第15話「再登場」


 フリーダに頼みを断られ、ライナーの顔には隠し切れない落胆の表情がにじんでいた。この廃坑で生活を初めておよそ半年。住民の不満は表面化こそしていないものの、日に日に膨れ上がっている。場所柄もあって、今は水や食料に困ることこそないが、魔族に元の村を追われ、隠れながら暮らし続けることは、そう長く続けられることではない。それがいつ終わるのかわからないとなればなおさらだ。


 そんな中で降って湧いたような一つの希望。それににべもなく断られるというのは、たとえただの現状維持でも、生きていくための活気を失うには十分だった。勇者と聖女、彼らが見つめるのは人族全体の守護であって、目の前の命を守ることではない。それは村をまとめる立場のライナーにも理解できることだった。だが、村にいるのはそんな物分かりの良いものばかりでもない。


「はあ」


 ライナーがラウルたちに助けを求めたのは彼の独断だ。だが、勇者と聖女が村に来た、というだけで無条件に救済を求めるものは多いだろう。その希望の象徴がすぐに旅立ってしまったというのは、言葉にせずとも住民を落胆させる。


「駄目だった?」

「ああ……って、見てたのか」


 突然の問いかけに無意識に答えてから、ライナーはその人物の存在に気付く。


「まあ、あんたが頼まなかったら俺が頼もうと思ってたから」


 何か、本当に言いたいことを隠しながらもそう言うのは、昨夜ラウルたちに料理をふるまった酒場の青年だった。彼は魔族への憎悪を押しとどめ、日々住民のためおいしい料理をふるまっている。それを知っているライナーは、青年が本当に頼みたかったことをすぐに理解できてしまった。


「なんて、結局断られるんじゃ意味ないけどな。まあ、ライナーもあんまり気にすんなよ。今日はちょっと気合入れて飯作るからさ」


 誰よりも悔しいのは自分だろうに、気遣うように笑顔を見せる青年に、ライナーはただ「ありがとう」と言うしかなかった。


「でも、実際どうなんだろうな。ここからフォアンシュタットまでは」

「どうって?」

「こんなことになる前だって、聖都からフォアンシュタットまで行くには護衛を雇っていくのが当然だったんだ。魔獣狩り(ハンター)だったり教会騎士だったり。今の街道の危険はその比じゃない。いくら勇者が強いとは言っても、そう予定通りに進むもんなのかなって」


 どうせ予定よりも遅れるのなら、ついでに村を救ってほしかった。そんな淡くもあさましい願いから出た言葉だったが、ライナーはその言葉をもっと重いものとして受け止めたようだった。


「そうだな……。封印の地は国外だという話だし、彼らの最終目標を考えれば、こんな聖都に近い場所で立ち止まるわけにはいかないのだろうな……」


「ったく、ほんと、真面目だよなぁあんた」


 ライナー自身、相当な苦労を重ねている。そんな中で当然のように他人を心配する苦労性の男に、青年は苦笑した。


「ま、どんな理由にしろ、協力を断られたことはさっさとみんなに伝えないとな。がっかりすることはさっさと済ませるに限る」

「んで、それを元気づけるのが俺の料理ってわけだ」


 あえて陽気にふるまう青年に、ライナーも暖かく笑い返す。そして坑道内の広間へと二人で足を向けた、その時だった。



 ――きゃぁぁあああああ!!



「っ!?」

「ライナー、今の――って待て! ひとりで行くな!!」


 青年の声も聞こえていないかのように、ライナーは走り出す。村の人間があんな悲鳴を上げる事態なんて、ライナーにはひとつしか思い浮かばなかった。


 ――どうして、どうして、どうして――!!


 走りながら、それしか考えられなくなっていた。


 この廃坑に拠点を移して半年、魔族にこの場所がばれることは無かった。それがどうして今さらになって。そう、よりにもよって――勇者パーティが去ってしまった今に限って、襲ってくるのか。


「みんなッ!」


 駆け付けた、入り口から最も近い広場。そこには――


「……みん……な?」


 すでに、誰も残ってはいなかった。


「そんな……みんな、どこに……」


 呆然とするライナー。その腕を強く弾く人影がひとつ。


「馬鹿が! 自分で決めたマニュアル忘れたのか! ここにいたらすぐ魔族がやってくるぞ!!」


 青年の言葉にハッとする。


「すまない、気が動転していた」


 そもそもここは魔族から逃げ、隠れるための場所。いざと言うときのための隠れ場所や避難ルートはもちろん、魔族と出会ってしまった際に取るべき行動もいくつか考えてあった。


 そのうちのひとつが今の「悲鳴」だ。


 拠点内で魔族を発見し、かつこちらがまだ見つかっていない場合、避難場所につながらない道で悲鳴を上げ、直ちにその場から離脱する。魔族の襲撃をいち早く知らせると同時に、魔族を村人がいない方へと誘導する。


 つまり、青年の言う通り、ぼさっとしていたらここにすぐに魔族がやってくるわけだ。


「ライナー、俺達もすぐに避難ルートに――」

「いや、俺は入り口に向かう。魔族の数は分からないが、一人二人ってことは無いだろう。少しでも分断しないと」

「お前……、分かった。合流ポイントはマニュアル通り村はずれの畑でいいか?」


 ライナーはこくりとうなずくと、坑道の入口へと駆けてゆく。青年はそれを見届けると、避難ルートに続く狭く入り組んだ道へと入っていった。


 合流場所の確認に頷きはしたが、ライナーは自身が生きて戻れるなどとは考えていなかった。村を捨てるときもそうだった。当時の村長は自らしんがり――囮を務め、多くの村民が逃げ切れるだけの時間を稼いだ。それが無ければ今のシュトルツは無い。ならば、今その役目を果たすのは自分しかいない。


 当時と違うのは、あらかじめ避難場所とルートを決めていること。そして場所が入り組んだ坑道内であるということ。これだけの条件がそろえば、自分一人の囮でも村人全員を救うこともできる。


 ライナーはそう考えていたが、だが当然不安に思う点もあった。その最たるものが、先程から考えていたこの拠点が魔族にばれた理由。半年ばれていなかったのに、なぜ今になってばれたのか。魔族がこの山の中をしらみつぶしに探したのでないなら、狩りや採集に行った際に何か痕跡を残してしまったことになる。もしそうなら、魔族は村を襲った時のように総出で攻め込んでくるだろう。そうなれば、いくら事前に準備をしていたと言っても村人の生存確率は低くなる。


 どうか、偶然坑道を見つけた魔族が気まぐれに入ってきただけであってほしい。もしそうなら、逃げて新たな拠点を構えることも十分に可能だ。


 そう願いながら入り口にたどり着いたライナー。その目の前に広がるのは、戦う力など持たない、ただの人間でしかないライナーが絶望するのに十分な光景だった。


「はっ、こんなところに隠れてやがったか。人族らしい辛気臭い隠れ家だな」


 そこにいたのは、武装した魔族およそ三十人。


 村を襲撃した時と同じだけの魔族が、今度は武器までそろえて坑道の入り口を囲んでいた。


「そんな、どうして……」


 膝の力が抜ける。この時点で、ライナーの生存は絶望的になった。


 死を覚悟しているのと、死を目の前につきつけられるのでは絶望の質が違う。逃げることも、抗うことも許さないその絶望は、ライナーに生きることを諦めさせるには十分だった。


「どうして? ああ、どうしてここがわかったってか? っくっはははは!」


 魔族のひとりがライナーのつぶやきを拾い、けらけらと笑い出す。


「確かにてめえらは隠れるのだけはうまかったからなぁ、不思議に思うのも仕方がねぇ。弱い人族が生き残るには、そこをうまくやるしかねぇからな」

「――まさか」

「そうさ! 強い奴は自分を隠すようなことはしねぇ。今までは丁寧に消されてた足跡も! 血痕も! 昨日は全部きれいに残ってたぜ! 勇者がやってきて助かったと思ったか? ざぁんねんでしたァ!! その勇者のおかげでてめえらはこれから皆殺しにされるんだよォ!」


 自分の命を助け、そして人族のすべてを救おうとし今朝がた旅立った勇者たち。その救世主が起こしたミスによって、自分はこれから殺される。魔族が語ったその事実に、ライナーは今度は、絶望とは違うあきらめを知った。


 昨日助けられなければ、ライナーは確実に死んでいた。だが、あそこで死んでいれば村全体を危険にさらすようなことは無かったかもしれない。勇者たちを恨めばいいのか、それとも一度とはいえ救ってくれたことに感謝しなければならないのか、まともな思考ができなくなったライナーには、もうわからなかった。


 せめて、他の村人たちは無事に逃げてほしい。それだけを考えていたライナーに、さらに魔族の言葉が追い打ちをかけた。


「裏の出口は塞いだか?」

「ああ。昨日の夜のうちにな。隠れ場所さえ分かっちまえば探すのは簡単だったさ。魔力で風を送れば、こんな狭い洞窟の構造なんて簡単に調べられる。もちろん、今どこに人族共が集まってるかもな」

「そん……な……」


 シュトルツにはそこまで魔力の扱いにたけたものがいなかった。それ故に、獲物を探す程度の探知魔法は使えても、坑道の内部そのものを探知する、という発想がなかったのだ。


「じゃあ、俺たちが考えていた対策は……、生き延びるための作戦は……」


 魔族がいやらしい笑みを浮かべ、ライナーの言葉をあざ笑った。


「ぜぇんぶ、無駄さ。どこかの勇者サマのせいでなァ」


 ――まずはひとり。


 そう言わんばかりに、それまで話していた魔族がその手に持った凶刃を振りかぶる。


「てめぇら全員、俺たちの餌だ」



「――ならお前らは全員、俺たちの経験値だな」



 その凶刃は振り下ろされることなく、宙を舞う。――否、舞っているのは凶刃だけでなく、魔族の腕そのものだった。


「な――なぁぁぁああああああ!」


 魔族の腕を切りとばした人影の周りに、さらに三つの人影が舞い降りる。


「はっ、こんな雑魚いくら倒したって経験値にゃならねぇだろ」

「いやぁどうだろうね、ラウルの強さはただの素だから、むしろ一番伸びしろがあるかもしれないよ」

「それならあんたが稽古つけてやりなさいよ。こんな奴らぷちぷち倒すより、よっぽど効率的だわ」

「まじ!? アルの戦い方きれーだもんなぁ」

「ラウルとの稽古か、下手な実践よりもよっぽど緊張感があるなぁ」


 まさに緊張感なく敵前に姿をさらした四人は、まるでそこが食事の場であるかのように雑談を続ける。


「ゆ……勇者、さま?」


 圧倒的な力を、さらに圧倒的な暴力で解決する存在勇者がそこにはいた。


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