるよ! でも、でも……!」


 自分の無力さ。周囲の思いやりという名の残酷さ。それらを噛み締めながら青年は慟哭する。そんなやりきれない思いをさらけ出す青年を、


「ああもううっさいわね!」


 フリーダは思いっきり殴り飛ばした。


「――は?」


 それは青年の口からか、それとも完全に置いてきぼりを喰らった魔族の口から出たものか。


「復讐は誰も幸せにしない? そんな分かり切ってることをぐだぐだぐだぐだ、いい加減にしなさいよ。分かり切ってることを実行しようとしたのはあんたでしょ」


「っ!」

「魔族も人族も同じ人間よ。殺すなら覚悟を決めて殺しなさい。復讐のためとはいえ、同じ人間を殺す覚悟。そして、同じように恨まれながら生きる覚悟をね」


 人族と魔族。そんな区別はあっても一言で言えば人間だ。それを認められなかったからこそ過去の大戦があり、それが今もまだ根付いている。


 ラウルやレヴィ、アルフリードと出会うまで、建前以外で「人間」という言葉を使う者をフリーダは自分以外に知らなかった。


「それでも復讐したいって言うなら、今は見てなさい。人間が人間を殺すところを」

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