第11話「魔族への感情」
助けた男たちに案内され、たどり着いた場所。シュトルツの村人が隠れ住んでいるその廃坑は、アリの巣状に掘られた洞窟だった。採掘されていくうちに出来たたくさんの小部屋を、生き残った村人に割り振っているのだろう。洞窟の入り口は一見すると崩落したように見えるが、数人の出入りならば所々に空いた隙間で十分なようだった。
そんな薄暗い洞窟の中で、ひときわ明るい光と賑やかな音が聞こえる小部屋が一つ。
がつがつと、そんな音が聞こえるほどの勢いで食べ物を口いっぱいにほおばるふたり。ナイフで切るのも手間だと言わんばかりに、大きな肉の塊をフォークで突き刺し、そのまま口へと運んで行く。そんな原始人のような食べっぷりを、フリーダは冷めた視線で見つめていた。
「ラウル、レヴィ。さすがにみっともないよ」
見かねたアルフリードが、人目をはばからぬ食べっぷりを見せるラウルとレヴィに注意する。
「むなももいっはっへ、ひょうわないやん」
「ほーほー、ふぁらふぇっへひにほうやっはんらから」
言い訳をしながらも食べることをやめない二人は、今度は何を食べようかと食卓に視線をさまよわせ、それぞれの獲物に手を伸ばす。が、
「飲み込んでからしゃべれ。魔力全部浄化するわよ」
シュトトンッと軽い音を立て、二人の指と指の間にナイフとフォークが突き刺さった。ひきつった顔で動きを止めるラウルとレヴィをよそに、「それも行儀良くないよ」とアルフリードがフリーダをたしなめる。
そんな賑やかすぎる食事風景を見ながら、ひとりの青年が新たな皿を持って四人の元へ歩いてゆく。
ドンっと派手な音を立てて、今度は川で採れたのだろう、大きな魚の料理が食卓の真ん中に置かれた。
「こんなに賑やかなのはいつぶりだろうな。ジャンジャン食ってくれ!」
「ありがとうございます。しかし、よかったのかい? こんなに豪勢にふるまってもらって」
感謝の言葉を伝えるアルフリードに、青年は豪快に笑って答えた。
「いいんだよ! ライナーの命の恩人なんだろ? なら酒場のせがれとしちゃこんぐらいしねーと!」
その笑顔に、再度アルフリードは「ありがとう」と伝え、自分も食事を再開する。すると、今度はフリーダが食事の手を止め、調理場に戻ろうとする青年を呼び止めた。
「少しいい? この村の状況が知りたいのだけど」
「状況って言っても、今はどこも似たようなもんだと思うけど?」
青年の言葉に、フリーダは「だからこそよ」と返す。
アイエルツィアを出てからというもの、四人は一度も他の人族とまともに話していない。このシュトルツの避難民は、旅を始めてから初めて出会う、生きた人族なのだ。
「わたしたちは諸事情あって聖都から旅をしているけれど、ここに来るまで人族には一度も会わなかった。魔族から隠れて暮らしているのは知っていたけど、あまりにも異常よ」
フリーダの言葉に、アルフリードも一緒に思案顔になる。ことによっては今後の旅の進路にも直結してくる問題だ。本来なら全員でしっかり話し合うべきなのだが、当然レヴィとアウルは食事に夢中だ。
「つまりフリーダは、ここ最近で魔族の動きに何か変化があったと?」
「可能性の一つね。だからこそ、こうして話を聞いているの。それで、どうかしら? 人族を見かけない理由に何か心当たりは?」
フリーダとアルフリードの言葉に、「うーん」と頭をひねる青年。
「心当たりって言ってもなぁ。うちの村がここに移動したのは大体半年くらい前だけど、確かにここ最近は魔族が多かったと思う。というか、この辺の村で生き残ってるのは、もうここだけかもしれないな……」
青年の言葉に、出立時の襲撃を思い出すフリーダ。
「そう、か。じゃあ明確な襲撃の意図を持っていた魔族は、今のところあいつらだけってことね……」
「では、それより以前に起こっていた魔族の被害は、魔王軍に属さない、いわゆる野良。以前からこの近辺に住んでいた魔族、ということになるのかな」
肯定の意味を込めて、フリーダはうなずいた。
魔族には大きく分けて二種類がいる。フルーフ・ケイオスによる凶暴化の後、封印の地へと赴き魔王復活に積極的に関わってきた魔王軍。そして凶暴化し手に入れた力を好き勝手に振るう野良。組織立って動く魔王軍に比べ野良の魔族は、少人数グループやかつて共に住んでいた仲間内で固まることが多い分、戦闘力で言えば劣る。しかし人族とともに暮らしていた場所にとどまることが多いため、地の利に聡く、積極的に人族を襲うことが多い。このあたりの一般人にとって脅威であるのは、おそらく野良の魔族だろう。
「野良を警戒しているところに魔王軍が現れ、半端に抵抗してしまった結果全滅する村が増えた、ってところかしらね」
「野良なら、自分の食い扶持を残すために、全滅まで追い込むことはしないからね。残虐さで言えば、やはり魔王軍のほうが危険か」
せめてあと一週間早く出発していれば、フォアンシュタット周辺の被害を抑えることができたかもしれない。そう考えると、普段から冷静なアルフリードでも歯噛みしたい気持ちを抑えきれなかった。
フリーダはどう感じているのかと思いアルフリードが視線を向けてみると、その表情は思ったほど険しいものではなく、むしろ悔しさなんて持ち合わせていないと思えるほどに無表情だった。森の中で瀕死のライナーを助けた時とはまるで別人のように思えるその顔に、アルフリードはどこか疑問を覚えるのだった。
「お前らよぉ、せっかくうめぇ飯があんのに暗い話ばっかしてんじゃねぇよ」
そんなことを考えていると、突然アルフリードの肩に腕が回される。今度はちゃんと食べ物を飲み込んだらしいレヴィが絡んできたのだ。
アルフリードは、ため息を一つ。だがそのあとには表情をやわらかくし、再び食事の手を進めることにした。
「しっかし、またシュトルツの飯が食えるとはなぁ」
「レヴィは出禁だったからね」
「いや、そうじゃなくてよ……」
「ははは、わかってるよ。言いたいことは」
感慨深そうに言うレヴィに、アルフリードも同意する。かつて無銭飲食で出禁を喰らったのとはわけが違う。シュトルツの村を見た時は、本当にもう二度とここの料理は食べられないのだろうと思ったのだ。
「……親父さんは、残念だったな」
ふとレヴィが食事の手を止め、青年に声をかける。その雰囲気に、ラウルとフリーダも一瞬だけ手を止め、静かに食事を再開した。
「ああ、お兄さんは俺が修行に出てたときの常連だったんだっけ。ありがとね、親父の店に通ってくれて」
まっすぐに感謝の念を向けられ、無銭飲食の常連だったレヴィは青年から目をそらして「ま、まあな」と上ずった声で答える。アルフリードはそんなレヴィを見てくすくすと笑いながら、話をつづけた。
「さっきレヴィとも話していたんだ。またここの料理が食べられてすごくうれしいよ。本当に、懐かしい味だ」
「そりゃ、最高の誉め言葉をありがとさん。親父も、安心してくれるかな」
笑顔を見せながらも、時折遠くを見るような目をする青年に、レヴィもアルフリードも押し黙る。
「ああ、ごめんね、こんな話。……親父は、店のレシピ集探してて逃げ遅れたんだよな。直接見てはいないんだけど、こいつを握り締めたまま死んでたんだって」
そういって、青年は厨房の奥からクシャクシャになった紙束を持ってくる。
「紙なんて貴重なのに、うちのレシピはもっと貴重だ、とか言って、大切に保管してたんだ」
「だから、こうして僕たちはこの料理を食べられるんだね」
青年の話に、いつの間にか四人全員が食事の手を止め、聞き入っていた。
「ああ、そうさ。こいつは親父が命がけで残したんだ。だから、変わらない味、懐かしい味って言ってもらえるのが、俺ぁたまらなくうれしいんだよ」
その言葉を聞いて、ラウルが再び手を動かす。先ほどのように豪快な手つきではなく、丁寧に、一口一口をしっかりと味わうように。
「うん、おれは親父さんの料理は食ったことねーからわかんないけど、ここの料理がうめ―ってのはよくわかる!」
「はははっ! ありがと! 足りなかったら言ってくれよ。また作るからさ」
ラウルの食べっぷりを見て厨房に戻ろうとする青年を、フリーダが「待て」と呼び止める。振り返った青年に、フリーダは先ほどから疑問に思っていたことを聞いた。
「親父さんが魔族にやられたと言っていたけど、シュトルツの村には荒らされた形跡はあっても襲われた跡は無かった。いったいどういうこと?」
その問いに、青年は納得したような顔をした後、その表情に影を落とす。
「あいつら、人の命で遊んでやがんのさ。俺らが暮らしてきた村を目の前で壊して、必死に逃げるさまを見てげらげら笑うんだ。村の中で死んだ奴は一人もいない。みんな、逃げる途中で殺されたんだ」
青年の手に力が入り、クシャクシャのレシピにまた新たなしわが刻まれる。
「魔族にとってはただの鬼ごっこだったんだよ。村をぶっ壊すのも、みんなを殺すのも全部遊びだ」
ぎり、と奥歯が軋む。それは無力な人族である自分を責める悔しさでも、多くの村人を失った悲しみでもない。ただ、自分から大切なものを奪ったものに対する純粋な、怒りと憎しみ。
「魔族なんてみんな、死んじゃえばいいんだ」
その口から洩れた言葉は、誰に聞かせるわけでもない、ただのつぶやき。青年の心からの望み。
ハッとした青年は、「ごめんね、食事中に! すぐ追加持ってくるから」と再び調理場へと戻る。
食事の手はもう、止まっていた。
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