第9話「生存」


「い、生きてるって、どういうことだよ!?」


 明らかに壊滅している村を見ながらラウルは問う。建物や門など、人の生活を感じさせるものはほとんど壊され、無事な建物を見つけるほうが難しいこの村の状況を見て、村人が無事である理由なんてラウルには想像がつかなかった。


「そこはほら、実際に村を調べたフリーダから」


 アルフリードに説明を任されたフリーダは面倒くさそうに口を開く。


「少し考えればわかるはずよ。確かにこの村は魔族に襲われたみたいだけど、村人がやられていたなら絶対に残っているはずのものがない」


 面倒臭がりながらもきちんと説明するフリーダの言葉に、ラウルも頭をひねる。仲間というよりは教師と生徒のような様子に、アルフリードはどこか満足げに、レヴィは少々あきれた様子で見ていた。


「わからないなら、村が襲われているところを想像して。死んだらそこに何が残る?」

「あ、そうか。死体がない」


 物騒なヒントでようやく答えにたどり着いたラウルに、フリーダはため息を。アルフリードはよくできました、と頭を撫でた。


「まあ魔獣ほどじゃないが魔族も人族を食う。死体がないだけなら全部喰い終わった後って可能性もあるけど、この村には血痕すら少量しか残ってない」

「おそらく、襲われる前にどこかに逃げたんだろうね。となるとその逃げた先だけど……」


 顎に手を当て考えるしぐさをするアルフリード。するとフリーダが三人の中心まで来てしゃがみこみ、地面に地図を広げた。


「三年前の地図だからどこまであてになるかわからないけど、きっとそう離れた場所じゃない。村のはずれにある農園には、最近掘り返された跡があったわ」

「村の生き残りが食料調達に来たのなら、ある程度移動経路は確保されているはず……」

「でもよぉ、シュトルツの近場にそんな都合のいい場所なんてあったか?」


 村の状態を見てきた二人と、シュトルツについて詳しいレヴィが食い入るように地図を見つめる。そんな中でラウルはどうにかして話に入ろうとそわそわしていた。


「……あれ、でも水はどうしてんの?」


 ラウルの言葉に、アルフリードとフリーダは沈黙し、お互いに顔を見合わせた。

「シュトルツには井戸があるはずだが、どうだった?」

「いや、村の中には何も……。埋められたか壊されたのだとしたら……」


 そして再び地図に視線を落とし、その二つの視線がとある一点で交わる。


「あった」

「見つけた」


 そうつぶやいたのは同時だった。


「この村とフォアンシュタットから流れる川の中間地点に、かつて採掘に使われていた廃坑があるはず」

「かなり前に鉱石も取りつくされた場所だけど、それなりの採掘量があったなら、ある程度生活拠点も整っているはず。川も近いから水にも困らない。逃げ込むにはうってつけだ」


 生存者の居場所にめどがついたことで、二人の声はいつもよりもほんの少しだけ上ずっていた。


「え、もしかしておれ、役に立った?」


 そんな二人の様子を見て、ラウルはきょとんとしながら自分の顔を指さした。


「もちろん。お手柄だよ、ラウル」

「まさかあんたに気付かされるなんてね。思ってもみなかった」


 フリーダは相変わらず素直にはほめなかったが、その口元に浮かんでいた微笑みに、ラウルは満面の笑みを返した。



 シュトルツの廃村から二〇分ほど馬車を走らせただろうか。普段は荷台で寝転んでいるレヴィが、珍しく御者台に顔を出した。


「よう、この辺の道はさっきよりも荒れてるが、こいつらは大丈夫か?」

「大丈夫だよ。この子たちの走破力はかなりのものだからね。珍しいねレヴィ、君がそんなことを気にするなんて」


 皮肉交じりのアルフリードに、レヴィはバツの悪そうな顔をする。


「わぁるかったよ、今まで御者任せっきりで」


 実のところ、レヴィは御者の経験があった。というか教会魔法師団にいたころは哨戒任務でよく馬に乗っていたのだ。もちろんそのことはアルフリードも知っていたのだが、


「別に、僕は気にしてないよ。それに街道に出る魔獣を撃ち落としていくならレヴィが後ろにいたほうがいいだろう?」

「おりゃ固定砲台かよ……」

「まあ、その固定砲台も荷台で寝ていたんじゃ役立たずだけどねぇ」

「だぁから、悪かったって」


 口ではレヴィに文句を言っているが、最初に言ったようにアルフリードはそこまで気にしてはいなかった。魔法師のレヴィが後ろにいたほうが安心できるのは確かだし、このあたりの魔獣は大きな群れでもなければ脅威度はも低い。それよりも、今こうしてレヴィが話しかけてきたことのほうが、よほど気になっていた。


「それで、どうしたんだい? わざわざ話に来るなんて」

「気にしてねえフリはやめろっつてんの」

「……」


 レヴィの言葉に、しばらく沈黙を貫くアルフリード。だが、やがて観念したかのように、「はあ」と深くため息をついた。


「やっぱり気づくか、レヴィは」

「ったりめーだ。そもそもシュトルツは、俺らが初めて会った場所じゃねぇか」


 アルフリードが話し出すと同時に、レヴィは御者台の隣にどかっと腰を下ろす。木製の馬車が一瞬きしみ、アルフリードは左の手綱を少し引いた。


「シュトルツを出たのは一年も前。お世話になった人たちもみんな、アイエルツィアかフォアンシュタットに渡ったと聞く。気にすることじゃないと、そう思っていたんだけどね」


 己の未熟さをかみしめるように、アルフリードは自嘲気味に笑う。教会騎士として、フォアンシュタットの周辺にいたのがおよそ二年前。シュトルツの小村には、そのころからよく出入りをしていた。レヴィと出会ったのもそんな時だ。


 村に一つしかない酒場で、教会魔法師団から追放された犯罪者、レヴィ・ディークマイアを拾い、一時だが共に暮らした村。このまま用心棒としてシュトルツに身を落ち着けようかと思ったこともあるくらい、この小村には思い入れがあったのだ。


「あそこの酒と飯がもう食えねぇってのは、寂しいな」

「どちらにしろレヴィは入れないだろ、出禁なんだから」

「あぁ? そんなもん時効だよ時効」

「それはどうかな、あそこのマスターは根に持つタイプだと思うよ」


 そのまま昔話でも始まりそうな、和やかでどこにでもある会話。だがその話に出てくる思い出の場所は、すでになくなってしまったのだ。アルフリードの深いため息が、二人の空気をかえる。


「バレバレだっつーの」

「そこまで顔に出るタイプじゃないと思うんだけどなぁ」

「はっどこが。お前は逆に、外見に中身が引きずられてんだよ。四十過ぎのおっさんが、少し若返ったからって調子乗んなよ」

「だから、僕はまだ三十八だって何度も言ってるだろう」


 共に暮らしていたときのように年齢を馬鹿にされたアルフリードは、その端正な顔をくしゃりと、破顔させた。


「二人とも、無駄話もいいけどそろそろ馬車を止めなさい」


 突然後ろから聞こえた声に、アルフリードは「おっと、そうだった」と気を引き締め直し、手綱を引く。


「あらあら、盗み聞きなんて趣味がよろしくないんじゃなくって?」


 わざとらしく口に手をあててからかうレヴィに、荷台から出てきたフリーダは背後から容赦のない蹴りを喰らわせた。


「ぶわ」などと声をあげながら落ちるレヴィに、満足げなフリーダ。その音を聞きつけたラウルは「なんか荷物でも落ちた?」と荷台から顔を出す。アルフリードは何度目かわからない溜息をつきながらも、「まあ、ちょうどいいタイミングか」と馬車を止めた。


 目的地の採掘場跡まではまだ少し距離があるが、ここからは道幅も狭くなり、斜面も急になる。馬車での移動はここまでだ。


「もしかして、ここからは歩き? 馬車と馬はどうすんの?」

「こんな時のために、そこに落ちた荷物がいるのよ」


 言いながら、顎でレヴィのほうを指すフリーダ。荷物呼ばわりされたレヴィは、うめきながら立ち上がってずんずんと大股でフリーダに歩み寄る。


「てっめぇな! 走る馬車から蹴り落とす聖女がどこにいんだよ、あぁ!?」

「あらまぁ、聖女にそんな暴行をふるわれるなんて、よほど日ごろの行いが悪いのね。これを機に悔い改めるといいわ」


 悪びれもせず言い切るフリーダに、レヴィもさすがに額に青筋を浮かべる。アルフリードは止める気も起きないのか、馬と馬車から牽引用のロープを外していた。


「んで、結局どうすんのさ?」


 そんな中で、空気を読んでか読まずかラウルが二人に割って入る。今回は単純に好奇心が勝っただけかもしれない。毒気を抜かれたレヴィとフリーダは鼻を鳴らし、あるいは舌を打ち、馬車を運ぶ準備を始める。


「馬は普通に引いて行くわ。狭いだけで荒れた道ではなさそうだしね。ラウル、馬車から全員分の荷物を下ろして」

「はいよーっ」


 指示されるまま、ぽぽぽんっと軽快に馬車から荷物を放り出すラウル。どんな精密なコントロールをしているのか、適当に投げたと思われた荷物はそれぞれ、持ち主の胸元へと正確に届く。


「終わったよー」

「よし、んじゃ外に出てくれ。こっからは俺の仕事だ」


 そうすると、今度はレヴィがラウルに呼びかけ、馬車の周りをゆっくりと歩き始めた。レヴィの歩いた後には、ぬかるみでもないのにくっきりと足跡が残っており、わずかに赤く発光していた。


「あれ、これ……魔力?」

「そ」


 レヴィは足に魔力を込めながら、馬車を囲むように歩く。そして元の場所まで戻ってきたとき、その周囲には光の円が刻まれていた。


『開けオルフェン』」


レヴィが一言、呪文を唱えると、円の中にある馬車は大地に吸い込まれるようにして、その姿を消していった。


「ほわーー」


 その様子をしげしげと眺めていたラウルは、ついさっきまで馬車があった場所をげしげしと足で蹴ったり、その場でぴょぴょんと飛び跳ねたりする。


「魔空間への扉は初めて見たか、ラウル?」


 そんなラウルに、レヴィもどこか得意げだ。だがそんなレヴィに水を差すフリーダ。


「ラウル、これでどうしてこの旅にレヴィが必要か分かったでしょ。これは荷物持ちに関しては優秀なのよ」


「フリーダ、いい加減にするんだ。そういうのは村人の安否を確認してからでいいだろう」


 先ほどの幼稚なケンカが再発する前に、アルフリードがくぎを刺す。ザマアミロと言わんばかりの表情でフリーダを見つめていたレヴィだったが、「君もだ」とひと睨みされて舌を出した。


「さて、ラウル。ここからは僕がフリーダの後ろにつくから、君が先頭だ。周りの魔力に気を配りながら進むんだよ。道はフリーダの指示通りに」


 このままでは先に進めないと、指示出しをはじめるアルフリード。特に反対する理由もなく、フリーダもレヴィも首肯する。だがラウルだけが、その言葉に疑問を持った。


「待って、んじゃレヴィは何すんの? 本当にただの荷物持ち?」


 何の悪気もなく発せられたその言葉に、レヴィは引きつった笑みを浮かべフリーダは含み笑いをした。だがラウルがその疑問を抱くのも当然で、馬車を購入する前までは四人で進むとき、先頭に立ち警戒するのはアルフリードの役割だったのだ。


「ああ、レヴィが魔法で馬車をしまっただろう? あれは空間を作り出す魔法でね、収納魔法とも言われてる。平たく言えば、何もない場所に自分専用の空間を作って、そこに物をしまう魔法なんだ」


 アルフリードの説明に「うーん?」首をかしげるラウル。どうもこの魔法の説明は難しいなと、フリーダとレヴィのほうを振り返るが、この魔法に関しては二人も適切な説明が思いつかないらしく、目をそらされた。


「……ちょっとレヴィ、これは君の専門だろう」

「ンなこと言ったって……。俺ぁ魔法師であって魔法学者じゃねぇんだから、馬鹿にもわかる説明なんてできねぇぞ。むしろこういう座学めいた事なら、教養のある聖女様が適任なんじゃねぇの?」

「魔力のない私に魔法を説明しろと? それも感覚でしか物事を理解できない脳筋を相手に?」

「無くても感じるくらいは出来んだろ、聖女なんだから」


 何気なく発せられたレヴィの「聖女なんだから」という言葉に、フリーダの表情が一瞬だけ険しくなる。魔力の少ない者ほど魔力を知覚するのは難しい。これはある意味では当たり前なことだ。聖女に魔力は無い。ならば当然、魔力を感じることもできない。それなのにレヴィが「聖女なんだから」と言ったのには理由がある。


 聖女は魔族に対する兵器だ。その聖女が魔力を感じ取れないのでは話にならない。だが魔力を持たないため、魔力を感じるきっかけさえつかむのは難しい。そこで教会が取った方法は、身体に教え込むことだった。息が詰まるほど濃密な魔力で満たされた密室に何日間も監禁され、高威力の魔法をその身に受け、負傷すれば治癒魔法で治し、またすぐに魔法で傷つけられる。幼少期よりそれらを繰り返すことで、フリーダは魔力を持たない身でありながら、常人以上に魔力には敏感になった。


「――っ、それでも、使えないんだから説明のしようがないわ」


 蘇りかけた記憶を振り払うように首を振り、何事もなかったかのように会話を続けるフリーダ。


「……何言われてるかわっかんねーけど、馬鹿にされてることだけはわかるぞ」


 説明を押し付け合う三人に、ラウルはじとっとした目を向けて不満を表す。


「どうせ丁寧に説明したところで理解できないでしょ」

「……まあそうかも」


 身もふたもないフリーダの言葉に、渋々ながら頷き返すラウル。そんな仕草に、レヴィもアルフリードも苦笑する。


「とりあえず、たくさん物をしまえる魔法があるってことだけ覚えときゃいいと思うぜ」


 どうせ説明してもわからない、というフリーダの言葉に同意するように、レヴィはざっくりとした説明でラウルを納得させる。


「フーン。なあそれって、生き物も入れるの?」

「入れねぇよ、現実空間と同じだけのものを再現することは、今の魔法では不可能だ」

「そっかー。なんか、できたら面白そうだと思たんだけどなぁ」


 面白そう、という気楽な発言にアルフリードは苦笑する。


「面白そう、か。いや、ひょっとしたらラウルならやってのけるかもしれないね」

「いくら魔力があっても、学力が無きゃできねぇだろうがな」


 吐き捨てるように言うレヴィも、その言葉の裏で学力さえあれば可能かもしれないと、その可能性を恐ろしく感じていた。


「あれ? 結局なんでレヴィは荷物持ちしかしないんだっけ?」

「いいかいラウル。魔空間を作ってそこに荷物を入れっぱなしにする、ということは、常に魔法を使い続けている状態なんだ。例えば、ラウルは一日中身体強化しっぱなしだとどう思う?」

「めっちゃ疲れる」


 そう即答するラウルに、「そうだよね」と相槌を打つアルフリード。本来なら「一日中身体強化なんてできるわけないよ」という答えが返ってくるのだが、そこは勇者である。アルフリードも顔が引きつるのを堪えた。


「魔法を使い続けるというのはとても疲れる。そして、ラウルはあまり感じないかもしれないけど魔力の消耗も激しいんだ。だから基本的に、収納魔法を使っているときは他の魔法は使えない」

「なるほど、文字通りお荷物になるってことだな!」

「おい! これぜってぇお前の影響だろこの性悪聖女! 生まれて三年の勇者がどうしてこんなに平然と毒吐くんだよ!」

「人のせいにしないでくれる? 大体あんたがお荷物なのは事実でしょう」


 ラウルの一言をきっかけにまたもや言い争いを始めるフリーダとレヴィ。ラウルは自分の言葉が原因とも知らず、そんな二人をやれやれとどこか大人ぶった表情で見つめる。が、


「――ッ!」


 すぐ背後で爆発的に膨れ上がった殺気を感じ、二人のほうへと飛び退いた。その視線の先には……。


「いい加減にしろって、僕は言ったね?」


 とても穏やかな笑顔を浮かべるアルフリードの姿があり、三人は背中に冷や汗を垂らしながら無言でコクコクと頷いた。


「ならばよろしい」


 一瞬にして殺気を消したアルフリードは「じゃあラウル、その調子で頼むよ」と言いながら三人の後ろにつく。レヴィとフリーダはそんなアルフリードをこわばった面持ちで見つめ、


「悪かったわ」

「いや、俺も気を付けるわ」


 なんとなく、後方に注意を向けながらそんな言葉を交わした二人は、いそいそと二頭の馬に乗馬した。

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