幕間
「よろしかったのですか? 聖女フリーダだけならばまだしも、あの三人を同行させて」
教会の執務室にて、教皇ルドルフの側近である教会騎士団長、クルト・クリスチャン・クルスは渋面を隠そうともせずルドルフに問う。
「確かに、あの三人であれば戦力として申し分ないでしょう。しかし、それだけなら騎士団や魔法師団の精鋭を連れて行っても……」
「不服かね、クルト騎士団長」
ひと睨みされて言葉に詰まる。が、それでもクルトは続ける。
「……そうではありません。ですが、なにも彼らに頼ることはないでしょう! 彼らは……あまりにも危険すぎます」
ややヒステリックな声を上げる騎士団長に、教皇ルドルフはひとつ、ため息をついた。
「ならば君は、その『あまりにも危険な存在』を聖都に縛り付けておく気かね」
「っ、そうでは、ありませんが……」
クルトという男は、齢三〇にして騎士団長を任されていることもあり、実力も、教会への忠誠も申し分ない。もちろん、教皇からの信頼も厚い男だった。だが、馬鹿ではないものの、少々頭が固すぎる。というのが周囲からの評価だった。
「まあまあ落ち着いて。クルト殿、私も旅の人選に何も思わないわけではありませんが、少なくとも勇者ラウルと聖女フリーダ、この二人には彼らにしかできないことがあると思いますよ?」
「……ハインリヒ」
そう口をはさむのは、教会の中でクルトと並び立つ精鋭、魔法師団長のハインリヒ・ボルグハルトだ。
「聖女と勇者、実力はもちろんのこと、彼らには教会の象徴、そして人族の希望としての役割がある。それはもう歴史に裏打ちされた、変えようのない真実なのです」
仰々しい言い回しを好むハインリヒの言葉に、クルトはつい否定の言葉を口に出しそうになるが、のど元まで出かかったそれを何とか飲み込む。勇者と聖女の旅は教皇ルドルフがすでに決定したこと。それに異を唱えることはクルトには出来ない。ハインリヒの言葉も芝居がかって聞こえはするものの、内容としてはクルトも納得せざるを得ないことだった。
「そもそも、君や教会の精鋭を敵の本拠地に向かわせるなど、ありえんよ」
「……はい、我々には教皇閣下はもちろん、敬虔なる信徒を守るという義務もありますので……」
その青すぎる考えを、ルドルフは鼻で笑った。
「そうとも。君らには君らの仕事がある。わかったのなら、この話は終わりだ。私にも片付けねばならない仕事がある」
「は、お忙しいところお時間をいただき、ありがとうございました」
「では、失礼いたします」
そう言い踵を返すクルトとハインリヒ。その後ろ姿を見送りながら、ルドルフは口をゆがめた。
「そうとも、化け物退治は、同じ化け物にやってもらわねば。なあ、フリーダよ」
◇
「ロルフの反応が消えた」
遠く、遠く離れた地に送り込んだ仲間の命が今、潰えた。ロルフがやられたと言うことは、おそらくは、送り込んだ約百名の同胞、その全てが何者かによって殺されたと見て間違いないだろう。
「……ですが、いくら勇使教本部、聖都アイエルツィアと言えど、ロルフがそうやすやすと教会のものに敗れるとは思えません」
すぐ横を歩く少女がおずおずと意見する。何の因果か、俺はこの地では比較的高い地位にいるため、この様に意見してくれる人材は貴重だ。安心させる意味も込めて、俺は微笑みと共に同意の言葉を返す。
「ああ、俺もそう考える。おそらくロルフが敗れたのは、ただの騎士や魔法師ではない」
「では」
「ああ。動いたようだ」
全ての生命が魔力を有するこの世界で、魔力を持たずに生まれた突然変異のような存在、聖女。教会のシンボルとして人族を導く存在であるが、その正体は魔族と魔獣に特化した殺戮兵器。一般の魔族には知られていないが、とある理由から我ら魔王軍はその情報を有している。その実力を測る意味もあって、何も知らないロルフを派遣したが、まさか帰還する余裕も無くやられるとは……。それに、
「勇者も、フルーフ・ケイオスと同時期に出現したとの噂がありますね」
「聖女に勇者、か」
勇者。魔王様のカウンターとして産み落とされた、世界の守護者。そんな言われ方をしてはいるが、その正体は魔王様と同質の力を持つ、いわばもう一人の魔王。フルーフ・ケイオスの影響を受けない魔族だと言っていいだろう。
「言の葉ひとつで、同一の存在が対極を為すか。まあいい。勇者も聖女も、敵対するなら容赦はしない」
全ての魔族の安寧のためならば、倒してみせる。それがかつての魔王ディアーク様の意に背くことであっても。勇者だろうと聖女であろうと、邪魔をするならば――。
「この俺が倒す」
「はい、ギルベルト様」
全ては、当たり前の幸せすら享受できなかった、我が一族のために。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます