第5話「旅立ち」


 個々の戦力は問題にならないとしても、この数だけは面倒だ。アルもレヴィもそれが分かっていて合流を選んだところもあるだろう。さすがに高みの見物とはいかない。そう考えたフリーダはラウルに向かって手を伸ばす。


「はぁ。ラウル、剣を」

「ほい」

「いや、ちょっと待て、その状態で投げようとしないで」


 ラウルが剣を投げようとしてので、慌てて止める。さすがにあの超質量を受け止められる自信は無い。


「んじゃ、はい」


 近づいて、普通に手渡してくる。フリーダの手に戻った瞬間、剣は細身で片刃の、元の姿に戻る。


「さて、あんたは最後にしておきましょうか」


 尻もちをついたままのロルフを一瞥し、視線を魔族の群れへと向ける。本隊の魔族の反応からして、最も力を持っているのはやはりロルフなのだろう。ならばこいつを活かしておくのが一番だ。


 ゆっくりと、ただの散歩でもあるかのように気楽な調子で歩みを進める。


「ちぃ、なめやがって!」


 本隊のほうはラウルの力を実際に見たわけではない。だがロルフが戦意を喪失していることで実力は察しているだろう。なら、フリーダの方はどうか。この場にいる唯一の女性。しかも格好は旅用の修道服。ある程度の警戒はするだろうが、それでもラウルや他の二人に向けるほどの警戒心は抱かないはずだ。


「ひとり人質にとっちまえばどうにでもできる! 囲ってやっちまえ!」


 本隊を率いていたと思しき魔族が号令を出し、魔族が一斉に襲い掛かってくる。まさか一切の躊躇もなしとは、この判断力の無さも、もしかすればフルーフ・ケイオスのせいなのかもしれない。


「わかっていても、なめられるのは腹立つものね」


 刃を躍らせる。


 飛び掛かってくるのは五人の魔族。だが連携が取れているわけでもない、ばらばらの動きだ。目測さえ誤らなければ、ただ順番に、刃を置いておくだけでいい。


「――そこ」


 最も手前の魔族の首元に、次は爪を振るう者の指の間に、同時に攻撃を仕掛けてきた二人には、一方のみぞおちに鞘を、もう一方には鋭い突きを。ひるんで動きの鈍くなった最後の一人は、骨と骨の間に刃を滑り込ませるようにして、肩から先を飛ばす。背後には、ぽとりと落ちる魔族の切り離された部位。


 さあ、そろそろ痛みを感じるころだろう。


「ぐ、が、あ、あ、あ、あ、あ、ああああ!」


 そろいもそろって苦悶の声を上げる、命のある数人の魔族。これでも、切れ味が良い分あまり痛くはしていないと思うのだが。


「いやあ、相変わらずの切れ味だ。さすがは聖剣だね」


 ぱちぱちと手を叩きながら、アルが感想を漏らす。


「それよりも恐ろしいのはあの技のほうだろ。さすがは最終兵器聖女」


 レヴィの軽口は、まあ今回ばかりは見逃してやろう。聖女が教会の兵器だと言うことも、ある一面では事実だ。


「なっ、聖剣? 聖女? いや、騙されんぞ、聖剣は勇者にしか持てないはず! それに聖女は魔力を一切持たない無力なだけの存在だろう!」

「残念、情報が古いわね。聖剣は確かにかつての勇者が生み出した武器。けど、聖剣自体は誰にでも扱えるのよ。聖女に関しては……まあ教会の裏事情なんて、魔族が知るはずもないか」


 勇者の力を最も効率よく引き出すため、聖剣は持ち主によってその姿を変える。ラウルが持てば力でたたき伏せる剛剣に、フリーダが持てばすべてを切り落とす柔剣に。もっとも、大抵のものが持てば、聖剣はただの棒きれにも劣るなまくらになるが、これから死ぬこいつらには関係のないことだ。


「くっ、こいつらをこれ以上進ませるな! なんとしてもここで仕留めるぞ! 全員でかかれ!」


 もはや作戦ともいえない魔族の一斉攻撃。


「聖法術でまとめてやるわ。三人とも、守りは任せた」

「あいあい」

「了解だ」

「わかった!」


 威勢のいい返事とともに、三人はそれぞれに魔族へと向かっていく。鎌を自在に振り回し、魔族を寄せ付けないアル。アルの鎌にひるんだ魔族を魔法で狙い撃ちしていくレヴィ。ラウルは予備の大剣をふるい、その圧倒的膂力で魔族を薙ぎ払っている。


 ――これは、術の発動前に終わってしまうかもしれないな。


 フリーダが余裕で考え事をしているように、三人も戦いながら軽口をたたきあう。


「ていうかさ、そもそもどうして魔族と人族って仲悪いんだ?」


 魔族の顔面をぶん殴りながらラウルが言うと、魔法の詠唱を終えたレヴィが答える。


「そりゃあれだろ、五〇〇年前の戦争があってあれこれ……的な?」


 が、途中で答えになっていないことに気付いたのか、首をかしげながら今度はアルを見る。


「こっちに振らないでくれないか。僕だってそこまで詳しいわけではないんだ。ここは――」


 ……聖法術の発動にはある程度の集中と詠唱が必要になる。そんな今さらな話題で集中を切らしたくは無いのだけど……。


「専門家に聞くのが手っ取り早いだろうね」


 にこやかにアルがこちらを向く。その無駄にさわやかな笑顔はやめてほしい。というかレヴィもラウルも魔族をあしらいながらこっち見てるし……。まじめに仕事しなさいまったく。


 はあ、と内心でため息をつき、フリーダはあきらめて口を開いた。


「人族と魔族の不和ね。始まりはレヴィの言う通り五〇〇年前の大戦から……、いや、もっと昔の話かしらね」


   ◇


 そうして一通りの昔話を語ると、呆れたような声でレヴィがつぶやいた。


「めでたし、めでたし、ってかぁ? 根本的な解決にゃぁなってないって、気づかねぇかな、ふつう」


 そんな無駄口をたたきながらも、こいつの魔法の精度は落ちない。今も、周囲にいる魔族をすさまじい勢いの炎で焼き払っている。


「でもさぁ、その勇者、どうして魔王を殺さなかったのかな。人族の王様は殺したんだろ? 喧嘩両成敗って考えれば、魔王のほうも殺っとくべきだったんじゃないの?」


 ラウルは同じ勇者としてなのか、過去の勇者の行動に納得していない風だった。ちなみに、首を傾げながらも攻撃の手は止めず、魔族を叩き潰している。


「総合的に見て、非があるのは人族だと思ったんだろうね。当時の勇者の考えもわからなくはないけど、僕も、どうせなら魔王にとどめを刺してほしかったと思うよ。そうすれば、今こんなことにはなっていないわけだしね」


 アルは一見中立の立場を取っているが、後半で本音が駄々洩れだ。まあ、アルはこの四人の中で、もっともフルーフ・ケイオスの被害を直接的に受けている。そう感じるのも仕方がないのかもしれない。


「ほら、レヴィ。油断が過ぎるよ」

「っと、わりぃな」


 レヴィの背後に迫る敵を切り伏せ、二人はそのまま背中合わせになり共闘を開始した。


「うーん、それでもやっぱわかんないなぁ。封印とか中途半端じゃん。――あ、ごめんフリーダ、そっち行った」


 ちっ、無い脳みそを使おうとするからこういうポカをする。だいたいこんな話、この旅に出るって決まったからにはあらかじめ知っておきなさい。ただでさえハイリアに住むものなら一般常識。もっと言えば、この旅はこの五〇〇年前の大戦が原因とすら言えるのに。


「さっきからわかんない、わかんないって……」


 苛立たちが声として漏れる。八つ当たり気味に、フリーダは目前まで迫ってきた魔族を聖剣で真っ二つに切り伏せた。


「私が一番わからないのは、どうしてあんたたちがこんな、誰でも知ってる昔話を知らなかったのか、なんだけど」


 無駄話をしながらではあったが、聖法術の準備は整った。精神を集中させ、術の発動に必要な力を練り上げる。


「三人とも――私のそばへ!」


 声に反応した三人が、すぐさま駆け寄ってくる。突然の後退に、残った魔族は虚を突かれ動きを止めた。


「『――これは救いである』」


 目をつむり、そう口にした瞬間、右手の中指にはまる指輪から青い光があふれだす。


「『聖なる祈り。それはあまねく魔を浄化せし希望の言の葉』」


 淀みなく、言葉を紡ぐ。


「『救いを拒む者たちよ。その身に宿す魔を以て、我が聖法の根源と為さん』」


 その音が重なるたびに、指輪の光は強く広がり、魔族たちを包み込む。


 練り上げ、詠唱によりさらに高まる魔を滅する力。青い光の中でその力を……。


 ――解放する。


「聖法術・破魔『我が前に蔓延る魔、その一切は消滅せよゼシュトゥム・ダス・トイフェル』!」


 その言葉とともに、光は輝きとなって空間を塗りつぶす。


 一切の音も聞こえない、刹那の眠りのような輝き。


「……これで、掃除は、終わりよ」


 一瞬にも永遠にも感じられる輝きの奔流は、その強大さと反比例するようにあっさりといなくなり、


――青き輝きがあった場所には、何も残されていなかった。


 数十人はいたはずの魔族も、道沿いに生えていた草花も、何一つ、痕跡すら残さず、けれど暴力的な痕跡もなく。ただの広い、地面が見えるだけ。


「おー、久々に見たけど、えげつねぇな聖法術は」

「……ふう。えげつないのは精神の疲弊も一緒よ。そうそう使える術じゃない」


 深く呼吸を取りながら、レヴィの軽口に応える。額にうっすらと浮かんだ汗をぬぐい、脱力感とともにため息をついた。


 これで片付いた、と。そう思ったところで、すぐそばから声が上がる。


「な、なんなんだ……貴様は。聖女がこんな、こんな化け物だなんて聞いていないっ!」


 ロルフだ。


「ああ、そういや居たわね、あんた」


 聖法術は、生物ならば誰しもが持つ力――魔力そのものに損傷を与える技だ。そこに敵味方を判別する方法などない。そのため三人を近くに寄せて術の範囲外に退避させたのだが、近くにいたロルフもその中に入っていたようだ。


「まあ、普通は聖女がこんなのだとは思わないわな。表の姿はただの客寄せパンダだし。いや、それともかぶってる皮が異常に分厚い猫か?」


 チッ、ひとが疲れてると思って、好き勝手言いやがる、この軽薄魔法師が。ちょっと休んだら聖剣の試し切りにお前の舌を使ってやろうか?


 二割ほど冗談でそう思っていると、何故か敵のロルフから突っ込みが入った。


「それを言うなら貴様もだ、魔法使い! 教会の騎士やら魔法使いなんざ、俺ぁ今まで何人も喰ってきた! なのに貴様は……貴様らは――ッ!」


 ――何人も喰ってきた。


 その言葉に、アルとレヴィの表情が一瞬で変わる。それと同時にロルフが口をつぐみ、ラウルは「おーっ」と感心したような声を出す。おそらく、ロルフもラウルも感じ取ったのだろう。レヴィとアルから発せられる魔力が、とてつもなく重くなったことに。


「な……んだ、その、魔力は」


 目を見開いたロルフが声を漏らす。そしてそれは、徐々に乾いた笑い声へと変わっていった。荒野のようになった空間に、狂った哄笑だけが響き続ける。


 やがて笑うのをやめたロルフの表情は、全てを諦めたかのように抜けきっていた。


「てめぇら、――人族じゃねぇな」


 ロルフは理解したのだ、先ほどの魔力が到底、人族に放てるものではないということを。そうやって改めて感じてみれば、勇者たるラウルがその身に宿す魔力も、人族の持つそれとは違う、異質なものだと分かっただろう。


「ようやく気付いた?」


 答えたのは、三人のうちの誰だったか。いや、そんなことはどうでもいいか。誰が言っても変わらない。何より、これから死ぬロルフにとっては、自分の問いに誰が応えたかなんて、気にするだけ無駄だろう。




「準備運動終わりって感じ?」

「随分となげえ準備だな」

「念入りにやって悪いものではないけどね」

「……あんたら準備運動でわたしに本気出させたの?」


 ロルフたちの魔力を追い、使用したと思しき転送陣を破壊して、これでようやくちゃんと出発できる。これから始まる旅の危険度は、おそらく今回遭遇した魔族たちの比ではないだろう。野良、そして魔王軍の魔族はもちろんだが、魔獣による襲撃も警戒しないといけない。


 何より、魔王軍を率いているものの存在がある。魔王を継ぐほどの力を持った者は、確実に存在する。


 それを理解していてなお、これだけの軽口を叩けるのなら――。



「まあ、何とかなるか」

「え? なんか言ったー?」

「別になにも」

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