第一章

第6話「人と魔」


 ガタゴトと、ひとけのない街道を走る馬車が一つ。大き目の馬車が余裕ですれ違えるほどの道幅だが、それも今では、ひとけのなさから感じるさみしさを助長するだけ。


 この南中央街道は、聖都アイエルツィアと商業都市フォアンシュタットをつなぐ、ハイリアでもトップの交通量を誇る街道だった。平時であれば、積み荷を乗せた馬車や旅の修道者、そしてその護衛をこなす騎士や魔法師の姿があっただろう。


 だが現在、その馬車以外、街道に人影らしきものは見えない。交通量が多いということは、もっとも狙われやすいという意味でもあるからだ。フルーフ・ケイオスによる魔族の暴走が起こってから、人族は魔族の襲撃を恐れ、意図的に使用する街道を分散するようになった。


 今ではこの南中央街道を使うのは、一流の騎士と魔法師で護衛を固めた一部の金持

ちか、よほど腕に自信のある旅人か。どちらにしろ、自信たっぷりな命知らずだと言っていいだろう。


 そんな命知らずな馬車に、進行方向から危険が迫る。


「グルルゥウ……」


 唸り声をあげる狼の姿をした獣が二頭。それも、ただの獣ではない。


 魔獣だ。


 魔獣は通常の生き物とは違い、心臓の役割をする機関が結晶化した魔力、魔核でできている。そのため身体能力や治癒力が通常の獣とは比べ物にならないほど高く、その種によっては魔法を扱うものまでいる。


 剣や魔法の心得がない普通の旅人であれば、それがどんな姿であれ死を覚悟しなければならない。それが魔獣という存在だ。


 ……だというのに、馬車は止まるどころか減速もせずに、そのまま二頭の狼へと突っ込んでゆく。


「レヴィ。前方に魔獣二体。狼型」

「あいよ」


 あと数秒で狼とぶつかる、そこまで馬車が近づいたとき、御者が後方へと呼びかけ、幌の中から一人の青年がひょい、と身を乗り出した。


「『魔弾クゥゲル』」


 青年が前に腕を伸ばし、そう唱える。すると二頭の狼は見えない弾丸にはじかれたようにその身を宙に舞わせ、こぶし大の石を残し雲散霧消した。青年は空中に残された二つの石を難なくつかみ取り、


「ほい、魔核ゲット。さっすが俺様」


 にやりと笑うと、幌の中へと身を戻した。


 馬車は何事もなかったかのように街道を走り続ける。



  ◇



「しっかしよぉ、さっきから十匹は倒してるぜ?」


 幌の中に身体を戻したレヴィが心底だるそうにぼやく。手に持った二つの魔核をぽんぽんっと投げると、荷台の隅に溜まっている魔核にかつんとぶつかった。


「ハイリアで一番でかい街道が、こんなんでいいのか、聖女サマ?」

「……はぁーぁ」


 レヴィの問いに応えたのは、これまた心底だるそうにため息だった。荷台の淵に片肘を突く聖女フリーダは、蔑みの視線を向けたまま「少しは頭使って会話してくれない?」と言い放った。


「あぁん?」


 歯に衣着せぬ物言いに不機嫌さを隠そうともしないレヴィ。そんな二人を見て、荷台に座るもう一人は「またか」とつぶやいてうなだれた。


「この規模の街道を安全と言えるレベルにまで警備するのは今の教会の力では不可能。自然、人族は流通に頼ることをやめ、小規模でも自給自足の形をとることに力を注がなければならない。そうすると人族同士の連携が取れなくなる。規模の大きな町は問題ないかもしれないけど、生活するだけで手いっぱいの小さな集団は物資を求めて敵に見つかるか、もしくはゆるやかな自滅の道をたどる。違いがあるとすれば滅ぶ方法くらいのものね。外敵による殲滅か、精神的疲弊による自滅か、不足する物資を求めあう内側での争いか――」


「ちょ、てめ、誰がそんな暗い話しろっつったよ」


 予想外に深刻な回答に顔を引きつらせるレヴィ。旅の雑談程度の気持ちで振った話題に、ここまで真面目に返されるとは思っていなかったのだ。


「あんたが聞いたんでしょ、こんなんでいいのかって」

「そりゃそうだがよ……、そんなこと言われたって、今の俺らにゃあどうしようもないだろうが」

「だから、言ってんのよ、少しは頭使えって」


 今フリーダが言ったことは、ちゃんと考えればレヴィにも容易に想像できる答えだった。当然、フリーダもそれは承知している。だからこそ、たいして考えもせずにこんな話題を振ってきたレヴィに心底あきれているのだ。


 自分の非を悟ったレヴィは小さく舌打ちし、荷台に腰を下ろす。


「なあ、そんなつまんない話よりもさ、もっとケンセツテキな話しようぜ~」


 レヴィの敗北で話が終わったのを見て、ラウルが悪くなった空気を換えようと話しかける。


「建設的、ねぇ。まさか体力馬鹿のあんたからそんな言葉が聞けるとは」

「明日は雪か?」


 気を使ったラウルに対して、今度は二人そろって意地の悪い笑みを向ける。


「ホントに性格悪いよな、二人とも」

「一緒にしないで」

「一緒にすんなよ」


 同時に同じ反応をしたレヴィとフリーダはお互いに目を合わせ、示し合わせたようにそっぽを向いた。


「チッ」

「ふん」


 そんな二人を見て、ラウルは深いため息をつくのだった。


「アル~そっち行っていい?」


 せめてこの空気から脱出しようと、御者を務めるアルフリードに声をかける。


「だめだよラウル。二人のおもりは任せたって言っただろう?」


 だがそれもかなわず、ラウルは再び荷台の隅っこでうなだれた。


 ――まさか旅の中で一番苦労することになるのが、敵との戦闘ではなく仲間の仲裁だとは。


 天真爛漫な勇者でも、そう思わずにはいられなかった。


「しかし、建設的な話、ね」


 フリーダがラウルの言っていた言葉をつぶやく。誰に対して言ったものでもないが、レヴィとラウルの二人はフリーダの言葉の続きを待った。


 二人の視線に気づいたのか、今度は二人に向けて口を開く。


「一応、わたしたちの旅はそういった問題すべてを根本から解決するためのもの。当然、魔王の復活を阻止したからと言って元の生活に戻るわけではないけど」

「魔族を倒しながら進むことで、奴らの勢力を削りながら大本をたたくってことだろ?」


 単純化されたレヴィの説明に、フリーダは首肯する。


「なら結局、魔族たくさん倒せば人族の勝ちってこと?」


 だがそれに続いて発せられた、単純化に単純化を重ねたようなラウルの発言に、フリーダは頭を押さえた。


「大筋では間違いはない。けど、このまま魔王の復活を阻止し、敵の親玉をぶっ飛ばしてフルーフ・ケイオスを解呪したとして。それで平和な日常とやらが戻ってくると思う?」


 ラウルが「うーん」と頭をひねっていると、レヴィが自嘲的な笑みを浮かべた。


「ま、そう簡単には元に戻らないわな」

「そーなの?」

「そーだろ。理由はまあ、大きく分けて二つか。魔族ってのは普通の人族よりもよっぽど強い。一部化け物みたいな女を除いてな」


 フリーダの冷たい視線に冷や汗を垂らしながら、レヴィはラウルに説明する。


「そんな魔族が、だ。今まで一緒に暮らしてたのに、ある日突然自分たちを襲うようになった。そうすると人族はどう考える?」


 説明の中でラウルに問いかけるレヴィだったが、ラウルは答えようとせず、まっすぐにレヴィの瞳を見つめ続けた。生まれた瞬間から強者であった勇者には、その答えを想像することすらできなかったのだ。


 レヴィはふっと息を吐き、答えを告げる。


「本性現しやがった、だ」

「……本性」

「そうさ。フルーフ・ケイオスが起こる前ですら、人族は魔族を恐れてきた。魔力抑制装置(マナ・サプレッサー)なんかがその最たるもんだな。魔族の持つ圧倒的な魔力を、人族程度にまで押し留める装置だ」


 レヴィの言葉にラウルはふっと視線を御者台の方へ向ける。その動きに、レヴィもコクリと頷いた。


「そんな拘束具めいたもん着けなきゃ一緒にいられなかったんだ。その魔族が今回の件で急に、その圧倒的な力を持って襲ってくるんだぞ? 『ああ、やはりこいつらは血も涙もない化物だったんだ』。そう思われても仕方ねぇさ」


 レヴィの言葉に呆然とするラウル。その表情を見て、レヴィは、少しばかり言い過ぎたかもしれない、と頭をかいた。レヴィもアルフリードも、そして勇者であるラウルも、その「恐れられている魔族」に近い存在なのだ。


 勇者ラウルがこの世に出現したのは三年前。ある程度成長した姿と十分な知識を以て現れたとはいえ、その精神が未熟であることは間違いないのだ。


「なあ、それって……魔族が悪いのか?」


 ラウルがつぶやいたその問いはひどく単純で、だからこそ、レヴィもフリーダもすぐに答えることはできなかった。


「……弱いのよ、人族は」


 かろうじて絞りだしたようなフリーダの言葉。それはレヴィにも、フリーダ本人にも、行き場のない言い訳にしか聞こえなかった。


 なんとかフォローしようと言葉を探すレヴィ。だがその言葉が見つかるよりも早く、再びラウルが疑問を投げかけた。


「なあ、そもそも……魔族って何なの?」

「……はあ?」


 そのあまりにも間抜けな問いに、レヴィは俺の心配を返せと怒りを込めてラウルの頭に拳骨を落とした。


「~~~~って~なッ! 何すんだよ!」

「うっせぇこの馬鹿ッ! マジになった俺がアホみてぇじゃねえか!」

「なんだよ! レヴィがアホなのは事実だろ!」

「あぁ? 馬鹿にアホ呼ばわりされる筋合いはねえんだよ!」

「アホって言ったのは自分じゃんか!」

「自分で言うのと馬鹿に言われるのは別だろうが!」

「うるっさいのよあんたらッ! 馬鹿でも阿呆でもいいから今すぐ黙るか死ぬか選びなさい!!」


 ばきッ、どごッ、と荷台から派手な打撃音が二つ響き、アルフリードはため息をつく。


「世界がどうあっても、平和なようだね、うちのパーティは」


 そんなのんきなことを言うアルフリードの手には、血に濡れた鎌が。


 馬車の通った轍には、数十では足りないほどの魔核が転がっていた。


「せっかく三人が真面目に話始めたと思ったのに、オチがこれでは。……こんなことなら、害獣駆除はレヴィに押し付けたほうが良かったかな」


 言いながらも、アルフリードは周囲の警戒を怠らない。


 人に使われなくなった南中央街道は、今や魔獣の巣窟だ。魔獣の出現数で言えば、小規模なダンジョンなんかよりもよほど多いだろう。だからこそ、魔獣が障害にならない自分たちは最短でフォアンシュタットにたどり着けるこのルートを選択したわけだが、そう考えるのは何も、自分たちだけではない。


 魔獣が障害にならないという点で言えば、魔族も同じだ。魔族が聖都アイエルツィアを目指すならば、どこかで必ずこの南中央街道に合流する。アイエルツィアを出発した日から数えて三日。未だ魔族との戦闘はない。出会うならばそろそろかと、アルフリードは後ろにいる三人の分まで警戒を厳にしていた。


「まあ、気の張りすぎもよくないかな。魔獣の数も減ってきたし……」


 そうつぶやき、はたと己の言葉に疑問を持つ。


 ――魔獣の数が減った? この数年間、間引きもされていなかった場所で、魔獣から見れば格好の餌である自分たちがいるのに?


 先ほどの三人の会話を思い出す。


『フルーフ・ケイオスを解呪したとして。それで平和な日常とやらが戻ってくると思う?』

『ま、そう簡単にことが収まるわきゃねーわな』

『そーなの?』

『そーだろ。理由はまあ、大きく分けて二つか』


 一つは、一度本性を現した魔族を、人族が受け入れるわけがないという精神的嫌悪。そしてもう一つ……。


「(――ッ殺気!?)」


 急いで馬車を止めるアルフリード。前足を高く上げて急停止する二頭の馬。反動で荷台から転がり出る三人。


「ぉおわっ!」

「……ってーなー。どうしたんだよ、アル?」

「敵襲だ! 三人とも、武器を――なっ」


 叫ぶアルフリード、状況を把握できていないラウルとレヴィ。そしてフリーダを囲むようにして、およそ二十頭の狼が一斉に飛び掛かっていた。


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