第18話「復讐の行方」
「本当に助かった。感謝の言葉もない」
魔族の処理を終え再び旅立とうとする四人の前に、ライナーが声をかけた。
「気にしないで、もともとはこちらが撒いた種のようだしね」
「だとしても、だ。我々の力ではとてもこんな、現状を打破することはできなかっただろう」
フリーダがどれだけ気にするなと言っても、ライナーには感謝を譲る気などさらさら無い。だがそれも仕方がないだろう。四人は文字通り、この村を救ったのだから。
「そういえば、村のみんなはどうすんの? 元の村に戻るのか?」
「いえ、しばらくはこのまま坑道で生活をしようかと。魔族の残党がいないとも限りませんし、……もといた村はあの状態ですから」
ラウルの問いに、ライナーは苦笑を浮かべてそう答える。本当なら、すぐにでも元の村を再建したいのだろう。だがあの場所は無事なのは畑程度で、家屋に至っては全てが徹底的に破壊されている。
「まあ、妥当な判断でしょうね。またよそから魔族が流れてくるかもわからないし、時間があるならせめて自衛できるだけの戦力もそろえておきなさい」
「自衛って、そこは教会様が頑張るところじゃないんですかねぇ」
レヴィの軽口に、フリーダの突っ込みは入らない。二人にしては珍しく、意見があったということだ。
「はっきり言って、今の教会は当てにしない方がいいわ。魔王の復活阻止を、こんなたった四人のパーティに任せている時点でお察しでしょうけど」
フリーダの言葉に、ライナーは苦笑をさらに深くした。フリーダの言う言葉が本当なら、自衛にいったいどれほどの強さが必要なのか、あまり想像したくなかった。
「自衛は置いておいて、緊急時のマニュアルはよく考えられていたと思うよ。この坑道と元の村と、拠点を二か所に構えて有事に備えるのもひとつの選択肢かな」
フォローするようにアルがアドバイスすると、ライナーの笑みから苦みが若干、薄れていった。
「それじゃあ、私たちはもう行くわ」
「ええ、お気をつけて」
坑道に背を向け、歩き出す四人。
「まって!」
その背中にかかる声がひとつ。
振り向くと、厨房の青年が大きな包みを抱え、息を切らせて駆け寄ってくるところだった。
「出るのはぇぇって……。少しは感謝の時間をとってくれよ」
「先を急ぐ旅なのはわかっているでしょう」
「それでもだ! 自分がしたことによる結果には責任を持て。ちゃんと感謝されてから出てってくれよ」
軽口をたたきながら突き出された包みを、フリーダは若干戸惑いながら受け取った。ずいっと突き出された瞬間、食欲をそそる香ばしさが鼻腔を刺激する。
「え! もしかして弁当!?」
「急に元気いいなお前」
包みの中身が弁当だと分かったとたん、少し寂しげだったラウルの目がらんらんと光る。そんなラウルの変わり身の早さを笑いながら、レヴィもまたその気遣いをうれしく感じていた。そのせいか、
「……もう、復讐なんて考えるんじゃねぇぞ」
言うつもりのなかった言葉がぽろっと零れる
「――うん」
青年はむしろ、また復讐について念押しをされると思っていたのか、穏やかだが、真剣な表情で頷いた。だがその瞳には、まだ納得しきれていないような、どこか迷いを感じる色があった。アルがそれを察したように、口を開く。
「君のお父さんを殺したのは間違いなくあの魔族たちだ。それを憎むのは、当然だと思う」
「え?」
「こんな世の中だからね。魔族に復讐したいって考えることは、そう変わったことじゃない」
青年に限らず、魔族に家族や大切な人を殺された者は大勢いるだろう。そういった積み重ねもまた、魔族と人族が対立するおおきな要因のひとつとなっている。
「でも、どうか――魔族だからと憎まないでくれ」
「魔族、だから?」
だがそれは、魔族にだって言えること。多くの魔族が人族に殺された。長い間、迫害を受けてきた。
「魔族が人族を殺すように、人族も魔族を殺す。これは覆しようのない事実だ。でもお互い様だからと言って、親しい人が殺されたことを許すことなんてできない。それもわかっている」
アルが青年に語る言葉。それはまるで、自分自身に言い聞かせているようにも聞こえた。
「生きていけば、きっとこれからも魔族に会うことはあるだろう。でもそれは、君の父親を殺した魔族じゃない」
「っ!」
「憎むべきは魔族じゃない。それを、どうか忘れないで」
青年は俯く。先程の戦いを見て、消えたように思っていた復讐の炎。それが、小さくなっただけで、決してなくなったわけではないことを、このたった数秒の会話で理解してしまった。そして、アルにはそれを見透かされていたのだ。
ただただ、恥ずかしいと思った。
復讐なんてもうしない。そう答えておきながら、それが口先だけで、心の奥底では納得できていないことを、自分よりも早く他人に気付かれた。
「なんか、かっこ悪いな、俺」
青年は泣きそうに笑う。
アルはそれを悲しそうに見つめ、ラウルは少し難しそうに青年とアルの話を聞いていた。そしてフリーダとレヴィは――
「(ちょっと、この空気、あんたが変なこと口走ったせいだからね)」
「(はぁ? 俺のせいかよ!? それよりも変な空気にしたのはアルじゃねぇか)」
「(アルはあの子をフォローしてるだけしょう。そもそもこの話題作ったあんたが悪いわ。どうにかしなさい)」
「(どうにかっつったってなぁ)」
まあまあどうでもいいことで喧嘩していた。確かにこのまま別れれば少々後味の悪い別れとなるだろう。村人は全員怪我無く、周囲の魔族もいなくなり、これから元の生活へと戻っていこうという前向きな終わり方が出来る筈なのに、である。それがなんとなくフリーダには許せなかったのだ。
せっかく前を向けるだけの状況になったのだから、素直に、自由に歩んでほしい。
それは、どれだけ抵抗しても、どれだけ道を外れようと思っても、今歩いているこの道しか選ぶことを許されなかったフリーダの、せめてもの抵抗なのかもしれない。
レヴィは誰にも聞こえないよう、器用に舌打ちした。
「あーそうだ。一応お前ら、俺たちに命救われて感謝してるってことでいいんだよな?」
唐突に話を変えたレヴィを、いぶかしむように青年が見つめる。
「え、ああ、そりゃそうだよ。村のみんなも、全員感謝してるさ!」
「そうかそうか、それなら、あれはもう解除でいいよな?」
何のことを言っているのかわからない青年は「はて?」と首をかしげる。するとレヴィは照れ隠しをするように頭をがりがりと搔きむしる。
「あ~~~~あれだよあれ! 親父さんの店の、出禁の話! シュトルツの村ごと助けたんだ、あんときのツケはこれでチャラ! 出禁の話もなし! これでいいかって聞いてんだよ!」
「なんだよそんなこと? そんなん当たり前に決まってるじゃんか!」
わざわざ、これから言うことのために自分のツケの話をする。そんな回りくどさが自分のことながら不器用で幼稚で、レヴィは少しでも顔を隠そうと手で口元を覆う。
「なら、これからはいつ俺がお前の店に食いに行っても問題ないわけだ」
「へ?」
「だからよ、料理以外であんまりその手、使うんじゃねぇぞ。人殺しの料理なんざ、旅の最中だけで十分だぜ」
言って、レヴィは自分の手をひらひらとふり、続けてラウル、アル、フリーダの方を順番に見る。
「それは……」
「確かに」
「一理あるな」
四人が四人とも、お互いに目を合わせてその手のひらをじっと見る。そんな様子がおかしかったのか、青年は声を上げて笑った。
「っはははは! わかったよ。じゃあ、ちゃんと腕上げて待ってるから。みんなはさっさと、俺が魔族を恨まなくて済む世界を作ってくれ」
そう言って笑う青年の瞳からは今度こそ、迷いも、復讐の色も消えていた。
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