秘密

 朝、まだ日が昇っていないような早朝。窓からは何も見えない時間にわたしが目を覚ますと、いつもより低い天井にすこし戸惑う。

(そっか。昨日風見先輩に連れられてここで泊まったんだ)


 わたしは顔を洗って頭をすっきりさせる。そうだ、今日は魔法少女を保護しているこの市民団体から情報を集めるのだ。わたしがいろいろと身支度をしていると、つきみのテレパシーが飛んできた。

(こやつらの根城にしている場所を調べておいたのじゃ。昨日情報を集めると言っておったじゃろう?)


 その直後につきみは窓からわたしのいるビルの中に飛び込んできた。わざわざ2階にある小さな窓から入ってくるなんて、ちょっとかっこつけすぎな気がする。まあ、つきみが一晩中調査をしてくれていたのはありがたいので、わたしは感謝して調査結果の紙を受け取った。


「おはよう、かすみ。朝、早いんだね……」

 風花が寝ぼけ顔で起きてくる。わたしは何事もなかったように笑みを浮かべて、風花と一緒に朝ごはんを食べた。しばらくすると風見先輩がやってきて、今日の予定を話してきた。


「わたくし、今日は学園に抗議するデモに参加しますの。みなさんは予定はありますの?」

「私も参加する!私が学園の犬だったなんて思われたくないし」

 風花がデモに興味を示しているけど、わたしは参加する気はない。そう伝えると、風見先輩はわたしの予定を探ってきた。


「それなら、妖魔を倒しに行きますの?学園に縛られなくなった分、そうする方も多いみたいですけれど」

「えっと、妖魔は関係なくて、行きたい場所があるんです」

 わたしは当たり障りのない答えを返したけど、つきみの表情がわずかに険しくなっていた。




 ***




「ここにも、特に知らない情報はないみたいね……」

 わたしはつきみの集めてくれた情報をもとに、市民団体の拠点のひとつである事務所を調べていた。ただ、学園をおとしめるようなビラは見つかったけど、その根拠となるような学園の資料はまったくと言っていいくらいに見つからなかった。


 つきみが同行してくれれば活動家の人たちから情報を聞き出すこともできたかもしれないけど、残念なことにつきみは別行動だ。魔法少女たちと妖魔が接触しないように、妖魔が殺されてしまわないように手を打つらしい。仕方ないのでわたしが魔法少女を保護している場所だとか、支援している有力者の事務所だとかを調べているけど、収穫は乏しい。


「ねえ、あなた、この事務所の人じゃないわね?ひょっとして魔法少女?」

 後ろから声がかかる。振り返ると、前にしつこく質問してきたジャーナリスト、朝日文子がいた。こんなところで出くわすなんて、今日は運がわるい。


「ちょっとおつかいを頼まれただけです」

 わたしは全力ですっとぼけた。こんなところで質問攻めにあいたくない。そう思って朝日さんの横を通り過ぎようとしたけど、腕をがしっとつかまれた。


「おつかい……学園の先生に頼まれたのかしら?国にとって不都合な情報を消すようにって。その顔は図星ね?」

 わたしが朝日さんのへぼ推理にあっけにとられていると、彼女は調子に乗って畳みかけてくる。

「いい?あなたは若いからだまされているけど、学園の先生たちは悪い人たちなの。そんな人たちをかばう必要なんてないわ。目を覚まして」


 いや、そんなことはない。わたしは知っている。学園の先生、特にあの校長先生が、わたしたちのためにどれだけ心を痛めているのかを。自分たちのために魔法少女たちを食い物にする民衆から、わたしたちを守ろうとしていることを。

 確かに、学園は表に出せないような所業を行っているのは事実だろう。例えば妖魔を捕獲して実験材料に使ったりしていたことは、いずれ糾弾されるべきことだ。それでも、根拠もなく憶測で他人を非難する人たちより、自分の忌まわしい過去を反省できる人のほうが、よっぽど正義にかなうと、わたしは思う。


 わたしは、正義感におぼれて説教を垂れている朝日さんの目をじっと見つめて、声に力が入るようにして言う。

「どうして、学園のことをそんなに恨むんですか?」

 その瞬間、朝日さんの言葉がぴたっと止まる。しかしすぐに、その口は言い訳じみた言葉を垂れ流す。

「少女たちを言葉巧みに親の元から引き離すなんて、やましいことがあるに決まっているわ。私は子供を奪われた親から聞いたもの」

 それなら、保護と称して魔法少女たちを集めている団体だって同じだ。むしろ、自覚がない分そちらのほうがひどいと思う。


 わたしはもう一度、はっきりと問う。

「学園が悪だと決めつける根拠はなに?誰がそんなことを言い出したの?ごまかさないで、正直に答えて」

 すると朝日さんの足ががくっと曲がって、体重を支え切れずにわたしに倒れ掛かってくる。もう、彼女の意識は夢の中だ。彼女はうわごとのように、淡々と答える。


「みんな、そう言っているわ。記者も、市民も、議員も。教会の人たちが、それを証明してくれたわ。だから国が悪いの。陰謀を暴く私は正義よ……」

 そのまま眠ってしまった朝日さんをそっとソファにのせて、わたしはふっとため息をついた。


(教会?その人たちが何かを見つけたの?でも、怪しい……)

 わたしは、ふとデスクの上に資金援助の名簿が置いてあるのに気が付いた。そこには、つきみのリストにはない、とある教会の名前があった。


(とりあえず、行ってみよう)

 わたしは、最後にこの教会を調べてみるべく、名簿の住所へと向かった。




 ***




(かすみ、ちょっと学園のほうを見て)

 わたしが教会に向かっている途中で、クロミがわたしに伝えてくる。一体何があったのだろうか。学園の校門に残してきた目を通して見てみると、校長先生がやってきたデモ隊に向かって、拡声器で話しかけていた。


 デモ隊は、いつもと同じようにきれいごとを並べたプラカードを掲げて、学園へ、そして校長へ抗議の罵声ばせいを浴びせていた。「人さらい」だとか「戦争犯罪者」だとか、校長の名誉を毀損きそんするようなやじが飛び交う。そんな中で、校長は表情も変えずただじっとその言葉を受け止めていた。


 校長は、デモ隊に同行している魔法少女たちに目を向ける。変身していて敵意を隠さない彼女たちに対しても一歩もひるまない姿は、さすがというべきか。


「皆さん、変身を解いて、すぐにその人たちから離れなさい」

 校長の言葉に、「誰がお前の言うことなんか聞くか!」と魔法少女たちからやじが飛ぶ。その反応を予想していたように、校長は続ける。


「確かに学園は皆さんに対して都合の悪いことを隠し、妖魔との戦いの前線に立つことを強要しました。より多くの人を救うためとはいえ、犠牲になった皆さんには我々を非難する資格があります」

 自らの罪を認めるような校長の言葉に、魔法少女たちと活動家たちの罵声が大きくなる。しかし、校長はその活動家たちのほうを睨んで、はっきりと言った。


「ですが、その資格を勝手に奪い取るような、代弁者を気取る輩のために、命を削るのはやめなさい。見ず知らずの少数者のために、死ぬことはないのですから」

 その口調はゆっくりとしていながら、明らかに怒りが感じられる。それに気おされながらも、風見先輩が尋ねる。


「まさか、わたくしたちが虐待されているとでも勘違いしているのかしら?残念ながら、市民団体のみなさまにはとてもよくしていただいています」

 校長は、一瞬ためらった表情を見せるが、すぐにはっきりと風見先輩を見て言った。


「風見くん、覚えておきなさい。よかれと思ってやったことが、ときに破滅的な結果をもたらすのだと。短絡的な思考は危険だ。それを理解できていない彼らに、君たちの命を預けられない」

「どうしてあなたの許可が必要なのかしら?わたくしの生き方は、わたくしが決めますの」

 反発する風見先輩をよそに、その場の全員に校長は述べる。


「魔法少女の力には、大きな代償が伴います。それは研究資料からも読み取れるはずです。それなのに、我々を糾弾するためだけに、あなたがたは彼女たちに変身させました。その意味はお分かりですね?」

 そこで言葉を区切って、校長は真実を明かした。


「魔法少女は、変身するたび、寿命を縮めるのです」




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