第30話「調査任務」


「とりあえず、荒らされたという現場に行ってみましょう」


 アルのその一言によって四人は被害が起きた各所を回ることになった。現在はその一か所目、町の外壁近くに建てられた貯蔵庫に来ている。


「あっちゃー、またずいぶん派手にやられたもんだな」


 レヴィの言う通り、貯蔵庫は柱の一本もたっていないほどに倒壊していた。


「中の食料は無事だったの?」

「正確な数の確認まではしていませんが、ほとんどが残ったままでした」


 レントの答えに渋面を作るフリーダ。


「仮に魔獣の被害だったとして、食料が減っていないのはおかしいし、町の中にまで入り込んで人的被害が一緒に起きていないのも妙ね」


 これらの被害が一度に起きているのならば、まだ気まぐれな魔獣の仕業、とも考えられた。だが被害はすべて別の日に出ているとの話を聞いている。それにここまで派手に貯蔵庫を壊しておいて、目撃者の一人もいないのだ。


「もし犯人が同じなら、姿を隠して一度の襲撃で一度の事件。まるでニンジャかアサシンだな」

「ニンジャ?」


 聞きなれないレヴィの言葉にラウルが疑問を呈すると、レヴィは「海を渡った先にいる伝説の戦士の呼び名だってよ」となんともなしに答えた。


「なるほど……」


 その単語から何か気づいたのはフリーダだった。


「おいおい、ニンジャってのは冗談だぞ。そもそも実在するかも怪しいし」

「そんなことはわかってるわよ。けど、単独で潜んでいる魔族、という線はあるかもしれないわ」

「あー、食料は魔獣ほど必要ないし、住民の被害は目撃者を消しただけってことか」


 それでも疑問は残るが、あの魔族の少年や、行動の読めない魔獣、といった行き当たりばったりな推測ではなくなる。


「遺体を処理しなかった理由や貯蔵庫を建物ごと壊した理由はわからないけど、今はその線で調べるほうがよさそうだね」


 調べる対象が絞れれば、その方法もおのずと限られてくる。


「なら、魔力探知か」


 魔力コントロールが要求される場面では自分の番だと言わんばかりにレヴィがローブの袖をまくる。そうしてから別に捲る必要はないんだったと袖をそっと戻した。


「魔力探知って、レヴィがいつもやってるやつじゃないの?」


 旅の最中、森の中を徒歩で移動するときなどは接敵に備えてレヴィが常に探知魔法を発動している。ラウルはそれこそが魔力探知だと思っているようだった。


「名前も方法も似てるから同じものだと思っていても問題はない。違いがあるとすれば近付く者を探すか、こちらから特定の者を探すかの違いだな」


 普段から雑な扱いを受けているおかげなのか、自分が活躍できる場面だと妙にやる気を見せるのがレヴィだ。倒壊した貯蔵庫のわきに座り込み、頼んでもいない解説まで丁寧にラウルに説明し始める。


「この建物の壊れ方からすると、魔法が使われたのは間違いないだろう。その残滓があればいいんだが」

「魔力の残滓かー」


 残滓という言葉にピンと来ていない様子のラウル。なぜか匂いを嗅ぐように鼻をひくひくと動かして「嗅いだことあるような、匂い……」などと言っている。


「かすかにだが魔力は感じるな。だが、……何だこりゃ。魔法の痕跡じゃねえぞ」

「そこまで違いが判るものなの?」


 聖女故に魔力関係には疎いフリーダが尋ねる。


「一応な、魔法ってのは魔力をただ外に出すだけじゃない。現象に変換して実現させる技術だ。そのせいか、本来起こることがないはずの痕跡が残る。その痕跡と残った魔力を読み取れば、だれがどんな魔法を使ったのかまで調べることができる。が……」


 そこで言いよどんだレヴィは助けを求めるようにアルの方を仰ぎ見た。


「どれ、僕も見てみるか」


 アルもレヴィに倣い貯蔵庫の横に座り込み、そこに残された魔力を読み取ろうと試みる。


「なるほど……、確かにこれは変だ。僕にはレヴィほど細かくはわからないけど、これは、残った魔力量と痕跡がかみ合っていないというか、ただ歩いているだけで貯蔵庫が壊れたような印象を受ける」

「だよな。この痕跡の残り方、これは……魔獣のものだ」


 魔力探知の結果から導き出された答え。それはこれまで否定してきた魔獣被害そのものだったのだ。


「魔獣の痕跡ってのはどういうことだ?」


 次の被害場所、町の外にある畑に向かいながら、ずっとレヴィはそうつぶやき続けていた。アルとレヴィ、二人の魔力探知の結果が同じだった以上、それが間違っているとは考えにくい。


「食料被害もない、目撃者もいない魔獣被害……ちょっと考えにくいわね」


 一度調査に乗り出してしまえば全力で取り組むのがフリーダだ。解決できま

せんでした、これからはそちらで頑張ってください、ではフリーダの矜持がゆるさない。この問題も時間切れになる前に解決したいと考えている。が、今のままでは不可能だ。


「ちっ」


 苛立たし気に舌打ちをする。だがフリーダが今何よりも苛立っているのは進展しない調査ではなかった


 何よりフリーダを苦しめているのは、今回の件、フリーダは役立てることが何一つないということだ。魔力に関して、聖女は適性が全くない。敵の殲滅ならともかく、調査となればできることは無に等しいのだ。


「フリーダ、だいじょぶ?」


 そんなフリーダの様子に気づいたラウルが声をかける。フリーダの心情の機微をここまで細かく察知できるのは、これまで共に暮らしてきたラウルだけだった。アルはもちろん、レヴィもパーティメンバーの心身には気を配っている。だがラウルのそれは気を配るだとか、注意して観察するというレベルを超えていた。


「あんまし、気にしなくていいと思うけどな」

「……何を」


 ラウルに心の中をのぞかれたようで、フリーダは敢えてそんなそっけない返しをする。


「フリーダは誰にもできないことができるんだからさ、おれ達にできることは任せちゃっていいんだよ、きっと」


 ラウルの核心を突いた言葉に、フリーダは額を押さえてため息をついた。


「あんたは、なんだっていつもそう……」


 思えば、シュトルツでフリーダの背中を押したのも、結果を見ればラウルの言葉だった。フリーダには決して口にできない言葉を軽々と言い、その行動をもって形にする。実の親である教皇ルドルフ、そしてフリーダにとって恐怖の象徴でもある教会に反抗するきっかけを与えたのは他でもない、ラウルが抱くフリーダへの信頼故だ。


「そんなに言うんだったら、ちゃんと役に立ってきなさい」

「うん、もちろん!」


 フリーダに頼られたラウルはスキップ交じりにアルとレヴィのもとへ駆け寄っていく。


 今調べているのは町の外の農園。魔族はもちろん、魔獣の気配も感じない、この時世にかなり珍しい状況だ。畑の状況も貯蔵庫と同様にひどく荒らされている。だが土の中には収穫されていない野菜の影もちらほらと見え、これも魔獣被害だったとすると食料が残っているのはおかしい。


 まだすべての被害が同一犯によるものと決まったわけではないが、この状況だとこれらを分けて考えることも難しい。


「やっぱり、ここもそこまで魔力の残滓は感じねえな」

「僕も同じく。さっきの貯蔵庫よりさらに薄い。ここまでくると僕では感じることも難しい……」


 この場所でもアルとレヴィは先ほどの貯蔵庫以上の手がかりを得ることはできないでいた。そんな中で、お気楽な調子で寄ってきたラウルがまたもやクンクンと鼻を鳴らす。


「いや、だからお前な。魔力を何だと思って――」

「あれ、やっぱりこの匂い、嗅いだことあるな」


 レヴィの言葉を遮ってラウルが告げたのは、ただの匂い。一般人が聞けば何を寝言を言っているのだと一蹴するような言葉。だがここにいるのは勇者パーティのメンバー。この世界で最もラウルを理解している三人だ。


「匂い……」

「ラウルの感覚は僕らとは違う。魔力の残滓を匂いとして感じ取っていてもおかしくはない……か」


 アルとレヴィがそう考えている間にも、ラウルは記憶をたどっていく。


「つい最近のはず、結構わかりやすい……んんー」


 必死になって思い出そうとするも、記憶に新しい匂いは先ほど食べた料理ばかり。


「料理……」


 その単語が出てしまい、三人ともあちゃーと額を抑える。ラウルが料理の記憶よりも鮮明に覚えているものがあるはずがない、と、誰もが思っていた。だが、ここ最近の記憶で料理よりも鮮明に覚えている匂いが一つだけあった


「そっか、あの子だ」


 答えにたどり着いた瞬間、ラウルの表情から色が消えた。


「あの子って……」

「あの、魔族のガキか」


 無言でラウルは首を縦に振った。


 これで、魔族の少年が町の被害に関わっていることはほぼ確定した。確かに魔族の子供一人分くらいの食料ならばなくなっていても誰も気づかない。だが、貯蔵庫と畑の荒らされ具合がどうにもかみ合わなかった。


「あの子に畑や貯蔵庫をここまで荒らせるほど力があるとは思えない。仮に魔法を使ったとすれば痕跡が残るはずだ」

「となると、共犯、か?」

「もしくは、荒らされた後で食い物だけ盗みに来た、いわゆる便乗犯か」


 結論は出ない。だがやるべきことは決まってしまった。


「あの子に、会いに行こう」 


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