第7話「魔族」


「くっ」


 何者かに統率されているかのような隙の無い攻撃。そう、これが魔族を滅ぼしても解決しないもう一つの理由。


 魔族の中でも強い力を持つものは、魔獣をある程度使役できる。そのため魔族と人族が共生している間、魔獣による被害は一部の強力な魔獣を除きほとんどと言っていいほどなかったのだ。


 一部とはいえ魔獣を操れるのなら、護衛としての魔族の価値は人族とは比べるまでもない。この旅の果てに魔族という敵を滅ぼしたとしても、魔族を味方にできない時点で人族に安全は約束されない。


 回避も迎撃も間に合わない。アルフリードは背中の鎌に手を伸ばすが、それを構えるより早く狼の牙は喉元を食い破るだろう。


 気を緩めすぎた。そう思っても後の祭りだ。せめて誰か一人はと、アルフリードとレヴィ、ラウルの三人がフリーダを囲むように移動する、その時。


「――聖法術・護法」


 三人の中央から、藤の花のような淡い紫の輝きがあふれ出る。


「『我が認めぬものよ、その一切は立ち入らんディ・エクステンツ・ニヒト』!」


 輝きはフリーダを中心に同心円状に広がり、四人を包み込む。そして輝きに触れた狼たちは、その温かな光に拒まれたかのように、次々とはじき出されていった。


 はじき飛ばされた狼は次々と立ち上がり、憎々しげに淡い輝きを睨みつける。輝きが消えた瞬間、再度飛び掛かるつもりだ。


「チっ、相変わらず、簡易発動は出力が弱い……あと数秒で消える。準備はいい?」

「へっ、あったりまえじゃん」

「助かったよ、フリーダ。僕とラウルで突っ込む。レヴィはフリーダと馬車を守りつつ魔法で援護を」

「わーったよ。今回ばかりは俺らの注意不足だ。守ってやるよ、お姫様」

「守られてる分際で減らず口を……。っ、今よ、行って!」


 フリーダの掛け声とともに四人を覆っていた輝きが消える。


 動くのは狼よりも、三人のほうが早かった。


 レヴィがその指に魔力を宿し、地面に円を描く。


「守れ、『炎の壁ヴァント・デス・フォイア』」


 ラウルとアルフリードが飛び出すと同時に、フリーダとレヴィの周囲を炎の壁が覆う。その炎は一瞬だけ燃え上がると、すぐに熾火のようにおとなしくなり地面を焦がした。


 ラウルとアルフリードの攻撃をかいくぐった数頭の狼が、無防備なレヴィに牙を立てんと襲い掛かる。


 だが、その狼が地面の焦げ跡を飛び越えた瞬間、


「ギャウぅウ!」


 大地から業と燃え盛る炎が噴き出し、その体を貫いた。


「おびえろ、獣ども。炎は苦手だろ?」


 狼を焼いたその残り火を片手にもてあそびながら、不敵に笑うレヴィ。


「熱い。もう少し気遣いってものを覚えて。……あと暑苦しい」

「てめぇなぁっ! 守ってやったってのになんだその態度! あと最後の! ただの悪口だろそれ!」


 緊張感のかけらもなく怒鳴り散らすレヴィに、フリーダは「嘘はつかない主義なのよ」と悪気もなく悪口を肯定する。


 そんな二人を横目に、苦笑いしながら狼を捌いていくのはアルフリードだ。


「まったく、ついさっき隙をつかれたばかりだというのに……暢気なものだな!」


 アルフリードは襲い掛かってくる狼の猛攻を最小限の動きで避け、その攻撃の隙を見逃さずにカウンターを決めていく。降り注ぐ爪も、牙も、アルフリードにはかすりもしない。それどころか絶えず絶妙に位置を変え、鎌の柄で攻撃の軌道をそらし、同士討ちを誘発する。


「油断と言うのは怖いな、こんな敵にやられかけるなんて!」


 魔力を込めた指で鎌をなぞる。りん、という音とともに、その刃が歓喜に震えた。


「ハッ!」


 気合とともに腰だめに薙ぎ払ったひと振りは、間合いの内のみならず、その数メートル離れた場所までも一息に切り裂く。


 一瞬ののち、先ほどまで狼だった魔核が、ボトボトと地面に落ちていった。


 敵の攻撃を己の攻撃に変えていくアルフリードとは対照的に、ラウルは積極的に敵陣へと切り込んでゆく。身の丈ほどの大きさもある聖剣を片手で軽々と振り回し、ひと薙ぎで数匹の狼の命を刈り取る。


「不意打ちなんてなめた真似してくれた、そのお礼、だ!」


 街道のわきに生える木々すらなぎ倒す、その様はさながら狂戦士だ。


「楽しそうに戦うな―、あいつ」

「あれがラウルなりのストレス解消なんだろうね。荷台では相当気を遣っていたようだし……」


 ラウルの戦い方にぼそりと感想をこぼすレヴィ。そこに戦闘を終えたアルフリードが隣に立ち、言葉を添える。


「荷台での話、聞こえてたよ。ふたりとも、あれじゃラウルをガキ呼ばわりできないね」


 年長者のような物言いで、レヴィとフリーダをたしなめる。普段であれば反抗しそうな二人だが、アルフリードの言葉にはバツの悪そうな表情を浮かべていた。


「おーい、魔核、拾ってきたよ」


 そうしていると、戦闘を終えたラウルが十数個の魔核を両手いっぱいに抱えて駆け寄ってきた。


「おっと、ラウル。魔核を集めるのは良い心がけだけど、戦闘中に両手を塞ぐのはいただけないな」

「戦闘中?」


 アルフリードの言葉に首をかしげるラウル。目に見える魔獣は全て駆逐した。ならば敵とは何のことを言っているのだろう、と。


「いい機会だ。荷台での話の続き、実践で学んでみようか」

「えーっと、荷台での話ってゆーと……」


 斜め上に目線を向けながら、戦闘前の会話を思い出す。


「あ、魔族って結局何なのってやつ!」


 元気よく答えると、アルフリードはよくできましたとラウルの頭を優しくなでた。


「さて、そろそろ出てきたらどうだい? いるんだろう、魔狼使い」


 そう言い、アルフリードは街道のわきを睨みつける。


「出てこないつもりらしいぜ? どうする、アルせんせ?」


 ふざけた調子で聞いてくるレヴィに、「その呼び方はやめてくれ」と小さくため息をつく。


「でも出てこないというなら、炙り出すしかないね」


 その言葉を待っていたと言わんばかりに、レヴィが右手に魔力を込める。すると、


「まっ待ってくれ!」という声とともに一人の魔族が木の上から転がり落ちてきた。


「待てよ! あんたたちがこんなに強いだなんて思わなかったんだ! み、見逃してくれ!」


 尻もちをつきながらみっともなくわめき散らす魔族を前に、体力を回復したフリーダが一歩前に出る。


「なるほど、こいつを教材にするわけね」

「お、聖女サマってばやる気~」

「こいつの次はあんたが教材になる? ん?」


 レヴィの空気を読まない発言に冷ややかな目を向けるフリーダ。その瞳は、この言葉が冗談ではないことを示していた。


「じょ、冗談だって、流して流して」

「さっき言わなかった? わたし、嘘はつかない主義よ?」


 口元に冷徹な笑みを浮かべてレヴィを流し見る。そのままの視線を向けられた魔族は、フリーダから感じる威圧感にその身を震わせた。


「さて、ラウル。よく見ておいて」


 言いながら、フリーダはラウルのほうを振り返った。その瞬間、フリーダは無防備な背中を魔族に晒すことになる。


「魔族の特性その一」


 口の端を吊り上げる魔族。


「はっ! また油断しやがった!」


 魔族の声とともに一頭の狼が木々の隙間からフリーダに飛び掛かる。保険か、あるいは移動用に残しておいたのだろう。が、飛び掛かった狼は空中でその動きを止めた。


 口を開けぬよう、フリーダが片手でその鼻先を鷲掴みにしたのだ。


「……愚かで弱い」

「いやいや、それ特性じゃないから」

「ラウル、正しくは力の弱い魔獣を使役できる、だ」

「なるほど」


 どちらに納得したのかはわからないが、頷くラウル。


 それを確認すると、フリーダはおもむろに狼の口に腕を突っ込んだ。修道服の袖に仕込んであるナイフ状の暗器で身体を貫き、魔核を直接むしり取る。魔核を取り除かれた狼の体は、粉となって消えた。


「魔族の特性その二。魔族の心臓は魔獣と同じく、結晶化した魔力『魔核』でできている。これにより、人族よりも効率的な魔力の運用が可能になる」


「うん、それは知ってる。前にたくさん見たからな」


 フリーダの行動、そしてラウルの言葉に身をすくませる魔族。だが彼を襲う恐怖はまだ始まったばかりだった。


「ああ、そういえばそうだったわね。でも、前回は一撃で倒してばかりだったでしょ。効率よく魔力が使えるとどうなるか、今度はそれを見てもらうわ」


 そういうと、フリーダは思い切り魔族を蹴り倒した。


「あがッ」

「うわー」

「いやぁ、容赦ないね」


 一方的な暴力に、仲間であるはずのレヴィとアルフリードも苦笑いだ。

そしてフリーダはうつぶせに転がった魔族の左肩に手を添えると――ごきぃっ、とくぐもった音を立て、魔族の左肘から先をありえない方向に曲げた。


「アアアアアアッがああっああ」

「うっわー」

「まあまあ、相手は魔族だし、骨くらいなんともないさ」


 レヴィは思いっきり引いていたが、こんな状況でもアルフリードは穏やかな表情を崩さなかった。


 悲鳴を上げていた魔族は、すぐに左腕に魔力を込める。


「はあ、はあ、はあ」


 痛みをこらえるように荒い息を吐き続ける魔族。涙目なのは変わらないが、ほんの数秒の間に左腕の骨折は完治した。


「このように、軽傷であれば一瞬で完治する。魔族を殺すときは一撃か、もしくは魔力が尽きるまでの持久戦が基本ね」

「わかった!」

「いや軽傷て」

「魔族基準なら骨折は軽傷だろう」

「では重傷の場合どうなるか」


 フリーダの発言を聞き、魔族は逃げ出そうと身をよじる。だが逃げられるはずもなくフリーダの手につかまり、うつぶせにされ背中を踏みつけられる。


「ラウル、剣を」

「ん、おう」


 ラウルが聖剣を手渡すと、刀身が薄く発光し、反りのある片刃の剣に変わる。切り裂くことに特化した剣だ。


 剣を構えたフリーダは躊躇することなく、そのいかにも鋭い刃を魔族の肩口に滑らせた。


 さしたる抵抗もなく通り過ぎる刃。やや遅れて噴き出る鮮血。


「ぎああああああああ――‼」


 フリーダは叫ぶ魔族には目もくれず、胴体と離れた魔族の右腕を道のわきに放り投げた。


「やると思った」

「まあ、骨折の次は切断かな」

「いやそっちじゃなくてね」


 慣れてきたのか、淡々と感想を口にする二人。一方でフリーダは、なかなか治療を始めない魔族に苛立ちを覚えていた。


「これくらい早く治しなさいよ。あんた、それでも魔族なの?」


 切断面をぐりぐりと踏みにじるフリーダ。そのたびに魔族は声にならない悲鳴を上げていた。


 三十秒ほどたち、ようやく回復の兆しが見える。切断面から徐々に筋繊維が伸びていき、血管が生まれ、肉となり、皮膚を形成する。そしてさらに三十秒ほどで、切られた腕が復活した。


「……このように、部位欠損であってもものの数十秒で新しいものが生えてくる。が、こいつはだめね。再生が遅すぎる。倍の速さで生えてくると考えたほうがいいわ。さっきの発言といい治癒の遅さといい、こいつ、魔王軍に所属してない野良の魔族ね」

「へーっ」


 興味津々、というよりは純粋な驚きに目を輝かせているラウル。これまで魔族の再生を見たことがなかったラウルにとって、この光景は新鮮だろう。


「すぐに治癒、再生するならば、どうやって殺せばいいのか。魔族の特性その三」


 四つん這いになった魔族を今度は仰向けにするため蹴り上げる。


「ッ!」


 鳩尾をつま先で蹴り上げられた魔族だが、すでに痛みの限界を超えていて声を出すこともできなかった。涙目どころか滝のような汗と涙に顔面を濡らし、腕の切断面よりも目を真っ赤にした魔族に向けて、フリーダは冷ややかに告げた。


「一撃で首を落とす、あるいは魔核を破壊すれば、魔族は死ぬ」


 その血も涙もない言葉に、魔族は痛みよりも純然たる恐怖に目を見開いた。今まさに自分を襲っている痛みすら忘れ、間近に迫ってくる死を拒否するように、いやいやと首を振る。


「まって、やだ……嘘、だよな、なあ……?」

「……何度も言わせないで」


 ストン、と何の力も入れずに腕を、剣を振り下ろす。その切っ先の近くで、支えを失った首がごろりと転がった。


「魔族の特性、ラスト。魔獣とは反対に、死ぬと魔核は消え、肉体が残る。これが、魔族が人族と同じ、『人類種』に属する所以」


「……ふーん」


 話が長かったのか、最後の特性についてラウルはあまり興味を示さなかった。


 そんなラウルの反応に、フリーダは若干あきれの色をにじませながら締めくくる。


「以上が、人族が魔族を恐れ、化け物呼ばわりする理由。まあこんな奴らが敵になったんじゃ、人族が恐怖に支配されるのも当然ね」


 そう言いながらフリーダは剣をひと薙ぎし、刀身についた血液を払い飛ばす。そしてその剣を受け取ったラウルは、何も言わずに剣を鞘に収めた。


「……でもさ、やっぱ魔族も、同じ人間、なんだよな」


 そうつぶやいたラウルに、フリーダは少し目を細めた。


「……そうね。同じ。でも、同じだけじゃない。少なくとも人族にとって、今の魔族は同じ人間ではない、化物なのよ」

「なんか、よくわかんねぇや」


 首のない魔族の亡骸を見て、ラウルはつぶやく。勇者であるラウルは当然、人族を守るためにこの旅をしている。けれど、どうして人族を守らなくてはならないのか、その答えをラウルは持ち合わせてはいなかった。


「ま、とりあえずおれは、フリーダと一緒ならそれでいいや」


 考えるのやめたと言わんばかりに、ラウルは魔族の亡骸から視線を外し、フリーダに笑いかける。その姿をフリーダは、どこか案ずるような面持ちで見つめていた。


 重くなった空気を茶化すように、レヴィが肩をすくめて言う。


「その魔族を虐め抜いてる時点で、どっちが化物だって話だよなぁ?」


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