第4話「集う四人」


『勇者』


 ラウルがそう言った瞬間、敵、ロルフの顔が一気にこわばっていくのが分かった。


 勇者、それは伝説の存在ではあるが、だからこそその強さ、その恐ろしさを実感できない存在でもある。なんせ五〇〇年前の伝聞の存在だ。真の意味でその実力を知るものなど、今の時代には存在しない。


 だと言うのに、ロルフはここまでおびえている。それが示す事実は……。


「なるほどね、それほどか。今の魔族の指導者は」


 少なくとも、知っているのだ、こいつは。勇者と対になる存在である『魔王』、そこまでいかなくとも、それに限りなく近い存在を。


 内心で舌を打つ。


 ラウルの桁違いな能力と聖女が持つ力、聖法術。そしてこれから合流する二人の実力があれば、そこまで面倒なことは起こらないと思っていた。旅の途中で誰かが脱落したとしても、残るメンバーで任務を遂行することはできる、と。


 どうも、そう簡単にはいかないらしい。現時点で魔王が復活したという話は聞かない。もし復活していたのなら、魔族の攻勢は今以上のものとなっているだろう。つまり、魔王ディアークが復活していないこの状況ですら、それほどの力を持つものが魔王軍にはいるということだ。魔王を継ぐ者とでも言うべき存在が。


「なぁ、フリーダ」


 幸いなのは、それでも魔族側が、魔王を復活させようとしていることか。今の魔族のトップは、どれだけ実力があっても、かつての魔王ディアークほどではないということだ。もしくは、魔王ディアーク復活を推進する者と、今の魔族のトップを支持するものとで派閥が分かれているのかもしれない。敵が一枚岩でないのなら、それほど都合のいいことは無い。


「フリーダってば!」

「え? ああ、どうしたの?」


 注意がおろそかになっていた。一応、ここは敵前だ。注意が散漫になって不意打ちでも喰らっては目も当てられない。危ない危ない、と気を引き締めなおしたところで、いや、危ないか? と自問する。だって今目の前にいる敵はこいつだけだぞ? そう思い、おびえたままのロルフを見る。


「こいつ、どうすればいい? 何か聞き出すんならこのままにするけど、それとも――」


 ああ、そうだった。まだこいつらがどうやってここまで来たのかを聞き出せていなかった。その答えによっては、教会のほうに一報入れておかないといけない。


「なんか向こうから五〇人くらい近づいてきてるけど、そいつらから聞く?」

「何っ!?」

「っ!!」


 五〇人!? そんな集団が、一体どうやって?


「――っくくく」


 ラウルの言葉を聞いたとたんに、それまでの様子とは打って変わった不敵な笑いを漏らす者がひとり。


「貴様、何をした」


 放心していたロルフのほうへ詰め寄り、革鎧の胸倉をつかむ。だがそんなことをしても、ロルフの余裕ともとらえられる笑みは消えなかった。それどころか、どんどんと笑い声は大きくなってゆく。


「くっははははははッ! ようやく来たようだな、本隊が!」

「本隊?」


 耳障りな笑い声に、聞き捨てならない言葉。


「ああそうさ! 俺の部隊は本隊に先んじて送り込まれた強行偵察部隊! 一定時間後に本隊が送り込まれることになっている。 本来ならここで合流し、勇使教の戦力を報告することになっていたんだがなぁ。だが同じことだ!」


 同じこと? 何を言っている。こちらはたったの二人。いくら勇者がいるとはいえ、教会の戦力すべてを知ったことにはならない。教会の戦力を分散させることでもできるなら、話は別だが――。


「――まさか」

「そうさ! 本隊は分散してこの近くの村を襲いながら回ってる! 今頃は村からの救援依頼がてめぇら教会の下に届いている頃だろうさ」


 ちぃ、厄介なことを考えやがる。腹いせとともに、乱暴にロルフの胸倉から手を放す。偵察部隊が聖都の戦力を分析しつつ、本隊が聖都周辺の村々を襲って回る。そうして聖都から救援を出したことによって教会本部の守りは薄くなり、その隙に魔族は戦力を集中できるというわけか。タイミングが重要になる作戦だ。おそらく遠距離通信が可能な魔法なり魔道具なりを所持しているはず……。


 ……いや待てよ、それはおかしい。


「確かにいい作戦だ。偵察部隊を囮と見せかけて、本隊が周辺の村を襲撃。聖都に増援を呼ばせる。その隙に魔族は偵察部隊の下に集結し、手薄になった聖都を攻める。二段構えの囮作戦か」

「ああ、今頃村は壊滅、そしてもうすぐここに集まってくる本隊が――あ?」


 ああ、こいつもおかしいことに気付いたな。


「そんなタイミングが重要になる作戦、合図もなしにうまくいくはずがない。偵察部隊が聖都の戦力を分析する時間、転移してきた本隊が村を襲い始める時間、救援を呼ばせるタイミングに、集まるタイミング。おそらく何らかの手段でそれらを知らせる必要があるはずだ。なら、なぜおまえらは、ここに勇者がいることを本隊に知らせていない? なぜ本隊がここに近づいていることを、お前自身が知らされていない?」


「そ、それは……」


 勇者なんて存在がここにいるなら、魔族をここに集めることはしない。つまり、偵察部隊から本隊へ連絡を取る手段は無い。おそらく偵察部隊ができるのは、連絡を受け取ることだけのはずだ。そして……。


「なぜ、まだ来るはずのない本隊が、こんなところに来ているのかしら」


 まだ来るはずのない本隊。それはロルフの反応からも明らかだ。ここまでの作戦、連絡の手段がなければ成立しない。だが、本隊が近づいていることに、ロルフは気が付いていなかった。それはつまり、ロルフ達偵察部隊だけでなく、本隊の側にもイレギュラーが起こったということに他ならない。


「ラウル、魔族本隊の方向は?」

「んー、あっちのほう。固まってこっちに向かってくるから、もう少しで見えるはず」


 ラウルが指をさした方向、それは、当初の目的地の方向だった。つまり……。


「なるほど、あいつらね」


 そりゃあ、こいつら程度の魔族じゃあ相手にならないはずだ。間違いない。魔族の本隊は、ここに逃げてきたのだ。その証拠に、耳を澄まさずとも聞こえてくる。


「ばけもの……化け物だあああっ!」


 地響きを立てて向かってくる魔族の大群、そいつらが上げる、いくつもの悲鳴が。


「なんだ、なんなんだよ! どうなってやがる!」


 一度は余裕を取り戻したロルフも、再び平静を失っている。まあ、仕方がない。五〇もの魔族がこちらに逃げてくるのだから。いや、きっと魔族の本隊はもっと多くいたのだろう、それが今、減って五〇人になっている。いったい、誰のおかげでそんなことになっているのか。


 このご時世、聖都の周辺の村で魔族を一方的に追い詰めることのできる者なんて、考えるまでもなかった。


 目視できるところまで迫ってきた魔族たち。だが、その表情は一様に必死なものだ。


「ロルフ、助けてくれっ! 化け物、化け物が……あ?」


 先頭を走る魔族が、ロルフに助けを求める。が、その声は最後で疑問に変わった。


 死に物狂いで走っていたはずの魔族の足が、だんだんと緩やかになり、やがて止まる。魔族の瞳はロルフとこちらのもとを行ったり来たりとせわしなく動く。そして何かを悟ったかのように、あるいは諦めたかのように、穏やかなものに変わっていった。


「は……ははは、――まじかよ。んな、化け物みてぇなやつが、何人も……」

「さっきから、化け物化け物と失礼だろ」


 呆然と立ち尽くしていた魔族の全身が、突如として見えない刃に切り裂かれる。


 崩れ落ちる魔族の横を、悠然とした足取りで歩いてくる二人の男。戦意を失った魔族の本隊など、二人はすでに気にも留めていなかった。


「こんな色男捕まえてよ」


 軽口をたたくのは、明るい赤髪を肩口まで伸ばした、どこか軽薄そうな笑みを浮かべる青年。レヴィ・ディークマイア。魔族のリーダーを襲った見えない刃は、こいつの使う魔法。おそらくは風系統のものだろう。


「自分で言ってちゃ世話ないね。口を閉じていればそれなりに見えるのに」

「おいそれなりってなんだよ、それなりって!」


 それをたしなめるのは、レヴィとは対照的な黒髪を適度な長さに切りそろえた、同じ年ごろの青年。アルフリード・シュルツ。その若々しい見た目からは考えられないほどに落ち着いた雰囲気を見せる、どこか不思議な雰囲気を持つ男だ。もっとも、事情を知る者から見れば彼の落ち着きは当然だ。その左手の薬指には一つの指輪がはめられており、戦闘中だというのに腕時計をつけている。血飛沫の舞う凄惨なこの場でも、どこか涼やかなきらめきを帯びていた。


「アル、レヴィ! 久しぶり!」


 二人の名を呼びながら無邪気に駆け寄っていくラウル。


「おう、元気してたか、やんちゃ坊主」

「久しぶりだね、ラウル。でも、一応敵前だってことを忘れないように」


 ガシガシとラウルの頭をなでるレヴィと、それとなく注意を促すアルフリード。ラウルにとって二人は、信頼を寄せる数少ない存在だった。そもそも、ラウルには知り合いと呼べる者がフリーダを含めたこの場にいる三人しかいない。


「あんたたちのほうにも魔族が来てたみたいね」

「ああ。少し相手してやったらすぐに逃げ出しやがった。逃げ足だけは速えのな」

「そんなこと言って、その気になれば魔法でいくらでもやれたでしょ。……手ぇ抜いたことバレバレよ」


 その言葉に、レヴィはペロと舌を出す。殲滅することはできたが、逃げ出した魔族を追いかけながら倒すのが面倒だった、というのが実際のところだろう。


「まあ、彼らが聖都方面に逃げ出したので、無理して追う必要はないかと思ってね。こうして合流できたわけだし、文句はないだろう?」

「相変わらず言い訳がうまいのね」


 苦笑いを浮かべながら言い訳するアルフリード。彼の言い訳はレヴィのものと違い、不思議とこちらを苛つかせない。言い方の問題もあるのだろうが、これが人柄というやつかなと思ったりもする。


 なんにしろ、これで全員揃った。あとは――。


「残ったゴミを片付けましょうか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る