第3話「勇者、その力」


「はぁ?」


 魔族のひとりが、間の抜けた声を漏らす。おおかた、目の前の現実が受け入れられないのだろう。強者であるはずの魔族が、奪う側であるはずの自分たちが、何の抵抗もなくその命を奪われたという現実に。そしてそれをした相手が、見るからにか弱そうな華奢な少年だということに。


 まあ、ラウルのことを知らなければ、驚くのも無理はない。


「っと、やりすぎた?」


 当のラウルは、魔族のぽかんとした反応を見て、何とも場違いなことをつぶやいている。


「いや、それでいい」


 向かってくる敵に対して手心を加えられても困るので、ここは肯定しておこう。さて、圧倒的な実力差を前に、魔族はどう反応するか。向かってくるなら叩きのめす。逃げるようなら叩きのめす。このまま放心し続けるなら、それでも叩きのめそう。


「な、なんなんだてめぇはッ!」


 状況を呑み込めていない魔族が、ひとりラウルに突っ込んでくる。が、間合いを詰める速度ならラウルのほうが早い。


「さあね、なんだと思う?」


 その声を、魔族は己の内側から聞いただろう。笑顔で懐に入り込んだラウルは、凶悪な剣を思い切り振り上げ、


「な、ま、待っ――」


 目の前の邪魔者を、文字通りに粉砕した。


 四人の仲間を一瞬にして失った魔族たちが、わずかに後退する。彼我の戦力差をようやく実感し始めたのだろう。


「なあフリーダぁ、こいつらつまんねぇ」


 未だ十人弱残る魔族を指さして、ラウルは言う。


「あんたの遊び相手になるのがごろごろいたら困るでしょう」


 それこそ人族存亡の危機だ。ラウルには悪いが、まだまだ退屈でいてもらわなければ困る。


「だ、ダメだ……なんなんだこのガキ……。今回のは、まだ手付かずの町を好き放題にできる美味い話じゃなかったのかよ!」


 ああ、そんな認識でここにきてたのか、とフリーダは納得する。来て早々にフリーダとラウルの二人に出くわしたのは運が悪いと言えなくもないが、だがこの程度の強さなら聖都の教会騎士でも普通に対応できるだろう。最初に見た時は魔王軍のそれなりのやつらかと思ったが、何のことはない、こいつら、ただの使い捨てだ。


 それよりも気になるのは、「今回のは」と「美味い話」か。おそらくは何者かが様子見の意味で使い捨ての駒を聖都付近に送り込んだのだろうが、あまりにもタイミングが良すぎる。フリーダとラウルの出立を知っていたのだとしたら、魔族側に情報が洩れていることになる。


「ふざけんな、こんなことで死んでられるか!」


 ひとりの魔族が我先にとこちらに背を向ける。まあ、正しい判断だ。けど、それを許すとは誰も言っていない。ラウルにとって、目の前の魔族たちは久しぶりの運動相手だ。


 逃がさないと言わんばかりに、ラウルは剣を構えなおし、距離を詰めようと両足に力を籠める。と、その時。


「おいてめぇら! なに怖気づいてんだ!」

「っ!」


 魔族の集団の一番後ろから飛んでくる罵声。それを聞いた魔族たちの顔が、仲間を殺された時以上にこわばってゆく。


 おそらくは声の主だろう、他の魔族と比べても一際体格のいい男が一人、集団を二つに分けるように、悠然と歩みを進めてくる。男は集団の先頭まで歩みを進めると、ついさっき、こちらに背を向けた魔族に声をかけた。


「なあお前、まさか逃げるつもりじゃねぇだろうな?」


 どこか親しみを感じるような口調で、そう問いかける。問うまでもなく逃げる気満々だったと思うが、しかし問いかけられた魔族は、とんでもない過ちを犯したかのように一瞬で血の気が引いた顔色になり、あわてて弁明し始める。


「い、いえ! そんな! 逃げようだなんてそんなこと……」

「口答えすんじゃねえ」


 男は弁明する魔族の顔面を片手でわしづかみにし、そのまま片腕で持ち上げた。


 つまりこれはあれか、仲間内の粛清というやつだな? ということはこいつがこの魔族たちのリーダーか。なら、あいつさえ生かしておけば残りは全員やってオーケーと。


「いいか? この部隊では俺様がルールだ。口答えする奴も、敵から逃げる雑魚も、ここにはいらねぇんだよ」

「あっがぁッあ!」


 ギリギリと、音がしそうなほどの力で顔面を掴み続ける男。仲間が苦悶の声を上げても構うことなく、むしろどんどん力を強めていく。なるほど、他のやつらと比べて、一応力は強いらしい。まあ、使い捨てとはいえ、魔王軍が人族の本拠地にまで送り込んでくる奴らだ。リーダーくらいはそこそこのやつに任せているというわけか。


「ご、ごめんなひゃい! じゅいまぜん……! もう二度と、二度とくちゅいごたえなんて――」

「――!」


 ぐしゃっと。


 ひときわ強い力を籠め、男はわしづかみにしていた魔族の頭を握りつぶした。


「チッ、唾飛ばすんじゃねぇよ。きたねえな」


崩れ落ちる潰れた顔の魔族を尻目に、男はパッパッと手を振って血を払い飛ばす。


「ロ、ロルフさん、いくらなんでもやりすぎじゃ……」


 一連の様子をじっと見ていた魔族の一人が、男――ロルフと呼んだか、におずおずと申し立てる。が、


「文句があるならてめえも、こうなるか?」


 同族の血に濡れた右手を眼前に突き出され、沈黙する。ロルフはつまらなそうに鼻を鳴らすと、フリーダとラウルのほうに向きなおった。


「へっ、見た目に似合わず、やるじゃねぇか。人族のガキが。いいぜ、名乗ってやる。俺様の名はロルフ。魔王軍所属、今回の切込み役を任されたエリート様だ。てめぇらにはこれから、俺様の餌になってもらう。光栄に思え」


 名前は先ほど聞いたのだが。しかし、敵前で堂々と自己紹介とは、どれだけ自分に自信があるんだ。いや、もうこれ自信というか、自己愛? ナルシストの領域だ。だって普通一人称「俺様」とか自分のこと「エリート様」とか言わないだろう気持ち悪い。


「ラウル」

「ん」


 ちらとラウルに目配せすると、ラウルも言葉少なめに反応を返す。気のせいか、ラウルの眼も若干冷めているように見えた。


「魔王軍にその人ありとうたわれた、暴虐のロルフとは俺のこ――」


 余裕しゃくしゃくで演説していたロルフには、まるでラウルが瞬間移動でもしたように見えただろう。ラウルはロルフが瞬きをしたその瞬間に、その距離をゼロにしていた。そして振りぬかれる、凶悪な剣。


「そいっ」

「どぇぇぇぇえええッ‼」

「えええええええええ――ッ!?」


 語尾を悲鳴に変えながら吹っ飛んでいくロルフ。その光景に魔族たちも驚愕の声を上げた。


 いやー、二〇メートルはとんだな。


「「「ロルフさあああぁぁぁぁぁあああん!!!!!!」」」


 ラウルのスイングがきれいに決まり、残りの魔族がロルフの名を斉唱する。しっかし暴虐のロルフて……自分で自分のこと異名で呼ぶ奴初めて見た……。名前も覚えるってもんだ。ロルフね、一生忘れないかもしれない。


「ちょっとお前ぇ! ああいう口上の時は手を出さないってお約束があんだろ!」


 魔族がラウルに怒鳴りつけるが、いや、怒鳴るところはそこなのか? それに、ラウルはこの世に出現してからまだ三年程度しかたっていない。一般常識は持っているが、そんな「お約束」なんて抽象的なもの、わかるわけがない。初めて聖都に来た時だって、教皇の話をさえぎって「腹減った」発言をした空気の読めなさだ。


「え? おれ、なんか約束してたっけ?」


 ほら、不思議がっている。小首をかしげて魔族にそう尋ねる様は、顔色ひとつ変えずに魔族をたたき殺した少年のものとは思えない……いや、純粋だからこそ、そこに何の躊躇もないのだろう。


「くそ、に、逃げるしか……っ」

「ロルフさんがやられたんじゃ、俺らにはもう……」


 実力差を理解した魔族たちがじりじりと後退していく。だが、こいつらも理解しているだろう。そもそも、逃げることすら不可能なのだと。情報を聞き出そうと思ったロルフはぶっ飛んだが、まああれくらいなら生きてるだろうし、あとで拾いに行こう。


 そうすれば、ほら。もうこいつらに用はない。


「なぁなぁ、もう終わりなの? ならつまんないし、いっぺんにかかってきていいぞ?」


 同じことを思ったのか、それとも本当にただつまらなかっただけなのか、ラウルも似たようなことを口にする。


「ちっ、なめやがって……」


 悪態はつくものの、手を出してくる様子はない。残る魔族九人、全員がラウルの存在に恐怖を感じている。まあ、このまま戦意喪失した魔族相手にラウルがひと暴れして終わりか。ならばいっそ、さっさと終わらせてやろう。そう思い、フリーダはラウルに指示を出そうと呼びかける。


「ラウ――」

「てんめぇぇぇぇぇええらああああああッ‼」


 と、その声をかき消さんばかりの大声が鳴り響いた。


「ん?」

「うわっ、なんだこのバカでかい声」


 この声、そして声が聞こえた方向……、まさかとは思うが――。


「これは、ロルフさんだ!」


 やっぱりか。死んでないとは思っていたけど、まさかこんなに大声を出せるほど元気があるとは。頑丈さにおいては確かに優秀なのかもしれないな、ロルフ。それはそれとして近所迷惑だ。時間帯を考えてほしい。


 魔族の後方に目を凝らすと、鼻血で顔面を真っ赤にしたロルフが息も絶え絶えに立っているのが目に入る。そしてよろよろと、亀の歩みでこちらのほうに戻ってきた。


「クソ生意気な人族のガキが……! ちょっと強いからって調子に乗んなよ、全員で囲んでひき肉にしちまえ! 数はこっちが有利なんだ! やれぇええ!」


 ロルフの言葉に、思考停止した魔族たちはいっせいにラウルへと飛び掛かる。確かに、物量で攻めればいくら個人の力量があろうと押しつぶすことができる。

ただしそれは、相手が普通の人族であればの話だ。


「よっし、これで、一気に片付くな!」


 十数人の魔族が一斉にラウルへと攻撃を仕掛ける。四方八方、回避する隙間も見つからない一斉攻撃。だがラウルはその攻撃を避けようとする素振りすら見せず、ただ素直に直剣を構えた。腰を落とし、右足を前に、スタンスは広く、両手で持った直剣を、左下、やや腰だめに。


 ラウルの瞳が金色に輝く。


 同時に、空気の揺らぎがその全身を包み込む。


「全員――ぶっ飛ばす!!」


 構えた剣を右斜め前方に。前に出した右足を軸にして、回転するように全方位を一撃で切り裂いた。


 血や肉片となった魔族だったものが飛び散ってゆく。その内の一片が、呆然と目を見開くロルフの額に、ぺちゃりと音を立てて付着した。


「……は」


 ロルフは汚れた額を吹くこともせず、口を開く。


「は……は、はははは」

「なんだ、もうぶっ壊れたの?」


 肉体は頑丈でも、心のほうはそうでもないらしい。まあいいか、心が折れていたほうが、いろいろと情報を聞き出しやすい。


「おい、なんだよ今の、魔力は……。魔力、だよな? だって、今まであんなもの、あんなでけえ魔力、見たこと……」


 うわごとのようにぽつぽつと言葉をこぼすロルフに、ラウルが一歩一歩近づいていく。距離が縮まるたびに、ロルフの口が回らなくなっていく。何も考えずとも、本能で恐怖しているのだろう。


 剣を振れば届く距離まで近づいたとき、ロルフが何かに気付いたように目を見開いた。恐怖が一周して正気を取り戻したのかもしれない。


「てめえ……、金の瞳に金の髪。それにバカみてえな魔力……。まさか」



「ん? ああ、おれ、勇者だよ。ラウルっていうんだ。よろしくな」




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